第七十四話 最初の旅へ向けて(5)
第七十四話です。よろしくお願いします。
今回はやや長めです。(約4800字)
その分+αで難産でした。
一先ず応急的にイヴァンジェリンの持っていた板で、外の穴は塞がれた。
汚れや蜘蛛の巣にまみれたディアが浴室を借りて体を洗っている最中、零は下手に動いて物を壊さないようにじっと待っていた。
「ところで、あのディアと名乗る者は何故この家にやってきたのか知っておるのかの? どうやら皆とは面識があるようじゃったが」
待っている間にイヴァンジェリンに質問されて零が答える。
「僕の体の調子を見に来てくれたんだよ」
「ふむ、治療師ということかの? じゃが、零は自分で回復魔法が使える筈じゃが?」
「自分で見えない部分だってあるでしょ?」
「なる程、それもそうじゃな」
零達が話している最中、セアラが手にカゴを持って浴室の扉を開ける。
「ディア? 着替えはここに置いておくわよ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「私のだから大きさは合ってないと思うけど」
「……ですよね。特にその辺りは……」
ディアがセアラのとある部分を凝視しながら呟いた。
「ち、違うわよ? そういう意味じゃないわよ? ただ私の方が背が高いから言っただけよ?」
「背というならクローシェさんやノーマさんの方が近いはずですが?」
「お母さん達のだと今度はきついかなと思ったのよ。それこそ、その辺りが……」
「あ~それは……なんと言いましょうか……」
開いたままの扉からそんな声が漏れてきて思わず想像をしてしまう零。
その後すぐにダメダメと頭を振ってそれを頭から追いだそうとする零を見てイヴァンジェリンは首を傾げるのであった。
「はあ、すっきりしました。レイもお待たせしました」
ダボッとした服に身を包んで浴室からディアが出てくる。
丈の合わない部分をカバーするために袖等をリボンで留めてずり落ちないようにしているのがまた可愛らしく見えた。
「では、早速診察をしに行きましょうか?」
「ちょっと待つのじゃ。ディアで良かったかの?」
ディアが零を誘って動こうとした時、イヴァンジェリンから待ったが掛かった。
「あ、はい。何でしょうか?」
「妾はこの家に厄介になっておるイヴァンジェリンと言う者じゃ。その診察と言うのに妾も興味があるのじゃが、ついて行っても良いかの?」
興味津々のイヴァンジェリンだったがこれから行う物はディアの持っている器具を使うものなのだ。
「すみませんが、今回は遠慮してもらえると助かります」
「駄目じゃったか……いや、引き止めて済まなかったのじゃ」
無理強いをする気はなかったのかディアがやんわりと断るとイヴァンジェリンはあっさりと引き下がる。
「イーヴァ、ちょっと部屋を借りるよ?」
「別に構わぬ、本来はレイの部屋じゃからの」
零とディアはイヴァンジェリンに頭を下げると、二人で部屋に入っていった。
「では、早く加減の効かない原因を調べてしまいましょう。じゃないとレイが不便ですし」
「確かにそうだからね。うん、ディアお願い」
「はい、しばらくじっとしていて下さい」
そう言ってディアはペンのような装置を取り出して先端を零の方に向ける。そしてそのまま零の全身の様々な箇所に向けてペン先をかざしていった。
その内に零の下の方もかざして行くことになるのだが、ディアがかがんだ際に特にサイズの合っていない胸元部分が大きく覗いてしまい、ディアを目で追っていた零は不意打ちに対して目を白黒させることとなった。
「はい、もう動いていいですよ」
「相変わらず早いね」
零は動揺を隠しつつ、ディアになんとか短い返事を返す。
「レイだって出来るじゃないですか。こうして私を見ているだけで常に私も解析されているんですよ」
「そういえばそうだったね。結果を表示してないだけで」
「まあ、今回は私は関係がないのでレイの結果を見ていきましょう。えっと――」
ディアは端末を取り出して以前の結果と見比べていく。すると、妙に納得した表情で頷いた。
「これは単に魔力子の影響で体が大きく活性化しているだけですね。恐らくこちらの魔力強化を試したんじゃないですか?」
「うん、当たってる。けど強化自体は止めてるよ?」
「以前は素の状態でこちらの女性程の活性では無かったのですが、一度自力で魔力強化をした影響でそこまで引き上げられてしまったようです。魔力無しでの身体の性能はこちらの人達より零の方が遥かに上なので、それに活性が引き上げられた結果振り回される程の力になってしまうようですね」
「え、じゃあ素の状態でずっとこのまま?」
「そうなっちゃいますね」
素の状態をどうしろとと頭を悩ませる零にディアが更に追い打ちをかける。
「弱い力の加減は問題がないようなので、下手に制限を掛けると今度はそちらに問題が出てしまいますし……」
「そういう手もダメなの? じゃあ、どうすれば?」
零はこのままで生活するのは避けたいと思い、ディアにすがる思いで尋ねた。
「こういう場合の手は一つです」
「それは?」
――――――――――――――――
「んぐ……ふぁ?」
薄っすらと開いた目で見える光景、それは一度目にした物だった。
ぼんやりとした頭で何故こんなところにいるのかを考えるが結論が出ない。
分からないまま一先ずここから動こうとした、その時――
「――っ! 痛っつ!」
動かそうとした四肢からの痛みが襲いかかった。そして、唐突に気を失う直前の事を思い出す。
手足から聞こえてきた鈍い音が思い起こされ、恐る恐るその場所の状態を確かめる。そこには濡れた布が掛けられていた。
痛みを堪えながらも揺すって布を落とすと、見えたのは若干変色した関節。だが、痛みはあるものの動かす事は出来た。
それを確認して少しだけ安堵していたところに、後ろから声を掛けられる。
「あ、リリアンちゃん、目が覚めたんだぁ~」
「うげ、アンタは……」
「フィーだよぉ~」
この女といると碌な事がなかったと思っているのがつい顔に出てくるリリアン。
だが、フィーはそれに気づくこと無く話しかける。
「腕とかにおしぼり乗っけておいたけど、まだ痛そうだねぇ~」
「これはアンタがやったのですか?」
「そうだよぉ~」
「……それについては感謝を言っておくのです」
正直な話、リリアンにとっては迷惑なだけの存在だったフィオナに、こんな真似が出来たのかと内心で驚きつつもリリアンはお礼を返した。
「それにしても、リリアンちゃんもビックリしたよねぇ~。レイちゃんとぶつかったと思ったら、あんなビュンビュンって飛んでっちゃうんだよぉ~」
フィオナにとっては何気ない話だったが、リリアンにとっては苦い記憶であった。
「私は……負けたのですか……」
リリアンは全速力で突撃し、零が動くより先に一撃を入れるはずだった。
「私は……脚には本当に自信が……あったのですよ。それこそ……これだけならこの街の誰にだって……負けないと……思ってたぐらいに」
「リリアンちゃ~ん?」
リリアンの声が途切れがちになったのを不思議に思って、フィオナはリリアンを呼びかける。
「でも……でも……レイには……それが……それが通じなくって!」
リリアンの声が震えて嗚咽が交じり、目にも涙が浮かびだす。
「わだじは……わだじは……いっだい……どうずればいいのでずがぁ~!!」
「リリアンちゃん……」
完全に泣き出してしまったリリアンを前にフィオナは戸惑い立ち竦む。
しかし少しの間考えて、フィオナは子供をあやすようにリリアンを抱きとめて泣き止むまで背中を撫で続けた。
「恥ずかしい所を見せてしまったのです……」
一通り泣いて落ち着きを取り戻したリリアンがバツが悪そうにフィオナに呟いた。
「いいよぉ~。フィーだって負けちゃった時は悔しいって思うよぉ~」
「む、アンタでもそう思うことがあるのですか?」
フィオナのことをただの脳天気と思っていたリリアンは、意外だと言う気持ちを込めて言った。
「あるよぉ~。最近だってレイちゃんに訓練で始めて負けちゃって悔しかったんだよぉ~」
「え? アンタもレイに負けたのですか?」
リリアンはフィオナの心情よりもそちらの方が気になった。
「そうだよぉ~。お姉ちゃんと二人がかりで負けちゃったからすっごく悔しかったんだよぉ~」
「はぁっ!? な、何を言っているのですか!? お姉さまが!?」
リリアンは信じられないと言いたかった。それを察したフィオナはリリアンの手をとった。
「それなら一緒に見に行こうよぉ~」
「見るって何をですか?」
「訓練だよぉ~」
「わっ、引っ張ったらまだ痛いのですよ!」
リリアンは結局フィオナに引っ張られるがままに屋敷の外に連れだされた。
「ほら、ここだよぉ~」
「着いたのなら離すのです! はぁ、どれどれ――」
ようやく開放された腕を労った後で、リリアンは視線を零の方へと向けた。するとそこには零を取り囲む三人の姿があった。
「はぁっ!!」
セアラは勢い良く鞘付きの剣を振り下ろす。零はそれを鞘付きの脇差しで止めようとした。
だが金属同士の衝撃音と共にセアラの剣が大きく弾かれて、セアラの方が後ろに下がる事になった。
その直後に零の真後ろから2本の矢が飛来する。
零はそれを身を捻って躱そうとしたのだが、脚に力が入りすぎた結果大きく横移動してしまい、ディアに向かって突っ込んでしまっていた。
ディアは片手を前に突き出すと零の肩辺りにやんわりと当てて、零を転ばせた。
「レイ、まだまだ暴走してますよ」
「いてて。えっと、これで本当に直るの?」
「まあ、最初よりは私が吹き飛んでないからマシになってると思うわよ?」
「あらぬ方向へ飛んで行ったりも減ってきたしの」
「なのでまた試してみましょう」
「はあ……じゃあ、またお願いね」
「その代わり、お菓子の奮発忘れないでよ?」
「分かってるって」
「フフ、今夜が楽しみじゃの」
零は現在皆に頼んで加減を覚えるための訓練中だった。
ディアから提案された方法は体で覚えると言った原始的な物であった。もっと超科学的な物を期待していた零はその場で思わずコケる事になったのだが、他に方法も思い浮かばずに菓子の増量を餌に手伝いを頼んだのだった。
ちなみに勿論の事ながら菓子を食べたいフィオナも積極的に参加を希望したのだが、こちらはリリアンの世話と監視を頼むのを引き換えとすることにしたのだった。
「さ、3対1なのですか!?」
「そうだよぉ~。レイちゃんの訓練はもっと多い時だってあるんだよぉ~」
もっと多い時と言うのは棒人間を増やした場合や、エリン達が参加した場合である。
「あんな多方から、しかも本当に同時の時まであって……」
「これでレイちゃんが凄いのは分かったよねぇ~」
「うぐ……悔しいですが、確かに毎回あれだけを相手にしてるのなら納得なのです」
リリアンはそのまま少しの間訓練風景を眺めていた。そして、その最中にある考えが頭をよぎる。
「そこの四人、ちょっと待つのです!」
「わっ! 一体何?」
「あ、リリアン?」
「おお、目が覚めたようじゃな」
「あら、何でしょうか」
リリアンは大声で零達を止めると、早速行動にうつした。
「その訓練に私も入れるのですよ!」
「入れろって、何でまた?」
「レイがそれで強くなったのなら私だって同じようにやれば良いのです! 幸いここなら腕の良いのが揃ってるので探す手間も省けるのですよ!」
「ほ、本当にするの?」
「そんな声を出すんじゃないのです! 私だけ除け者ですか!」
「いや、それ以前にリリアンは……」
「良いから早く再開するのですよ!」
「あぁもおぉ! どうなっても知らないよ!?」
「さあ、来るのです!」
仕方なくリリアンを混ぜて訓練が再開される。今回はイヴァンジェリンが最初に二人に1射ずつ矢を射掛けた。
それを零はやはり行き過ぎて躱し、リリアンも持ち前の脚力で避けようとした。のだが――。
「――あだっ!」
脱臼後すぐにまともに動ける筈もなく、その場に倒れこむリリアン。
幸い矢が当たることはなかったのだが、急に力を入れたせいで痛みでしばらく悶える事となった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
正直に言います。リリアンがここまで食い込むのは全く予定にありませんでした。
今回の文も心配ですが、後の予定も修正がぁ~




