第十四話 Happy birthday and welcome to the Zombie World
征司とリヴィアはゾンビに囲まれた建物の中で作戦を考えている。
「エルフゾンビがこっちをいつまでも警戒しているとは思えません。時間が経てばたつほどアズマさんたちが狙われる可能性が高くなります」
「こっちにひきつけている間に倒すのが絶対条件だね」
二人の顔はガウを殺された時のようなパニックした表情でも、泣きじゃくった表情でもなく、迷いを断ち切ったスッキリとした爽やかさすら感じ取れる顔だった。
「でも弓は一つしかないからお互いに見えている状態じゃ、一人倒せてももう一人に狙撃されて負けちゃうよ」
もちろんエルフゾンビたちとリヴィアがそううまく狙撃が成功するわけはないと征司もわかっているが狙撃戦で2対1の状況になるのはできるだけ避けたかった。それにエルフゾンビが本当に二体だけなのかどうか、征司はさきほどの反省も含めて警戒していた。
「はい、だからここはアズマさんに倣っていきます」
「アズマさんに?」
「派手に殺ってやる」
征司の表情は悪だくみをしている不吉な笑みだった。
―数分後―
征司たちは屋根に上り、エルフゾンビに狙われないように這いつくばりながら周囲を見渡した。
征司たちの建物はゾンビに囲まれているが、征司たちが屋内に入って時間が経っているため、屋内に入り込む素振りはすでに無く、家の周りをうろついているだけだった。
「エルフゾンビはいる?」
征司は家の周りの様子を確認して、リヴィアは遠くを見て別の方向を警戒していた。
「家の周りにはいないですね」
狙撃できるエルフゾンビの位置確認は最優先事項だった。
「セイジ!見つけた」
「本当ですか!?」
「セイジの読み通りだよ。エルフゾンビはほとんど動いていない」
征司はエルフゾンビについて一つの仮説を立てていた。
ゾンビは本能でしか行動できないため複雑な行動はできない。だが、エルフゾンビは弓を扱うことができる。この矛盾をリヴィアはエルフは本能で弓を扱えるため、ゾンビになったエルフは弓を扱うことができるのではないかと言った。とんでもない理論だが、恐らくその考えはあっていると征司も考えた。征司が確認できたエルフゾンビは弓は扱えても、弓を射る動作は遅く、一度射るごとのインターバルは長かった。つまり弓が射ることができても、動作のスピードは鈍間なゾンビと一緒なのだ。ゾンビが弓を使えるだけ。確かに弓を使えることは恐ろしいことだが、それ以外が一緒だったとしたら...征司はそう考えた。
エルフゾンビは獲物が見えたら弓(あらかじめ弓を所持していることが条件として)を使って獲物を射る。獲物を仕留めたら近づいて食う。だが、仕留めた獲物が征司みたいに落ちたりして見えなくなったらどうなるのか?
答えは「何もしない」だ。他のゾンビは人間を見つけたら近づいて襲ってくる。しかし、建物に隠れられて見失えば、扉や壁を叩くことがあっても扉を開けたりはできない。そして時間が経てば見つける前の徘徊行動に戻る。したがってエルフゾンビも矢で射っても、獲物を見失えば徘徊行動に戻る。仕留めた獲物をわざわざ探しにはいかないのだ。
だから征司は攻撃してきたエルフゾンビたちもその場を徘徊しているのではないかと考えた。
「よし!リヴィアさん、作戦通りお願いします」
「わかった」
頷くとリヴィアは来た道を戻るように屋根の上を飛んでいった。
そして征司はエルフゾンビに向かって叫んだ。
「こっちだ!能無し!!」
その声は当然エルフゾンビたちに届き、エルフゾンビ二体は征司を見つける。そして弓を征司の方向に向ける。しかし、征司は叫ぶのと同時にエルフゾンビのいる場所に目がけて蓄音石を投げた。そして征司に向かって矢が放たれるが、征司は投げ終わったらすぐ身を伏せたので、矢が征司に命中することはなかった。
―リヴィアサイド―
リヴィアは少し移動してエルフゾンビから見えない角度から弓を構える。だが、エルフゾンビを隠れて狙撃するためではない。征司が懸念しているエルフゾンビの三体目がいる可能性があるからだ。よってリヴィアが狙うのは、
「お願い、届いて!!」
リヴィアは渾身の力で弓を射る。放たれた矢は街の上空を駆ける。そして見事にアズマたちのいる城壁の上に届く。
―アズマサイド―
「なんだ?矢?何かついているぞ」
リヴィアの放った矢には手紙が巻き付けてあった。リヴィアは遠くにいるアズマたちを屋根の上から発見し、城壁に矢が届く射程に移動したのであった。
アズマたちは飛来した矢文を読む。
『弓を使うゾンビがいる 歌に向けて砲撃して』
最低限のことが書かれた手紙だった。アズマは最低限のことしか書かれていないことから、それしかかけないような危機迫る状況であることを理解し、部下に指示を出す。
「てめえら、撃てる用意だ!俺の合図で砲撃しろ!!」
「わかりやした!!」
征司は蓄音石についてリヴィアに確認をとっていた。前回使用した際には込めた魔力に応じて録音した音が流れ続けるという説明だった。そこで征司は音量を変えることはできないのかリヴィアに確認をとった。リヴィアは可能だと答えた。しかし、現代のミュージックプレイヤーのように高性能なわけではないので、再生時間と音量が比例してしまうらしい。大量に魔力を込めれば長時間再生で大音量になってしまうのだと。そして、込めた魔力が消費されていくほどに音は小さくなるらしい。
征司が蓄音石が絡みついたゾンビが襲ってきた際にエルフゾンビは歌に誘導されて移動していなかった。それはエルフゾンビの位置まで音量が届いていなかったからである。ライボンと脱出に使用した際はかなりの音量だったが、時間が経ち音量が小さくなっていたのだ。
ライボンの弟子であるリヴィアなら蓄音石に魔力を込められると思い、征司はありったけの魔力を込めてもらうようにリヴィアにお願いし、前回の音量を超える爆音がエルフゾンビに向かって投擲され、音を鳴らし続ける。
周囲のゾンビだけではなく、街中といっても過言ではない全てのゾンビが蓄音石に向かって歩み始める。
当然、その歌声はアズマたちにも届き、アズマは手紙の『歌』の意味を理解する。
「あれが『歌』か。よし、ゾンビが集まってきた。あそこを撃て!!」
アズマたちによる砲撃が開始され、集まったゾンビたちが吹き飛んでいく。大音量の歌声と大砲の着弾音に導かれて、ゾンビたちは行けば自分が吹き飛ぶことを理解できず、歩みをやめない。
―征司サイド―
砲撃が開始されると征司は隠れるのをやめて、屋根の上に腰を下ろして砲撃されるゾンビたちを眺めていた。征司の視線の先には辛うじて砲撃の直撃を避けて生き残っているエルフゾンビの姿があった。征司とエルフゾンビは目が合っていた。しかし、押し寄せるゾンビと爆風によって弓を構えることができず、征司に矢が放たれることはなかった。
征司は転んでは立ち、弓を構えようとして、また倒れるエルフゾンビの姿を無表情で眺めていた。そして何度目かの砲撃がエルフゾンビに命中し、征司の視界からエルフゾンビは消えた。消えたことを確認して征司は再び立ち上がる。
―数分後―
砲撃によって蓄音石が破壊されたのか、歌声が聞こえなくなる。その頃には大門周辺にいた大量のゾンビは消えており、ボンドたちが大門の瓦礫を片付ける作業に入っていた。そこにアズマたちが合流し、作業の手伝いと砲撃を生き残ったゾンビの駆除を行っていた。
征司も瓦礫の撤去を手伝っていた。リヴィアは教会と集会所に作戦の成功を伝えにいき、しばらくしてレインたちが大門にやってきた。
「レインさん無事だったんですね」
「君たちも無事で何よりだ」
「でもガウさんが...」
「ああ、リヴィアから聞いたよ。最後まで兵士の務めを果たしたんだ。君が責任を抱える必要はない。リヴィアにも言われたと思うが、ガウの助けた命、無駄にするな。君が抱えるべき使命はそれだ」
「はい!」
征司の返事を聞くとレインはほほ笑んでアズマとボンドの元へと去っていった。
―数時間後―
瓦礫の撤去が完了して、大門が閉められた。もう外からゾンビが入ってくることはなくなった。
夜を迎える前に死体が大門前に集められ、まとめて火葬された。キャンプファイヤーのごとく盛大な炎が夜になっても燃え盛っていた。生き残った住人たちは死者たちを弔うため炎から離れようとしなかったが、さすがに夜は潜んでいるゾンビに襲われる心配があるため、集会所に戻された。
征司は夜になっても集会所には戻らず、城壁の上から大門前の炎を眺めていた。
「朝まで眺めているつもり?」
「リヴィアさん...」
いつの間にかリヴィアが隣にいた。
「敬語!」
「それまだ続いてたんですね...」
諦めない人だと感心する征司。
「何考えてたの?」
隣に座るリヴィア。
「これからのことです。街をどう復興していくとか、街の外はどうなっているのかとか。この世界はどんな世界なのかとか...」
「前の世界が恋しい?」
心配そうに見つめるリヴィア。
「一度死んでますからね。前の世界に別に未練はないですよ。ただ、この世界で生きるのは...いえ、生き残るのは大変だなと思って」
遠くを見る征司。
(知らない世界に放り出され、さらにゾンビが蔓延っている世界だなんて、一番困惑しているのは征司自身だ)
リヴィアは立ち上がり、
「セイジ!欲しいものはある?」
「え?」
「誕生日でしょ?こっちの世界には誕生日の人にはプレゼントをあげる風習があるの」
「その風習は前の世界にもありましたけど...」
「何かないの?」
征司は考えるが、転生を果たしたばかりでこの世界にどんなものがあるかもわからなかったし、そもそもこの非常時でプレゼントが用意できるとも思えなかった。
「何かないの?」
「じゃあ、歌をお願いします」
「歌?」
「蓄音石に入ってた誕生日を祝う曲を歌ってください」
「今日散々聞いたのに?」
「あれはライボンさんのための曲じゃないですか、それにリヴィアさんの歌声は綺麗ですから、録音じゃない生歌が聞きたいです」
いきなり褒められて照れるリヴィア。
「じゃあ、こっちからひとつだけ条件」
「なんですか?」
「敬語をやめて」
「こだわりますね」
リヴィアは作戦開始の前に、征司に対して怖くないのかと質問し、征司は怖くないと答えた。その時から征司に対して距離を感じ、この人は距離を縮める気がないのだと思い、少しムカついていた。結果、征司は自己犠牲に走ろうとした。だから敬語をやめさせることは征司と心の距離を近づける意味があった。
「わかりましたよ...いえ、わかったよリヴィア」
根負けし、敬語をやめた征司。
「よろしい」
「リヴィア、君の歌が聞きたい」
征司は笑いながらリヴィアにお願いして、リヴィアもそれに笑顔で応える。
「♪♪~♪♪~♪♪~」
夜中だというのに、綺麗で透き通る歌声が街に響く。その歌声に導かれるゾンビのうめき声はなく、それを聞いているのは征司だけだった。
少し照れくさそうに歌うリヴィアを見ながら征司は決意する。
(さよなら歩見征司、そして誕生日おめでとうセイジ、僕はこの世界で彼女たちと生きる。生き残って見せる)
異世界転生先はファンタジー世界でもゾンビパンデミックだった。もっとも役に立つチカラはゾンビ映画の知識だけ。
それでもセイジは明日を願って生き続ける。