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桜前線、喫茶店にて

季節は変わって来ましたが、いつもの喫茶店は相変わらずのようです。

冬が過ぎてきて、寒さも緩やかになってきた頃。本格的な春はまだ来ないが、それでも少しずつ春へと近づいていた。しかし、私は変わらずいつもの喫茶店に足を運んでいた。


「マスター。暖まりに来たよ」

「いらっしゃい。だいぶ暖かくなって来たぞ?」

「そうかしら?まだ寒いじゃない。マフラーとかつけてないと外は辛いわよ」

「もうそんなに寒くないと思うぞ」

「じゃあ、時間つぶしに来ましたってことにしておくわ」

「常連はこんな時期でも、いつも通りだな」


いつもと変わらないマスターがそう言った。


「まぁ、ゴタゴタしてるから会社に行きたくないのもあるわね」

「珍しく素直に理由を言ってるが、結果的にサボってるんじゃないのか?」

「前よりは行くようになったけど、今行ったところでお荷物扱いされるわね」

「今だに思うけど、常連の会社での立場って…」

「くつろぎに来たんだからそういう話はしない!」

「不思議に思っただけだよ。さて、今日は何を頼むんだ?」

「いつもので」


メニューを頼んでから窓側の席に座る。最近はいつもカウンターの席で飲んでいたためか、ここに座るのも少し懐かしく感じる。


「お待たせしました」

「あら?早いわね」

「まぁ、いつもの珈琲だからな」


珈琲をテーブルに置いていくとマスターはカウンターに戻っていった。


窓側の席から見る外の景色はいつものように、忙しそうな社会人や学生が行き交っている。

ただ、いつもよりは人通りは少なく道から寂しさを感じられる。私にはあまり関係はないのだが。

…この時期はふと昔のことを思い出す。


学校に通うためにこっちに来たときのこととか、その前に少しだけやり残したこととか…

何にしても私らしくないと思った。


そして、思い出すという事をしていたからか、ここに来て何かが足りていないことに気がついた。


「そういえば、マスター」

「ん?どうした?」

「今日のデザートがない」

「毎回あるわけがないだろ?」


まさにその通りである。だからといって引くわけではないが。


「ふふふ、マスター甘いわね」

「ほう?」

「さっき、チラッと何か準備してたの見えたから分かるわよ」


少し引っ掛けをしてみる。マスターなら何か出してくれるという期待もあるが。


「お前、珈琲淹れてる時ずっと窓の外見てただろ?流石に分かるぞ」

「あー、なんにもないんだー。予測が外れたー」

「ちなみに今日の珈琲はブラックにしてあるぞ」


バレバレだった上に相手から引っ掛けを既に準備されていたようである。


「えー、本当に甘いものないとキツイわね」

「ははは、冗談だよ。お待ちのものを持ってきてやるから待ってな」


マスターはそういうと、こちらにデザートが載っている皿を持って来てくれた。


「今日は何かしら?」

「チーズケーキだな」

「珍しくシンプルね」

「それはどうかな?」


そういうとマスターは皿の上にあった小さなカップを指した。中には赤いソースが入っていた。


「このソースはいちごかしら?」

「正解。春っぽいだろ?」

「これは美味しそうね」

「美味しいに決まってるだろ?」

「そうね。せっかくだし珈琲が冷めないうちに頂こうかしら」


少し置いておいた珈琲とチーズケーキを食べ始める。

メニューにはあったが、この喫茶店でチーズケーキを頼んだことはなかった。


ゆっくりと食べながら味を確かめる。チーズケーキの濃厚な味といちごの味がバランスよくあっている。これは久々に当たりメニューかもしれないと感じながらあっという間に食べ終えていた。


「どうだった?」


食べ終えてから少しするとマスターが声をかけてきた。


「久しぶりに素敵なものが食べられたわ。ありがとね。とても美味しかったわよ」

「はは、そこまで言ってもらえるとは思ってなかったな…」


正直に感想を伝えただけだったが、どうやらマスターは嬉しかったようで珍しく照れているようだった。


「少し早い春が楽しめてよかったわ」

「そう言ってもらえるなら嬉しい限りかな」

「春ねぇ…すぐそこなのよね」

「そろそろ、桜も咲く頃だと思うけどな。暖かくなれば一気にな」

「桜か…」


ふと、また昔を思い出した。この時期は忙しくて、桜が咲いて春が来る事を一度も楽しんでいなかったことを。それが今では普通になってたことを。でも、それが変わって来たことも。そして、本当に忘れていたことを思い出した。


「さてと、出ますかね」

「珍しいな。これからどうするんだ?」

「ちょっと思い出したことがあってね。それをやって来るだけよ」

「そうか。じゃ、さっさと会計済ましますか」

「そうね。お願いするわ」


会計を済ませて、最後にもう一度マスターに伝える。


「今日は久しぶりにいい気分になれたわ。ありがとね」

「そう言ってもらえるなら、作った甲斐もあるな」

「ふふ、そうね。また来るわ」

「はいよ。待ってるよ」


いつもより店を早く出て、思い出した場所へと1人向かった。


・・・・


たどり着いた場所は学生だった頃、一度だけ寄ったことがあった小さな公園だった。


「やっぱりここはもう咲いてるわね。忘れてたからたどり着けるか心配だったけどよかったわ」


誰もいない公園で桜の花が静かに咲いていた。


「ここはやっぱり落ち着けるわね。あの時は余裕なんてなかったから楽しめなかったけれど…」


昔の事を思い出しながら、ふと言葉をこぼした。


「あの時の私が今の私を見たらなんて言うのかしら?あんまり変わってないと思ってるけど、ここ最近は違うかしら…どっちにしても私らしくないわね」


少しだけ早い春を感じながら、来た道を戻る。


「また、来るわね」


桜に向けて、そう呟いた。

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