第八話 暴食で悪食
イリルを仲間にした後、俺はしばらく休息する事にした。
イビルバットたちとの戦闘で、MPをかなり消費してしまったからだ。
それに精神的疲労もある。
俺は広間の奥まった場所にある大きな岩の陰に腰を下ろす。
二足歩行でちょこちょこと後を付いてきたイリルもまた、俺の隣でうつ伏せに寝そべった。
この場所なら、そうそう他の魔物に見つかったりはすまい。
魔法を使ったり大きな音を立てたりしなければ、だが。
だがそんな俺の思惑はすぐに破綻する事になる。
休憩し始めて十分もしないうちに、イリルから《異常あり》という報告を受けたのだ。
ハッとして隣を見ると、すでに身を起こしたイリルが耳を忙しなく動かしている。
おそらくその優れた聴覚で異変の兆候を感知し、その正体を確かめようとしているのだろう。
まったく、休む暇もないな……。
俺は内心でうんざりしながら立ち上がり、岩場の陰から顔だけ出して外の様子をうかがう。
さしあたって広間内にそれらしき異常は見当たらない。
であれば、消去法的に異変は広間の外で起きている。
まあ十中八九、新手の魔物が近づいてきているとかだろうが。
そう予想するのと、イリルが《危険!》と警告を飛ばしてきたのはほぼ同時だった。
それから間を置かず、複数の赤い輝きと地を這う影が広間の入り口向こうに現れる。
それは濁流のような物量と勢いで、瞬く間に広間内へと侵入してくる。
間近で確認したそれは、小型犬サイズのネズミの群れであった。
とてもじゃないが、迎撃しても即座に捌ける数ではない。
そう判断した俺は地を蹴って空中へと逃れる。
イリルもまた同様に空へと避難していて、俺の近くで飛んでいる。
翼を使っての飛行は初めてだが、問題なく飛べている。
羽ばたく必要がなく、転生前に飛翔魔法で飛行した経験もあるので何とかなった。
さて、このネズミ共をどうしてくれよう。
俺は眼下で蠢く黒い獣の群れを見やった。
一体一体は大して強くなさそうだが、数が多いのが面倒だ。
見渡す限りでは、軽く100匹以上はいそうである。
とりあえず能力を視てみるか。
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《種族》魔獣種・グラトニーラット
《名称》-
《性別》♀
《年齢》0
《状態》飢餓
《能力》
Lv:3/6
HP:53/60
MP:50/50
筋力:6
耐久:6
敏捷:20
精神:3
魔力:5
カルマ:0
ランク:☆
固有スキル:
派生スキル:
種族スキル:
【悪食】【強力消化】【暗視】
【超嗅覚】
技能スキル:
攻撃スキル:
【噛みつき:Lv2】【かじる:Lv2】【体当たり:Lv1】
防御スキル:
特殊スキル:
【同族連携:Lv1】【摂食回復:Lv2】
魔法スキル:
耐性スキル:
一般スキル:
【壁走り:Lv2】
称号:
説明:水中以外どこにでも生息し、飢えると木石すら餌にしてしまう悪食鼠。
繁殖力旺盛で、餌の豊富な場所ではあっという間に数が増える。
魔物としての強さは最低ランクだが、基本群れで行動するために実際の脅威度は馬鹿にできない。
さほど好戦的ではないが、飢えると途端に凶暴性を増す。
なおその肉はかろうじて食用に耐える。
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やはりグラトニーラットか。
ほんとコイツら、どこにでもいるな。
もっとも洞窟だの迷宮だのといった場所では生息してない方が珍しいくらいの雑魚魔物だが。
人社会では、この魔物鼠を見かけたら即駆除が推奨されている。
種族説明にもあったが、放置するとすぐに大増殖するのだ、コイツらは。
とはいえ、人が管理しているダンジョン等では完全駆除せずに、一定数生かしておく場合もある。
現地調達の食料にできるし、魔物の死骸などを食べてくれるので清掃処理の手間が省けるからだ。
どうせ今回コイツらがここにやって来たのも、死骸の臭いを嗅ぎつけての事だろう。
倒したイビルバットの死体をそのままにしていたのが仇となった。
処理する手間を惜しんだ俺の落ち度だが、不可抗力でもある。
地面が岩では埋められないし、魔法で焼却処分しても、肉が焼ける臭いに惹かれてやはり寄ってきただろうから。
まぁ反省は後にして、今はどう対応するかを考えよう。
戦うか放置か。
後者の場合、イビルバットの死骸を食い尽くすまで待てば、そのうちどこかへと去るだろう。
なんならこちらが退去しても良い。
未知の場所への移動になるから、多少のリスクはあるが。
それでもこの数の敵と戦うよりはたぶん安全だろう。
だがしかし、ここは戦う方向で行きたい。
総数はともかく、個体の強さで言えば、グラトニーラットは今の俺やイリルのレベリングに手ごろな相手であるからだ。
そう考えれば、今の状況はピンチではなくチャンスである。
ただその場合、コイツらをどう倒すかが問題となる。
スペックで上回ってはいるが、近接戦をしたらこちらが相手の数に圧殺される。
であれば、空中から魔法で遠距離攻撃するのがベストだな。
俺とイリルの残MPからすると、魔法は撃てて20発程度。
全滅までさせる必要はないにせよ、ある程度の数は削っておかないとその後でこちらが押し負ける。
相手が密集している今なら、【イグニスフィア:Lv1】一発で3~8匹くらいは葬れると思うが……
最低でも6割くらいは倒しておきたいところだ。
範囲攻撃魔法が欲しい。
痛切にそう思った。