ひよこちゃん。2
私は今、殺人鬼のおうちにお呼ばれしています。
「ひよこちゃん、からあげとハンバーグとステーキ、どれが良いですか?」
なんてさっき知り合った殺人鬼さん、改め総一さんは笑顔で聞いてくる。
私はお母さんに、友達とご飯を食べることになったとメールを打っている最中だった。
何でもいいですよ、と答えながら内心びくびくだった。
もしここで彼が怒ったら私も殺されちゃうかも、という心配が頭をよぎる。
総一さんはおうちにつく前に
「ひよこちゃんは俺の唯一の共犯者になってもらいます。もし裏切って警察に届けたりしたら、俺はショックで首を吊っちゃいますからね」
という事を言っていた。
…あ、これだと私は助かるのか。もしかしたらいい人なのかも。
そう、もし警察に言ったら死んじゃったり捕まったりするのは総一さんなのだ、私じゃない。
そう考えるととてもフェアな取引だったのかも。まあ、共犯なんだから私も前科者になっちゃうか。
「なんでも良いんですか?…じゃあ今日はステーキにしましょう。あの女の子、脂肪が少なくて赤身が多くて美味しそうでしたし!」
…共犯者だから、食べるお肉はもちろん人。
でもまだ全然実感がわかない。
総一さんはご機嫌に立ち去って行った。
かと思えばすぐさま戻ってきた。
「良かったらおめかししませんか?そこの階段を上ったところに衣裳部屋があるんです。右手のドアなんで、良かったら」
そう言って本当にどこかへ去っていった。
多分お台所だろう、材料はどうであれ、料理をするんだし。
私はというと、手持無沙汰なのでその衣裳部屋なるところに行ってみることにした。
階段を上って右手のドア、と言っていっていた。
階段はらせん状で、なんだか秘密の匂いがする。
そう言えばこの家はすっごくお洒落で、映画とかに出てくるような見た目だった。
なんていうか、海外映画に出てくる敬虔な教徒が住んでるおうち、みたいな。
年取った女の人がお手伝いと住んでるおうちみたいな。
らせん階段は思ったより長くて、てっぺんにたどり着いたときには息が切れそうだった。
右手のドア、と言われたけど、ドアはもともと右側にしかなかった。左側には小さな明り取りの窓。
そうっとドアを開けると、そこには驚きの光景。
ドレスがいっぱいあるのだ。
真っ白なウェディングドレスやいろんな色のロングドレス、着物や子供服まで、よりどりみどり。
最近なんだか話題のロリータファッションやらメイドさん、質の良い民族衣装までそろっている。
私はその中から、膝丈の緑のワンピースを選んだ。それから、なんだかチャイナっぽい襟のブラウス。
前々からロリータ、とか言うものに興味があったのでちょっと嬉しくなってしまう。
これから人を食べるのに。
着替えた私は階下に向かう。ちょうど良いストラップシューズもあったのでそれもお借りした。
階段を下りてまっすぐ行ったら玄関だけど、そこから先、というかそれ以外はまったくわからない。
きょろきょろと玄関を観察、物は少なくてさっぱりしているけれど、とても広い。
総一さんってお金持ち…?と首をひねっていると玄関にまた総一さんが現れた。
「わあ、そのドレスにしたんですね、かわいいです!」
とめちゃくちゃはしゃいでいる。この人本当に殺人鬼なのかな。
ありがとうございます、ととりあえず言って、私は総一さんの顔を見た。
穏やかに微笑む彼は自分が見つめられていることに疑問を抱いて首をかしげた。
けれど私は気にせず彼を、…殺人鬼を見つめる。
穏やかな表情、顔は中性的で目が大きめ。なんていうかアイドルフェイス。
背は高め、180以上かなぁ、クラスの男の子もこれくらいの子いたけど確かそれくらいって言ってた。
髪は真っ黒肌は真っ白。
前髪を真ん中で分けて、耳を隠してる。
反対に後ろは短め。
首から下は黒いジャケットに白いシャツ。
なんていうか、仕立てもしっかりしてるしシャツの襟も大きめで、なんか衣装みたい。
全体的にヴィジュアル系なんだろうなぁ。声も優しいからバンドやってますって言われたら信じちゃう。
「あ、あの…?」
あ、じろじろ見すぎたみたい、ちょっと不安げな顔されちゃった。
ごめんなさい、お洋服が素敵だったから、って笑ったら総一さんはめちゃくちゃ明るい顔になった。
うーん、わかりやすい。
「これ、すっごくお気に入りなんです!お友達とごはんなんて久々なので引っ張り出しちゃいました。」
そうなんですか、と返事をしつつ内心でつっこむ。
私、いつからお友達に…。
けれど総一さんはすっごくはしゃいでるから何にも言わないで微笑んでおく。
それから私は奥に通された。
おうちというよりお屋敷と呼んだほうがしっくりくるその家の奥には食堂があった。
木のテーブル、背もたれの高いいす、小ぶりのシャンデリアと明るい室内。
テーブルクロスは掛かっていなかったけれど、とても豪華なお部屋に見えた。
口をあんぐり開けてお部屋を見ていると総一さんはくすくすと笑った。
「この家の家具は、ほとんどおばあちゃんが選んだんですよ、素敵でしょう?」
そう言えばひとつのいすの前に立って私を手招いた。
ナイフとフォーク、それからスプーンの並んでいるその席には、必要な大きさのマットも敷かれていた。
お洗濯が楽そう、というのが私の感想。テーブルクロスって洗うの大変そうだもんね。
手招きされたままそばに行くといすを引いてくれた。やだいけめん。
座ると同時にいすをおして、座りやすくしてくれる。やだいけめん。
それから総一さんはお台所だと思われる場所に行く。
そしてすぐに、ワゴンを引いて来た。お金持ち疑惑は確信に変わった。
「ちょっと張り切りすぎちゃいました。」
そう言ってテーブルにお皿を載せていく。
温かいスープ、湯気の立ったパンと添えられたバター、そして、付け合せとともに盛り付けられた。
少女の肉。
グレイビーソースの掛かったそれはまったく臭さはなく、とてもおいしそうに見えた。
「おいしそうでしょう?」
そう言って穏やかに笑った総一さんに、私はつい、頷いてしまったのだった。