総一さん。2
俺はひよこちゃんの目の前に座った。
うちのテーブルは長いんだけど幅はそんなにないから、意外と近い距離で相手を見ながら食事ができる。
お爺ちゃんとお婆ちゃんと三人でよく顔をつき合わせてお茶を飲んだなぁ、とのんびりと思い出した。
まあ二人は死んでないし、今度の正月は俺があっちに行くので、また違ったお茶を楽しめるだろう。
さて、ひよこちゃん。
ひよこちゃんはお行儀よくまっすぐ座ってまずはスープに口をつけた。
缶詰のコーンスープは俺の好物で、あのフィレ肉を食べたときもこれを飲んだ。
多分、ひよこちゃんは、頭の中で食べる順番を思い出しているんだろう。
まずはスープを頂きなさい、その次はサラダよ、とかなんとか。あれ、逆?
俺はそんなひよこちゃんに合わせてゆっくりスープを飲む。うん、おいしい。
お互いゆっくりとスープを飲んで、空きすぎたおなかを落ち着かせればいよいよ肉。
今日の少女は本当に秀逸だった。
髪も短く処理しやすかったし、スポーツをしているらしくしまりも良い。
胸はわずかに膨らんでいる程度で油は少なめ。
内臓はとても美しいピンク色をしていたので、明日それで腸詰やキドニーパイ、モツ煮を作る予定だ。
ひよこちゃんはまずまじまじとステーキになった少女を見つめた。
フォークを手に取れば肉に刺そうと試みる。
しかし手が震えてうまくいかない。
フォークが肉に当たると痙攣したかのように手が跳ねた。
そしてまた、肉にフォークを刺そうとする。
顔を見れば緊張した面持ちで、顔は白くなっていた。
もう少しで、食べなくていいよ、といいそうになったがそれでは意味がない。
共犯者になってもらわないと、俺が捕まってしまうのだ。
三つ編みにしたお下げの毛の一本一本までも震えているような緊張感に、俺も飲まれそうになった。
しかし今の彼女は何かがちぐはぐだ、なんだろう。
気づいたときには、あ、と声を出していた。
「ひゃあ!な、なんですか!」
とんでもなく緊張していたんだろう、大げさではなく、ひよこちゃんはぴょんとその場で跳ねた。
ごめんなさい、と謝るとひよこちゃんは落ち着くためなのかひとつため息をつく。
そして俺は身を乗り出して、ひよこちゃんの頭をなでた。
びっくりしているひよこちゃんを無視して、お下げの髪を手に取ると、そのゴムをはずして解いた。
うん、やっぱりそのドレスは髪を下ろしているほうがかわいい。
そっちのほうが似合いますよ、と微笑めばひよこちゃんはぽかんとして、それからフォークを置いた。
手櫛で髪を整えれば、三つ編みのおかげでゆるいウェーブが出来ていた。
「似合いますか?」
恐る恐るたずねるひよこちゃんに俺は頷く。
照れ笑いを浮かべたひよこちゃんはまたフォークを手に取った。
そして、今度は躊躇いなく。
ぷつ、と。
ナイフを入れればすぅっと切れた。特別やわらかい部位を選んでよかったと思う。
そしてソースをわずかに絡めて口に運んだ。
その動作によどみはない。
髪を解いたことで吹っ切れたのだろう、そのままゆっくりと咀嚼する。
「…おい、しい」
本当に、本当に小声だった。
でも、俺は聞き逃さなかった。
表面はこんがりと、中はピンクのレアで焼き上げたそれは彼女の味覚に合ったのだ。
それからもひよこちゃんはゆっくりと味わいながら肉を食べた。
少女の血肉で作ったソースもパンで掬って食べていく。
そのあいだもひよこちゃんは背筋を伸ばしたままだった。
うれしくなって俺はしばらくそれを眺めていた。
さすがに成長期、男の子とは違うけれどそれでも食欲は旺盛みたいで、ゆっくりと、それでいてしっかりと食べていく。
ぴんと伸ばした背筋がきれいだったので姿勢がいいですねと声をかけたらひよこちゃんはぴたりと手を止めた。
そして口の中のものを何度か噛んで飲み込む。
「えっと、おかあ…母が、ご飯を食べるときに背筋を伸ばさないと行儀が悪いからって言ってたので。」
わざわざ母が、なんて言い直す所がなんていうか、すごく可愛い。
そうなんですか、と俺は返事して、やっと肉にナイフを入れる。
おおう、今日は本当にやわらかいぞ。ちょっと硬いと思ったけどすごくしなやかじゃないか。
一口食べて、口に広がる味にも感激した。
人の肉はそうなのだ、食べるたびに感動する。
今日はひよこちゃんと一緒だからか、尚更おいしい。
やっぱり一人で食べるよりもうんとおいしいですね、なんていうとひよこちゃんは頷いてくれた。
「総一さん、いつも一人なんですか?」
うん、そうですよ、といえばひよこちゃんはへえと返事をして、パンにソースを絡めて食べていた。
もうひよこちゃんは人の肉に魅了されていて、会話はそのスパイス程度に使っているみたいだった。
黙ったら気まずくなるから、それを回避するためだけの。
「あの、総一さん。」
肉を平らげ、パンで拭われたためお皿もきれいになったところで、おずおずとひよこちゃんは俺を呼んだ。
何でしょう、と返事をすると、ひよこちゃんの目線はお皿に向けられていた。俺の食べかけの肉が乗ったお皿。
「…また、人を食べるんでしょうか?」
恐る恐るそう尋ねられ、俺はちょっと答えあぐねた。
多分食べる。けれど絶対とはいえない。
何せ俺の欲求は唐突なのだ、いつ食べるとか、絶対食べるとか言い切れない。
これで満足して今後一切の人肉を食べないかもしれない。
だから正直に、衝動的に食べてしまうのでわかりませんと答えた。
ひよこちゃんはそれを聞いてしばらく黙っていた。
お互いに、僕のお皿の肉を見つめていた。これで最後かもしれない肉。
「では、メールアドレスを交換しましょう。食べたくなったら連絡をください。」
共犯でしょう?そう言った彼女の顔は、微笑んでいた。