園田さん。1
ショートパンツにオーバーニーソックス。
自慢の脚が長く見えるように細心の注意を払った服を着る。
シャツの上からロングカーデガンを着て鏡の前に立った。
これにマニッシュなデザインの靴を合わせて出来上がり。
帽子は髪がつぶれるからやめにしておこう。
小さなバッグに財布とハンカチを入れて家を出た。
今日は関口さんと遊びに行く。
声に出して関口さんとデート、といえば顔が真っ赤になったのがわかった。
関口さんは私のクラスメイトで、髪をお下げにしたかわいらしい子だ。
図書委員をやっていて口数は少なく、友達と話したりするときは相槌に徹しているようだった。
私はそんな関口さん目当てに図書室に通っている。
本を読むのは苦痛ではなかったので、出来るだけ分厚い本を選んで図書室で読んでいた。
本を読みながら怪しまれない程度に関口さんのほうを見る。
関口さんはぴんと背筋を伸ばし、カウンターの下に置いた本を読んでいることがほとんどだった。
純文学や海外の小説が好きらしく、ハードカバーの本を持ち歩く姿もよく見かけられた。
聡明でかわいらしい彼女は私にとって憧れだった。正直憧れ以上だった。
そんな彼女と出かけるなんて夢のまた夢だと思っていたけれど、ある日転機が訪れる。
ある日、そんな彼女がまったくジャンル違いの本を読んでいた。
料理のレシピ本、それも肉料理に偏ったものだった。
昼休み、図書館で彼女はそれを読みながらノートに書き写していた。
私はそれを見て唖然とした。
おとなしくてかわいらしくて、上品なものだけ食べて生きてきたような関口さんが肉料理!
あんまりにもびっくりして、つい声をかけてしまったのだ。
「…あら、園田さん、どうしたの?」
彼女はきょとんとした顔で私を見上げてきた。(そのとき開かれていたページはチャーシューの作り方だった)
私はしまった、と思った。けれどもう遅い。
料理好きなの?と尋ねれば、関口さんは自分が読んでいた本に目を向けた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「嗚呼、これね。お父さんに作ってあげようと思って。」
にっこりと天使のように微笑んだ彼女のかわいらしい事と言ったら!!
そうなんだ、と私は答えて、そしてとっさに口走ったのだ。
よかったら今度、出かけない?お勧めのレシピ本があるのよ。
これはうそではなかった。
文学少女の彼女の気に入るであろう、レシピ本があるのだ。
小説、主に児童書なんだけど、それに出てきた料理を再現したレシピ本。
ちょっと前に遠出したときに見つけて以来、ずっと関口さんに紹介したかった。
それを教えたら彼女の目はきらきらと光った。
しかしこの本、ちょっとめんどくさい所に売っている。
普通の本屋ではなくちょっと大きな本屋に行かないと売っていない。
そして大きな本屋は電車に乗らないといけない。
それを説明すると関口さんは二つ返事でオーケーしてくれた。
「じゃあ今度の日曜日にしましょう。ふふ、楽しみだわ。」
そして今日がその日曜日。待ちに待った日曜日なのだ。
私は可愛いクラスメイトのためにめいっぱい、けれどわざとらしくないレベルでおめかしをする。
スキップをしたい気分だったが怪しまれるので普通に道を歩く。
それでもやっぱり少し跳ねていたらしい、肩からかけたバッグが上下に大きく揺れた。
待ち合わせ場所にしていた最寄の駅に着くと、関口さんはそこにすでにいた。
茶色の長袖のワンピースに白いカーデガン、ぴらぴらした短い靴下とストラップの靴。
レトロ可愛いとしか形容できない関口さんのコーディネートに私はもうめろめろだった。
待たせちゃった?とスマートフォンを覗き込む関口さんに声をかけると彼女は顔を上げて首を振った。
「そんなには待ってないよ」
なんて正直なんだろう、待ったことは否定せずに、その程度を答えるなんて。
私はますます関口さんに魅了される。
けれど私はそんな事はおくびにも出さずにじゃあ行こうか、と言って先に進む。レディファーストは嫌いだ。
私の横をついてくる関口さんはとても可愛いし、正直にやけるのを我慢するのが大変だ。
「本屋さんまで遠いわね」
なんてちょっと不満げに言いながら関口さんは路線図を眺めていた。
まずは隣の駅まで電車に乗って、それから乗り換え。
十五分くらい電車に揺られれば到着だ。
それぞれ切符を買って電車に乗ると比較的空いていたので座ることが出来た。
電車の中で、私は何を話そうかものすごく悩んだ。
昨日の夜にいろいろ考えたけれど一向に思いつかず、今はただただ緊張している。
「ねえ」
と、関口さんが声をかけてくれたときには緊張がほとんどピークに達していて、ついえっ、と言ってしまった。
それでも関口さんは怪しんだりせず、なんでもない顔で言葉を続けた。
「園田さんはいつから髪が長いの?」
私の顔を覗き込むようにして、いっそあどけないくらいの表情で尋ねてきた。
確かに私の髪は長い。
中学時代はひどいくせっ毛でコンプレックスだったのだけれど、高校入学を気にストレートにしたのだ。
そうするとコンプレックスは自慢になり、すごく気に入ったのだった。
だから私は入学して位かな、と答えたのだ。若干上ずった声で。
「そうなんだ。園田さん、短い髪も似合いそうだけどね。」
天使のような笑顔で言われて、私はきっとほほを染めたのだと思う。
今度髪を切ろう。出来れば今日の夕方にでも。
そう決めたと同時に、電車が駅に着いた。
「あ、乗り換えるのよね。急ぎましょう?」
そう言って関口さんは電車を降りた。
今日は本当に楽しくなりそう、彼女の後姿についていきながら、思いっきり微笑んだ。