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園田さん。2

月曜日、教室に入ったら皆がぎょっとした目で私を見ていた。

長く伸ばした髪をばっさりと切ってショートカットにしたのがものすごく意外だったらしい。

クラスメイトはどうした何があったと聞いてきたが、ただわずらわしいだけだった。

ほんの少し髪形を変えただけなのにうるさいな、と思っていたら、関口さんも私を見ていた。

とたんに顔が熱くなる、どうしたの風邪でもひいたの、とクラスの子達は的外れな事を言っているが関係ない。

関口さんが私を見た、そして嬉しそうに微笑んだ。それが全てだ。

私はもう犬の様に関口さんに近寄る。

「やっぱり短いほうが似合うね」

そう微笑んだ彼女はもう聖母マリアだ、永遠の処女、母性の固まり、私の愛。

はにかんだ笑いを浮かべながら私はありがとうだかなんだか返事をするが正直なんていったか分からない。

今日は幸せ気分で過ごせるぞ、とスキップをしそうになりながら自分の席に戻った。

授業は上の空だった。

先生たちは何度も私に髪を切ったのか、似合ってるじゃないか、とか何とか言ってくれたけどそんなのまったく聞いてなかった。

私の視線は前に座っているお下げの聖女に注がれていた。

お昼休み、関口さんに一緒にお弁当を食べないかと誘うと快くいいよ、って言ってくれた。

私はお弁当箱をもっていそいそと関口さんの前に座る。(その席のもともとの持ち主はとっととどこかに消えていた)

私のお弁当は冷凍食品ばっかり入っているんだけど、見た目は可愛いから気に入ってる。

対する関口さんのお弁当はすごくシックな木のお弁当箱だった。

中身もお母さんが手作りしたようなおかずばかり。

「…あんまり可愛くないでしょ?」

関口さんはそう苦笑するとかばんからもうひとつ、小さなタッパーを取り出した。

そしてそれをぱかりと開けると中には何か、いくつかの肉の塊が入っていた。

関口さんはそれを愛おしそうに見つめ、そしてお弁当箱の横に置いた。

私がそれと関口さんを交互に見て、それは何、と聞くと関口さんは快く答えてくれた。

「近所の人が作ったベーコンなの。よかったら味見してねってくれたのよ。」

ひとつどう?とタッパーを差し出されたので私は喜んでそれをつまんだ。

一口入れる前に私はぎょっとした。あまりにも臭みが強い。

鼻先に近づけると分かる、妙な臭み。

関口さんはニコニコと笑って私を見ている。

思い切って口に含む。

その臭みは私を包み込んでしまい、もうほとんどめまいがするようだった。

「美味しくない?」

少し寂しげに関口さんは首をかしげると、とても美味しそうにそのベーコンを食べて見せた。

私は頭痛までしてきていたが、意地でも吐き出すまいと必死で飲み込んだ。

それから私はその日食べたものの味が分からないままだった。

お弁当の味もあの臭みには負けてしまい、水も臭くてたまらなく感じた。

「園田さん、無理はしなくていいのよ。あのお肉は好き嫌いが分かれるから。」

その後私は二時間分の授業を上の空で聞く羽目になった。

吐き気を堪えながら下校する。

口元を手で押さえつつ、きっと蒼白な顔をしながら。

道端で吐いてたまるかと地面をにらみつける。

けれど道半ばにして、私はとうとう膝をついた。

人通りなんて丸でない道では助けてくれる人なんていない。

嗚呼、何でこんなに気分が悪いんだろう。

ただのベーコンのはずなのにこんなに気分が悪くなるなんて、きっともともと体調が良くなかったんだ。

嗚呼、だれかたすけてくれないかしら。

「…あの、大丈夫ですか?」

遠くに声が聞こえる。

夢でも見ている気分だけど、頭の片隅では冷静に、助けが来てくれた事に喜びを感じていた。

何も答えない私に、再度声が掛かる。

「すみません、聞こえてますか?大丈夫ですか?」

ゆっくりと顔を上げると、確かにそこには人が立っていた。

その人は男で、私を見るとすごく心配そうな顔になった。

声が出せず、もうだめだと思っていたのでゆっくりと首を振るとその人は私の腕をつかんで、自分の首に回した。

そのまま、お姫様抱っこで私を抱える。

本当だったら恥ずかしくて仕方がないと思うのだが、いかんせん気分が悪い。

私はもういいやと投げやりな気持ちになって目を閉じた。

遠くのほうで声が聞こえたが、もう意味は分からない。

意識も朦朧としていて、分かるのは運ばれているという事実。

薄く目を開けると結構なはや歩きで歩いているらしく、リズミカルに小さく跳ねながら景色は動いていた。

程なくしてその人は止まる。

ガチャリという音とともに薄暗い所に入った。この人の家かな。

自分の靴を脱ぎ捨てると彼は私をどこか柔らかいところに寝かせた。多分ソファだ。

そのまま私の靴を脱がせてくれて、さらにすぐ傍に水も置いてくれた。

テレビでしか見たことのないガラスの水差しに入った水にはレモンが浮かんでいた。

私はそれが飲みたくて手を伸ばすとその人はコップについで私の口元まで運んでくれた。

寝たままゆっくりと水を飲むと、さっきまで私を捉えていた臭みはだいぶましになった。

私は慎重に起き上がり、そしてとてもとてもゆっくりと水を飲み続けた。

すべて飲み終わる頃には私の気分はすっかり良くなっていた。

「良かった、だいぶ良くなりましたね」

私を介抱してくれた人も安心したように微笑んでくれた。

その人はとてもほっそりとした男の人で、まだだいぶ若い。大学生かな?

おうちはすこし、というかかなり年季の入った感じ。家具もなんだかかび臭そう。

不躾にきょろきょろと家を見ているとその人はにっこりと笑って水を差し出した。

「もう一杯飲みますか?」

私はそれを受け取ってもう一度口を付ける。安心したらひどくのどが渇いた。

ごくごく、と今度は一気に飲み干すと、彼は満足そうに微笑んだ。

「しばらく休んでください。急に動いてまた倒れたら大変ですし。」

私は頷くとソファにもたれた。古いけどふかふかで気持ちがいい。

しかも今の私はだいぶ疲れていた。あんなに気分が悪かったんだから当たり前なんだけど。

ソファに身を任せるととたんにひどく眠くなってきた。

嗚呼もうこのまま少し寝ちゃおうかな、なんて私は厚かましくも目を瞑った。

うつらうつら、からうとうと、そして眠るまでは本当にあっけなく、気付いたらもう目も開けられなくなっていた。

「…おやすみなさい」

暗闇で聞こえた彼の声は、ひどく楽しそうだった。

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