夕立珈琲喫茶
初投稿になります。雨音しふです。とある喫茶で過ごす日常風景。その雰囲気を楽しんでもらえると嬉しいです。
未熟なところもありますが、よろしくお願いします。
雨が降ってきた。
夏のこの季節、夕方からの雨は予想よりも強く、外にいる人たちは濡れまいと何処かへ走っていく。
たまには濡れてもいいかもしれないが今回の雨はバケツをひっくり返したという表現を超えていた。
そんな外の人たちの姿を店内から覗く私は雨に濡れる気などさらさらないのだが。
「今日もこんなにのんびりしてていいのか?」
ふと、視界の反対側からそんな声がした。
私は姿を確認せず、
「こんな雨の中を行けと?だって濡れるじゃない?」
と返事。
視界を向けると髭を生やした男前のダンディ…。とは言い切れないが、整った顔立ちの店主が私の注文したコーヒーをテーブルに置いた。
「ま、確かに雨の中を走れとは言わないが、ほぼ一日中喫茶で道草くってていいのか?」
「社会人としては失格かなー」
そういうと、まぁそうだろうよ。という感じの顔をしてカウンターに戻った。
「…」
この喫茶店を見つけたのはふとした事がキッカケだった。
仕事をしていく中で気が休まる場所が欲しいと思っていたが、あいにく都会はどこにでも人がいて、気を落ち着けて休ませてはくれない。他にも大型チェーン店の喫茶店なんかもあったが、落ち着けなかった。
家にいても、会社からのメールや電話、部屋の片付けなど、やる事が多く、寝るか食べるかしかできない場所と化していた。
そんなある日のことだった。ふと一見みて何もないところに喫茶店があることに気がついた。
普段からよく看板なんかをみていたりするのだが、そういうことをしているような人でなければ気がつかないだろうとその時に思った。
入り口もどこにあるかわからないような場所にあり、これじゃ、人は来ないだろうと通い始めたのが今に至っている。
コーヒーを飲む前にそんな昔でもない事を思い返していた。
(そろそろ、飲もう)
そして、コーヒーを口に含むと…
「にがぁ!」
コーヒーは完全なるブラックだった。
その反応を見て店主が、あれ?前にブラック頼んでなかったっけ?という顔をしていた。
「今日はブラックじゃなくて甘いのを頼んだのー!」
「いや、前にブラック一筋でこれからは行くとか言ってなかったか?」
「そんな事を言った覚えはなーいでーす!」
店主にそう言うと、カウンターの下からメモ帳を取り出して、何か確認を始めた。
「初夏のブラック宣言。常連って書いてあるぞ」
「そんなの無効!。甘い物を所望します」
「砂糖は各個人で調整してくれ」
「砂糖の気分ではないです!」
「子供か!子どもなのか!?そんなクレームは店を継いでから予想してないぞ!」
「これでも立派な社会人!」
「社会人が朝から夕方まで珈琲喫茶でくつろぐとか聞いたことないぞ!」
店主と私のいつも通りの会話。店主がやれやれとしながら、何かを運んできた。
「新作のクッキーだ」
店主は優しい。
「ツケとくから今度払えよ」
前言撤回。店主は優しくない。
そう思いながら、クッキーを食べる。
思ったよりもしっとりしており、食べやすい。
店主が私の反応を確認すると、メモを取り始めた。
「何のメモ?」
聞くと
「ブラック常連はクッキーのツケを出すって書いただけだ」
「味に関してとかじゃないんだ」
「毒味役でもあるからな。ツケだがな」
「弄ばれてるような気がします」
私の会話を途中スルーし、店主はメモを取り終えるとカウンターへ戻ってしまった。
こうして、過ごしていたら雨も降り終わり、いよいよ帰る支度をした方が良さげだった。
(今日も何も思いつかなかった)
そんな事を思いながら席を立って会計に行く。
店主は会計の後に小袋を渡してきた。
「これは?」
「さっきの余りだ」
「ツケ?」
「オマケだ。明日からもう少し頑張れよ」
「…ん」
私はそれを受け取るとゆっくりと外に出た。
やはり都会の中は落ち着かない。が、夕立のあとの空は綺麗に赤く染まっていた。
「…ゆっくり帰って食べるか」
貰った小袋の中を確認すると一枚のメモが入っていた。
(なんか思い詰めたら来てくれ、相談に乗らないこともないぞ。あと、頑張れよ)
「…」
前言撤回を撤回。店主は優しくもないわけではない。
止まない雨はない。
だけれど、雨音の続く喫茶店でゆっくり過ごすのも悪くない。
「がんばってみるか…」
そう呟いて、私は1人歩いて行った。
夏の暑さを肌に感じながら。