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第七話 その名は……

 薄暗い石造りの地下室、格子付の小さな窓からは、ほとんど光が入らず、しかし、そこは異様な熱をおび、蒸し暑い程である。

 壁を見れば、鎖の付いた枷がいくつもぶら下がり、唯一ある入口は固い木と鉄によって作られた堅牢な扉がはまっていて、容易に出入りが出来そうも無い様に見えた。

 おそらく、そこを見た十人は十人とも牢獄か拷問室を思い浮かべるだろう。しかし、ここは、ある者の居室であり、しかし、それ以外の者にとっては、拷問室であり、処刑室であるかもしれない。

 ビチャ、ビチャ、クチャ、クチャと、水気を含んだ音が響き、ポタリポタリと雫の音が聞こえる。この居室の主の足元には黒く濁った水たまりの様な物が出来、辺りには錆と腐食した様な、すえた臭いが充満している。

 ソレは、眼前のピクリとも動かなくなった“モノ”をズルリと抜き去ると、おもむろに喰らい付き、噛み千切り、咀嚼する。

 見てみれば、そこかしこに食い残しが散乱し、微かな死臭と腐臭を放っていた。


『グウオオオオォォォォォォォォォ!!!!!!』


 獣じみた声が轟き、空気が震えた。周辺付きの者達は恐怖と共に思う『今日の王は機嫌が悪いぞ』……と……しかし、実際には、機嫌が悪くて雄叫びを上げている訳では無い。

 “彼”は耐えていた。その身を蝕む痛みと、下手をすれば、消えてしまいそうな自我を繋ぎとめる為に……実際、我を忘れかかった事も少なくは無い。その為に潰してしまった部下も居る。しかし彼は王である。それ故に弱味を他者……特に自分の部下には見せられ無い。

 犯し、喰らう時だけ痛みを忘れられるが、それも一瞬でしかなく、行為が終わってしまえばその痛みがぶり返す。

 だからこそ、耐えるしか無いのであるが……100年周期で襲ってくるコレは、しかし、ある種の喜びでもあった。


(コレさえ耐えきってしまえば、また……)


 この痛みは通過儀礼(イニシェーション)でもある。自身がより強い力を得る為の……彼は、それを何千年も繰り返して来た。

 だからこそ耐えられる。より盤石な自身の支配の為の布石でもあるからだ。

 彼は、この通過儀礼を繰返し、王として君臨し続けてきた。より強い食欲を満たす為に、より強い快楽を充たす為に……


『時期は来ているハズだ!! もう、そろそろ頃合いだろうが!! クソッ!! まだか! まだなのかぁぁ!!』


 ソレの出現の報告を聞いたのは、もう10年も前の事だったハズだ。であれば、そろそろ機は熟しているはずなのだが……彼の部下達から、報告は来ていない。


二番目(ベイ)!』

『何でございましょう? 王よ!』

『“アレ”は、まだ熟しておらんのか!!』


 ベイ……と呼ばれた個体が傅く。王の質問に一瞬の間を置き、答える。その、下を向いたままの表情から、何かを読み取る事は出来なかった。


『……はい、申し訳ありません……』

『チッ、クソ!!』


 王の苛立たし気な様子に、傅きながらゴクリと唾を飲み、冷や汗を流す。この所、特に情緒が不安定な王の機嫌を損ねれば、腹心と言って良いベイであっても、殺されかねない。

 そもそも先日、右腕とまで言われていた男を殺し貪ったばかりなのだ。しかし、そのせいで、現状、拙い事に成っているのだが、それを表に出すほどベイも愚かでは無かった。

 頭を垂れながら、この後どうやり過ごすか? ベイはそんな事を考えながら、王の不興を買わない様、身を縮こまらせていた。




『全く、自分が一番槍(カアラン)を殺したせいで、こんな事に成っていると言うのに!!』


 ベイは、不満を隠そうともせず石造りの廊下を歩いた。結論から言えば、彼は嘘を吐いている。王の望んだモノは、既に要望を叶えるに十分な状態だったからだ。

 しかし、現在、その行方は分かって居ない……なぜか? ……逃げ出したからだ。それも王のせいで……だ。本来であればカアランが、ソレを王の下へ届ける手はずとなっていた。しかし、その献上の日、何を思ったのか王は、自らの部屋へ姿を現したカアランを問答無用で殺し、そのまま貪り食ったのだ。

 当然、周りの者は騒然とし、場は混乱する。その隙にだった、ソレが逃げ出したのは。当然ベイは、追手を差し向けた……のだが……未だにその追手は戻ってこない。


『やられたのか?』


 そう呟くも、直ぐに苦笑し、その考えを否定する。例え“加護(エペステラ)”を受けていない状態だったとしても、何をどうすれば、アレに、あの屈強の戦士達が殺される等と言う事が起こるのか想像もつかなかったからだ。

 だが、いつまでも王をはぐらかし続ける訳には行かない。ベイは自分の執務室に向かうと、参謀と戦士長を呼び出し、今後の行動を話し合う事にしたのだった。






『やっぱり信用のおけないヤツじゃ無ぇかよ』


 そう言ったのはスウェルトだ。

 シャゼムはスウェルトを睨み付けると、頭を下げる魁人に『気にしなくて良いよ』と、声を掛ける。

 結局、シャゼムの布袋の事に気が付いて橋まで戻った魁人だったが、その時には布袋は影も形も存在して居なかった。

 そもそも、旅人風を装う為に借りた物であり、実際にはその辺の石やら雑草やらを突っ込んで量増しをしただけの物の為、被害としては布袋そのものだけなのだが、それでもシャゼムから借り受けた物を無くしてしまった事は確かで、その事に言い訳は出来なかった。

 シャゼム達を探し合流した時に、スウェルトとバダルムがいた事に、魁人は少し警戒の色を強めたが、シャゼムを迎えに来たと言う、スウェルトの言葉に納得出来た為、警戒は解いていた。

 そうして、この時間まで掛かってしまった理由の説明をしたのだが、やはりと言うか、布袋を無くしてしまった事を突っ込まれたのである……但しスウェルトに。


『人から借りたモンをちゃんと返せん様なヤツに、シャゼムを任せる訳にゃいかんだろ? ほら! 帰るぞ! シャゼム!!』

『い・や・だ・!! オレはアニキの弟子だって言ってるだろ! 帰りたきゃ、勝手に帰れ!』

『オマエが居なきゃ、意味ねぇんだっつったろ? 今は村の戦力を増強するべき時なんだよ!!』


 言い争いを始めた二人に困惑しながらも、その発端を作ってしまった事で、あまり強く出られない魁人は、状況を打破できそうな相手を探し視線をさ迷わせるが、相変わらず少女は魁人の腰にしがみ付いていて、バダルムは瞑目したまま腕を組んでいた。

 これ以上言い争いを続けさせるのも、問題だろう……と感じた魁人は、仕方無しに自分で仲裁しようと、二人に声を掛けようとした所で……


『アニキ殿』


 と、バダルムに声を掛けられた。


『えっと、何?』


 魁人が聞き返すと、バダルムは両足を揃えて膝をつき、両手を地面につくと深々と頭を下げた。魁人にはそれは土下座に見えたのである……が、それはあながち間違いではなかった。


『御願い申す、ワシに、戦いの、教えを……』

『はい?』

『バダルム!! おまっ、ちょっ!!』


 スウェルトが慌てた声を出す。当たり前だろう。只でさえ戦力を揃える為にシャゼムを呼び戻そうとしている所なのに、バダルムも魁人の元へと行ってしまうのでは、ミイラ取りがミイラに……と言う結果になってしまうのだ。

 しかし、バダルムは土下座の姿勢のまま、顔を上げ、その瞳に不退転の覚悟を漲らせていた。


(……コイツらの一族は、思い込んだら……って、気性のヤツばっかりなのか?)

『あー、ちょっと待ってくれ、これは、シャゼムにも言ったんだけど、俺は、自分の国に帰る方法を探す為に、旅をしてるんだ。それで……』

『そうさ! そしてオレも一緒に同行して、アニキの国で正式な弟子にして貰うんだ!!』

『はぁ! 何言ってんだシャゼム! そんな、何処に在るかも知れん国なんかにゃ、オマエをやれる訳ねぇだろうが!!』


 シャゼムの言葉にスウェルトが思わず声を荒げると、シャゼムは憤懣を隠そうともせず、言った。


『何でだよ!』

『当たり前だ! 第一、オマエ家族に、どう、言い訳すんだよ!』


 そのスウェルトの追求に、シャゼムは得意気にフフンと鼻を鳴らす。


『ちゃんと、良いって言われたもん!』

『はぁ?!』

『一旦家まで必要な物、取りに行った時に! 『オレ、付いて行きたい男が出来たんだ!』って言ったら『そう……お前も、そんな年齢に成ったのね? 頑張っていらっしゃい……』って!』

『いや、オマエ、そりゃ……』


 何かを言い掛けたスウェルトだったが、そのままゴニョゴニョと言葉を濁す。

 その話は魁人も初めて聞いた。しかし、子供が二度と帰らない……等と言って、それをアッサリ許可する親と言うのはどうだろう? と、流石に魁人も思った。

 しかし、どうやらシャゼムが魁人に付いて行く事については、家族公認らしい。


『成る程、その覚悟無い、弟子、無理か……』


 バダルムは残念そうな様子をみせるが、その言葉を聞いたスウェルトは、あからさまにホッとした表情をする。当たり前だろう、現状ですら筆頭戦士が抜けてしまった状態なのだ。これ以上、上位戦士が減ってしまうなど容認出来る筈がない。


『ならば、アニキ殿、多少、手解き、教授』

『まぁ、情報収集で、暫く居る事になりそうだから、その間であれば……』


 魁人の言葉にバダルムが笑みをもらす。しかし、それを聞き、スウェルトは憮然とした表情となる。


『バダルム! そんな神人族の教えなんざ、要らねぇだろうが!』

『……力、本物、ワシ、確認した』


 あの後バダルムは、シャゼムの言う通りの場所で、5体のヴォルークの死体を発見していた。つまり、少なくとも二人がヴォルークと遭遇し、撃退した事は事実であり、魁人の手解きでシャゼムが力を伸ばした事も真実なのだろう……そう、バダルムは考えていた。

 で、あれば、あの短期間でシャゼムの実力を上げる事の出来る教えを受ける事は自分にとっても、プラスになり得る……そう思ったのだ。


『駄目だ! そいつの“術”に掛かるかもしれねぇんだぞ?!』

『は? 術?』


 スウェルトの言葉に思わず首を傾げる魁人。そんな魁人の様子に、シャゼムがコッソリと耳打ちをする。


『アイツ、アニキが神術を使ってオレを騙して居ると、思っているんだ』

『神術……ね……』


 どう言う物かは魁人には分からないが、そう言った術……と言う物が有るのだろう……そう、魁人は考えた。その術を使い、魁人がシャゼムを騙して居る……と、言うのがスウェルトの主張であると言う。

 ただ、この時、魁人の頭に思い浮かんだ光景が、精神操作をする魔法……と言った物では無く、詐術や催眠術の様な物だったのは、仕方の無い事だろう。


『スウェルト、オマエ、様子見る、怪しい術、使うか、確認』


 そのバダルムの言葉にスウェルトは得心行ったとばかりに頷く。つまりは魁人の化けの皮を剥がす手伝いをしてくれる……と、言う事なのだろう……スウェルトは、そう考えたのだ。


『バダルム?』


 その事で、むしろ眉を顰めたのはシャゼムであった。当然である。『魁人の事など信用していない』……そう言っているも同然なのだから。

 信用していない相手に習ったとしても、身に付かないのでは?と言う懸念もあるが、シャゼムとしては、そんな相手に魁人が時間を割かなければならない……と言う事が我慢成らなかったのだ。


『バダルム! そんな気持ちでアニキに時間を使わせ様なんて! ……』


 『フザケルのもいい加減にしろ』……そう続けようとした所を魁人に止められる。シャゼムが不思議そうに魁人を見上げると、彼は、軽くシャゼムに微笑んでからバダルムに向き合う。


『アニキ?』

『……今日は遅いから、明日からで良いか?』

『ああ、頼む』

『ちょ、アニキ!』


 焦りの色を表に出しながらシャゼムは魁人の側に近付く……と、魁人の方は軽く微笑みながらポンポンとシャゼムの頭を撫でた。


『まぁ、シャゼムが心配している様な事には成らないよ。……それは兎も角“アニキ殿”って、呼び方は止めてくれ』


 シャゼムがその呼び方を大切にしたいらしい……と言う事もあるが、魁人もバダルムの様な野太い声で“アニキ殿”と呼ばれるのは、どうにも座りが悪かった。


『……なら、どう呼ぶ?』


 それを聞き、魁人はシャゼムの方に視線を送る。以前に、自分の字名をどうするか聞いた時に、それを考える事をシャゼムが請け負ったのだが、結局その時は良いものが浮かばなかったらしく、それがそのまま保留……となっていたからだ。


『俺の字名は決まったのか?』

『! うん! 決めた!!』


 嬉しそうに両手を握り、目を輝かせるシャゼムに、魁人は気圧された様に『そ、そうか』とだけ呟いた。


『アニキの字名は“戦いの支配者(ザトゥム・レメエラ)”だ!!』

『…………』


 シャゼムから字名を聞き、魁人が『ヴ……』と唸って顔を顰める。


『……駄目か?』


 シャゼムが上目使いで、そう訊いて来る。魁人は腕を組んで苦笑をするも、シャゼムは、ただ不安そうに魁人を見つめる。みれば、腰にしがみ付いている少女も、この字名が魁人にふさわしいと思っているのか『ダメなの?』と言った様な、不思議そうな視線で見上げていた。


『あー、いや、ちょっと、大仰じゃないか?』


 厨二病……そんな言葉が魁人の頭を過ったのは確かである。しかし、それ以上に、自らが戦いを支配出来る等とは、口が裂けても言えなかった。

 徒手空拳……と言う一点に於いても、自分の師匠を始めとして、その知人達に遠く及ばず、武器を扱うのであれば、もはや言わずもがな。戦術や戦略と言った物に至っては、5才程年下の友人の方が詳しいのだ。

 そう言った面々の事を考えると、例え字名とは言え“戦いの支配者”などとは、おこがましくて名乗れ無い……と思ったからだ。


『貴様!! シャゼムの考えた字名に文句が有るのか!!』


 そう吠えたのはスウェルトであった。魁人は、彼が自分の事を気に入らない為に取り敢えず噛み付いて来ているのかとも思ったのだが、どうやら、シャゼムに良い印象を持って貰いたいが故に言っているのだと気が付く。


(少しでも、自分の話に同調して貰える様に……って事か? 同族に対する愛情が深い……って事かな?)


 魁人がそんな風に考えていると、シャゼムがしょんぼりとした様子で口を開く。


『そうかな? 相応しいと思うんだけど……』


 どうやら、本気でそう思っているらしいシャゼムの過大評価に、魁人が苦笑する。シャゼムは魁人をそう評価してくれているが、実際の所、シャゼムと魁人の間にそれ程大きな戦闘能力の差は無い……と、魁人は思っている。

 あえて、その違いを上げるのであれば、魁人には師匠が居て、シャゼムには居なかった……と言う事に成るであろうか?

 魁人にした所で十全にその教えを引き継げている……とは言えないが、それでも、数百年……中国武術などの影響も考えれば四千年近い研鑽の上に成り立っている技術体系の上に構築された武術理論をもって、その技を修めている魁人と、全くの我流であるシャゼムとでは、ただ、拳を突き出して相手を殴る……と言う動きに関する考え方一つに至るまでが別物となる。

 例を出すのであれば、魁人はその拳の当たるインパクトの瞬間まで、なるべく脱力する様に動くのに対し、シャゼムはガチガチに筋肉を硬め、なるべく力を入れ様とする。

 事実、筋肉を固め、力を入れようと動くと、逆にその筋肉の収縮によって動きを阻害されてしまい、拳の威力自体が下がってしまう。

 その上、“力み”は、視野そのものを狭めてしまう為、思考を柔軟に保つ為にも、なるべく、身体的にはリラックスした状態で動く方が良いのである。

 そう言った理論を持たない……と言うだけで、シャゼムの力は、それなりにあるのだ。おそらくそれは、例え我流とは言え、十数年研鑽を重ねた者のみの持てる地力と言う物なのだろう。

 そんな風に感じている事も有り、ザトゥム・レメエラと呼ばれる……ましてや名乗る……と言う事に躊躇いが有った。


『まぁ、その、何だ……もう少し大人し目のとかは何か無いか?』


 魁人にそう言われ、シャゼムが腕を組んで『むう』と唸る。相当、自信が有ったのだろうザトゥム・レメエラと言う字名以外は考えていなかったらしい。


『なら、最低(ンボア)だな! 決まりだ!!』


 そう言ったのはスウェルトだった。そのスウェルトにシャゼムはキッと強い視線を投げると、スウェルトは、その視線に気圧された様に視線を逸らした。


(心証を良くしたいなら、余計な茶々を入れなきゃ良いのに……)


 魁人はそう思ったが、ここでそんな事を言っても、皮肉としか取られないであろう事は分かって居る為、その事は口にしなかった。


『……そうだな、とっかかりって訳じゃないけど……俺の魂の名は、複数の意味のある単語で作られているから、そこから考えてみるってのはどうだ?』

『……例えば?』


 魁人は、顎に拳を当て、魁の意味を思い出す。


『確か……先駆者(リビロイ)先触れ(レウルト)一番槍(カアラン)……』


 そこまで魁人が口にした時、腰にしがみ付いていた少女が声を上げる。


『パパ!!』

『はい?』

『カアラン……パパの名前……』


 その言葉に魁人とシャゼムが顔を見合わせる。

『……君はエルニ・カアランって、呼ばれてたって事?』

『? 名前、無かったから……』


 魁人の質問に少女が、そう答える……とシャゼムが思案顔で口を開いた。


『……アニキ、多分名前が必要無かったんだと思うよ?』

『うん? それはどう言う……』


 そこまで話して、魁人は口ごもる。今日、合った神人族の人達は、大人から子供まで個人を表す“名”と言う物を持っていた。

 もちろん、魂の名は別であろうが、魔人族の字名の様な、決まった法則の有る名付け方……と言うわけでは無く、何かに因んだ呼び名……と言う訳では無かった。

 もし、この少女が神人族に(・・・・)育てられて(・・・・・)いたのだとしたら(・・・・・・・・)この様な事に成っているだろうか?

 魔人族語しか話せない神人族の少女、不自然に追って来ていたヴォルーク、そして……魔人族風に字名の付いた父親……


『この娘は、そう言った(・・・・・)目的で育てられたって事か?』


 シャゼムは黙ったままだったが、その事が逆に、雄弁に魁人の言葉を肯定していた。

 家畜……その言葉が魁人の脳裏を過る。だとするなら、あの城壁都市は神人族……いや、ヴォルーク以外の種族にとって、地獄……と、言って良い場所だろう。

 魁人は吐き気を覚えたが、それをこらえ、少女をじっと見る。少女の方はと言えば、自分の事が話題に上がっており、その事で、あまり魁人の機嫌が良くない事を感じ取り、身を固くしていた。

 不安そうな少女の頭を撫でると、少女は一瞬、ビクリと身を震わせたが、直ぐにキョトンとした表情で魁人を見ると、頭を撫でられるままに、嬉しそうに目を細めた。


(この娘を育てたヴォルークの意図が何処に有ったにせよ、少なくとも、それまでは大切にされていたって、事だよな……)


 そうでなければ、相手を“パパ”とは呼ばないであろう……魁人はそう思った。

 そもそも、この少女が逃げてきたのは父親がヴォルークに殺された為だったはずだ。なら、もしかすると、カアランと言うヴォルークは“良い”ヴォルークだったのかも知れない。


『……そうなると、この娘にも名前が必要か……』

『うん? 何で?』

『あー、神人族は子供でも、個人を識別する為の名前が有るんだよ。』


 『ふうん』と、あまり興味が無さそうにシャゼムが鼻を鳴らす。


『……あ、でも、神人族風の名付けの作法は分からないからなぁ……魔人族とはヤッパリ違うだろうし……』

『うん? 今、出来ない事は、無理に決めなくて良いんじゃない?』

『うーん……そうか? ……まぁ、そうか、そうだな……』

『そもそも、エルニ・カアランが今の所の字名に成るんだし』

『だ、な……そうか、そうなると……なぁ、これからは一応、君の事を“エルニ・カアラン”って呼ぶけど、構わないかな?』


 魁人が、そう訊ねると、エルニ・カアランと言われた少女は、コクンと頷いた。


『じゃあ、アニキの字名だけど……戦いの先触れ(ザトゥム・レウルト)で、どうかな?』

『うん、それなら……』

(どの道“戦いの~”と言う単語は入るんだな……)


 そうは思いはしたが、自分でシャゼムに字名を考えてもらう様頼んだ事も有り、これ以上、文句を付けるのもどうかと思ったので、魁人は納得をする事にした。


『……そうなると、これから、ザトゥム殿、良いか?』

『ああ、そうなる……改めてよろしく』

『うむ』


 そう言って手を差し出した魁人の手を、バダルムは握り返す。その横で、スウェルトが『ケッ』と言った様子で腕を組み、視線を逸らしていた。


『……さて、夕飯と野営の準備でもするか……』

『うん、じゃ、オレは獲物を取って来る!』


 魁人が言うと、シャゼムが元気良くそう答える。魁人は既に日の暮れかかっている空を見上げた後、シャゼムに聞き返した。


『うん? 今朝のアレだと足りないか?』

『いや、2人増えたから……』

『ああ……』

(そうすると、水も足りないか?)


 スウェルトとバダルムが増えた事で、飯の数が足りなくなったらしい。そうなると、用意してある水の数も心もとなく感じた。しかし、そんな会話をしていた二人に、バダルムが『良いか?』と、声を掛ける。


『これ、使ってくれ』


 公士達が頷いたのを見たバダルムは、持っていたらしい布袋を差し出す。その袋の中を覗いたシャゼムが『おお』と、感嘆の声を漏らした。


『なに?』

『食べられる野草だ! バダルムは、こう言った食べられる野草を取るのが得意なんだ!!』

『あー……』


 シャゼムを見つけたら直ぐに村へと戻るつもりだったスウェルトと違い、ヴォルーグの死体を確認した後、魁人に教えを請おうと思っていたバダルムは、手土産のつもりで食べられる野草を取って来たらしい。

 袋に詰め込まれたそれは大量に有り、暗くなってから狩りに行く様な事をしなくても、全員に行き渡るだけの量が有った。


『助かる』


 魁人は礼を言うと、それを受け取り、バダルムにどうやって食べるのかを聞く。基本的に生か、茹でるらしい事を聞き、やはり水が必要だと思った魁人は、シャゼムに空のペットボトルを渡し、水汲みを頼むと、薪を拾いに出ようとして、バダルムに止められる。

 ここでも、バダルムは薪拾いを代わりに買って出てくれたのである。魁人が、その厚意に甘えると、バダルムは、未だ納得など行って居ない様子のスウェルトを半ば引き摺って薪拾いに行く。

 ここで、スウェルトを残していく事で、問題が大きくなることを回避する為だろう。その事に気が付き、魁人はバダルムの心遣いに感謝した。

 魁人は、煮焚き出来る場所を作るべく、土の露出している場所の周りの草を刈り取ると、飯ごうを吊るす為に低木の枝を切り落として、Y字に成っている枝を地面に突き刺し、その間に、一本棒を通す。

 それとは別に石を拾って簡易的な竈を作った。少女……エルニは、その間、魁人の手伝いでちょこまかと動いていた。

 バダルム達が戻ってくるまでに火種を起こしておこうと、付近で枯れ木を集め、今朝使って残っていた薪を組んで、ライターで火を付ける。燻製を作った時にはまだ眠って居た為、魁人が火を起こす様子を見たのは初めてだったエルニは、それを見て驚きの表情で『魔術?』と聞いて来た。


『いや? ただの道具』

『不思議です……』

『……火の付きやすい空気に、火花を飛ばして火を付ける道具……って所かな? 細かい説明は有るけど、魔術じゃない。』


 魁人の説明にエルニが首を傾げる。そもそも、可燃ガスと言う概念が無いらしい、この世界の人に、ライターの説明をするのは難しい。

 油が燃えると言う事は分かるらしいが、その油にした所で、気化した部分が燃えている……と言っても、理解し辛いだろう。

 それと同時に、魁人は疑問に思い、エルニに訊ねる。


『この世界には、魔術ってのがあるのか?』

『? あるでしょう? ありますよね?』


 エルニが再び首を傾げる。どうやら彼女も、その存在は知っていても、実際に見た事は無いらしい。ふと、悪戯心が沸き上がり、飯ごうに水を入れ火にかけた後、親指が伸びる様に見える簡単な手品を見せてみると、エルニは目を丸くして驚く。


『凄い!! お兄ちゃんは、魔術師さんだったんですね!!』

『……お兄ちゃん?』

『お兄ちゃんですよね?』


 要は、アトと呼ばれているだけなのだが、そう考えると、昼間会った家族に、自身を“お兄ちゃん”と呼ばせていたのだと思い付き身悶えしたくなった。


(まぁ、今度から、ザトゥム・レウルトと名乗るんだから……昼の事は忘れよう……)


 昼の事を歴史の闇に葬る事を決めると、飯ごうの中で湯が煮立ってきたのを見計らい、軽く水洗いした野草を放り込む。そうこうして居る内に、シャゼムが戻って来たので、その水を受け取り煮沸することにした。

 魁人は、受け取った水を小鍋に入れると竈の方に置く、バダルム達が戻って来て居ない為、薪の残りに不安が有るが、火種を分けると竈の方にも火をつける。

 ふと、シャゼムの方を見ると、何か不思議そうに魁人を見ていた。その隣ではエルニも同じ様な表情をしている。


『えっと、何?』

『その音……』

『音?』

『アニキの口から洩れてた……』

『…………』


 そう言われ、魁人が首を傾げる。と、『ああ』と納得した声を上げた。おそらく、無意識に口笛を吹いていたのだろう。昼間、家族と出会い、子供たちと触れ合って居た事で、少し気が緩んでいたらしい。

 ただでさえ、見晴らしの良い所で野営をしているのだから、火どころか、口笛など吹いて居たら、自分達の存在をアピールして居る様な物である。

 魁人は苦笑し、反省する。


『悪い、少し気が緩んでいたみたいだ』


 魁人がそう言うと、シャゼムは首を振り『そうじゃない』と言った。魁人は意味が分からず首を傾げるが、シャゼムは、少し熱の籠った視線で魁人を見ながら言った。


『もっと聞きたい!』


 見れば、その横でエルニもコクコクと首を縦に振っている。魁人が『野獣が来たりしないか?』とシャゼムに訊ねると、それについては『問題ないよ』と言う。

 魁人は、どうせならと、バックパックの中から、手のひらに収まるサイズのブルースハープを取り出し、いくつかの流行歌を吹いて聞かせた。

 魁人の好むジャパンロックから、懐かしいグループサウンズまで、様々な楽曲が流れる。シャゼムの好みは明るめのポップスだが、エルニの好みはややしっとりとしたブルースであるらしく、その曲を何度かリクエストされる。


『曲だけじゃなくて“歌”も有るんだけどね……』

『UTA?』


 魔人族の語彙に歌と言う単語は無い。音楽と言う概念は有るが、打楽器主体で音を出し、それに雄叫びの様な声を合わせるだけであるらしい。だからこそ、魁人の口笛やブルースハープの音色に驚いたのだろう。

 魁人は、歌を実演する為に、アカペラで歌い始める。伴奏も無く、独唱で歌うのは気恥ずかしくもあったが、自分の世界の文化でもある音楽と言う物を、シャゼムやエルニが気に入ってくれる事が嬉しかった為、その一つでもある歌も気に入ってくれると良いな……と思い、それでも歌い上げた。


『……こんな感じの物……何だけど……』


 そう言った魁人は、ギョッとして目を剥く。目の目の二人が涙を流していたからだ。


『え? 何?』


 魁人が歌ったのは、魁人の世代では懐メロと呼ばれている歌で、タイトルを変え世界中でヒットした歌である。自身の世界で世界中の人が好んだ歌であるなら、この世界の人でも大丈夫だろうと思っての選曲だったのだが……


『アニキ……なんだか、こう、この辺りが苦しくて……』

『凄く……凄いです……』


 胸元を押さえながらシャゼムがそんな風に言う。エルニの方も同じ様な感じである。言葉が分からなくとも、その歌に込められた情念は伝わったらしい。涙がこぼれ無い様に上をむこう……そんな歌の……




 この後、戻って来たスウェルトが、涙を流しているシャゼムを見て魁人に食って掛かるのはまた別の話。

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