第一話 裏切り
呪いの短剣により心臓を貫かれ、俺は死にかけていた。
強力な麻痺毒により、体はほぼ動かせない。かろうじて自由になるのは舌と声帯くらいだ。
その上、ご丁寧に魔封結界まで張ってある。そのため魔法でHP回復や解毒する事もできやしない。
致命傷を負った俺がまだ生きていられるのは、人間離れした強靭な肉体と【自然治癒力向上:Lv6】スキルのおかげである。
とある洞窟内の開けた場所。
硬い岩床の上に這い蹲る俺の目の前には、愉悦を滲ませた表情でこちらを見下ろす一人の少年がいた。
「いいザマだねぇ、アキ兄!」
アキと愛称で呼ばれた俺――織田謙信は激痛を堪え、息絶え絶えになりながら訊ねる。
「な……ぜ、俺を殺そう……とっ、する、ミツ……!」
「くくっ、わからないか。そうか、そうだろうね。アンタみたいに天に愛されてる人間には解らないだろう。僕のような持たざる者の気持ちはさ!」
「…………」
「でも今はとても良い気分だから、察しの悪い勇者様にもきちんと説明してあげるよ。感謝してよね!」
恩着せがましく言って、ミツ――明寺 光如は腰を落とした。不良座りの体勢を取り、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む。
「これは僕の下克上さ! ご立派なアンタと、理不尽でクソッタレなこの世界に対してのね!」
「げこく、じょう……だと……?」
「そうさ! いつもアンタの付属品扱いだった僕が、アンタを排除して勇者に成り代わるんだ!」
宣言するように言って、光吉は立ち上がり手を広げた。
気持ちが昂ぶり、嬉しくてたまらないといった様子だ。
俺はふつふつと湧き上がってくる怒りを抑えながら口を開く。
「俺が、いなくなろう、とも……お前、がっ……勇者に成る、事など……不可能だ」
否定すると、光吉は人差し指を立ててちっちっと横に振った。それから顔に嘲笑を浮かべて言う。
「ところがどっこい。それを可能とするだけの〝力〟がこれから手に入るのさ。アンタのおかげでね!」
「どういう意味、だ……っ!?」
「僕が持っている固有スキル【他力本願】の事は知っているよね? 最近、それの派生スキルを覚えたんだよ。その名も【生贄召喚】。他者の魂を捧げて、魔界から悪魔を召喚するスキルさ。……ここまで言えば解るだろ?」
「まさかっ……!」
聞いた話を咀嚼し、俺は一つの推論を導き出す。
「むら、びとのっ……行方不明、は……お前が!」
「くひひっ、ご名答! そうだよ、僕がやった。アンタの名を使って愚鈍な村人共を騙し、生贄にして悪魔を呼んだんだ! スキルの実験を兼ねて、アンタをこの村に誘い出すための餌役としてね!」
「ッ! そこまで……堕ち、たのかっ……ミツ!」
とある山奥の村で、住人が次々に行方不明になる事件が起きた。
さらに同時期、近隣で下級の悪魔系モンスターの姿が目撃された。
その二件は関連があると推測され、悪名高いナウシズ教団の関与が疑われた。
かの邪教団は悪魔を使役し、構成員個々の実力も高い。そのうえ逃げ足まで早いときてる。
そんな厄介な連中を確実に始末できるよう、俺とミツ、他数人がこの村に派遣されたのだが……。
それが身内の裏切りによる罠だったとは想像の埒外だった。
「事情が解ってスッキリしただろ? だったらしぶとく生にしがみつくのは止めて、そろそろ諦めろよ。勇者らしく潔く死んで僕の糧になってさぁ!」
「ぐっ……」
誰が諦めてやるものか、畜生め……と、強弁したい所だが。
【状態確認】スキルで己のHPを見るまでもなく解る。俺の命は間もなく尽きると。
もう喋る余力もない。瞼が重い。視界も霞んできた。血を流しすぎたせいか、猛烈に寒い。
「おっ、死ぬ? 死んじゃう? 残念、勇者サマの旅はここで終わってしまった! 後は僕に任せて安らかに眠りなよ!」
「…………」
なぜだ、ミツ?
俺たちは幼馴染で、親友じゃなかったのか? そう思っていたのは俺だけだったのか?
お前が俺と較べられ、苦悩しているのは知っていた。俺に助けられるたび、少なからず屈辱や劣等感を抱いただろう事も察してはいた。
だがそうした葛藤はあれど、俺を恨んだり嫌ったりまではしないだろうと……そう見込んでいた俺が悪かったのか?
「ああ! これでようやく忍辱の日々が終わる! 待ち望んでいた僕の天下! 全てが僕のものになる! 強さも名誉も地位も! 女だって! 市歌もセフィエル王女さえも僕のものだ! ざまあみろ謙信! 少しばかり先に生まれたからっていつもいつも偉そうに兄貴面するからこうなるんだ! いくら強くても性根が甘っちょろい奴は長生きできないのさ! 後の事は僕に任せて安らかに成仏しろよ!」
……そうだな、お前の言う通りだ。俺は甘かった。人の善性というものを、無根拠に信じすぎていたのかもしれない。
だから、次は間違えない。
怨恨を、嫉妬を、虚偽を。他者のあらゆる悪意を侮りはしない。見落としたりしない。
ミツ……いや、光如。
俺の執念と諦めの悪さを甘く見るなよ?
地獄に落ちようが俺は必ずこの世界に舞い戻る。そしてお前を俺の代わりに奈落の底へと叩き込んでくれる……!
そのための手段はある。
光如、隠している奥の手があるのはお前だけじゃないんだぜ?
お前の【生贄召喚】と俺の【夢幻転生】、さてどちらの固有スキルが勝つかな?
運命って言葉は好きじゃないが、事の結末は天に委ねられた。
どのような賽の目が出ようとも、もはや……
「是非、に……およ……ば……ず……」
尽きせぬ未練と憎悪を抱いたまま、俺は事切れた。
拙作を読んでいただきありがとうございます。
補足情報を作者マイページの活動報告に乗せてあります。
ご興味がありましたらそちらもご覧ください。
ストックが尽きるまで二日目以降も毎日更新していく予定です。