関口さん。1
「で、どうだったんですか?」
私と総一さんはダンボールで出てきた燻製器の前にいすを置いて座っていた。
いすと言っても丸い、背もたれのない木製のもので、以前写真館を営んでいたときにお客さんの荷物置きに使ってたそうだ。
小さな庭に出した燻製器を見つめながら、私たちはコートを着込み出来上がりを今か今かと待ちわびている。
私は、今日のお出かけの一部始終を語った。
クラスメイトの園田さんはなんだかすごく緊張していたこと。
目的の本はすぐに見つかってしまい、時間がすごく余ったこと。
とりあえずごはんを食べようってことになって、近くの安いイタリアンレストランに入ったこと。
そこで私はたらこのスパゲッティを、園田さんがハンバーグを頼んで食べたこと。
デザートは別のお店で食べたいと言って移動したはいいけど迷子になってしまったこと。
結局そこらへんにあったクレープ屋さんで妥協したこと。
何とか駅まで帰り着いて、用事があるからと別れたこと。
そのままここにやってきて、今、ベーコンが出来上がるのを待っていること。
そんな事を説明したら、総一さんは私を見て目を丸くした。
「…ひよこちゃんは事実だけを話すんですね。」
言われてみればそうかもしれない。
私は私の身に起こったことを、感情を抜きにして語ってしまう癖がある。
それは事実を正確に伝えるための方法なんだけど、まさか指摘されるなんて思いもよらなかった。
「楽しかったですか?お出かけ。」
総一さんはにこやかにそう聞いてきた。私はちょっと考えて、そうでもなかったと答えるとまた目を丸くした。
この人はいつか目がとれちゃうんじゃないかしら。
なんで、と言いたげだったので、今度は自分の心境を説明した。
園田さんはいつも私の後を追いかけるようにしてついて回っていること。
私に話しかけるときに妙にニヤニヤしていること。
背が高くてきつめの顔をしているので、そのすべてが威圧的で怖いと思っていること。
極めつけは、彼女と同じ中学校に通っていたという女の子からの忠告。
「忠告?何ですか?いじめっ子だったとか?」
総一さんが首をひねるので私はゆっくりと否定した。
彼女はレズビアンでストーカー気質で、そのせいで一人の女の子が不登校になってしまったことがあるそうだ。
本人はでもそう思っておらず、心根の優しい女の子がこの世をはかなんだ結果、と本気で思っているらしい。
その忠告はうわさに尾ひれがついた程度にしか考えてはいなかったのだけれど、ストーカー気質というのは存外間違ってもいないように思う。
「それは、確かに怖いですね」
私の説明を一通り聞いた総一さんはうんうんと頷いた。
そして燻製器をわずかにあけて様子を見る。
満足気に笑うと中から肉の塊が出てきた。香ばしくていいにおい。
「出来ましたよ、早速焼きましょう」
出来たベーコンの材料は、この間ステーキになった少女の肉だ。
総一さんは火を消してお台所へ行き、私はおめかしをしに衣裳部屋へと行く。
私が初めて人肉を食べてから、今日で二週間がたつ。
あれから私は二度お呼ばれをしていて、その度にあの肉を食べた。
一度目はハンバーグ、二度目はすき焼きをそれぞれいただいた。
特にすき焼きは絶品で、甘辛いわりしたと卵の絡んだお肉はすごくおいしかったし、炊き立てのごはんとの相性も抜群だった。
一緒に入れたねぎはとろとろで甘く、焼き豆腐は味が濃く、味の染み込んだしらたきもおいしかった。
そして今日、三度目のお呼ばれはベーコンだった。
それ以外にも燻製にしたり干したりしていくつか保存用にとってあるお肉があるにはあるらしいのだが、今日のベーコンはどうしても一緒に食べたいと言われたのだった。
私はお呼ばれのたびにおめかしをしている。
今日に至ってはもう何も言わずに衣裳部屋に行ったし、総一さんも当たり前みたいな顔をしていた。
衣裳部屋の衣装は主におばあさんが管理をしていたらしく、お店をたたむ前には現代的なゴシック衣装に傾倒して言ったという。
今で言うところのゴシックアンドロリータ、というものなのだが、現代風にアレンジしてあるあれに、おばあさんはいたく感激してたくさん入荷したという。
それが当たって若い女の子のお客さんが増え、今でも連絡が来るらしい。
その度にもう写真館はたたんだんです、と言わねばならない総一さんを思うと面倒そうに思えた。
さて、今日のおめかしは少年ぽくしようと思った。
膝丈のチェック柄のズボンとシャツ、ベストを着るといいところのお坊ちゃんみたいになった。
髪の毛をひとつにまとめて帽子に押し込めば完成。
出来上がりに満足すると私は食堂に移動した。
テーブルの上には見慣れてきているランチョンマットが置いてあり、お台所からはいいにおいがしていた。
私はそのお台所に、入れてはもらえないのだけれど。
「あ、お待たせしました。出来ましたよー」
とワゴンを押してくるのももう見慣れてしまった。
私はここで手伝ってはいけない、何せ彼にとってはお客様で共犯者なのだ。
お客様に手伝わせるなんてとんでもない、と一度言われたことがあるので、私は一切手を出さない。
並べられたのはベーコン、目玉焼き、チーズの入ったグリーンサラダ、丸いパン。
飲み物は温かい紅茶を用意してくれて、まるで朝ごはんみたいだった。
「朝ごはんみたいになりましたね」
と、総一さんも笑ってそういった。
席に着くと私たちは申し合わせたようにティーカップを持ち上げた。
やっぱり。私は小さく笑った。
やっぱりこの人も、昨日テレビでやっていたアニメ映画を見ていたのだ。メニューでわかる。
私たちはそのまま一言挨拶を交わして食べ始めた。
いきなりお肉には行かない。
私はおなかに、これからいいものを食べますよ、と教えてあげるためにまずサラダを食べた。
ドレッシングは掛かっておらず、代わりにごま油と塩が振ってあるこのサラダを食べるのは二回目で、すごくおいしい。
サラダを食べ終わればいよいよベーコン。
分厚いそれを一口大にきったら、惜しげもなく肉汁があふれた。
ためらいもなく、ひとくち。
燻したばかりのベーコンなんて初めて食べたものだからとても感動した。
スモーキーでジューシー、夢のような味がする。
歯ごたえも申し分なく、よく噛んで飲み込むと、ふた切れ目は卵に絡めた。
卵に絡めると今度はまろやかでいながら芳醇、ほとんど奇跡の味だった。
パンにのせて食べると本当にもう、幸せしか感じられなくなっていた。
総一さんはそんな私を満足気に見つめる。
私が人肉を愛している様を見るのが好きなようだった。
そう、私の人肉への感情はほとんど愛だった。
私は、愛しながら肉を食べている。
二人のお皿が空になると、総一さんはお皿を片付けてデザートを持ってきてくれた。
今日のデザートは小さなアップルパイで、アイスクリームが添えられている。
わざわざ温めてから添えてくれたらしく、とろりととろけていた。
それを食べながら、今日の夕食の感想を言い合う。
私は知っている言葉をかき集め、どれだけ素晴らしい食事だったかを語って見せた。
しかし、総一さんは違う。
「もう少し、野菜を増やさないといけませんね」とか、「ベーコンは薄切りより厚切りのほうが美味しいでしょう?」とか、シンプル。
食べなれればああなるのかしら、と思う。
けれど私は、食べなれないほうがうれしいのだった。