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総一さん。1

母さんが作るハンバーグが好きだった。

いきつけの肉屋でしばらく談笑して、それから肉を買う。

茶色い、つるつるした紙に包まれた肉はすごく特別に見えた。

父さんはステーキのほうが好きだったが、俺は断然ハンバーグ派だった。

ただ焼いただけの肉よりも、たまねぎやパン粉、卵や牛乳を入れて混ぜる、そんな手間の掛かっているハンバーグのほうが特別に見えたのだ。

父さんは、たまにはステーキを焼いてくれないか、と言っていたが母さんは取り合わなかった。

ひき肉のほうが安いからハンバーグを作る頻度が高かっただけなのだが、きっと母さんは俺のことが好きなのだと幸せな気分になっていた。

業を煮やした父さんはある日、大きな塊の肉を買ってきた。

小遣いを節約して、いつものなじみの肉屋で買ったという。

さしなどは入っておらず、赤身の存在感のある肉だった。

「これはフィレ肉と言うんだぞ。分厚く切って食べるんだ。」

父さんはさらに赤ワインも買っていた。

焼くときにかけるとうまいんだ、と父さんは意気揚々と言っていた。

その日食べたフィレ肉は本当においしかった。

ただの焼いた肉ではなく、手間をかけて下ごしらえをして、焼くときにワインまで使ったから、とても特別な肉の塊になっていた。

最後の晩餐に相応しかった。

次の日、俺たちは買い物に出かけ、事故にあった。

父さんの運転する車はトラックに轢かれてぺちゃんこになり、父さんと母さんは肉の塊になった。

俺は体が小さかったせいか車のわずかな隙間に入り込んでかすり傷で済んだ。

目の前に母さんと父さんだった肉の塊があったのを覚えている。

昨日食べたフィレ肉にそっくりだと思ったのも。

車から引きずり出された俺は病院に行って、怪我の手当てと精密検査を受けた。

それから退屈で的外れなカウンセリングを受けた。

そんな退屈な日々をすごして、俺はお爺ちゃんとお婆ちゃんの家に引き取られた。

父さんのほうのお爺ちゃんが引き取ったんだけど、通ってる小学校が近所にあったから、というのが理由だったらしい。

両親が死んでそれから引越しだ転校だとなると俺も大変だろうと思ってくれたらしい。

お爺ちゃんの家は写真館を営んでいて、玄関は家族とお客さんの両方が使っていた。

家はとても古く、緑の外壁をした洋風な家だった。

丸くて高い塔が三つほどあり、そのうち二つを衣裳部屋、一つを小道具の部屋にしていた。

お客さんは時期によって多かったり少なかったりした。

七五三の時期は小さい子供がドレスやタキシードを着て、緊張した面持ちでそこにいたし、成人式のときは晴れ着姿の新成人がくたびれた顔で順番を待っていた。

そんな写真館も俺が高校を卒業と同時にたたんでしまった。

後に残ったのは、やたら大量の衣装と、古い洋館だけだった。

お爺ちゃんとお婆ちゃんはこの家の管理を俺に任せて物価の安い東南アジアに引っ越して行った。

今は優雅にメイドを雇って暮らしている。

勿論、俺もあっちに行っても良かったんだろうが、日本のこの家がとても気に入っていたので離れる気には到底ならなかった。

そんなわけで俺はお爺ちゃんが今まで稼いできた金と、両親の遺産で大学に行っている。

まあ、遺産って言っても微々たるものなんだけど。

俺が通っているのは美術系の大学で、俺は人形を作ったりしている。

立体デザイン、という科目になるのだが、俺は石膏粘土を使って様々な作品を作っている。

三年生からは自分の好きなように作品を作れるようになるから、最近では等身大の人間を作っている。

少女人形が多くて、出来上がった人形にはうちの衣装を着せている。

お前の人形は皆お嬢様ばっかかよ、と言われたりもするがまあ、いいリサイクルってことで。

そんな、大学で人形を作って帰って、夕食を食べて寝るだけの生活に転機が突然訪れた。

ある日なじみの肉屋で肉を見ていると妙な感覚に囚われた。

そう言えばあの時の母さんと父さんは美味しそうだったな。

口に出さなかったのは本当に幸運だった。俺はそんなことを思いながら肉を眺めていたのだ。

それはフィレ肉だった。

俺は自分が怖くなって、結局肉は買わずに店を去っていった。

今日は野菜中心にしよう、そう思って八百屋に行く途中、少女とすれ違った。

日曜日なのに制服に身を包んでいて、多分部活帰り。

肩につかないくらいの髪、くびれはあまりない幼い体つき、白くて少ししまった太もも、柔らかそうなふくらはぎ。

嗚呼。

気付いたら俺はその子の肩に手を置いていた。

少女は驚いたように振り返って、そして俺を凝視した。

ごめんなさい、人違いでした。

そう言えば良かったのだ、そうしたら俺は今まで通りで居られたのだ。

それなのに。

あの、病院を探してるんですけど知りませんか。

気が付けばそう口走っていた。しかも少し離れた、けれど有名な病院名を口にしていた。

「ああ、それならここをまっすぐ行って、信号を右、で、えぇっと…」

少し離れているが為、少女は何と説明していいのか悩んでいた。

それもそうだ、そう言う病院を選んだのだ、無意識に。

もし、ご迷惑でなかったら案内してもらってもいいですか、面会時間に間に合わせたくて。

今度は意識もはっきりしていた。

後戻りするつもりはない。

少女は優しげに微笑むと俺を伴って歩き始めた。

そして。

人通りのない道に差し掛かったところで。

持っていた鞄で少女の頭をめがけて。

家までの記憶はほとんどない。

気を失った少女の手を縛って、首を絞めた。

案の定意識を取り戻して暴れたが気にしない。

俺の頭の中では、もう、料理は出来上がっていた。

食べられない部位はどうしよう、それが懸念材料だった。

死んだ少女を風呂場に運び首を落とした。

そして逆さ吊りにして、血抜きをした。

この時にはもう少女は裸で、血が抜けて真っ白になっていった。

俺は少女の頭と服を持って外に出た。

近所の林に入る。

この林はぐるりをフェンスで囲まれている。

しかし、フェンスには悪餓鬼しか入れない穴が開いているのだ。

今の子供はこの林には近づかないと聞いた、皆潔癖症になってしまったのだ。

俺はそれを利用して、頭と服を処分した。

頭と服を埋めて家に帰れば血は完全に抜けたらしい、美しく真っ白な体が出来上がっていた。

先ずは皮をはがないと。俺は作業に入った。

それから、俺は何度か少女を食べた。

頭と服は埋めるだけでは不安なので、皮と一緒に燃やす時もあった。

なんでばれないのか不思議に思ったが、まあ警察が無能なんだろうと思う事にした。

そう、警察だけが無能だったんだ。

「あっ」

何人目かは忘れた少女の服と首を埋めていたら、声が聞こえた。

今日は時間が早いけど大丈夫だと高をくくったのがいけなかったんだ。

俺はつい、誰ですか、と声を掛けた。

いや誰でもいいんだけどさ、とりあえず正体聞いとこうかなって。

「何をしてるんですか」

あ、そうだよね、答えないよね、うん知ってた。

俺はもう観念していた。嗚呼、やっと捕まっちゃうなぁ、なんて感慨深げ。

殺した人の、服を埋めています。

そう答えたら声は戸惑っていた。

そうだよね、これだけ聞いたら殺人鬼だよね。いや殺人鬼なんだけど、俺は只の食道楽であって、新鮮な肉を食べたいだけだから。

俺はそう思いながらも、嗚呼、つかまる前に肉をひとかけでも食べたい、と思った。

警察に言わないんですか、今なら間に合いますよ、と声を掛ける。

服を埋めるのにはなかなか時間がかかる、何せ穴をあけ始めたばかりだったから。

俺は警察が捕まえに来るまでに服を埋めて彼女を少しでも食べておければ満足です、そう言えばきっと声の主も慌てて警察を呼ぶだろう。

そう、完全に諦めていたのだ。嗚呼、死刑判決聞きたくないなぁ。

けれど、意外なことに声の主は固まっていた。

あれ、どうしたんだろう。

俺は服を埋めながらいろいろ考えた。

怖くて動けない?俺に殺されちゃうって思ってる?

それなら、この人を共犯者にしちゃえばいいんじゃないか?そうすれば。

まだまだ食べれるぞ。

夕飯、まだですか。

「はい。」

良かったら、うちで食べませんか。人しかありませんけれど。

それは一種の賭けだった。

そして、さらにベットを増やす。

あの、俺、黒河総一と言います。

そう、名前を言った。そうしたら、声は律儀に返事をした。

「関口日和です」

ふうん、ひよりちゃんかぁ。ひよこみたいでかわいいなぁ。

思ったまま言えば、彼女ははにかんだように俯いた。

「あ、ありがとう、ございます。」

そうして俺は、共犯者を手に入れた。

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