初七日
昨日七夕だったんで、思いつきました。
そこには女がいた。
僕の住んでいる家はマンションの四階。
別に何の変哲も無いマンションだ。その四階に僕の家はある。そんでそこには自分の部屋もあるわけだからきっとそのマンションはそれなりに広いし、おそらく僕は恵まれているんだろうと思う。
僕はそこに一人でいる時間が多い。
それは僕の両親は共働きで、お互いに帰りが遅いからだ。
でも僕はそういう生活にももう慣れている。
もちろんさみしい時もあるにはあるけど、でも、その時はその時で昨今は色々と技術力の高いものがあるから、そういうのを使えばいいんだ。
僕以外誰もいない電波も届かない孤島に住んでいるわけではないんだから。
「・・・本当に大丈夫かしら?」
「・・・うん、そうだね」
でも僕がまだほんの子供だからという事で、僕の両親が僕の諸々をとても心配しているということも僕はちゃんと理解している。
でも、それで非行に走ったりとかそういうことも僕はしていないし、これからもするつもりはない。
きっと僕っていうのは別にそういう事をしなくてもいいタイプなんだろう。
無駄なエネルギーは有り余っていないんだ。
そういう事をする暇があったら、食器を洗ったり、風呂を掃除したりするもの。僕の場合は。
それに、
「・・・大丈夫か?」
「・・・いつもごめんね?」
両親がいつも頑張って働いているおかげて僕はこうして生きていられるわけだから、僕は僕なりにそれにとても感謝している。恨んでいたりなんかしていない。彼らの生きがいや頑張れる理由というフォルダの中に僕の存在が多少なりとも含まれていて、それで彼らは頑張っている。
それを否定して彼らを悲しませるのはまったくもっておかしな話だと僕は思う。
僕は自分が幸福だと思う。
本当に。
僕の住んでいるマンションの向かいには学校が建っている。それが中学校か高校か、あるいは大学なのか?それは知らない。少なくとも小学校ではないと思う。僕は通っていないし。
その学校は僕の部屋の窓からちょうど見える。
んでそこに住んでみて初めてわかったことなんだけど、学校というモノの近くに住むというのは実に面白いことだと僕は思う。
だって昼間はあんなに活気があって、どこぞかしこぞに学生がいるのに、それが夜になると全くの、全くと言っていいほど無人になるんだ。
真っ暗になって。
学校にはどこも夜警とかというのがいるのかは、僕にはわからない。
でも、もし居たとして、たった一人か二人であの大きな建物の異常を全部カバーするなんて僕には絶対に無理だと思う。
きっとああいうものは異常が無いことを前提にしているんだろう。
もちろんそれは僕の肌感だから、わからないことだけどね。
でも、
とにかく、
夜の学校はしんとしていた。
まるで最初から誰もいないみたいにしんとしていた。
その光景は、逆に人が居る時が異常だと思えるくらいだった。
僕は、
いつの間にか、夜な夜なその学校を眺める事が自分の趣味になっていた。
そして、
そこに女がいた。
僕の何度目かの誕生日、その一ヶ月くらい前、両親が僕にそれとなくほしいものを聞いてきたので、僕はその際『星を見たい』という旨を伝えた。
すると彼らは当日とても上等な双眼鏡をくれた。
「ありがとう。すごい。ありがとう。すごい大事にするよ」
僕は心から彼らに感謝した。
「・・・」
今、その双眼鏡を使って僕は夜の学校を眺めている。
夜の学校をなるべくくまなく、すみずみまで眺めている。それは夜でも見えるとても上等な双眼鏡だった。
「・・・」
だからすごいんだ。
本当になんもかんも見える。
三階の教室の黒板に何が書いてあるのかだって見えるんだ。
これはすごい。
理科室とかがものすごく楽しい。
夜の学校だ。
誰もいない。
本当に誰もいない。
真っ暗だ。
非情口の緑と赤い非常灯にだけ色がついている。
あとは全部が黒に沈んでいる世界だ。
誰もいない世界だ。
そんな風に僕の夜の学校観察は続いた。
僕の部屋も学校同様に真っ暗にして、ベットの上に横になって、布団を被って、カーテンをそこだけピンでとめて、僕は飽きることなく夜の学校を眺めた。
両親のために、星のこともすこし勉強した。
でも、星なんて一回も見ていない。
この双眼鏡は夜の学校だけを眺めている。
そして、そこに女がいた。
いた。
「・・・わっ!」
それはまったく突然の出来事だった。だから最初に見たとき、とても驚いた。
・・・女が・・・立っていた。
夜の学校校舎の中に・・・、
女が。
「・・・」
もちろん最初は自分の見間違いだと思った。
だっておかしいじゃないか?
いままで夜の校舎に誰かがいたことなんてなかったんだから。
見間違いかも知れない・・・。
ほら、人体模型とか・・・、
・・・美術の胸像とか・・・、
音楽室の絵画とか・・・、
なんだったらレインコートが壁に掛かっているのを見間違えたのかもしれない。
「・・・」
だからもう一度、僕は双眼鏡を覗いてみることにした。
慎重に、
とても慎重に。
「・・・」
でもやっぱり、それは見間違いではなかった。
女が立っている・・・。
夜の校舎に、
他に誰もいない夜の校舎に。
たった一人。
女が立っている・・・。
僕の覗いていた双眼鏡は夜の世界も見ることができるとても上等な双眼鏡だったから、僕にはその女の顔まではっきりと見えた。
間違いなかった。
そこには女がいた。
「・・・何を、しているんだろう・・・」
僕の口からそのような言葉がもれた。
でも、
そんなこと本当に僕は気にしているんだろうか?
女は何かを探していた。
何を?
その女は裸だった。
なんで裸なのか当然僕にはわからない。
それどころか、
なんでいるのかも、
何をしているのかも、
何を探しているのかも、
僕には何もわからない。
でも、
とにかく何かを探していた。
女は必死になって何かを探していた。
「・・・」
僕はその女を双眼鏡で追い続けた。
女は次の日も、そこにいた。
「・・・」
女は相変わらず裸だった。そして何かを探していた。
必死に探していた。
僕はそれから目を離すことが出来なかった。
女は次の日もいた。
その次の日も。
その次の日も。
女はただ夜の真っ暗な校舎の中で何かを必死に探していた。
僕はそれをずっと眺めていた。
ずっと眺めていた。
ずっと。
その日も、女はいた。
女は相変わらず何かを探していた。
「・・・」
僕はそれを見つめていた。
彼女は僕がこうして何日間もずっと見つめていることを知らない。
もしも見つかったら、どう思うんだろう?
怒るんだろうか?
それとも悲しむんだろうか?
僕は女を見つめながらそんなことを考えていた。
まあもちろん、そんなことあるわけないんだけど。
遠くから双眼鏡で見ているのがわかるわけないんだから。
でも、
そうやって、
僕が考えた瞬間、
双眼鏡の中で、
何かを必死で探していた女の動きが、
止まった。
その時、
「・・・」
僕も止まった。
そして、
ソレは、
ソレは、
ゆっくりと、
僕の見る双眼鏡に向かって、
視線を、
動かして、
僕を、
僕の見る双眼鏡を、
間違いなく、
女は、
僕を、
今、
僕を、
見て、
僕の視線に、
女が、
女が、
「・・・」
それでも僕は女を見ることをやめられない。
「・・・」
その女は僕を見ていた。
「・・・」
無表情だった。
でも、
次の瞬間、
赤く、
歪んだ。
赤い?
「・・・」
笑ったんだ。
口の中が見えた。
赤い。
口。
「・・・」
そして、
次の瞬間、女は僕の見る双眼鏡の中から忽然と姿を消した。
「・・・あ、あれ・・・」
僕は近くを探した。
けど、
女はもうどこにもいなかった。
「・・・初七日終わったわ・・・」
耳元で声。
「・・・ねえ?初七日、知っている?」
声。
女の声。
聞き覚えの無い。
声。
女の声。
「見つけた」
双眼鏡から目を離せない。
夜読んでもらったら多少怖いんじゃないですかね?私は自分で書いていて怖かったです。