第七十一話 最初の旅へ向けて(2)
第七十話です。よろしくお願いします。
今回は旅の準備なんですが、中世当たりだと本来どの程度時間を掛けるんでしょうね?
今回は作者的な考えで進めております。
「えぇ~っ!? お姉さま、旅に出るんですか!?」
リリアンの声がギルドの建物内に響き渡る。
一瞬、ギルド内の大部分の人々が声の元へ視線を向けるが、既に慣れている殆どの人達が何事も無かったかのように元の行動に戻っていったので、残りの人々も特に気に留める事は無かった。
「そういえばフィオナさんが病気になる前は、毎年二人でどこかに出掛けているんでしたね」
「そうよ。最近はお姉ちゃんがいなくて諦めてたけど、今年はようやく出掛けられるのよ」
エイベルの言葉にセアラが相槌を返す。
セアラは数日の準備の後で旅に出掛けることを報告するためにギルドへと赴いていた。そして、報告の最中にセアラ絡み限定で目聡さを発揮したリリアンに見つかり今に至る。
「はいっ! それなら私も一緒に行きますっ! お姉さまの護衛ですっ!」
どうにか付いていこうと自分を売り込むリリアン。
「……最近下級の下になったばかりじゃないのよ。駄目に決まってるわよ。それに、今回は既にもう二人が一緒に行くことが決まっててもう間に合ってるわよ?」
それをセアラはあっさりと断った。
リリアンは断られたことにショックを受けたのは確かであったが、聞き捨てならない部分に反応を示す。
「うぐ……。で、でもその二人は役に立つのですか? 私を連れて行った方が良かったなんて事になったりしないのですか?」
「私もその二人は気になりますね。お二人の親は店があるでしょうし……」
リリアンの言葉を聞いたエイベルも興味はあったようで予想を始めた。
「……まさか、あのお二人ですか? 無理に連れ出したりするのは勘弁願いたい所ですね……」
「当たりよ、エイベル。でも、今回の旅の発案は私達姉妹じゃないわよ?」
頭を抱えるエイベルにセアラは訂正を入れた。
「じゃあ、あの子ですか? いや、子供じゃ無いんでしたね」
「一応そうね。でもそっちも誘ったりはしてないわよ?」
一応と付けたのは零の見た目もさることながら、零が日本ではまだ子供にあたる事を聞いていたせいだ。
「あの~? 私にも分かるようにして欲しいのですが~?」
「では、お三方の方が誘われたと。……はあ、移動するだけですから私達が口出しできる事では無いのが悔やまれますね。何事も無ければいいのですが……」
「ちょっと~? 私にもですね~?」
「そこまで心配? ほんと一体何者なのよ?」
「聞こえてないのですか~?」
「それが言えたのならどんなに楽な事か……いえ、これ以上はボロが出そうなので止めましょう」
リリアンを置いてきぼりにしたまま二人の話は進んでいく。そして、その内にリリアンの我慢に限界が来た。
「…………い・い・加・減・に・するのですよぉぉぉぉおぉぉ!!」
「うわっ!? あ、リリアンさん!?」「きゃっ!? って、リリアン!?」
「さっきから私を放っておいて! 二人だけで話を進めるんじゃないのです!! そもそも私が振った話なのですよ!?」」
正論を突かれて二人共悪いと思ったのかリリアンに謝る。
「す、すみません」「悪かったわよ、ごめん」
「さっきまで聞いていた物を突然無視されたら、いくらお姉さま相手でも流石に怒るのですよ!?」
「それについては悪かったわよ。でも、二人についてはリリアンも知ってる筈だからすぐにわかると思ったのよ」
「……知ってる人物、ですか?」
さっきまで怒っていたリリアンだったが、知っていると言われてセアラに関係する人物を思い浮かべる。だが、セアラ本人には興味があってもそれ以外に殆ど興味を示さなかったリリアンが知っている関係人物は少ない。その中からセアラの血縁を除くと残るのは極僅か。そこから冒険者に限定すると残ったのは丁度二人であった。
「まさか……その二人は……最近知り合ったイヴァンジェリンという女と、ドチビのレイですか?」
「言い方は気になるけど、その通りよ」
「はぁ!? イヴァンジェリンっていうのはどうか分からないですが、レイだってランクは下級の下じゃないですか!?」
零が一緒に行くことに納得が行かないリリアンは駄々をこねだす。
「レイが行ける位なら私だって行けるのは道理なのです! やっぱり私だって付いて行くのですよ!」
だが、そんなリリアンにセアラから無情なる言葉が突きつけられる事になる。
「えっ? レイのランクだったらもう中級の下よ?」
「なっ!? そ、そんな筈は無いのです! レイなら昨日だって下級の下の仕事をしていたのですよ!?」
「それはそうでしょう、あの時点でレイは下級の下の資格しか無いですからね」
「そうなのですよ! 私がまだ下級の下なのですよ!? 私と数日差しか無いのにイロイロすっ飛ばして中級の下まで上がれる筈が無いのですよ!」
エイベルの言葉に我が意を得たりとリリアンは言葉を続ける。だが――
「でも、セアラさんと一緒となると話は違います」
「…………はい?」
エイベルの次の言葉でリリアンの頭の中は一時的に真っ白になった。
リリアンはギギギと音がなりそうな位に錆びついたような動きでエイベルの方を向いた。
「条件付き――レイの場合は中級の中以上の方との同行が必要ですが、その場合に限って中級の下のランクとして扱われます」
「そして私は中級の中よ。だからレイは中級の下になるのよ」
「な、なんでレイにそんな物が!? おかしいのですよ!?」
「それなら以前北の森で起こった異変で、その原因の退治を手伝ったからだね」
「あの時ですか!? わ、私だってその場にいればですね……」
リリアンはレイへの対抗心燃やした。だが、そこにセアラからの質問が飛んで来る。
「レイは上級の魔物と真正面から対峙したのよ? リリアンはできる?」
「!? む、無理なのです! 死んじゃうのです!」
「レイはそれをした上で無事に戻って来ていますから。ギルドとして評価するのは当然のことです」
「だからレイが一緒に旅をしても……いえ、一緒の方が安心して旅が出来るのよ」
リリアンはセアラがそこまで言い切る零に嫉妬を隠せなかった。
「それなら……それなら私がレイに勝てれば良いのですよね!?」
「……確か前にレイに挑んで一瞬で行動不能になってたわよ? 覚えてないの?」
「それは以前の話なのですよ! お姉さま! これから私はレイに挑んで勝って見せるのです! そうと決まれば……いざ、出発なのです!!」
リリアンはそう叫ぶやいなやギルドの建物を飛び出して行ってしまう。
残された二人はこれから数日の零の心の無事を祈るばかりであった。
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一方その頃、零はフィオナと共にキッチンにいた。
フィオナには具材の下ごしらえを手伝ってもらい、現在目の前には濃く味付けされた大量のホワイトシチューがあった。
シチューのホワイトソースは小麦粉を油で色が変わらない程度に炒めるだけなのですぐにできた。しかし、こういったものはまだこちらに無いらしく、小麦粉を炒めだした時にはフィオナが不思議そうに鍋を眺めていたのだった。
「こんなところかな? 念のためちょっと味見をしようか」
「わぁ~い! フィーもするぅ~!」
零は2つの小皿に少しだけシチューを盛り付ける。
片方をフィオナに渡すと、零が口をつける前に先にフィオナがそれを口に入れた。
「モグモグ………………レイくん……これしょっぱいよぉ~」
「あはは。まあ、今回はそのまま食べるようには作ってないからね。じゃあ僕も…………うん、大丈夫だね」
濃縮スープを舐めたような味がちゃんと再現できたと感じた零はシチューを幾つかの小型の器へと入れていく。一先ず用意した容器すべてが埋まった所で次の作業へと入った。
零はウィルスの黒い球体を出してシチューの入った器へと向ける。そして、球体を薄く大きく広げるとすべての器を包み込んだ。
その数秒後、零はそれを解除した。するとそこにぱっと見た目は特に変わったようには見えないシチューの入った容器が残されていた。
零はそれらの状態を解析して確認をする。
「…………よし、完成」
「レイくん全然変わってないように見えるよぉ~? 何をしたのぉ~?」
「近づいて触ってみれば分かるよ」
「? 分かったぁ~」
零に促されるままフィオナはシチューの入った容器に近づく。その時点でフィオナはシチューの変化に気がついた。
「あれぇ~? 小さい穴がいっぱいあいてるよぉ~?」
「うん、そうだね。後は触ってみて」
「はぁ~い。……あ、固まってるねぇ~。どうなってるのぉ~?」
「思いっきり簡単にいえば、汁ごと水だけを抜いて乾物にしちゃったんだよ」
零はウィルスを使って水分だけを選別して中に取り込ませた。勿論その際に戻す時のお湯の通り道は作っておく。こうすることでフリーズドライと同様の状態を作り出したのだった。
「わぁ~っ! お汁が乾物になっちゃったんだぁ~!」
「乾物と同じだから、これなら長持ちするでしょ?」
「すごいねぇ~。これを食べるのぉ~?」
「そのままは食べないよ。ちょっと待っててね?」
零は普通の大きさの器を用意して、そこに乾燥させたシチューを抜き取って入れる。そこへ今回はお湯を出すプログラムで直接熱湯を注いだ。それを少しの間かき混ぜればシチューの出来上がりである。
「こうやってお湯で戻して食べるんだよ」
「すごいすごぉ~い! ねえねえ、食べてもい~い?」
「うん。はい、どうぞ」
「ありがとぉ~! モグモグ………………あれぇ? 今度はしょっぱくないねぇ~」
「お湯で多くなる分も考えて味付けしたからね。どう? 今度の旅に持ってくんだけどちゃんと食べれる?」
「これが旅の間に食べれるのぉ~っ!? やったぁ~!」
「やっぱりフィーも嬉しいんだ。僕も旅の間あの固いパンとか干し肉ばっかりは嫌だったからね」
日本人の性か移動の間と言えど美味しいものが食べたいと考えた零は、こんな風にして他の保存食もドンドン作っていった。
その後、試しにクローシェの店に集まり昼食で披露した時に、商売上で移動が多いクローシェやノーマに是非分けて欲しいと頼まれて、零は追加で大量に作る羽目になったのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
食事は大切ですよね。
この点に置いては零も妥協無しの自重無しです。
現在日本の物でも毎食カンパン+ジャーキじゃ作者的にも耐えられません。




