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第八話 袖触れ合うも

 それは、奇妙な光景だった。二体のボリブル族が奇妙な装いの旅人と戦っている。傍から見れば、それは青年が襲われている様にも見える。しかし、その青年は、殆どその場から動かずに、流し、いなし、放り投げる……そして、立ち上がって来るボリブル族を待っているのだ。

 城塞都市マナジスタに住むホーリィ・ベウルは、その、やや目じりの下がった紺色の目をこする。自分の見た物が信じられなかったからだ。

 彼女の目には、その光景は良く商品を下ろしに行く、自警団の人の行っている掛かり稽古のように映ったのである。

 しかし、本来であれば、その様な事は有り得ない。そもそも、ボリブル族は、大森林の深い所に住む種族であり、こんな都市近郊に姿を見せる事など考えられず、ましてや、自分達のテリトリーを遵守し、外敵が居れば排除するものの、無意味に侵攻をする様な種族では無い。

 そもそも、このマナジスタと彼らのテリトリーの間には、あの(・・)城壁都市が有るのだ。わざわざ、そんな危険を冒してまで、マナジスタ近郊まで出張って来て居る事自体がおかしいのである。

 そう言った事もあり、そんな閉鎖的なボリブル族が他種族と係わり、その上、神人族と一緒に訓練をするなどと言う事は、ホーリィの常識からは考えられない事だった。

 薬師である彼女は、朝の内に摘む事で薬効が高くなる薬草を採取するべく、こうして大森林付近の草原まで来ていた。早朝と言う事も有り、普段であればこの辺りには誰も居ないのだが、この日は複数の人達が動き回って居る様な、声や草木の騒めきを感じたのだ。

 この辺りは街に程近い事もあり、あまり野獣の類いも出没しない。その為、ホーリィは好奇心半分で様子を伺いに来たのであるが……そこに有った光景は、予想もしない物だったのである。

 その、奇妙な旅装の青年が、何かに気が付いたかの様に、ホーリィの居る草叢の方へと視線を向ける。


(え?)


 その隙を見逃さず、ボリブル族の……華奢な方の個体が青年に飛び掛るも、青年は、それを半歩引くと同時に飛び掛って来ていた個体の片手を掴み、引き落として転がす様に放り投げる。

 その鮮やかな手腕に驚きながらも、しかし、それ以上にホーリィは、気配だけで自分の事に感づいた青年に驚愕し、後ろに一歩、後ずさった。と、草叢に潜り込む為に束ねていた後ろ髪が大きく揺れる。


「Aurua?」


 その時である。耳朶に響く聞きなれない言葉と共に、ナイフがホーリィの首筋に当てられたのは……背後から現れた気配にホーリィは体をビクリと震わせ、その拍子にナイフの刃が彼女の首筋を軽く傷付けて、紅い筋を作った。


「ヒッ」


 短く息を飲み、カタカタとホーリィの奥歯が鳴る。自らの命の危険に、興味本意で覗いた事を彼女は後悔していた。


「Aurua?」


 再び声を掛けられるも、その言葉の意味の分からないホーリィには、返事をする事は出来なかった。いや、例え分かって居たとしても、口を開けける状態では無かっただろう。

 そう言う意味では、分かっていても居なくても、対応は変わらなかったのだが、ホーリィには、背後に居るらしき人物が、次第に苛立って行くのが感じられ、いつ、このナイフが首に突き立てられてしまうのかと思うと、生きた心地がしなかった。


「Aurua?」


 ホーリィの正面から別の声が聞こえ、視界に影が射す。眼前の衣服を見る限り、先程ボリブル族を相手にしていた神人族の青年であろう事が伺えた……が、ホーリィは、恐怖のあまり、顔を上げて彼の顔を確認する事が出来なかった。

 相手は神人族と思しき容貌ではあるものの、魔人族と同じ言葉を操って居るのだ。自分に……神人族に害意を持つ存在で無いと誰が言えようか。


「神人族の……街の人……かな? 何で……こんな所に?」


 その言葉にホーリィは、バッと上を向く。その視線の先には、確かに、先程ボリブル族と戦っていた神人族の青年の姿があった。

 その青年は、両目に涙を溜め、真っ青になってガタガタと奥歯を鳴らすホーリィの様子を見て眉根を寄せると、彼女の後ろに居るであろう相手の方を見る。


「Durr njuts do kalt……」

「Hu?」


 青年が、聞き慣れない――魔人族語であろう――言葉で、ホーリィの背後に居る何者かと二言三言、会話を交わす……と、彼女の首からナイフが退けられる。

 その事で安心したホーリィは、その場にへたり込んでしまい、その上……


「う、うぅぅ……」


 温かいモノが、彼女の下半身を濡らし、ホーリィは羞恥の為に泣きたくなった。目の前の青年は、溜息を吐きながら苦笑すると、手を差し伸べる。


「…………立てる?」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい」


 実際の所、決して大丈夫だと言える状態ではないのであるが、それでも、何とかホーリィは、その言葉を口にした。




 パシャリ……と、水が跳ねる。腰まで水につかったホーリィが、白く細い指で水を掬い、自らの身体に掛けると、蓮の葉を伝う雫の様に、その肢体を水が伝い落ちる。

 そのままだと色々、不味いだろう……主にホーリィが……と言う事で、そこに居た中から会話の出来る青年……魁人とボリブル族のシャゼム、それと神人族らしき少女……エルニが、ホーリィに連れ立って、大河の支流である小川まで来たのである。

 「ふう」と、大きくホーリィが溜息を吐く。未だ羞恥心は収まりきった訳では無いが、水の冷たさが彼女の思考を多少なりとも落ち着かせていた。

 ホーリィが水浴びをしている間、監視役と脱いだ衣服の見張りの為か、エルニが川辺りで彼女の様子を眺め、そこから然程、離れていない場所で、魁人とシャゼムが服……ズボンと下着を一旦川で洗った後、火で乾かして居た。

 当初、神人族の異性にしか見えない魁人に、下着を預ける事に難色を示していたホーリィだったが「濡れたまま……だと色々……都合が悪い……でしょう?」と言う言葉で、羞恥と葛藤の末、渋々渡す事にした……当然だが「あまり見ないで下さい……」と、何度も言い含めた上でである。

 もっとも、魁人にしてみれば、ドロワーズの様な物を目にした所で何を感じると言う事も無い……と言うか、ソレが下着であると言う認識も無かった為(この世界の女性は下着とか着けないのか?)と、微妙な勘違いと共に軽く引いていたのであるが……

 ホーリィが岸まで上がると、エルニが彼女の顔を凝視したままタオルを手渡す。ホーリィの方は、そんなエルニの様子に、多少気後れをしながらも、それを受け取った。

 渡されたタオルは、ふわふわとしていて、かなりの高級品の様にホーリィには感じられた。


(こ、こんな良い布地、体を拭くのに使って良いのでしょうか?!)


 元々体を拭く為に作り上げられた物である、むしろホーリィの懸念は無用の物であった。

 そんなホーリィの困惑は、目の前のエルニには伝わらないらしく、タオルを持ったまま呆然としている彼女の事を不思議そうに見ていた。

 ホーリィは、そんな視線に気づき、恐る恐るタオルで体を拭く。と、その吸水性とあまりの使い心地の良さに、再びタオルに驚きの目を送る事となるのだったが……

 体を拭き上着を羽織って、そのタオルを腰に巻くと、それでも、体は見えない程度の距離を置いて魁人達に声を掛ける。


「あの……乾きましたでしょうか?」


 魁人は、ホーリィの声のする方を一瞥すると、エルニを手招きして衣服を手渡す。エルニはソレを持ってホーリィの所まで来ると、相変わらず彼女の顔を凝視したまま「ん」と差し出した。


「あ、ありがとうございます……」

「…………」

(……わたし、この子に嫌われているのでしょうか……)


 自分の顔をまじまじと見つめながらも、先程からホーリィとだけ会話をしないエルニに、彼女はそんな感想を抱く。

 実の所、魔人族語しか話せないエルニの事をあまり知られたくなかった魁人が、彼女に口止めをしているだけなのであるが、そんな事など知らないホーリィは、少し凹んでいた。

 しかし、いつまでもそのままでいる訳にもいかない為、手早く下穿きとズボンを穿いたホーリィは、顔を赤らめながら魁人達の所に来た。


「……どうぞ」

「……いただきます」


 魁人の差し出したマグカップを受けとるホーリィ。カップの中には透き通った赤茶色の液体が注がれており、それが芳しい香りを放っている。


「綺麗……」


 それに口を付け、柔らかな苦味と極上の甘さに、驚きで目を開く。先程のタオルもそうだが、これだけの甘味料を惜しげも無く使えるだけの財力を持つ……と言うのは、大商人か貴族でも無ければ考えられない。

 神人族なのに魔人族と話せ、その上、持っている物は高級さを感じさせると言う、奇妙な旅人風の魁人の事が増々分からなくなったホーリィが、不思議な物を見る様な視線で彼を眺めると、側に居たシャゼムが不機嫌そうに呟く。


『……この雌……危機感、足りないんじゃ無いかな?』


 当たり前である。今さっき会ったばかりの相手から勧められた飲み物に、何の疑いもなく口を付ける……余程、平和ボケをしていなければ行わないであろう行動である。そんなホーリィに、シャゼムが眉をひそめるのも当然と言えた。

 魁人は苦笑して口を開く。


『……雌って……常在戦場って訳には行かないんだよ……普通の人は……』


 マグカップの紅茶を半分程飲み干し、ホーリィが一息付いた所を見計らって、魁人が声を掛ける。


「改めて、初めまして……かな? 俺は……ザトゥム……ザトゥム・レウルト……だ」

「あ、はい。ご丁寧に……ホーリィ・ベウルです」

「で、こっち……がシャゼム・ハルフ……で、この娘が……エルニ・カアラン……で、ここに居ない二人……がスウェルト・セバルと……バダルム」

「え? あー、はい……」


 魁人……ザトゥム・レウルトと言う名前を聞き、やっぱり……と言う思いがホーリィの脳裏をかすめる。名前の響きこそ、耳慣れない類の物ではあるが、苗字持ち……と言う事であれば、貴族か商人でしかありえず、特に商人であった場合、少なくとも店を持っている二代目以降でなければ苗字持ちとはなり得ないからだ。

 貴族が苗字持ちなのは当然として、商人の場合、自らの店を持った時、そこは“誰それの何屋”と言った呼ばれ方をする。ゲイル……と言う人物が八百屋の店を持った場合、そこは“ゲイルの八百屋”となる。

 それを二代目……例えば、ブロウと言う息子が継いだ場合、“ゲイル八百屋のブロウ”となり、ここで初めてブロウ・ゲイルと言う名前となるのだ。

 これは、あくまで“店”と言う物を持った……もしくは持っている場合に限る。殆どの市井の商人の場合、奉公人から始まり、行商人や露天商となり、屋台や商店の間借り人へと至った後に、その上で自らの店を持てる様になる。

 その上で店を維持し、二代目にまで継がせる事が出来る者は更に少なくなり、そこから代々維持するとなれば、相当の運と能力が必要となるだろう。

 つまりは、ザトゥム・レウルトが商人であった場合、レウルト商会のザトゥムさんと言う事で、二代目以降まで店を維持している事となり、この様な高級な品物を持っていたとなると結構な商人となる。


(自宅兼工房を維持しているだけのわたしとは違うんだろうなぁ……)


 実際、ホーリィも二代目ではあるが、父親は薬師以外の副業として彫金師をしていたし、ホーリィは知り合いの酒場で注文取りをしている。そうやって何とか日々を生活し、親の形見でもある工房を維持するだけで、いっぱいいっぱいであり、嗜好品の様な物に手を出す余裕も無かった。

 そんな事をホーリィが考えている時、一方の魁人は、取り敢えず自身の身の上をどのように話すかと逡巡していた。

 実際、ありのままに話したところで構わないとは思うのだが、異次元か異星かは分からないが、自分が異世界人だと言ったとして、信じて貰える自信など一片も無かったからだ。

 この短時間観察し、会話を交わしてみて、このホーリィが、良くも悪くも普通の小市民であろうと感じた為、あまり突飛な話は受け入れ難いだろう……と、思ったからだ。

 そうしていると、逆にホーリィが魁人に質問して来た。それまでの対応で、魁人に敵意と言った物が無かった……と言う事もあるが、それ以上に魔人族であるシャゼムがすぐ近くに居る中で、いつまでも沈黙が支配している……と言う状況が落ち着かなかったのだろう。


「あ、あの……何故、貴方はその……魔人族と?」


 端的だが、あまりに危うい問だと言う事に本人も気が付いたらしく、言葉の後半はギリギリ聞き取れる位の小声になっていた。

 目の前に居るボリブル族は、魔人族の仲では比較的危険度の低いと言われている種族ではあるが、それでも神話時代にはホーリィ達、神人族とは敵対していた種族であり、他の魔人族には積極的に神人族を襲ってくる者もいる。

 そんな魔人族と、まるで当たり前の様に行動している魁人の目的が、神人族に仇成す物であったっとしたら?

 ホーリィは、幸いにして出会った事は無いのだが、神人族の中にも、魔神崇拝者……と言う者は居ると噂には聞いている。そう言った者の中の、特に狂信者(ヴアディルニア)……と呼ばれる者達などは、魔人族の上位個体に、神人族(ひと)を生贄に捧げるとも聞いていた。

 しかし、目の前に居る魁人が特に気にした様子を見せない事で、ホーリィが少し安堵した表情になる。


「……俺から、戦い……を学びたい……だそうだ」

「まなび? ……弟子……志願と言うのですか!?」

「で……し……そう……弟子志願」


 他種族と、あまり関わらない種族の者が弟子志望をしている……と言う事にホーリィが驚きの声を上げる。しかし、そう言う事であるなら、先程ホーリィが目撃した光景も納得出来る物だった。


「え? でも、何で?」

「さてね……襲撃された……から、撃退した……で、弟子に成りたい……と、言われた」


 聞き様によっては、叩きのめして配下にした様にも聞こえるが、魁人のさっきの話ぶりからすれば、彼自身は、あまり強く望んでそうしている訳では無いらしい。


「それで?」

「はい?」

「君は……何で、ここに?」

「ああ! はい! 私ですね?」


 魁人の質問に、弾かれる様にホーリィが口を開く。


「わたしは、薬師……その、薬草を摘む……だけじゃなくて! 薬を……その、薬を調合する仕事をしていまして……なので、摘みたいと……あ、あの、薬草! 薬草を摘みに!」


 焦って居る為だろう、的の得ないの無い話し方ではあるが、要するに、薬師の仕事の為、材料になる薬草を摘みに来たらしい。

 なら、魁人達を発見したのは偶々なのだろう。

 話ぶりからすれば、シャゼム達が居ることに、疑問や恐れの様な感情は有りそうだが、嫌悪感と言った物は感じられない。

 それが一般的な神人族の感情であるのか、ホーリィ個人の物であるかは、魁人には判断はつかないが、しかし、現状、あまり強い嫌悪感の無い事については、魁人としても有り難かった。

 なので取り敢えず、少し考えた後、魁人は彼女に相談を持ち掛ける事にした。


「俺は……故郷を目指して……旅をしている……」

「故郷……どこなのでしょうか?」

「遠い……少なくとも……誰も知らなかった……“日本”と……言う、国……」


 日本と言う名前に首を傾げるホーリィに対し(やっぱりな)と言う思いで魁人は彼女を見る。知る筈は無い……とは思ってはいても、自分がこうしてこの世界に来ている以上、同じような境遇の人間が居ないと言う保証も無かった事も有り、万に一つと言う可能性で話しては見たのだが、その結果は、ある意味予想通りの物だった。


「……色々……山から落ちたり……川を流れたり……荷物も無くしたりして……ね……で、だ……」

「は、はい……」


 ホーリィは、何と無く嫌な予感がして、身を竦める。相手が良い人の様に感じられるとは言え、魁人達とホーリィは、出会ったばかりである。実際の所、ホーリィは、魁人について、何も知らないのである。

 ましてや今、魁人の仲間たちの目の前で、彼女は1人きりなのだ。その事に気が付いた事も有り、ホーリィの警戒心が、今更に成って、けたたましく警告のサイレンを鳴らしていた。


「あの街……に、入る……にしたって、お金……は要るんだろう?」

「え? あ、はい……町に所属している人なら無料ですが、旅人とかですと必要ですね」

「うん、で、お金……も無い……から、どうにか……稼ぎたい……のだけど……」


 「ああ」と、ホーリィは頷くと共に安堵する。色々あって、荷物を無くしたのであれば、所持金も無くしたのだろう。であれば、旅をする為にも、稼ぎたい……と言うのは、ホーリィにも理解できたからだ。

 むしろ、強盗やら盗賊に成り下がろうとしていない事に感心していた。そもそも、魁人がそう言った者に成ろうとするのであれば、最初の犠牲者はホーリィなのだ。

 先程の練習風景を見ただけでも、魁人がかなりの実力を持っている事は窺えた。ならば、その気であれば、力ずく……と言った方法はいくらでも取れるはずだ。


(けど……)


 シャゼムの事をチラリと見ながら、ホーリィは指を顎に当てながら「う~ん」と唸る。確かに、ホーリィの感触では、ザトゥム--魁人--は良い人……の様に思える。

 しかし、魔人族を従えている上、魔人族、神人族、両方の言葉を操り、この辺りでは見ない変わった衣裳を着て、さらに、持ち物は高級そうな印象を受ける……そんな魁人の事に付いての評価を下しあぐねていたのだ。


「……無理……にとは、言えない。すまん……」


 迷った様子のホーリィに、魁人がそう言って謝る。それを聞き、ホーリィの方も、恐縮し、「いいえ、そんな事……」と囁く様に言った。

 俯くホーリィを目の前に、魁人は、これからの方針を考える。この世界を旅……探索し、元の世界……地球に帰る為には、魔人族にしろ神人族にしろ、かなりの情報を集めなければならないだろう。

 まして、今の所“異世界転移”の様な現象の目星はヴアディルの能力以外には見当たらない。もしかすれば、それ以外の手段も有るのかもしれないが、そちらについては、何の見当も付いて居ないのだ。

 魁人が、ふう……と溜息を吐く。


「あ、あの……済みません……」


 それをみて、ホーリィが恐縮しながら頭を下げる。


「ああ……気にしない……でくれ」


 魁人はにこやかにそう言った。






(結局の所、情報集めの手段にも乏しいんだよな……)


 ホーリィが立ち去った後、魁人はそう考え、眉根を寄せる。魔人族と言う物が、同じコミュニティー同士以外でのやり取りをしない物であるらしく、シャゼム達は、今、近隣に居るヴォルーグ以外の情報を持っている様子は無かった。

 そうなると、情報を集める為には神人族の方に話を聞かなければ成らない。しかし、今しがたホーリィに聞いた所に依れば、都市に入るには相応の通行料が必要である事は確認が取れた。

 だとすると、最低でも通行できるだけの金銭が必要と成るのだ。


『いいんか?』

『うん?』


 草を掻き分けて来たスウェルトが魁人に、そう声をかける。


『口止めさ……』

『ああ……十分だろ』


 先程、ホーリィと別れる時、魁人は、一応の様に「目立ちたくは無いから……」と言って、あまり自分について口外しない様にとお願いをしたのだが、スウェルトから見れば心配になるレベルの物であり、やはり、もっと確実……命を取る……とまでは行かなくとも、更なる脅し位はかけて置きたかった……と言った所だったのだ。


『心配なのか?』

『そりゃな……』


 そう訊ねるシャゼムに、呟く様に答えてから、スウェルトはハッとした様にシャゼムの方を見る。


『違うぞ! ソイツを心配したんじゃねぇ!! ここにオイラ達が居るって知られっと、色々面倒だからなぁ!! ……』


 『わかったわかった』と言いながら、シャゼムはニヤニヤとスウェルトを眺めると、スウェルトは忌々しげな表情でソッポを向いた。

 実際の所、先程まで魁人とシャゼム達との稽古を見ている限りで、魁人が妖しげな術を使っている様子など無く、むしろ納得の行く、理屈を持った戦い方であり、スウェルト自身、多少、教えを受けてみたい……と、思わせる物であった。

 しかしそれでも、シャゼムが魁人に着いて行く……と言う事は、スウェルトにとって看過出来ない事柄であり、それ故に魁人の事を認める訳には行かなかった。

 そんな二人のやり取りを見ながら苦笑して居た魁人だったが、ツイツイと、自分の服を引っ張る感覚に視線を動かす。と、エルニが彼を見上げて居る事に気が付いた。


『ん? どうした?』

『あの人、同じ顔でした』

『うん?』

『ワタシと同じ顔でした……』


 その言葉に魁人が首を捻る。あの人……と言うのは、先程会ったホーリィの事だろう。しかし、魁人の目からすれば、エルニとホーリィは、“同じ顔”……と、称する程、似ている……とは感じられなかったからだ。


(どう言う……)


 事だと思い、フと気が付く。


(まさか、俺と会うまで、他の神人族と会った事が無いのか?)


 以前考えていた通り、彼女が親だと思っていた相手がヴォルークだったとすれば、その可能性が無い訳ではない。

 しかし、そうだったとすると、エルニは他の管理(・・)されている神人族からも隔離されていた事になる。


(初めて見た自分に良く似た(・・・・・・・)相手が俺だったから、いきなり、ここまで懐いたって事か?)


 その事に、魁人は酷く納得が出来た。例え、窮地を救った相手だったとしても、ここまでいきなり信頼を寄せると言うのは、流石におかしいと思っていたからだ。

 そもそも、彼女を助けた……と言うのであれば、それはシャゼムも同じである。にも拘らず、エルニは、シャゼムに対し、魁人に対する程には懐いていない様に見える。

 その理由として、初めて見た自分と同じ様な種族が魁人であったと……厳密には違うのであるが……すれば、それがインプリンティングの様に作用したのだとしても、おかしくは無い……と思えた。


(だとすると、エルニはいったいヤツ等の中で、どういう立場だったんだ?)


 傍らに居る少女が不思議そうに小首を傾げているのを見て、魁人も疑問に眉根を寄せる。もし、考えていた通りに、ヴォルーグ達にとって神人族が家畜のような存在だったとすれば、エルニの扱いは別格……と言って良い物である。

 エルニの態度や言動には、ヴォルーグに対する一過性の怯えこそあれど、恐怖と言った物を感じる事は出来ない。

 もし彼女が、魁人の思っていた様な家畜のような扱いを受けていたのだとすれば、根源的な恐怖と言う物を抱いていたとしてもおかしくは無いのであるが……


(むしろ、愛玩動物代わりだったって事か?)


 その自らの想像に、魁人は吐き気を覚える。ならば、彼女の親代わりだったと言うヴォルーグにした所で、その他のヴォルーグ達と、何ら変わらなかった……と言う事に成る。


(良いヴォルーグは居なかった……か……)


 魁人は自嘲気味に口の端を吊り上げる。今考えている事にした所で、魁人の勝手な想像に過ぎない。結局の所、何ら確証の無い事柄ばかりなのである。

 何か、不安そうなエルニの頭を撫でながら、彼女の表情から、魁人は自分が表情を硬くして居た事に気が付いた。


(子供を不安がらせちゃ駄目だな……)


 そう考え自嘲する。例え、彼女を取り巻く環境が不穏だったとしても、今のエルニには何ら関係は無い事である。寧ろ、その事でエルニを不安がらせてしまう事の方が、大きな問題だった。

 そう考えると、魁人は努めて笑顔を作り……


『似てたかな? エルニの方が美人さんだったと思うぞ?』


 そんな軽口を叩く。と、エルニは真っ赤に成って俯いたのだった。

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