第四十五話 ギルドでの面倒事(4)
第四十五話です。よろしくお願いします。
まだ風邪の影響が少し残っています。早く治らないかな。
第四十三話に零の目の色を戻す描写を追加しました。
無いと矛盾してマズイ物を忘れてたので焦りました。
まあ、話の筋は変わってないのでそのまま読み進めて構いませんけどね。
訓練場に着いた零達は一角を借りて模擬戦を始めようとした。
「さて、これから模擬戦だが……お互い武器だけを使って欲しい。魔法を撃たれると設備へ被害が出るかも知れないからな。武器は丸鋒矢と木剣でいいか?」
丸鋒とは木製で先を丸めた鏃で、人肌に刺さらないようにした物である。
ラッセルの問いかけにイーヴァが自分の弓を指しながら意見を述べる。
イーヴァの弓は弦の側から見ると、ちょうど弓の字を縦に細長く引き伸ばしたように中程が中心から左にずれていて、矢の発射を妨げないようになっていた。
「我の方は構わぬが……それだとレイが使い慣れぬ武器になるではなのいか?」
「確かに……レイのその剣と同じような木剣はここには無かったはずよ」
「僕は別にいいんだけどね」
零はどうせ斬る訳ではないので特に問題はなかったのだが、それにイーヴァが異を唱える。
「いや、折角なのだからその剣で相手をしてもらいたいのじゃ。抜身でないのはちと残念じゃがの」
「鞘付きでってこと?」
「そうじゃ。どの道強化はするのじゃ、それも鉄製のようじゃが当たってもさして問題はなかろう」
「分かったよ」
武器の確認が終わった所でラッセルが話を続ける。
「では次に、試合はどちらかが有効打を与えるまで。そして、レイが勝っても負けても試験を受ける事に問題が無いと判断できれば模擬戦は合格とする。勿論そのためには両名とも真剣に取り組んで欲しい。以上だ」
零とイーヴァは了解するとそれぞれ武器の準備を始める。
そして、準備が終わるとお互いに離れて向き合った。
「さてと、準備はいいかの?」
イーヴァは身体強化を自分に掛けながら零に尋ねた。
零は魔力が判るようになってから初めてそれを見ることになったが、魔力子の活発な動きでおそらく強化だと見当を付け、自分もプログラムでの強化を始めて声をかけた。
「うん、できたよ。心の方はイマイチだけど」
「なんじゃ、戦いに慣れておらぬのか?」
「まあ、まともに戦ったのなんか一昨日が初めてだったしね」
「ほう……天才という奴かの? これは楽しみじゃ」
「そんなんじゃないんだけどね……」
零は心のなかでウィルスの影響だからと付け足した。
そんな零の心情を知らないままラッセルは二人に声を掛けた。
「お互い準備はできたようだな。私が合図をしたら開始だ」
イーヴァは気負いなく、零は渋々といった様子で頷いた。
それを見たラッセルは右手を上に振り上げる。
「それでは……開始!」
ラッセルが腕を振り下ろすと同時にイーヴァは矢を番え弓を引き絞る。
だが、プログラムのアシストで一瞬のうちに加速を行った零は、イーヴァとの距離を殆ど詰めてしまっていた。
「なっ!?」(速すぎじゃろう!?)
零の速度に驚いたイーヴァは番えた矢を急いで発射した。
零はそれを脇差しの鞘で弾きながらなおも迫っていき、それを振りかぶった。
しかし、その時視界の端に動くものが目に入り、零は急いでブレーキをかけつつ体を逸らした。
その時零の目の前を一本の矢が通り過ぎていった。
「ふう、危うかったのう……じゃがまだまだこれからじゃ」
零から距離を取りながら話しかけるイーヴァの右手には、番えられていない矢が数本あった。
イーヴァはそのうちの一本を、そのままの体勢から手首の動きだけで零に投げつける。
弓を使っていないにも関わらず投げられた矢はかなりの勢いを持って零に向かって飛んで行く。
そして、零がそれを避けている間に今度は弓に番えて引き絞り発射した。
速度差のあるそれら両方を避けることは出来ず、零は後から来た方を弾くしかなかった。
「凌ぐか、これはどうじゃ!」
イーヴァは今度も同じ様に矢を投げた後、弓に矢を番えて放った。
放つ本数がそれぞれ一本ずつ増え計四本が零に向かってくる。
しかもそれだけではなく、それぞれの矢が弧や螺旋を描きながら飛んでいるのだった。
「うわっ! ……っと!」
意表を突かれながらも零は何とか回避行動を取る。
一本は回避し、一本は脇差しで払い、もう一本は腰に佩いたままの太刀の柄を引き出して防いだが、最後の一本は零の肩をかすめていった。
「今のも凌ぐとはのう……」
「今のは……矢羽を千切った?」
「その通りじゃ。良く見えたのう」
「矢の投擲と言い、よく出来るね?」
イーヴァが矢の軌道を曲げたのは魔法や魔術ではなく、矢羽をちぎって空気抵抗やバランスをわざと崩したものを、どう飛んで行くかを理解した上で放ったものだった。当然、経験や技量が伴っていなければ明後日の方向へ飛んで行くだけである。
「そこは訓練の賜物じゃ。さて、続きと行こうかの!」
イーヴァの宣言通り次々と矢が放たれる。
その後、零は基本防戦一方となった。時折イーヴァが手元へ矢の補充をする際に近寄る事はできるのだが、近距離でも弓本体で巧みに攻撃を逸らし鏃で突き矢を投擲する等で隙が見当たらなかったのだ。
だが、それがしばらく続いた後でイーヴァが突然動きを止めて両手を挙げた。
「ちょっと待て……済まぬが我の負け、降参じゃ」
「うぅ、あともうちょっとで届くのに……って、えぇ!?」
イーヴァの突然の降参に詰め寄っていた零は慌てて動きを止め、驚きの声を漏らす。
「降参って、いきなりどうして?」
「理由ならこれじゃ」
零の疑問にイーヴァは矢筒を見せながら答えた。
「見ての通り矢がもう尽きておるのじゃ。散らばった矢を拾うこともできるが……レイの速さがそれを許さぬじゃろうしの。よって、我には打つ手が無いという訳なのじゃ」
「あれ? いつの間に」
「我も計100をも避け切られるとは思わなんだのう……なるほど、ラヴァコングに対峙出来たのも頷けるのじゃ」
「おっと、そんなに使ってたの?」
「そうじゃよ。しかし、剣の扱いはやはりまだまだじゃ。魔物や素人相手ならともかくある程度以上の人に対しては直線的すぎじゃ。まあ、一昨日が初戦なら十分驚くべき事なのじゃがな」
「あ~、やっぱり? 自分でも分かっては居るんだけどねぇ」
零の動きは訓練の物による比重が遥かに大きく、相手が回避等をした場合にはあまり対応できない。防御や回避は棒人間でかなり無茶な動きまで再現可能だったが、こっちの攻撃を対処するような動きは余り入れられなかったためである。
「まあ、我としては中級の下の試験を受けられる技量はあると考えるのじゃが……ギルド長はどうじゃ?」
「あ……ああ、問題は無いと思う。と言うよりは戦いの内容に驚いたぐらいだ。二人共が高度過ぎる」
「私も驚いたわよ。レイは強化ありだとやっぱりとんでもないわね」
ラッセルとセアラが感想を述べる。
と、そこに別の方向からも色んな言葉が飛んできた。
「おい、あの子供あれだけの矢の雨を凌ぎ切っちまったぞ」
「それだけじゃなくてあの速さ……一体何者なの?」
「確か一昨昨日に登録に来てたな」
「それであの動きを? ……信じられないわね」
「あっちのゴブリンもあれだけ矢を自在に放てるとはな。誰か知ってるか?」
「いえ、初めて見る顔ね」
「セアラが一緒に居る所を見ると知り合いかな?」
見るといつの間にか零達の模擬戦を見ていたらしい人達がずらりと並んでいた。
零達は顔を見合わせて頷くと、更に人が集まってこない内に引き上げることにした。
だが、そこに聞き覚えのある声が響き渡る。
「あ~~っ! 居た! レイ、今度は逃さないわ!」
リリアンが人混みをかき分けながら零に向かって迫って来る。
「レイ、アンタ私と勝負しなさい!」
リリアンは零に一方的に勝負を仕掛けてきた。
「いや、なんで勝負する必要があるの?」
「そんなのはお姉さまとの同居を賭けてに決まってるでしょう!」
リリアンは臆面も無く堂々と言い放つ。
零が目配せをすると、セアラは額に手を当てて困り果てていた。
「私は魔法を使うからアンタも使っていいわよ、使えるならね。じゃあ行くわよ!」
零達に有無を言わさずにリリアンは勝手に勝負を始める。
リリアンの手元に魔力が集まるのを確認した零は、半ばヤケになってプログラムを起動した。
その瞬間二筋のレーザーが発射され、文字通りの光速でリリアンの両目の中に直撃する。
「――!! ウニャァァァアアアァァァァァアアァァァァァァッ!!」
傷が付かない様に調整されていたとはいえ、強い光を直接見せられる事になったリリアンは、手で両目を抑えてその場で悶絶し転げまわった。
「じゃあ、行きますか」
それを引き起こした本人である零は、もはや何事もなかったかの様にセアラ達に話しかけた。
「レイ、あれってラヴァコングにもやった手よね? あれって大丈夫なの?」
「アレはラヴァコングのと違って放っとけば治るよ。だから早く行こう」
「予備動作も無しに一瞬じゃったな。……魔法ありじゃなくて良かったのう」
もしかしたら自分もあんな目にあわされていたかもしれないと思い、イーヴァは軽く身震いをしながら零達の後をついていくのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
イーヴァの弓ですが、西洋弓では作中のように弦の先に弓本体が来ないように真ん中を避けているものや、穴をつけてそこを通す様にしているものがあります。
和弓の様に弦の先に本体があると発射の際に矢羽が弓に当たらないようタイミング良く避ける必要があります。
イーヴァの腕は結構上です。
作中の様に近距離でも緊急時でも攻撃手段があるので弓の弱点も大分抑えています。
矢が品切れた場合はやはりどうしようもないんですけどね……。
お約束の(?)絡まれてからの対決。
対決にもなってない気がしますが……まあ、リリアンですからしょうがないですね。
零のレーザーは地味にチートです。
プログラムの起動とほぼ同時に予備動作無しでまさに一瞬で目標に到達する為に当たるまで認識できず、最初から対策でもしていない限り防御・回避の手段なしとなります。
しかも威力は申し分なしなので、総合的にかなり凶悪です。




