第十一話 嵐の中の静けさ
征司、リヴィア、ガウの三人は教会の周囲が完全にゾンビで満たされる前に鐘楼の塔から垂らしたロープで教会を脱出し、アズマたち大砲チームへと合流することにした。
「レインさんたち大丈夫かな?」
置いてきたレインたちを心配するリヴィア。
「隊長たちなら大丈夫です。警備兵は強いですから...」
リヴィアを安心させる言葉を言うガウではあるが、あのまま教会で籠城し続けたらレインたちが死ぬことはガウにも分かっている。
「アズマさんのところへ急ぎましょう」
走る三人。大多数のゾンビが教会に引き付けられているので、道を選べばほとんどゾンビに会わずに移動することができた。
「アズマさん!」
「来たか...ん?三人だけか?」
「はい...実は...」
大砲輸送を開始したアズマたちに征司は教会の事情を説明した。
「そうか...だがこっちが手薄になっているのなら仕事は早く済むはずだ。急ぐぞ!」
「押忍!!」
「心配すんな。リヴィア嬢ちゃん。レインとは長い付き合いだが、あいつが負けるところなんて見たことねーよ」
「そうだよね...」
アズマもリヴィアを慰めるように優しい言葉をかける。
(明らかにヤクザだけど根は優しい人なのかな?)
征司はアズマに対して少しだけ好感を持つようになった。
「それにしてもこの大砲かなり大きめですね」
アズマたちが運んでいる大砲は口径が800ミリ、全長5メートルはあるかなり大型のものだった。重さもかなりのものらしく、リューラン会の若衆10人でなんとか押している。
「おう、こいつの弾なら砲撃の音も砲弾の着弾の音もとんでもないはずだ」
「この大砲何に使うつもりだったの?」
「集会所でも言ったが俺たちは使わねーよ。これが欲しい奴らがいてな。そいつらに戦争が終わって安く仕入れたこの大砲を高値で売る予定だったんだよ」
「この大砲の買い手はどんな奴らだったんですか?」
征司は非常事態ではあったが、大砲の重さがかなりのものなので移動が遅かったことと、教会にゾンビが集中してゾンビに遭遇しなかったこともあり、会話をする余裕があった。純粋な興味とこの世界の情勢を知るためにアズマに質問した。
「さあな、俺たち日陰者は事情を聞かずに売ることがマナーだからな、詳しくは知らねえが、国の反逆者連中ってところだろ」
(どんな世界にも過激派がいるってことなのか?戦争?どこの国と?もう終戦している?)
1度の質問の答えで10の疑問が増えていく。きりがなさそうなので、征司は話を切り上げた。
「この大砲の威力なら音を出すためだけじゃなくて、ゾンビどもを集めて当てれば一気に倒せるかもしれないな」
「それもいいかもしれませんね」
ゾンビの群れとの闘いはゾンビの不死性と死者が蘇るという仕組みゆえに、数を減らすために殺すというのは体力と資源の無駄である。ゾンビの知識を一方的に持つ征司があんまり人の意見を否定するというのも良くない気がしたので征司はアズマの提案を適当に流した。
(音を出してしまう兵器である以上、威力を重視した使い方は得策じゃない。やはりこの大砲は音の発生装置とゾンビの誘導装置として扱うのが良さそうだ)
「兄貴!大変です!」
先行して大門の様子を見に行っていたヤスが慌ててアズマの元に戻ってきた。
「どうしたヤス?大門に何かあったのか?」
「それが、ゾンビが大門に集まったままです!」
「!?」
「どうしてだ?教会の鐘のあの音量なら街のどこにいても聞こえるはずだ。どうして大門に留まる?」
ガウがヤスに問う。
「それが大門前の広場で歌が流れているんですよ」
「歌?」
「ええ、誕生日のお祝いの歌でした」
「あっ...」
征司とリヴィアは顔を合わせる。
「どうして?蓄音石は確かに大門の方向に投げたけれど大門まで届くはずない!」
「とんでもない偶然かもしれませんが、投げた蓄音石にゾンビが集まり、手か足に引っかかって、人参を目の前にぶら下げられた馬のように集会所まで移動したのかもしれません。それか音の鳴る蓄音石をゾンビが食べて安全に大門まで運ばれたか」
ゾンビの習性は知っているつもりでも所詮はフィクションの情報。この現実に存在しているゾンビとは習性のズレがあるのかもしれないと征司は考える。このズレの差が死を招くからである。予想外を想定しなければならないという無理難題が征司の胸を苦しめる。
「どうしようセイジ?私たちのせいで作戦が台無しになっちゃう!」
あたふたしているリヴィア。悩むセイジ。
それを見てアズマが、
「それなら大砲で城壁の上に設置して広場にぶっ放せばいい。それで音源を木っ端微塵にしてやるよ。なんなら大門に散らばってる瓦礫も吹き飛ばせばいい」
「城壁の上に大砲を持っていけるんですか?」
「この街は元々城塞都市だぜ。外から来る敵を倒すのに城壁の上に大砲を設置できるように城壁の下に大砲とかの大荷物を上げ下げできるようになっているんだよ」
元々そこから放つつもりだったしな、とアズマは特に現状をピンチとは思っていない顔をしている。
「本当ですか!?」
城壁は高さ10メートルはある。城壁の上ならゾンビもくることができない。それに大砲の位置を城壁の上で変えるうことができる。
「荒っぽい作戦になってしまいますが、それでいきましょう。でも大門ごと吹っ飛ばすのは最後の手段ですね。さらに瓦礫を増やすことになりそうですし」
「よし、そしたら大門近くに潜んでいるボンドたちに連絡する必要があるな。お前たち三人ともそのままボンドのところに行ってくれ。大砲の輸送は俺たちだけで問題ない。ただ蓄音石の正確な位置は上からじゃ分かりにくいだろうな。そっちでなんか合図を送ってくれや」
「分かりました。では、リヴィアさんの矢を放った位置を砲撃するということで」
アズマと砲撃の打ち合わせをして、再び、征司、リヴィア、ガウの三人はアズマの元を離れて、ボンドたちの大門チームの元へと向かう。
「アズマのヤツ、街中で大砲をぶっ放そうとするとは危険なヤツだな」
「でも結構名案だと思うけど?」
街の治安維持を任されている警備兵の副隊長のガウとしてはヤクザモノのリューラン会リューラン会とアズマを認めるのは癪ならしい。
「セイジ!」
「どうしたんですか、ガウさん?」
「俺は正直あんたを信用できていない。この騒動と同じタイミングで現れたよそ者を信用するのは難しい」
ガウの言った言葉は本来、口に出す言葉ではないことであろう。ましてや本人に対して言うことではない。その言葉を本人の前であえて言ったのはガウの中で征司に対する考えが揺れているからであろう。
「だが、あんたの知識は実際に役に立っている。あんたがいなければ数日後には集会所で全員死んでいただろう。この作戦は街の希望になっているんだ。そのことには礼を言う」
「ガウさん...」
「ガウさんは不器用だな~」
リヴィアが茶化す。
「う、うるさいですよ!リヴィアさん!」
顔が赤くなるガウ。
「とにかく、セイジ、あんたは怪しい反面、街の希望でもある。俺個人で信用するのは難しい。だから、任務としてあんたを守る。あんたについて考えるのは作戦成功の後だ。無論、怪しい行動をとるなら直ぐに拘束させてもらう」
「わかりました。ありがとうございます」
セイジとガウの心の距離が少しだけ縮まった気がした。