第十話 鐘の音が鳴る
「リヴィアさん、準備はいいですか?」
征司は屋根に登ったリヴィアに確認する。
「いつでもいいよ、あと敬語!」
返答しながらリヴィアは敬語をやめない征司をことあるごとに注意する。
「じゃあお願いします」
度重なる注意に返事をするのをめんどくさがって無視して指示をだす征司。
(無視した!この人!)
征司と警備兵たちは教会内のゾンビたちに自分たちの姿が映らないように扉を開ける。扉を開けると同時にリヴィアは怒った顔で弓を教会の正面の建物に向かって射る。
『パァン!パリンッ!』
放たれた矢は征司たちが事前に並べた陶器に命中する。陶器は高い位置に設置したため、矢が当たった時と命中し割れた破片がさらに地面に落ち、二重で大きな音が鳴る。陶器は大量に設置しており、リヴィアは矢をどんどん射っていく。
その連続して発生する大きな音に反応して教会内のゾンビが外に出て正面の建物へと向かっていく。征司たちはゾンビの視界に入らないように開いた扉の裏側に隠れている。
教会内から足音やうめき声が聞こえなくなったのを確認して征司たちは教会に侵入する。屋根にいるリヴィアにハンドサインでこっちに来るように指示を出す。そしてリヴィアが教会に入ると全員で扉にバリケードを構築していく。
「本当にゾンビになってしまった者たちには知性がないんだな」
レインがバリケードを作りながら呟く。
「ええ、彼らは本能だけで動いているはずです。そこいらの動物よりも頭は悪いはずです」
「矢が放たれているのを見れば普通矢が飛んできた先を見るはずだが、ゾンビは音の発生源しか見ていなかった。扉が突然開いたのに扉の裏側を確認することもなかった...」
ゾンビは元人間であるため、どうしてもこの世界の人たちはゾンビと人間の法則を重ねてしまう。この世界の人々だけではパンデミック発生直後では思いつかない策であった。単純な作戦ではあったが、非戦闘員のリヴィアを安全圏に置きながら重要な役割を担わせ、尚且つ戦闘を一切行わないゾンビ知識のある世界から来た征司だからこそ思いつく策であった。
「レインさんやガウさんの武力は戦闘でとても役に立ちますけど、相手はゾンビです。こちらの味方は死んだ分だけゾンビになり、きっと頭をつぶさない限り体力の概念もない敵です。真正面から戦うのは得策ではありません」
「そうだな、こちらは体力に限りがある以上は戦わないことを前提とした作戦の方がいいだろうな」
「ですがそれではいつまで経っても前の暮らしには戻りませんよ!戦わなくては!」
ガウは逃げることに対して反対的であった。
「ガウさん、僕が言うのもなんですが、ゾンビの情報が僕のおとぎ話の情報だけの段階では戦闘は避けるべきです。今後どんな例外のゾンビが出てくるかわかりません」
「それならお前が話したことで余計混乱を招くことになるかもしれないだろう」
「それは...」
征司は反論できない。
ガウはよそ者の征司を信用しておらず、征司を敵視しているがガウの言っていることにも一理ある。あくまで征司の話はゾンビ映画のフィクションの話。現実で起きることが全て映画の通りの設定とは限らない。確証のない話を基準に行動したことによって映画と違うことが起きた時、犠牲者が出る可能性は大いに存在した。
そして征司もそれを理解した上で話していたため反論ができなかった。
「ガウ、やめろ」
レインが止めに入る。
「セイジ君の情報は少なくとも現在役に立っている。戦争においてよく使われる戦術はあっても必ず使われる戦術というものはないんだ。例外はどんなときにも必ず潜んでいる。兵士であるなら非常事態に対応しろ」
「了解です...」
ガウは黙ってバリケード作成に戻った。
―数分後―
バリケードの作成が終わり、鐘楼の塔からロープを垂らし、大門へ移動するメンバーが脱出できるようにする。
「では鐘を鳴らすぞ。準備はいいか?」
レインが全員に確認をとる。全員無言で頷く。
「よし!」
ゴーン!ゴーン!
鐘の音が身体に響く。レインは勢いよく鐘を鳴らし続ける。恐らく教会の神父はそんなに強くはいつも鳴らしてはいないだろうことが転生者の征司にもわかる。
「この音量なら街全体に聞こえるでしょう」
「隊長、交代で鳴らしましょう」
「ああ、頼む!」
「作戦の第一段階は成功だねセイジ」
「そうですね...」
「どうかしたの?」
「いや、何かあるわけではないんですがうまくいくか不安で...」
物事が順調に行き過ぎると逆に不安になることがある。まさに征司は今、そんな気分だった。
「隊長!副隊長!大変です!」
一階にいる警備兵の1人が慌てて呼んでいる。
「どうした!?」
レインは鐘を鳴らしているため、ガウが警備兵の部下のもとに駆け寄る。
「すごい数です!バリケードが破られそうな勢いです」
「なぜだ!?バリケードを突破できる知能も腕力もないはずだ」
「ガウさん!屋根に来てください!」
征司がガウを呼びつける。
「何だ今度は!」
また階段を上るガウ。
「これは!?」
「予想よりも早くゾンビが集まっています」
ゾンビ達は鐘の音を聞いて教会目がけて移動し始めたが、教会近辺にいたゾンビは征司たちの予想より多く潜んでいたらしく、そのゾンビが全て教会に押し寄せている。しかし、鐘の音量が大きすぎて、向かうべき対象がわかっていない。よって、教会の塀に沿って移動し、入り口に集中している。集中したゾンビ達は玉突き事故のように前にいるゾンビをお構いなしに押し潰す。一番前にいるゾンビはもう死んでおり、潰れている状態だった。ゾンビにバリケードを壊す知恵も腕力もなくても大群になれば可能となってしまう。
「ゾンビの恐ろしいところは大群で押し寄せることです。人間は殺すくせに同じ格好をした同胞のゾンビはなぜか襲わない...」
「くそっ!バリケードを固めろ!」
警備兵たちはバリケードの強化を始める。
「レインさん!ストップ!もういいです」
「ああ、鳴らし続ける必要はなさそうだな、間隔を空けて鳴らそう」
「教会の防衛にもっと人を割きましょう」
「こんなに集中するなら大砲の防衛も大門の清掃もそんなに難しくないだろう」
大門にいるゾンビも教会に向かってきているだろうし、アズマの大砲チーム付近のゾンビも少なくなっているはずなので、教会防衛の難易度が上がった分、他の場所の難易度は下がっているはずである。
「セイジ君、今すぐガウとリヴィアを連れてアズマたちに合流しろ」
「三人だけでですか!?」
「教会は予想以上に危険な状態になった...だがそれはここが想像以上に機能しているということだ。鐘は間隔を空けて鳴らし続ける。街中のゾンビが集まってくるだろう。そしていずれバリケードは破られる。そして我々は死ぬ」
「それならなぜ三人だけなんですか!?」
「なら何人なら死んでいい?」
レインは問う。
「それは...」
征司は答えられなかった。
「冗談だ」
レインは少し笑って謝った。
「教会を長く機能し続けるためには最大限の人数がいる。私が死ねば警備兵をまとめられるのはガウだけだ。ゾンビの知識を持つ君を教会に残すわけには行かないし、リヴィアは教会に残すよりも街中を飛びまわせた方が戦力になる」
(これが兵士を長く勤めている者の決断力か...)
征司にはゾンビの知識はあっても元々は人の生死になどほとんど触れたことのない一介の大学生だった青年である。命に関わる決断力が、経験値がこの場の誰よりも足りていない。征司はそれが悔しかった。知識を持つ自分が土壇場で判断と決断を誤れば、遅くなれば誰かが死んでしまうかもしれないのだ。
「わかりました。後は任せます!」
「ああ、行け!君ならできる、街を救ってくれ!」
レインの言葉は激励だったかもしれないが、その言葉は今の征司には呪いにも等しい重りとなった。