第十二話 それはいつだって突然で
「ボンドさんはどこですかね?」
大門周辺の建物にいるであろうボンドを探す三人。だが、当初の作戦では教会の鐘が鳴り次第、瓦礫を片付ける手筈だが、ゾンビが大門前に集中しているため、ボンドたちはゾンビに見つからないように待機しているはずである。
「屋内に入るのは危険と言ってありますから、屋根の上にいると思いますけど」
「それならあの建物の上から探そう」
ガウは周辺で一番背の高い建物を指さす。屋根の上に行くためにハシゴも付いていた。
「あそこの上からならどの屋根に居ても見つかるはずだ」
その建物の位置は大門の広場にかなり近く、アズマが準備している城壁の上からは少し離れた位置だった。
「わかりました。あの建物に登りましょう」
あの高さの上に行けばゾンビに見られてしまうかもしれないが、ゾンビが上がってくることはできない。ハシゴもあるし、移動も簡単だろう。
―数分後―
屋根の上に行くのはハシゴのおかげで簡単だった。
「かなりの数のゾンビですね」
屋根上から見れる大門前の広場の光景は酷かった。ゾンビの大群。デモ集会や人気バンドのライブ会場のような混雑状況。
「この街の人間だけじゃないな。外からも大勢集まっているんだろう。これなら集会所ど籠城していても、集会所内の暴動が発生するよりも前にこの大量のゾンビで殺されているだろうな」
三人は圧倒されるような光景を見ながらも、建物の上からボンドたちを探し始める。
しかし、ボンドたちは簡単に見つかった。三人の居る建物の二軒手前の屋根にボンド達はうつ伏せの姿勢でいた。
「ボンドさん!」
ガウが上から声をかける。その声を聞いたボンドが振り向き、顔を上げ、三人を見つけて口を開ける。
「馬鹿野郎!伏せろ!!」
「!?」
一瞬三人は何を言われたのかわからなかった。
少しの、ほんの少しの硬直が運命を分けた。立っていたのは征司とガウ。リヴィアはハシゴを昇り終えようとしているところだった。一番最初に行動に移せたのはガウだった。恐らくは職種の違いなのだろう。戦闘職、街の警備をしている兵士であるガウにはボンドの言った言葉が頭の中で処理される時間が二人より少しだけ早かった。ガウはボンドの言葉を聞いた後、目の前にいた征司の頭を無理矢理地面に押し付けた。
彼は自分の安全よりも他人の安全のために時間を割いた。
「え?」
だから、ガウは飛んできた矢が頭に刺さり、その衝撃で地面に落ちた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
目の前でガウが落ちていくのを見て、リヴィアが叫ぶ。征司もパニック状態だったが、リヴィアの叫び声で少しだけ正気を取り戻し、急いでリヴィアの口を押えて、二人とも屋根の上でうつ伏せになる。
ガウがどうなったかは確認できていない。しかし、頭に刺さった矢と高度からの落下、そして下で待ち構えるゾンビ、状況は確認しなくても理解できた。
「ボンドさん!どういうことですか!?」
征司はうつ伏せの状態で、別の建物の屋根にいるボンドに話しかける。
「お前が言っていた特殊な事例ってヤツだ!」
特殊な事例。征司は作戦開始前に知能の低いゾンビ以外にもゲームのボスキャラみたいな他の個体とは違うゾンビが登場する作品もあることを話していた。
「エルフのゾンビだ!あのゾンビは弓が使えるらしい!」
「弓を使うゾンビ!?」
知能が低ければ道具を使うことなどできないはず。そう思っていた征司だが、あくまで自分の知るゾンビはフィクションの話。現実のゾンビとは違うのかと困惑する。
「征司、お前はゾンビになったヤツは知能が低下するとか言ってたな。多分それは間違いじゃない。だが、エルフの知能は元々高い。腐っても頭が良かったってことなのか?」
(そんなことがあるのか?腐れば元々の頭に良さとか関係ないはずだ。本能だけで動くはずだ。原始的な行動のみのはず......)
征司はガウを失ったことで頭が回らない。
「ぷはっ!」
リヴィアが征司に口を手で押えつけられていたのを無理矢理解く。時間が経ったことと息のしづらさで正気を取り戻したようだ。
「セイジ、エルフはね、子供でも教えられなくても弓が使えるんだよ。先祖の記憶が身体に生まれつき宿っているんだって言い伝えがあるの...。だから、頭がからっぽでも身体が覚えているからゾンビになっても使えるんじゃないかな...」
「生まれつき...」
(生まれつき弓が使えるってことは即ち本能による行動。エルフは本能で弓の使い方を知っているのか。弓を持った状態でゾンビになればゾンビの弓兵になるってことなのか?つまりそれは他の種族がゾンビになれば...)
「エルフのゾンビに狙われて俺のところのが2人やられた。そこからずっとここに釘付けだ。他のヤツらはどうなっている?」
ボンドの言葉でリヴィアが危険に気づく。
「セイジ、このままだと城壁の上を通るアズマさん達が狙われちゃう...」
リヴィアの言う通り、何も知らないアズマは大砲を運びながらゆっくりとこの上の城壁を通る。輸送中は無防備、被害が拡大し、作戦続行が不可能になってしまう。
征司は少しだけ目を閉じて考え、呟く。
「誰かが囮になって引きつけるしかない」
「囮!?」
征司の呟きはボンドまで届かなかったが、リヴィアの声で伝わった。
「囮なんて無茶だ。矢を避け続けるのも、盾とかで防ぐのも屋根の上じゃ無理だ!」
ましてや下に降りて行動するのも不可能なのは誰もが理解している。
「俺がやります。少しでも長く引きつけるので、ボンドさんたちはその間に移動してください。リヴィアさんはアズマさんが来たら矢文で現状を知らせてください。そしてチャンスがあればエルフゾンビを狙撃してください」
「待って!!セイジが囮になるの?どうしてそんなに無茶をしようとするの?あなたは怖くないの?」
作戦開始前にもリヴィアは征司に同じ質問をした。征司の答えは変わらなかった。
「怖くないですよ。リヴィアさん、僕がこの街の誰より命を張るべきなんです。僕はよそ者だから...」
悲しい顔でリヴィアを見つめる征司。
「よそ者だなんて思ってないよ!そもそもよそ者だって思ってるなら今日会った人たちのためにどうして危険を冒せるの?」
「僕は別の世界から来ました」
征司はリヴィアに秘密を打ち明ける。これから秘密にする必要がなくなると思ったからだ。
「別の世界?」
突然の話で理解ができないリヴィア。
「魔術の一種だと思ってください。自分が死んだとき別の世界で生まれ変わる魔術。僕はそれを偶然発動できて二回目の生としてこの世界に来ました。だから僕は他人より人生をズルをしているんです。それにガウさんが命を懸けて僕を救ってくれた。だから次に命を懸けるのは僕です」
どうせ一度死んだ身だ。それが征司の行動理念。しかし、自分以外の命は尊重する。聖人のような考えにも聞こえるが、征司は自分の作戦で人が死んだこと、ガウが自分のために死んだことに負い目を感じているのだ。ようするに「逃げ」だ。自己犠牲で責任を取ろうとしている。
「そんなこと...」
リヴィアは言い淀む。征司の目はこれから死んでいくことを覚悟している者の目だった。もちろん、リヴィアは20年と生きていない人生でそんな目を見たことはなかったが、征司の目が今までに見たことのない、真剣さと不気味さを感じ取り、
(セイジは今から死のうとしている...)
わかってしまったのだ。その征司からでる死相に威圧され、言葉がでない。
「リヴィアさん、後を任せます。そしてありがとう。最後に会えたのがリヴィアさんで良かった」
笑顔でそう言って征司は屋根の板を一枚剥がして盾代わりにして、屋根を伝って、ゾンビの群れに近づいていく。
「こっちだ!!」
大声を出し、ゾンビの注意を引く。
「セイジ!!」
リヴィアの呼びかけに征司は振り向かない。
「若いのに無茶しやがる...野郎ども!セイジの作ったチャンスを逃すな。俺たちも移動するぞ!」
ボンドも移動を始める。
「・・・・・・」
リヴィアだけが動かなかった。
ゾンビによるパンデミック。エルフのゾンビ。征司の別の世界から来た話。ガウの死。死にゆく征司。一度に多くのことが起きて、頭の整理なんて誰も追いついていない。リヴィアも例外ではなかった。
「セイジ...駄目だよそんなの...」
先ほどの征司の笑顔が頭から離れないリヴィア。これから死のうとするものの笑顔がこんなにも人を苦しくしてしまう。リヴィアは泣いてしまいこの場から動けなくなってしまった。
リヴィアの周りから人が居なくなり、ゾンビのうめき声だけが響き渡る。否、うめき声以外にもリヴィアには聞こえる音があった。
「これって...」
それはリヴィアには聞きなれているような、聞きなれていないような曖昧な音だった。しかし、その音が何なのかはわかった。多分リヴィアが一番わかる音だったからだ。
その音を聞いて何かに気づき、リヴィアは立ち上がった。
「そうだよ...駄目だよセイジ。今日死ぬのだけはダメだよ!!」
その表情はすで泣き止んでおり、怒りの表情に変わっていた。
そしてリヴィアは征司の元へと駆けて行った。