第十三話 精一杯の嘘
征司は屋根から屋根を飛んでいた。アズマが大砲を設置する位置とは反対方向を目指して移動し続ける。うまくエルフゾンビの注意を引きつけることに成功したため、矢が飛んでくる。エルフゾンビが弓を使えると言っても所詮はゾンビ。動きは遅く矢が連射されることはなかった。
(やっぱりゾンビだ。盾で隠れていない足を撃つとか、考えた狙撃はしてこない。だが、矢が盾に命中した際の衝撃がキツい...)
矢の衝撃自体は大したことはないが、屋根の上という不安定な場所で矢を受けることと、現代人である征司の戦闘経験の少なさが防御の難易度を高める。
(だが、移動が終われば後は防御に徹するだけでいい。これなら...)
征司はそう思い、エルフゾンビの矢を受けてから、次の屋根へと飛ぶ。エルフゾンビは連射ができないため、弓を放った後なら飛んでいる最中に攻撃されることはないと判断したからである。飛んでいる際はうまく防御できないため、攻撃されるわけにはいかない。
しかし、征司は根本的な見落としをしていた。
征司が飛んだ瞬間に矢が飛んできた。矢は盾に命中したので征司は無傷だったが、空中で被弾したため、体制を崩し、地面に落下した。
「ぐっ...」
受け身も取れず落下したため、征司はその場で蹲る。
「予想するべきだった...二体目を...」
征司は矢が着弾した瞬間、征司は見た。自分が注視していたエルフゾンビとは別のエルフゾンビの個体が自分を狙っていたことを。
落下の音を聞いてゾンビが征司の元へと集まってくる。
「まずい...屋根に上がらないと...」
ぼろぼろの身体をなんとか立ち上がらせて歩こうとするが、身体がふらついて、うまく歩けない。
「!?」
征司は止まり、後ろを振り返る。聞いたことのある音がしたからだ。
「♪♪~」
音は音でもそれは曲だった。リヴィアの歌声だった。征司が振り向いた方向からゾンビが1体やってくる。そのゾンビには鉄線がぐるぐる身体に巻き付いていた。恐らく鉄線のあった場所に突っ込んだのであろう。そしてその鉄線の隙間に蓄音石が引っかかっていた。
蓄音石の歌声に引き寄せられてゾンビの大群が征司に迫る。
「マズい!」
慌てて振り向いた頭を前に戻して、近くにある家のドアを目指す。しかし、今の征司の身体ではゾンビの歩くスピードと大差なく、大群の先頭を歩く鉄線のゾンビに今にも追いつかれそうだった。
ふらつきながら考える征司。
(蓄音石の音に導かれて大門周辺のゾンビはこっちにきているはずだ。エルフゾンビたちもこっちにきているはず...作戦はうまくいくはず...)
征司は躓き倒れる。しかし、焦る様子はなく再び立ち上がり歩み始める。
(ボンドさんたちは大門まで移動できたかな?)
自分の状況よりも街の人々のことを気にしていた。
(アズマさんたちは大砲を城壁に設置できたかな?)
一度躓いたことで鉄線のゾンビは征司のすぐ後ろまで来ていた。
(レインさんたちは無事かな?)
なんとか近くの家のドアまで来ることができ、ドアを開けようとするが、後ろにいるゾンビは征司に噛みつこうとしていた。
(僕はもう死んでもいいかな?)
征司がゾンビに噛みつかれようとした瞬間、ゾンビの頭に矢が刺さり、ゾンビは征司に倒れこむ。
「??」
ゾンビの体重が征司にかかり、手で開けたドアを頭から家の中に倒れるようにして入った。わけがわからなくなった征司はゾンビの頭に矢が刺さっていることを確認するほかなかった。
「セイジ!!」
怒鳴り声とともに矢を構えたリヴィアが家に入ってきてすぐさまドアを閉じて鍵をかける。蓄音石から流れる歌声を止めて、征司を平手でひっぱたく。
「馬鹿!!」
「リヴィアさん??」
「誕生日に死ぬなんて駄目だよ!そんなの許さない!!」
涙を流しながら征司を見つめるリヴィア。
「誕生日?」
征司は自分の誕生日をリヴィアに言っていないし、そもそも今日ですらなかった。困惑する征司。
「君は別の世界から生まれ変わってこの世界に来たんでしょ?だったら今日が君のこの世界での誕生日じゃない!!」
そういう考え方もあるのかと納得する征司。
「誕生日に死ぬなんて駄目だよ。そんなこと王様だってしないし、神様だってしないよ!!」
「そんなことはないと思いますけど...」
今度は冷静に否定する征司。
「この世界ではそう決まってるんですっ!!」
絶対嘘だと思う征司。
「だから生きて...自分を犠牲にしようなんて考えないで...」
誕生日に死ぬのは駄目。それはリヴィアが考えた嘘。死にゆく征司を引き留めるために考えた精一杯の嘘。
「リヴィアさん...僕の考えた作戦で人が死んだんです。僕を庇ってガウさんが死んだんです。僕が責任をとらないといけないんです...」
この世界に来て初めて弱々しい表情を見せる征司。
「ガウさんも言ってたじゃない。セイジの作戦がなければみんな死んでいたって。ガウさんだって今日死なせるためにセイジを助けたんじゃない。生き続けてほしいから助けたんだよ」
ドアの向こうにはゾンビの大群が家に入ろうとドアや壁を叩く音がする。だが、二人はそんな音を気にせず、話し合う。
「だから生きて。これが終わったら君の誕生日を祝おう。だから死なないで」
征司の手を握り、涙を流しながら笑顔を見せるリヴィア。
「そして、明日からも生きて。これは私のお願い...」
ちょっと照れくさい表情で言うリヴィア。
「ふっ」
そんな顔をみて少し噴き出してしまった征司。
「笑わないでよ!」
リヴィアは顔を真っ赤にして怒る。
「ごめんごめん。でもありがとう。元気がでた」
さっきまでの弱々しい表情をやめ、憑き物でも落ちたかのようにほほ笑む征司。
「二人でがんばろう」