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第十二話 御令嬢の誘拐

 ぐったりとした少女を肩に担ぎ、男達は裏路地を走っていた。男達の容貌は、いかにも……と言った様な強面であり、そんな彼らが拐かした少女を担いで居る……と言う様子は、ある意味納得出来る物でもあった。

 担がれている少女は麻袋で顔を覆われ、後ろ手に縛られている。服装としては、仕立てこそ確りしている物の、華美な装飾等一切無く、どちらかと言えば地味……と言える物である。

 

「上手く……行きましたね」


「ああ、そうだな……」


 手下の言葉に男が頷く。ある程度のシナリオは書いたと言えども、ここまで予想通りな行動をされてしまえば、多少拍子抜けな感もある。


(まぁ、仕事が楽なのは良い事か……)


 そう、男は思った。

 特に今回は、その内容故に、少人数での行動を余儀無くされている事もあり、不測の事態……と言う物は、無い方が好ましかったからだ。

 内部城壁区画の、人気の無い小さめの屋敷に辿り着いた男達は、周囲を窺いながらその木戸をノックする。

 と、木戸に付いている小窓が開き、そこから大きめの柄杓が差し出された。

 男が、その柄杓に金の入った布袋と割符を乗せると、その柄杓か小窓から引っ込められ、やがてジャラジャラと音が聞こえた。


「一人分、足らんな……」

「何?」


 ここに居る男達は3人、袋に詰めた硬貨も3人分だったのだが……木戸の小窓から見える瞳の視線の先を見ると、手下の一人が担いで居る少女に突き当たる。


(ああ……成る程……)


 拐かされた少女の分が足りない……と、言う事であると理解した男は、懐からもう一人分の料金を取り出す。

 使用の為の料金が一人いくらでの計算なのだから、確かに一人分足りなかったのは確かだった。しかし現状、荷物として扱われている存在に“利用”……と言う概念が当て嵌まるかは微妙な所だが、それでも一人は一人……と言う事なのだろう。

 納得いかなかったのは、やはり、リーダー格の男だけでは無かったらしく、彼の部下も忌々しげに、小窓を睨んでいる。

 しかしそれでも、今、事を起こすのは、自分達の不利にしか成らない事は確かであり、後ろ暗い事をしている自覚もある為、大人しく従う事にしたのだった。

 規定通り……と言う事なのだろう……4人分の料金を支払うと、木戸が静かに開く。内部は3m四方程の石造りの部屋で、正面突き当たりから、さらに奥へと通路が続いていた。

 石壁には一定間隔で松明が置かれているが、辛うじて足元が見える程度の明るさしか無かった。

 木戸の横には、ボロボロのローブを被った小男と、用心棒であろう筋骨隆々の粗野な風貌の大男が待機していて、その小男の方が、顎をしゃくる様にして、奥へ進む様に促す。

 男達は黙って、奥へと進むが、やはり納得が行って居ない様で、手下の一人は、横を通り過ぎながら、ローブの小男を睨んでから男達の後に続いた。

 通路をしばらく行くと下り階段があり、その階段を下りると、丸太材で補強しただけの、土がむき出しの通路へと変わる。


(いざ……と言う時は簡単に埋められる様にって事か……用心深いな……)


 男たちは歩みの速度を速め、先へと進んで行く。そこから、また暫く進んだ所で、今度は上り階段が現れ、そこを登り切った場所に木造の部屋が現れた。

 その部屋には、最初の石造りの部屋と同じ様なローブの男が居て、男達が全員出たのを確認すると、階段の蓋を閉めた。

 そして、室内と思われる場所の廊下らしき所を歩いて行くと、一枚の扉を開き、恭しく頭を垂れながら言った。


「では、またのご利用をお待ちしています」


 男達は、その言葉には答えず、足早にその場所から立ち去ると、外壁区の端、貧民街へと歩みを進めたのだった。






 リクリシトが、ヤクシアーノ子爵の屋敷に戻った時、侍女であるメイが、真っ青な顔で彼を迎えた。その顔色の悪さに、リクリシトは嫌な予感が拭えず、足早に彼女に近付いた。


「リクリシト様! 御嬢様が!!」

「!」


 具合が悪いと言って部屋に籠っていたはずのエリシュトールの姿が消えていると言う。

 一度、二度と様子を見には伺ったのだが、その時は、布団の中に居る様に見えた為、わざわざ確認まではしなかったのだが、夕刻となり、流石に様子を確認した時、人が寝ているかの様(・・・・・・・・・)に偽装された布団が有るだけで、エリシュトール本人は、影も形も無くなっていたのだとメイは言った。


(不味い……な……)


 リクリシトが眉間に皺を寄せる。その様な偽装をされ、その事に気が付かなかった……と言う事は、エリシュトールが、実際に姿を消した時間が不明……と言う事であり、その時間いかんでは、どれ程、この屋敷から離れられるか分からないと言う事でもある。

 その上、そんな偽装がされていた時点で、エリシュトールが自分から出て行ったか、屋敷の中にまでシュミタールの手の者が入って居る……と言う事に成るのだ。


「ど、どうしたら……」

「落ち着きなさい、メイ……」


 リクリシトは、今にも倒れてしまいそうな侍女に声を掛けると、顎に手を当て、これからどうすべきか考える。

 と、そこにヤクシアーノ子爵家の執事が、恭しく頭を下げて来た。


「……リクリシト殿、お客さまです」

「客? ……わたくしにですか?」


 先程、屋敷に戻ってきたばかりだと言うにも関わらず、余りにタイミングの良い来客に、リクリシトは、嫌な予感が膨れ上がるが、兎に角、相手に会って見なければ始まらないと思い、ヤクシアーノ子爵家の執事に案内をお願いする。


「……リクリシト様……」

「……君は、少し休んでいたまえ。」

「いえ、でも……!」

「良いから……! そんな、今にも倒れそうな状態で、一体、何が出来る? せめて、顔色が戻るまでは休んでいたまえ!」


 尚も言い募ろうとするメイをやや強引に説き伏せると、リクリシトは執事の後に着いて行った。




「お初にお目に掛かる……ジュセールと申す」


 片手を胸に当て、頭を下げてくるジュセールに、リクリシトは舌打ちをしたくなった。

 この、ジュセールこそ、エリシュトール達がマナジスタに訪れた初日、正門では無く、裏門へと回る事になった原因であり、表向きシュミタールとの繋がりは無いものの、その実、汚れ仕事における元締めと成る男であった。

 そんな男が、こんなエリシュトールが行方不明と成っている状況で、こうして姿を表した……と、言う事は、おそらく、予想出来得る最も悪い状況に成っているのは、間違い無かったからだ。


「貴方がリクリシト氏ですね?」

「……ええ……」


 白々しい……と、リクリシトは思った。エリシュトールを誘拐するにあたって、こちらの事を何も調べて居ない等と言う事は無いだろう。

 そもそも、リクリシトでさえ……様々なコネと伝手を頼ったとは言え……ジュセールの存在とその顔を調べる事が出来たのだ。

 本職で有り、相応のコネクションを持つジュセールが、決して隠れている訳では無いリクリシトを調べ上げる事など容易い事だったはずなのである。

 にも拘らず、まるで、そ知らぬフリをするこの男に、リクリシトは苛立ちの混じった視線を送った。


「…………そうですが……何か?」


 そうは言う物の、このタイミングでの用件など、1つしか無い。それがエリシュトール絡みである事は確実であり、リクリシトの予想通りであれば、彼女を確保した……と言う事なのだろうと、思われた。


「えぇと……“エリシュトール”さん……と、おっしゃって居たかな? 彼女から、手紙を預かって居ましてね?」


 あなたに渡す様にと……と言いながら、ジュセールは懐から一通の封書を取り出す。その言葉に、リクリシトは舌打ちしたくなるのを何とか抑える。

 エリシュトールは文字の読み書きは出来ない。つまりは、それは別の人間が書いたものである事は確実なのだが、リクリシトには、それが本当にエリシュトールの言葉で有るかは判断がつかない。

 しかし現状、彼女が行方不明である事を考えれば、まず確実にエリシュトールは彼等の手の内に有るのは確かだと思ったからだ。

 つまりは脅し……と言う事である。シュミタールの配下が親切ごかしにエリシュトールの言葉を与かって来た……と言う事は、つまり「お嬢さんの身柄は与かって居る、返してほしければ……わかるだろう?」……と言う事に他ならない。

 現状、エリシュトールの姿が無く、その身の安全について確認できない以上、相手の言葉を信じるしかない。向こうにしてみたところで、時間的にギリギリのはずであり、切羽詰まっていることは確かであるが、だからこそ、下手な行動をすればエリシュトールの身の安全が確保できなくなる。


「……そうですか……ありがとうございます……旦那様も、きっと貴方にお礼をなさる事でしょう……」

「そうですか? それはありがとうございます……では、わたくしは、この辺で……」


 そう言うと、執事に導かれジュセールは振り返る事無く去って行く。リクリシトは、受け取った、その手紙をグシャリ……と握り潰した。

 一礼をして踵を返すジュセールの、その後ろ姿を忌々し気に睨み付ける事しか出来ない自分……その無力さをリクリシトは嘆く事しか出来なかった。




 ヤクシアーノ子爵が帰って来た時、リクリシトはイの一番に彼に相談する事にした。確かに、それは自身の無能を晒す事であり悔しくはあったが、そんな事より、恩人であるアイゼンマールとエリシュトールに対する思いの方が勝ったからである。

 それに、この都市で信頼できる相手が、メイの他には彼しかいない……と言う事もあった。現在の状況を考えれば、この屋敷の中に裏切った相手がいるのは確かであろう。

 ある程度、エリシュトール自身が自分で動いたとしても、少なくとも彼女の動きを外に伝えていた者が居るのは確実である。

 そうでなければ、ここまで用意順当と言った形で事は進まないであろう。そういう意味では、ヤクシアーノ子爵本人も、容疑者の中に入るのであろうが、リクリシトはその可能性は無いだろうと思っていた。

 アイゼンマールとヤクシアーノが友人である……と言う事もあるが、彼がシュミタールに手を貸す事によるメリットと言う物が全く無い……いや、むしろデメリットしかないからである。

 それについてはこのヤクシアーノ一族の誰についても同じであり、少なくとも、彼とその血族に関しては、疑う余地は無かった。

 早速、帰宅したヤクシアーノ子爵にアポを取ると、彼は快く応じてくれた。


「話は聞いたよ、大変な事になったね……」


 書斎の黒檀の机に両肘をつき、組んだ手に口元をやりながら、ヤクシアーノは重々しくそう言った。その彼の言葉にリクリシトは頷く。


「はい、旦那様の状況的にもそうですが、お嬢様の事を思うと……」


 シュミタールが、今後ミズナブールで活動する事を考えれば、エリシュトールを無事に返す事は必然となる。しかしだからと言って、今回の事が、エリシュトールの心に傷を負わせることが無い……等と言う事はあり得ないだろう。

 それでも、エリシュトールの身体的な部分での安全は保障されていると言えた。どれほど自分との関係を隠しているとしても、今回の様に影をチラつかせている以上、エリシュトールに‟何か”有ってしまえば、アイゼンマールの怒りが収まらなくなる事は確実であり、例え、今回の事で選出貴族に成れたとしても、その後、様々な意味で、その寿命が短くなってしまうからだ。

 シュミトール自身、アイゼンマールの影響力は重々承知で有ろう。選出貴族となって、それによって金銭を稼いだ上で、自身の影響力を増やすにしても、時間がかかる事は確実であり、その前にアイゼンマールに潰されてしまえば、全てを失ってしまうのだ。

 現在、確かな裏との繋がりが分からない為、シュミタールに手が及んでいないが、エリシュトールに危害が及んでまで‟表”の動きだけで済ませる様な事は、流石に無いだろう。

 それでも、最低限、彼女に危害が及ばなければ、それ以上の言及はされない……そう、シュミタールは思っているのだと思われた。

 それは、裏から手を回されなければ、確実に力を付けられるという自信の表れでもあるのだろうが、それに関してリクリシトは冷ややかな視線で見ている。実際の所、アイゼンマールがどの様に感じるかは分からないが、少なくともリクリシトはシュミタールの事を許せる……とは思えなかったからだ。


(自分のやり方に、余程自信があるのだろうな……)

 

 成り上がり故の慢心だろう……リクリシトは、そう思う。金銭に靡く下級貴族と、歴史を刻んだ上級貴族のプライドには、天と地ほどに差がある……と言う事が、シュミタールには理解が出来て居ないのだろう……リクリシトには、そう思えた。


(今まで通用したから、此からも……等と言う事は、甘い考えだ……まぁ、忠告をする積もりも無いがな……)


 それよりも今は、エリシュトールの事である。ミズナブールへの連絡は、通信局の早馬を使用したとすれば、1日半も在れば連絡は届くだろう。

だとすれば、最悪、明日中にエリシュトールを発見出来ればシュミタールの思惑は潰す事が出来る。

 だとすれば、今やらなくては行けない事は、彼女の居場所の特定をする……と言う事になる。


「ヤクシアーノ様、お話があります」

「……聞こう」


 リクリシトは、今日までで集めた情報と、この屋敷の中に、少なくとも情報を流した者が居るであろう事を子爵へと話す。

 それを聞き、ヤクシアーノは眉をしかめた。当たり前だろう……自身の屋敷の中に、言わば裏切者が居る……と言う話なのだから……


「それは、確かなのかね?」

「……状況証拠……と、言う事に成りますが……」

「ふむ……そうか……」


 ヤクシアーノ子爵が大きく頷く。リクリシトは、自身の推測を「おそらく」と、前置きをした上で語った。


「手引き……と言う程の事は無いと思うのですが、少なくとも、お嬢様がこの屋敷から出て行くまでの段取りを付けた者が居るのは確かだと思います」

「……何者かを引き入れた……と言う訳では無く……かね?」


 リクリシトの言葉にヤクシアーノ子爵首を傾げる。その子爵の様子にリクリシトは頷いた。


「はい。お嬢様の寝室は、まるで人が一人布団を被って居るかの様に偽装されていたそうです」

「? ……偽装されていたのなら、むしろ、ここから拐かされたと言う事では無いのかね?」


 その言葉に、リクリシトは首を振る。


「いえ、逆です」

「と、言うと?」


 リクリシトは右手の人差し指を自らの眉間に当て、どう説明したら分かり易いかと思案した後、その指を眉間から離し、くるくると宙をかき回す様に回しながら説明を始めた。


「ここから拐かされたと言うのであれば、むしろそんな偽装をする必要など無いのですよ……彼等に必要なのは、お嬢様が居ない……と言う事実であり、“何時”と、言う事は関係ないからです」

「あぁ、成る程、早々に居ない事がバレて困るのは……」

「はい、おそらく気晴らしの為に外へ出た、お嬢様以外には居ないのです」


 言われてみれば……と、ヤクシアーノ子爵も納得して頷く。


「ただし、外部に連絡を取った者が居るのは確かです。わたくしの得た情報通りであれば、ジュセールが、この町の外壁街で、チンピラと接触しているのは確かですし、おそらく、その者達が、この誘拐に関わって居る事も確実でしょう……ただ、ソイツ等が、この屋敷の内部を把握する為には、やはり、情報元となる存在は、不可欠ですから……」

「……で、あろうな……」


 ヤクシアーノが重々しく頷く。


「その者が、どう言う意図で外部との連絡を取ったかは分かりませんが、少なくとも、その者がメイドである事は確かだと思います」

「? ……うん? それは執事でも可能出はないか?」


 ヤクシアーノ子爵は、リクリシトの言葉に首を傾ける。外部と連絡を取り、屋敷内で段取りを付けるのであれば、執事であろうとメイドであろうと行えるからだ。

 しかし、その言葉にはリクリシトは首を振る。


「確かに行えるでしょう……しかし、頻繁に外部との連絡を付けられる……と言う条件で、尚且つ、お嬢様と会話を行える……と成ると相手は限られますし、ましてや今日、当家の侍女の行動を束縛出来たのは、屋敷のメイド以外には居ないのですよ」

「あぁ、そう言う事か……確かに執事の一人が、余所の侍女にちょっかいを掛けていれば嫌に目立つし、メイドに足止めを頼んでいても不自然に思う……か……」

「そう言う事です……それに、この屋敷の通いのメイドであれば、外に出るのも不自然では無いでしょう」


 基本、下級貴族の次男や三男から取り立てる執事と違い、メイド……特にハウスキーパーや食事の支度をする者は、ある程度の地位の者からの紹介状が有れば取り立てる事が有る。

 基本的には、やはり下級貴族の娘である事が多いが、中には商人の娘や平民の奥さん等も居る。そう言った者の中には、住み込みでは無く、自宅からの通いで来る者もいる。

 執事の方は基本的に下級貴族の下位相続権利者で有る為、今回の騒動のあらましを説明してある。もし、この事で何かあった場合、その責は親元にまで及んでしまう為、彼らが下手な事をする等と言うことは、リクリシトとしても考えられなかったのである。


「成程……で、あれば、手を使うのであれば、執事の中から選んだ方が良い……か?」

「そうですね」


 ヤクシアーノの言葉に、リクリシトも頷く。

「お嬢様一人で外壁区まで行ったとは考えられませんから、おそらく内壁の、こちら側で捕まって居ると思われますが……」

「ならば、エリシュトール嬢は、まだこちら側に居ると?」


 その言葉には、リクリシトは首を横に振った。


「いえ、その可能性は薄いかと……こちら側の貴族は上級貴族であるが故に、シュミタールの影響を受ける者が少ないですし、旦那様やヤクシアーノ様の恐ろしさを知る者も多いですから……」

「わざわざ敵対はしないであろう……と?」


 ヤクシアーノの言葉にリクリシトは頷いた。


「しかし、内壁門には見張りが居る、エリシュトール嬢は、どうやって門を抜けたと?」

「……手段は……分かりません……が、門を抜ける以外の方法があるとしたら?」


 リクリシトの言葉に、子爵は腕を組むと目を瞑り、やがて首を横に振った。


「それは有り得んだろう……」

「……でしょうか?」


 あくまで懐疑的な子爵とは裏腹に、リクリシトは何かの確証を得ているかの様な視線を送る。


「理由が……あるのか?」

「噂……程度ですが……」


 リクリシトは、外壁街での聞き込みの中、金次第で内壁街……貴族区画にも進入出来ると豪語していたチンピラと会っていた。

 方法については極秘……との事だったが、それ程、腕の立つ男だとは思えなかった為、吹かしだろうと思って居たのだが、今の状況を考えると、その男の腕が……と言うより、何かの方法を知っていた……と見るべきだろうと、リクリシトは思ったのだ。

 ヤクシアーノは、「ううん……」と唸って、顎を撫でた。その様な抜け道など寡聞にして聞いたことが無かったからだ。

 しかし、門番に金を積んで……と言うよりは確かにその様な方法が有る……と言う方が現実的に思えた。事実、この貴族区画にも、裏の影がちらつく事は侭る上、そう言った者を使う貴族も少なくは無い。

 実際、ヤクシアーノにした所で、執事を使って、その様な相手につなぎを取った事も有る。


「つまり、お前は、エリシュトール嬢は、外壁街に居ると?」

「はい」


 子爵の言葉にリクリシトが頷く。ヤクシアーノは、もう一度、唸ると目を瞑った。

 外壁街と言えども、かなりの広さが有る。その中から、たった一人の人間を探し出すと言う事は、並大抵の事では無い。

 その上、シュミタールの企てを阻止し、確実にエリシュトールを五体満足で返させる為には、明日の夕暮れまでには見つけなくてはならず、尚且つ、あまり大っぴらには探す事は出来ない。


「……わかった」

「? ……ヤクシアーノ様?」

「ワシの伝手も使うとしよう」

「!! ……有難うございます!!」


 思った以上のヤクシアーノ子爵の計らいに、リクリシトの心は熱くなった。それを噛み締める様に、リクリシトは右手を胸に当て左手を背に回すと、腰を折り、深々と頭を下げた。






 薄暗い半地下の部屋の中、少女は1人蹲っていた。ふわふわのプラチナブロンドの髪に白磁の様な肌、整った容姿に紅玉の瞳は、普通であれば、その少女の容姿を引き立てていたであろう。

 しかし今、少女の瞳は絶望で淀み、泣き腫らした為、厚ぼったく腫れ上がっていて、むしろ、その悲壮さを際立たせる事に成っていた。


(……わたくしが、浮かれていたから……)


 自業自得……今の少女の境遇を一言でいえば、そうなるだろう。自身が狙われている立場である事は分かっていた。

 その上で、自らを守る鳥かごの中から逃げ出した挙句に、捕まってしまったのだ。それこそ、言い訳も出来ない位に自業自得だった。

 半地下の部屋は、格子窓から光こそ入るものの、常に薄暗く、じっとりと湿った空気を醸し出している。少女が目を覚ました時には、既に彼女は1人で木枠に寝藁を敷き詰め、シーツを被せただけのゴワゴワとしたベッドに寝かしつけられていた。

 覚醒して直ぐは、混乱し、執事と侍女の名を何度も呼んだのだが、当然の様に答えてくれる者など居らず、やがて、自身が誘拐されたのだと気が付いた後は、悔しくて悲しくて涙を流した。

 しかし、周りから何の反応も無かった事も有り、そうしない内に少女は泣き止み、今はベッドの上で無言で蹲っている……と言う所であった。

 部屋の中にあるのは件のベッドと衝立、その衝立の向こうには簡易トイレ……と言う名の壺。そしてベッドの脇に水瓶。

 窓は格子窓が一つだけで、後は木製のドアが一つ、そして他には何も無かった。

 今、少女の胸に去来している物は“何故”では無く“なんで”……なんで(・・・)自分は、あんな事をしてしまったのだろう……と言う、自己嫌悪の思いだった。

 少女とて馬鹿では無い。自分がこうして捕まってしまった所為で、周囲の人々に、どれだけの迷惑がかかるか……と言う事は分かって居る。

 だからこそ、自己嫌悪に陥っているのだ。

 確かに自分は退屈していた。しかし、それは、自分の身を守る為だったはずだ。あの時、この脱出計画を持ち掛けてくれたメイド(・・・)は、自分に同情をしてくれていたからこそ、声を掛けてくれたのは確かだろう。

 だから、その厚意を無碍に出来なかったのか? いや、それを行った時、侍女に執事に心配をかける事は分かって居たはずだ。

 だからこそ、ほんの数時間だけ気分転換をするだけだったはずだ……しかし結果として、取り返しの付かない事に成ってしまっている。

 すべては、自分の見通しの甘さが原因であり、最初から立場を弁えてさえいれば、こんな事にはならなかったはずなのだ。


(なんで! 何でわたくしは!!)


 ギュッと目を瞑る。頭を抱えブルブルと身を振るわせながら、少女は気が狂いそうな程の後悔に苛まれていた。

 少女が悔恨に押しつぶされそうになっていたその時であった。


「なぁ、なんでこんな所に居るんだ?」


 不意に声を掛けられたのは……

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