第五十三話 ◯◯が増えるよ(4)
第五十三話です。よろしくお願いします。
リリアンが大暴走しました。
ほぼリリアンが出突っ張りです。
どうしてこうなった……。
(ちょっと買いすぎたかな?)
空が既に夜の闇に包まれだした頃、追加の卵を買いに行った帰りに零は手に持った袋を見ながらそう思った。
卵を予定の個数買った後で、偶然山芋の代わりになりそうな芋を見つけてしまったのが原因だった。食感が良くなるので零は迷わず買ったのだがその分量が増えてしまうので卵が余ってしまうのだ。
それをどうしようか悩みながら門の見える場所までたどり着くと、門前に最早見慣れてきた不審な人影があることに気がついた。
零はそれを無視して塀を飛び越えて中に入ろうかとも思ったが、その弾みで卵が割れてしまうかもしれないと思いとどまり、仕方なくその人影に声を掛けた。
「ハァ。ねえ、リリアン……何やってるの?」
「うるさい! 今、大事なことで悩んで――ってレイ!? アンタが何でここに!?」
「いや、どちらかと言えば僕がそっちに聞きたい事なんだけど?」
だが、リリアンは零の言葉に耳を貸さず、なおも一方的に問い質そうとする。
「い・い・か・ら! 早く答えなさい!」
「ああもう、分かったよ。僕は夕飯の材料を買って帰ってきたところ。――それでそっちは?」
零が聞き返すがリリアンは石のように固まってしまって反応がない。
「……? リリアン?」
零がその様子を訝しんで見ていると、その内に手足が小刻みに震えだしそれがみるみるうちに全身に及んでいった。
「――――な」
「な?」
「――――なんですってぇぇぇええええぇぇえええええぇぇええええ!!」
リリアンが周囲を震わさんばかりの大声で叫びを挙げた。
「帰ってきたところ!? じゃあ、今朝の話は本当に本当だって言うの!? そんなのズルいじゃない羨ましいじゃない! 私だってお姉さまと一つ屋根の下で暮らしてみたいじゃない! おはようからおやすみまで一日中挨拶をしたりされたりだってしたいじゃない!」
リリアンは零の胸ぐらを掴みあげてガクガクと揺さぶる。零は荷物を守るので精一杯であった。
「はっ、そうだわ! 今朝の話が本当ならレイはお姉さまの肢体を視姦した上に、柔肌を蹂躙して貪りついたっていうこと!? そんな羨まし――けしからん事なんて例え神が許してたとしてもこの私が許さないんだから、このぉおおぉぉ!!」
「だから……それは……僕じゃない……ってば」
「お姉さまが許しても私が――きゃぁ!!」
一人エスカレートするリリアンに対し零がどうにか逃れるため奮闘していると、細長い何かが一瞬見えてリリアンの額に綺麗に命中し昏倒させた。
「レイ、大丈夫じゃったかの?」
零が声のした方を見るとそこにはクローシェとノーマ、そして二人の前にイヴァンジェリンが立っていた。
「イーヴァ? あぁうん、ありがとう、助かったよ」
揺さぶられていたせいでまだ頭がふらついてはいるが、零はなんとか返事を返した。
「ところで此奴は一体何なのじゃ? 今朝もレイに絡んできていたのじゃが」
イヴァンジェリンが倒れているリリアンを見て言った。その側に模擬戦で使ったのと似た矢が落ちているのは、先程リリアンに投げたのだろう。
「サラのスト――いや、サラを追いかけ回してる変質者だよ」
「聞こえてきたお姉さまとはサラの事じゃったか。なる程の、レイを嫉妬じたのじゃろう」
「こいつがサラの言ってた奴か。ったく周りにまで迷惑掛けて」
「それにしてもどうしましょうね。放って置いてもそのうち家まで入って来そうよね?」
「一先ずは縛っておけばいいさ。目の前に置いておけば見えないよりは安心なはずだしさ。ロープ持ってきてくれ。こっちで見張っておく」
「そうね。お願いね」
クローシェがロープを持ってくる間ノーマはリリアンの上に乗り、両手を後ろで固める。
「ところでレイ……その袋は?」
ノーマが零の持っている物について尋ねる。リリアンから若干苦しげな声が漏れているが気にしていなかった。
零もリリアンを気にしないことにして答えた。
「これは夕飯の材料として買ってきたんんだけど……そういえばノーマ達には僕が作っていいか聞いてなかったね。今更だけど、いい?」
「それぐらいはいいけど……零の作った料理か……」
突然ノーマの表情が曇りだした。
すると、ノーマがリリアンを片手で抑えたまま零を手招きする。
誘われるがままにノーマの側によると、ノーマが零にヒソヒソと耳打ちをしてきた。
「実はな、イーヴァが家に泊まることになった」
「!!」
零は驚きつつも何とか言葉を飲み込んで続きを促した。
「どうやらクロとイーヴァで話し込んでたら遅くなりすぎて、イーヴァの宿を取るのが難しい時間になったらしくてな……そこでクロが安請け合いしたんだと。レイの事はどうするつもりだと聞いてみたら『あ……何も考えてなかったわね』だぞ? ……ハァァァ~」
ノーマは深い溜息をついた。
「そこにレイの作る料理だ。多分、向こうの料理だろう?」
零は無言で頷いた。
「あ、別にレイを攻めてるわけじゃない。そもそもの原因はクロだからな。それでもどうやって誤魔化すか……」
ノーマと零はロープを持ってきたクローシェをジト目で見ながら頭を悩ませ、一人事情を知らないイヴァンジェリンはただ首を傾げるのだった。
一年と少し前、リリアンは運悪く一人で町の外にいる時にホーンラビットの群れに遭遇した。
普段だったら特に危険なこともない平原で出会った不運。
ろくに戦う事の出来なかったリリアンは、ホーンラビット達の格好の標的となっていた。
ホーンラビットに弄ばれるように追い詰められ、もうダメだと思った時に現れたのがセアラであった。
セアラは一人であっという間にホーンラビットの群れを蹴散らすと、硬い地面に転がったリリアンの手をとって笑いかけながら起こしてくれた。
(そう、ちょうどこんな感じで――)
当時と同じ様な感触を手に感じて、僅かな意識でリリアンは当時を思い出す。
だが、その手は当時のように引き上げられることはなく、何故かモミモミと弄ばれるばかりだった。
(あれ? どうして?)
リリアンの心に湧いた疑問をよそにその感触は今度はリリアンの頭に移り何やらモゾモゾと動いたと思うと唐突にヒョイと持ち上げられた。
何か違うけどようやく起こされた――と思うとすぐに今度は下降する。そこは先程までの硬さはなく二つの柔らかみのあるものの間にあるようだった。
そこでリリアンは妄想を働かせる。これはまさかお姉さまの膝枕ではないのかと。
興奮で覚醒し始めたリリアンはその状況を堪能するべく胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
しかし、そこでリリアンにとって決定的な違和感が生じた。
(すごく似てる、けど――――違う!?)
これまでに何度も抱きついては飛ばされてきた中で覚えた匂い。
リリアンの中で最早間違えようのないそれは確かな指標として存在していた。
(これは偽物――いったい誰っ!?)
自分の中のお姉さま像を騙る(?)不届き者を確かめるべくリリアンは跳ね起きようとした――。
「ぶっ?」
――が、すぐにボヨンと弾力のある何かに顔をぶつけて失速し、後頭部からポスンと落ちていった。
いったい何がと思って眼をちゃんと開けると――近すぎて良く分からなかった。
今度こそと目を凝らしてみると、目の前には布地が見えるだけであった。
リリアンが訳も分からずに居ると、その布が急に近づいてきてリリアンの視界を頭ごと埋めてしまった。
唐突に口と鼻が塞がれてリリアンは何とかそれを退かそうとする。
ところが、何故か手と足が動いてくれずに為す術がない。
もがき続けるリリアンの頭に死という文字がよぎった時、その時のリリアンとは正反対ののんきな声が聞こえてきた。
「ねぇ~。この子、目が覚めたみたいだよぉ~?」
リリアンは人が死にかけてるのに何を言ってると言いたくなった。
「え、覚めちゃったの?」
その時確かにセアラの声がリリアンに届いた。言っている内容についてはもはや耳に入っておらずとにかく助けを呼ぼうとする――が口が完全に塞がったままで音として出てこなかった。
「顔は見えないけど元気に動いてるよぉ~」
フィオナは膝枕をしたリリアンの顔を覗き込むようにしている。胸が邪魔で全く見えていない――と言うより胸で顔ごと頭を圧迫しているのだが。
「……胸で隠してちゃ顔が見えないのは当たり前でしょ? ほら、膝から降ろしてよ」
セアラは姉が殺人犯になるのは困ると思い、仕方なく縛られたリリアンをフィオナとともに膝から下ろした。
「あ、見えたぁ~。おはよぉ~」
ようやく息ができるようになりむせ返っているリリアンに対しても、フィオナは脳天気に挨拶をする。
リリアンはその様子に腹がたったのか怒声を浴びせた。
「お早うじゃない!! 人が苦しんでるのに何ですかその態度は!!」
「ほへぇ~?」
だが、よく分かっていないフィオナは首を傾げるばかりで、全く意味をなしてなかった。
リリアンは「全然分かってない……」と漏らし、本人に説明を求めるのを諦めた。
「お姉さま、いったいこのお馬鹿は誰なんです?」
リリアンはセアラに尋ねた。馬鹿とつけたのは本人なりの意趣返しのつもりなのだろう。
「私のお姉ちゃん」
「…………はい? 今なんて?」
リリアンはセアラの言い間違いかと思った。
「だから、私の実のお姉ちゃん。名前はフィオナ」
「フィーだよぉ~。よろしくねぇ~」
「…………………………う、嘘でしょぉおおおぉぉおぉぉお!!」
リリアンはある意味で、この世の何よりも信じられない物を目の当たりにした表情で叫びをあげた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
前書きにも書きましたがリリアンが大暴走。
あれ? おかしいな、最低でもお好み焼きを食べ始めるぐらいの筈だったのに。
ジ、次回ハ大丈夫ダト思イマス。タブン。
フィオナもお馬鹿さ加減が突き抜けてます。
「一緒に冒険に出るんだぞ、大丈夫かこれ?」と自分で不安になります。(汗)




