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第二十九話 街と里

 こじんまりとした店の中には乾燥させた草木の香りが漂っていて、入口正面のカウンターに立ててある木札には「奥に居ます、声を掛けてください」と言う文字が書いてあった。


「ホ~~リィ~~~ちゃ~~~~ん! 居ますかぁ?」


 ミュレイの呼びかけに、カウンター奥の扉から「は、はい! 今、そちらに!!」と言う声が聞こえ、パタパタと言う足音の後、ギィと、扉が開く。

 そこから顔を出したのは、13~15歳ほどのまだ幼さの残る少女だった。マリエルは女手一つで店を守ると聞いていた為に、もう少し年上の女傑を想像して居たのだが、出て来たのが可愛らしいと言う形容詞の似合う少女だった為、少し驚いていた。


(あぁ、そう言えば、シスター・エマルは“可愛らしい”と言っていたっけ……)


 先程のエマルの言葉を思い出し、それに納得する。どうやら、ミュレイと彼女は知り合いらしく、簡単な世間話がてらにマリエルは紹介され、お互いに名乗り合う。


「えっと、巡回司教に同行しているマリエルだ、よろしく」

「え? あ、はい。ここで、薬を扱っています、ホーリィ・ベウルです……よろしくお願いします」


 二人が挨拶を終えると、ミュレイはホーリィに、足りない買い置き薬を注文して行く。


「えっと、鎮痛剤の在庫は有りますが、熱さましは少し足りませんね……少しお時間をいただければ、直ぐに調合しますが、どうなさいます?」

「そうですねぇ……シスター・マリエル、どうします?」

「んう? あたしはどちらでも……」


 待つかどうかを聞かれたマリエルは、少しの思案もせず、そう答える。実質、丸投げの答えではあるが、しかし、マリエルはどちらでも構わなかった為、そう答えたのである。


「私は疲れましたのです……」

「シスター・エマル……」


 情けない声を出すエマルに、ミュレイは非難する様な視線を送るが、すでに、待合用の椅子に座り込んだエマルは、どこ吹く風……とばかりに、受け流していた。

 ホーリィがクスクスと笑いながら椅子をもう2脚用意し、座るよう促す。マリエルとミュレイは、お互いに顔を見合わせると苦笑し、脇のテーブルに荷物を……麦の袋は足元に置いて、用意してもらった椅子に座った。


「では、すみませんが、少し、ここでお待ちくださいね?」


 一度、奥に引っ込んで、お茶を入れて来たホーリィは、そう言うと、再びカウンターの奥へと消えて行く。

 お茶はハーブティーらしく、薄い緑色で、甘みのある芳香を漂わせている。


「あら、これは新作でしょうか? 後で彼女に聞いてみませんと……」


 香りを嗅ぎ、一口飲んだミュレイが、そう言った。どうやら、このハーブティーもホーリィが調合した物であるらしい。


(ハーブも、薬草の一種って事か……)


 彼女の話を聞きながらマリエルはそんな風に思った。ホーリィの店は古い造りではあるが、掃除が行き届いている為、清潔感があった。

 店内は、入って直ぐに待合の為の広間が有って、そこには丸テーブルと、今は3脚の椅子が有り、その正面にはカウンターが、カウンター裏手の壁には引き出しが幾つも取り付けられている。

 先程薬を探して中を覗いていた事から、作り置きの薬等は、そこに入れてあるらしい。ラベルなどが貼ってない事から、おそらくホーリィは、どの薬をどこに入れてあるかを全て記憶しているのだと思われた。

 店内に入ってから、やけに落ち着くとマリエルは感じていたのだが、見れば、リラックス効果のある乾燥ハーブがブーケの様に束ねて壁に掛けてある。

 その他にも店内の角、カウンターの上等に、やはりハーブであろう鉢植えが置いてあった。

 三人が、たわいも無い事を話しながら待っていると、左程しない内にホーリィが戻って来る。


「お待たせしましたぁ」

「いいえ、こちらこそ、お手間をおかけして……ああ、そう言えば、最近居候さんはどうしたんですか? 姿を見無い様ですが……」


 薬を袋に詰め、会計がてら、ミュレイが世間話程度にホーリィに話し掛けると、彼女は少し寂しそうな表情で口を開いた。


「旅に……戻ってしまいました……」

「あら……」

「居候さんって、あれですよね? 行倒れ……でしたかの……」

「ち、違います!! レウルトさんは、わたしの命を守る為に戦ってくれたんです!!」


 エマルの言葉をホーリィがやや勢い込んで否定する。それに反応したのはマリエルだった。


「んう? 戦ったって、何と?」

「……魔人族の……ドルグズです……」

「「は?」」


 ミュレイとエマルが間の抜けた声を上げる。魔人族……それもドルグズと言えば、巨体で四つ足と二腕を持つ、蝙蝠の様な大きな耳と反り返った鼻を持った醜悪怪奇な魔人族であり、あらゆる種族の雌を攫い、子孫を作ると言われ、大森林で行方不明になった女は、この怪物と言って良い異種族の犠牲に成っていると噂される、マナジスタの女性にとって、もっとも忌み嫌われている種族である。

 そんなモノにホーリィは遭遇したと言うのだ。彼女達の驚きも当たり前だと言えた。


「だ、大丈夫だったのですか? ……!! まさか!」

「だ、だだ、だから!! レウルトさんが助けてくれたんです!!」


 ミュレイの言葉に真っ赤になりながら反論するホーリィ、その様子をエマルはニヤニヤしながら見ている。しかし、マリエルは、言い合っている二人を制止し、ホーリィに「詳しく話して」と、話の続きを促す。


「あ、はい。え~と……」


 話し始めようとしてホーリィが止まる。


(……シャゼムさんが魔人族だって事は、言わない方が良いですよね?)

「……どうした?」

「え? あ!! はい!!!」


 首を傾げるマリエルに、ホーリィは慌てて返事をする。


「えっと、そもそもわたしが、大森林へ入らなければいけなかったのですが……」


 そう言って、ホーリィは事のあらましを話し始めた。外壁外、大森林との間、中程の草原で修練をしていたレウルト……魁人と出会い、その伝手で護衛を依頼した事。

 大森林の中、薬草の群生地から帰る途中、ドルグズに遭遇した事、そして、それを魁人が撃退し、しかし、その時の怪我の為、魁人が一時、意識不明の重体だった事……

 ミュレイは、魁人の事を語るホーリィの目の奥に、微かな熱を見て取り(おや?)とは思った物の、今、彼らが彼女の下を去ってしまった事を考え、それについて深く突っ込むことを止める。


「……冗談だろ? ドルグズが10体近く? それを一人でなんて……」

「……本当です!! ……その、お弟子さんと一緒でしたけど……」


 ホーリィの話に、マリエルが眉を顰める。自分の様な特殊な人間は別にして、普通、それだけの数のドルグズと対峙して、重体になったとはいえ、生きて帰って来る事など不可能だからだ。


(そいつもあたしと同じ様な? いや、それは無い……か?)


 マリエルは、自身と同じ様な特異な人間である可能性を考え、それを即座に否定する。だが、この目の前の少女が、わざわざ他人をパニックに陥れる様な嘘を吐くとも、マリエルには思えなかった為、困惑した。


「……気のせいでは無いんだよね? 幻覚とかでも無く……本当に10体ものドルグズに襲われた?」

「そんな事!! ……あ! ……い……いえ、その……幻覚と言われますと、自信が無いのですが……」

「どうしてなのです?」


 先程までの言葉の強さから一転し、何かを思い出したのか、途端に語尾が弱くなるホーリィ。エマルがそれで首を傾げる。


「その……わたしは被って居ない筈なのですが……何かの薬を撒かれましたので……」

「あぁ、幻覚作用のある何かかも……と……思ったのですね?」

「…………はい」


 自分の言葉を引き継いだミュレイに頷くホーリィ。マリエルは、首を傾げながらボソリと言う。


「そいつの、自作自演じゃないんだよね?」

「!! 違います!! その為にレウルトさんは、何日も意識不明になって居たんですよ!!!!」


 その言葉に、ホーリィが激昂した様に叫んだ。あまりの剣幕にその場に居た修道女たちの体が、ビクリと跳ねる。


「第一……」

(……レウルトさんは……確かに、魔人族語も話せる様でしたが……)


 どうやってドルグズと話を付けるのか? と言った事を話そうとし、しかしホーリィは、魁人にそれが可能だと言う事を思い出す。

 (でも、だからと言って、それは無いですね)……そう彼女は思った。しばらく魁人と過ごし、彼がシャゼムやエルニを大切に思っている事は十分理解できたからだ。

 その事を考えれば、あの時、シャゼムを傷つける様な真似をするとはホーリィには思えなかったのだ。


「第一……何?」

「あ! ええと、レウルトさんが倒したドルグズの死骸は、わたしも見ましたから……」

「……あー、自演で流石に殺したりはしないか……」


 マリエルの言葉にホーリィがコクコクと頷く。自作自演だったとして、ホーリィに対しそんな事をする理由は見当たらないのだ。そもそも、何らかの手段でドルグズと話を合わせていたとしても、殺してしまったのなら、その報復のリスクが有る為、そんな手段に出るとは思えない。

 彼女の気を引く……と言うのであれば、彼女の下から去ってしまっている事が不自然な上、ドルグズを相手にする方がリスキーであり、まるでその成果に見合わないだろう。

 同じ様な事をするのであれば、チンピラをけしかけたとしても、それ程、成果としては変わらない筈なのだ。

 それ以外に何か企みが有ったとしても、やはりドルグズを相手にする危険の方が大きい様に思える。

 ただ、マリエルはホーリィの話を聞き(面白い話が聞けたな)……とは思った。少なくとも、単体でドルグズを倒す事の出来る個人が居る……と言うのは、ある意味収穫ではあった。


(そう言うヤツなら、あたしのお供に成っても、それ程、足を引っ張らないかもしれないな)


 そんな風に思ったのだった。






 ゼルツエラ族の族長……いや、元族長の言葉に、魁人は頭を抱えそうになる。


『いや、俺はそもそも、種族だって違うだろうが……』

『些細な事です、レウルト様は強い! それで十分なのです!!』

(いや! 問題ありまくりだろう?)


 (誰か味方は居ないのか?)と思い、魁人が周りを見回す。しかしそもそも、周りは元族長の同族ばかりの上、エルニはどうして良いのか分からない様でオロオロと視線を彷徨わせているし、シャゼムに至っては「当然だな」と言った様な表情をしている。

 スウェルトとバダルムは魁人達から離れた場所で食事を取って居て近くには居ない。それに、バダルムは兎も角、シャゼムに村に戻って欲しいスウェルトは、魁人をこのゼルツエラ族の者達に押し付け、『コイツはもう、違う一族の者だ……』などと、シャゼムに戻る様、説得を始めるのが目に見えていた。


『俺は、故郷に帰らなけばならないんだ、ここに留まる事は出来ない!』


 そもそも、魁人達がゼルツエラの集落に来たのも、魔神に関する伝承が無いかを聞きに来たからであり、それは自身の故郷に帰る為のヒントを欲しての事なのだ。

 ここで、族長と成って、この地に留まり続ける事を選択するなど、本末転倒も良い所である。


『そんな事をおっしゃらずに! ……良い娘も付けましょう!!』


 そう言って自身と魁人の周りに侍る雌達に視線を送る元族長。その娘達の方はと言えば、若干の戸惑いが見て取れた。

 当たり前だろう、彼女達にとっても魁人は余りに種族として違い過ぎる相手なのだから。この場合、元族長が自信満々に彼女達を薦める方がおかしいのである。


『薦められても困る! 俺はここに定住する気なんてない!!』

『そうおっしゃらずに! どうですかな? この子など、我が娘ながら随分と器量良しで……』

『お前の娘かよ!!』

『それに、側に侍らすのであれば、発情期もまだの様な童女より、器量と魅力を兼ね備えた我が娘の方が……』


 若干の親バカが見て取れる元族長の発言に、流石の魁人も眉間を押さえる。しかし、この、元族長の言葉には、シャゼムが若干の苛立ちと共に口を挟む。


『アニキは婿になんてやらないよ!! もし、欲しいってんなら、オレを説得して見せろ!!』

『何言ってんの? シャゼム!?』


 しかし、口を挟みたかったのはシャゼムだけでは無かったらしく、見ればエルニも、普段なら見せない様な……しかし、いささか迫力には欠ける“怒ってますよ”と言った表情で、フンス! と鼻息を荒くしていた。


『よく言った小童共!! 我はレウルト様にこそ負けたが、貴様ら如き童共に負ける程落ちぶれてはおらんぞ!!』

『上・等!!』

『!! ……ッ』


 そんな事を言いながら立ち上がる元族長とシャゼム&エルニ。魁人は頭を抱えながら、何とか押し止めようとするが、誰も彼も聞く耳は持っていないらしく、魁人の言葉など聞きはしなかった。

 宴の最中にも拘らず立ち上がる三人に、それを止めようと魁人も腰を上げる……が、しかし、三人の間にはパチパチと火花が散り、一触即発の雰囲気が立ち込める。


「……っ! 全く!!」


 魁人はそう呟くと、その場で立ち上がった全員を――元族長は躊躇なく投げ捨て、シャゼムは受け身が取れる様に、エルニに至っては一回転させた後、怪我をしない様に――地面に転がす。

 と、周囲のゼルツエラ族の若者達に、ザワリ……と言う、期待とも動揺ともつかない空気が流れた。


『いや! いや! 流石はレウルト様だ!!』

『アニキ……』

『……』


 投げ捨てられたにも関わらず、やけに楽しそうにガハハと笑う族長とは別に、自分達に味方してくれると思っていたのかシャゼムとエルニは恨みがましそうな目で、魁人を見上げていた。


『あのさ……はしゃぐなとまでは言わないけど、あまりもめ事を起こすな!』


 そんな二人に、魁人は眉間に皴を寄せながら、そう言う。二人も多少の自覚が有ったのか眼を逸らす。これで騒ぎは終わったかと思った魁人だったが、しかし、それはスウェルトの怒声で打ち消された。


『オマエ! シャゼムに何をしやがる!!』

『……はぁ……』

(スウェルトだと、こっちの言い分なんて聞かないだろうからな……)


 バダルムなら兎も角、シャゼムの事が係わると全く話を聞かない事に定評のあるスウェルトに対し、魁人は大きく溜息を吐いた。そうして襲い掛かって来たスウェルトを魁人は、小手捻りで放り投げる。

 と、何を思ったのか、今度はゼルツエラの若者たちが次々と魁人に対し襲い掛かって来た。


『族長!! オレも! 手合わせを!!』

『オレッチもだ!!』

『ワイが先じゃ!!』

『貴様がやるなら、自分もだ!!』

『元族長の娘は俺の嫁にするんじゃ!!』

『な!』


 魁人は一瞬、戸惑いこそしたものの、即座に感情視に切り替え、相手の攻撃を読みながら、いなし、次々と転がして行く。

 一度、元族長の攻撃を受けた為であろうか? まだ若いゼルツエラの者達は、それこそ勢い任せに殴りかかって来るだけの様に感じられ、魁人は、それ程の脅威も感じず、その攻撃の流れを読むと、そのベクトルをズラしてやるだけで、面白い様に2mを超える異形の巨体達を吹き飛ばして行った。

 だが、ゼルツエラ族に於いて、最も強い元族長の攻撃を読み切り、その威力を押さえる事の出来る今の魁人にとって、それはある意味、当たり前の事であった。

 その様子を驚きと共にゼルツエラの雌達や老人、そしてバダルムと投げ飛ばされたスウェルトは見ていた……だがしかし、その事に驚いているのはそれを行っている魁人自身も同じだった。


(前より、遥かに“見え”ている!! 実戦を重ねたからか!?)


 この所、本気の命のやり取りを続けていたからだろうか? 魁人の“技”は、以前に比べ、格段に鋭くなっていた。

 それでも、この世界に来る前までの魁人であれば、ここまでの重量の相手を投げるのであれば、それなりの“力”を必要としていた。

 しかし今の彼は、相手を投げる為に、殆ど力を使わなくなっていたのだ。マナジスタの街で自警団の団員相手に掛かり稽古をしていた時も勿論、その兆候は有った。

 しかし、相手との体格差が殆ど無かった事も有り、魁人的には「ちょっと、キレが出てきたかな?」と言った程度にしか感じられなかったのだ。

 しかし今、ハッキリと、魁人は自身の技が高まって居る事を感じ取れたのだ。


(だが、まだ、師匠の域まで行ってない……か……)


 自身の成長を実感して尚、魁人はまだ足りないと感じていた。それは、自身の師匠であり、曾祖父の技を見、そして喰らった事が有るからだった。

 あの時、自分はどのように投げられたのか? それこそ判然としていない。逆に、魁人が見ている立場だったときは、まるで、自分から投げられに行ったように見えた……のだが……

 あの時魁人は、攻撃を避け様として(・・・・・・・・・)しかし、既に投げられていた(・・・・・・・・・)のだ。だが傍から見ていた祖父の話によれば、魁人もまた、師匠……曾祖父に投げられに行っていたと言う。

 正直な所、魁人には何故、そんな事に成ったのか、未だに理解できていない。しかし、それもまた、彼の習得した古流柔術の奥義の一つであり「幽玄」と言う技であったらしい。

 “奥義”と呼ばれる幾つかの技、だがそれも基本技の組み合わせによって成り立っているものであり、つまりは、今、魁人の習得している全ての基本技を十全に使う事が出来れば使えるようになると言う。

 現在、相応に力を付けた魁人だったが、だからこそ、自身の進む武術の頂の遠さに苦笑しか出なかった。




(流石はレウルト様だ……)


 次々に部族の若者達が投げられて行く様子を見ながら、元族長はそう思っていた。その恵まれた体格も有り、それまで一度たりとも“敗北”はしても、“恐怖”を感じる事など無かった彼であったが、その彼が初めて“恐怖”を感じた相手なのだ。

 それも今は、自身に使った謎の“技”は使っていない。つまりは部族の若者達は十分な手加減をされて居る……と言う事である。

 自身より、遥かに小さい魁人ではあるが、その身に宿す力もそうであるが、本気で殺しにかかった相手の同族であるにも拘らず、既に認め、受け入れているらしい彼の器に、本気で感心していた。

 確かに、あれは力試しではあった。しかし、神人族にとっては命を懸けていたのに等しい行為だったはずなのだ。

 元族長は自分の力について十分に理解している。そうでなければ、一族の長になどには成れないだろう。彼の一撃は、文字通り岩をも砕く事が出来る。それは、神人族など掠っただけでも命を失う……と言う事に他ならない。

 魔人族の集落だと言う事だけで彼等に挑んで来た神人族の数は、それこそ、山のように居る。力自慢の英雄……そう呼ばれる個人個体から、数多の兵を擁する軍まで……それこそ多種多様な神人族達だった。

 しかし元族長は、それらの尽くを打倒して来た。個人で有れば一対一で、軍とであっても、部族の優秀な若者数人が居れば、それ等を蹂躙する事すら可能だったからだ。

 しかし、魁人と言う人物は、それらの敵対して来た神人族のいずれとも違っていた。いきなりの戦闘を避ける為、ゴポープ族を先触れとして寄越し、本人も魔人族語を操る。

 それ故に、元族長は臆病者かとも思い落胆もしたのだが、力試しの提案については、あっさりと承諾する。ならば、最も体格の良いゴポープの個体……バダルムを嗾けるのかと思えば、自らが前に出る。

 かと言って、その表情には、ある種の諦観が有った為、命を諦めたが故かと思うと、そうでは無いらしい。

 そして、実際に手合わせをしてみれば……結果は見ての通りだった。

 自らの部族の若者が、次々と投げ飛ばされる様子を見ながら、元族長は愉快な気分になる。感服……とは、こう言う気持ちなのだと、彼は思ったのだ。


『……お父様、随分楽しそう……』

『ああ、楽しいな。こんな気分になる等とは思わなかった』


 晴れ晴れとした表情の元族長を見て、その娘も嬉しそうな顔になる……が、しかしすぐに困惑した表情になり、そしておずおずと口を開いた。


『……その、お父様は、本気なのですか?』


 上目使いに娘が元族長を見る。流石に『何が……』とは言わず、先程、自分が口にした重要な事柄について、元族長はあっけらかんと口にした。


『うん? ああ……族長は降りる』

『そちらの方では無くて……』


 だが、娘の言っていた事はそちらの方では無かったらしい。先程投げ飛ばされたばかりの若者の方をチラリと見ながら、娘は目を伏せ、頬を赤くする。

 (そう言えば、その若者は娘の幼馴染で有ったな……)等と言う事を思い出しながら、彼女が言わんとして居た事に思い至り、元族長は言った。


『ああ、成程……いや、こちらが本気だったとしてもレウルト様が首を縦には振るまいよ……』


 まさか彼女が、『娘を番に……』と魁人に対して言った事を鵜吞みにするとは思ってなかった元族長は、彼女の気持ちが誰に向いているのかと言う事を察し、更に愉快な気分に成った事も有って、呵々と笑いながら言う。 


『安心したか?』

『もう! お父様ったら!!』


 からかう父親の発言に、頬を真っ赤に染めながら娘がフイッと目を逸らす。と、元族長は一転して真面目な表情を作ると言った。


『だが……』

『?』

『我は、里を出ようと思う』


 その言葉に娘が目を瞠る。


『!! それは!?』

『ああ、レウルト様に付いて行きたい』

『それでは! 里は!!』

『何、ここで強者と出会い、その力を見れたのだ、某かの勉強にはなっただろう……』


 身体的に絶対的弱者が、その身体能力においての絶対的強者を打倒する……その事実を具体的な方法を持って見せつけられたのだ。この里に居る連中の意識の改革には十分だ……元族長はそう思った。


『ただの力押しでは無い、そんな物が有ると分かったのだ……奴らも新たな力の在り方を求める……その時、老害が居ては、何かと遣り辛いだろうさ……』

『お父様……』


 新しい価値観を浸透させる時、旧来の価値観は邪魔にしかならない。それも、強固な存在感を持つ者がそこに確固として在るとすれば、それは、高い壁として、新しい価値を認める為の抑止力となるだろう。

 父親の言わんとする事は彼女にも分かる。だが、今まで里の守護神として存在して来た、自らの父が居なくなると言う事に、途轍もない不安を覚えるのも確かだった。


『不安か? なら、アヤツに発破をかけてやれ、それとも我が、掛けよう? 『娘と番たければ、我を倒せ……』とかな? しかし、やはり、オマエが言った方が良かろう? 良人なぞ、尻に敷く位で良いのだぞ?』


 そんな事を言う父に、娘は呆れた様な顔で溜息を吐きながら言った。


『……それをお父様がおっしゃいますか?』

『当たり前だ! すでに亡くなっているとは言え、我は何時だってアレに尻を叩かれておる様なものだ……』

『……お父様ったら……』


 今は亡き母の事を思い出し、娘が少ししんみりとする。それを見て元族長は苦笑しながら視線を逸らすと、先程まで豪快に部族の若い衆たちを投げ飛ばしていた魁人が、シャゼムやエルニにせがまれ、困惑顔で何かを始めようとしている事に気が付く。


『うん? レウルト様が、何やらまた始められる様だぞ?』

『そうですね? なんでしょう?』




 シャゼムとエルニに懇願され、魁人は(困ったな)と思った。突然襲って来たゼルツエラの若者達を一頻り投げ飛ばした後、それでも「自分もやり過ぎだった」と、先程投げ転がした事についての謝罪を二人にした所、歌をせがまれた為だ。


『後じゃ駄目なのか?』

『駄目だね』

『だめです』


 駄目出しをされ、魁人も腹を決める。思えば、こう言った宴には歌はつきものではある。ただそれは、魁人の元居た世界の事ではあるが……

 魔人族に歌と言う文化風習は無い。それ故に、皆、飲み食いをして盛り上がってはいても、誰も歌うと言った事はしていなかったのだ。

 アルコールが入った所で体を動かした所為も有るだろう。魁人の思考も良い感じに鈍って居た為(まぁ、良いか……)と言う気分に成って居た。


『で? リクエストは?』


 そう言う魁人に、二人は、自分達が好きな歌をそれぞれリクエストしたのだった。

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