総一さんふたたび。2
高校生の正装といえば制服だ。
ひよこちゃんは紺のジャケットにグレーのスカートと言う学校指定の制服をお行儀良く着ていた。
さっきまで笑いを堪えていたためかまだ少し顔が赤い。
けれどこれははたから見たら、性的な質問に対する羞恥によるものにしか見えないだろう。
俺はひよこちゃんを信用していた。
彼女ならきっと俺の言うことを聞いて、俺を悪者にしてくれる、と。
「先程の検事さんの話を聞いて、私は思いました。この人は自分の利益しか考えていない人だって」
開口一番、ひよこちゃんはそう言った。
そして俺を見て、小さく微笑んだ。
瞬間に悟る。
やめて、と叫んだつもりが言葉はもっと沢山出てきた。
やめて、言わないで、お願いだからやめて、と言ってもひよこちゃんは首を振るばかりだった。
「私は、私の言いたいことを言います」
裁判長が静粛に、と俺に言うが、静粛になんてしてられるか。
けれど、ひよこちゃんは口を開く。
一際大きくやめてと叫んで俺は机に突っ伏して耳をふさいだ。
そんな事をしてもひよこちゃんの声は聞こえるのだけれど。
「あの検事さんは嫌いです。あ、検察官さんでしたっけ?まあどちらでもいいです。
あの人は私が犯されたという事実を言うたびに妙に楽しげに話すんです。
私が泣いて同情を誘えば総一さんの死刑を確定できるって思い込んでいるのでしょうね。
食人に婦女暴行なんて女性の敵だとか言って、人権問題に立ち向かう敏腕エリートを演じたいのかもしれません。
私はそういう態度をとる検察官さんが、大嫌いです」
朗々と語りだしたひよこちゃんの口ぶりは、図書館の開館時間が遅いと言っていたあの口ぶりと同じだった。
本当にいらだっていたのだろう、思い切り見下すように睨み付けていた。
「私が総一さんと性的関係を持っていたのは事実ですが、彼の言うようなレイプでは無く、むしろ合意の上での行為でした。
総一さんとの行為の中で避妊を行わなかったのは初めての時と、最後の時の2回のみで、そのほかはむしろきっちりと避妊具を使用してもらいました。
総一さんは本当に性的なことには免疫が無くて、彼が性的興奮を抱いていないときにこういう話をするとすごく可愛い反応を見せるんです」
…顔を上げられなかった。
さっきの演説で冷静でいられるよう必死だったから俺はもう精神的に疲弊していて、そのせいでそういう話題に対する免疫はむしろマイナスだった。
耳まで赤いのが自分でも分かる。
「…総一さんって本当に免疫無いのね、大丈夫ですよ、もうちょっとだけ我慢してれば」
今度こそ本気でもう止めてって叫んだ。
ああ俺がセカンドレイプを受けている気分…。
「可愛いでしょう、私の総一さん。
総一さんは欲求が極端な人で、食べたいとか抱きたいとか寝たい、と言う欲求が一瞬にして沸騰してしまうタイプなんです。
しかしそれは自発的なものではありません。
目の前においしそうなものがあれば食欲が、ふかふかのふとんがあれば睡魔が一瞬にして頂点にいってしまうんです。
ですから、突発的犯行を延々と繰り返してきた、と言ったほうが正しいんです」
ひよこちゃんは俺の弁護士のように、事実を正確に伝えていた。
やっぱりひよこちゃんはすごいなぁ、とどこかのんびり思ってしまう。
「ですから、総一さんが性的興奮を得た時に何も準備していないと言うのが常でした。
ですので、私が避妊具を用意してあげていたんです。
それに、総一さんは極端に性的なことに対する免疫が薄いので、自分で避妊具を買うことが出来ませんでした。
一度ほとんど無理やりに買いに行かせたんですけれど、耳も首も真っ赤になっちゃって、店員さんが女性しかいなかったからなおさら恥ずかしかったみたいで。可愛いでしょ」
裁判所すべてを巻き添えにして俺をいじめるのは止めてください。つらい。
ひよこちゃんはくすくす笑って、それから検察官を睨み付けた。
「ですので、あなたの言うレイプなんてなかったの。適当なこと言わないでよ」
適当なこと、って、それほとんど俺の証言ですひよこちゃん。
叫びたいけど俺はもうノックダウン状態なので話したりは出来ない。
真っ赤になって涙目でひよこちゃんを恨めしげに見るしか出来ない。
「…人を食べることについて、私は最初は戸惑いました」
そんな俺をよそに、ひよこちゃんは話題を変える。
嗚呼、お願いやめて、被害者のままでいてよ。
「総一さんは食べることを強制はしませんでした。
総一さんはただ、美味しそうにステーキを見ていただけでした。
ひとくち、自発的に食べて、その視線の意味を正確に知りました。
夢のように、美味しかったんです。」
そういったひよこちゃんは、すごく幸せそうだった。
心のそこから人肉を愛したひとの、笑顔だった。
周りはそれはそれはざわめいたしどよめいたし、検察側の人間はそれはそれは真っ青。
けれどひよこちゃんは意にも介さない。
「どうして?皆さん豚や牛は食べるじゃない、母牛が泣き叫んでも子牛を捌くし、命乞いをしても聞く耳を持たない。
私達を非難するなら今すぐ肉食なんて止めるべきなんですよ。
私はあなた達偽善者とは違うんです。美味しいものは美味しくいただくわ」
そういうと制服のポケットから小さなタッパーを取り出してあけた。
中から出てきたのは黒っぽい色をした、肉塊。
みんなが唖然とする中、彼女はそれを口にした。
瞬間、表情が恍惚とする。
その場にいた人間の動きが止まっているその瞬間に、俺は動いていた。
彼女に近寄ると彼女はタッパーを差し出す。
裁判長が俺に席にもどれと言い、警察官が俺の元に走ってくる。
けれど俺はそのタッパーに入っている肉を手にとって、口に含むことが出来た。
「園田さんの次の子で作ったジャーキーですよね?」
そう聞いて微笑む彼女に、いいや、その次の子だよ、と返してあげた。
警察官がタッパーを奪い取り、俺を羽交い絞めにして退場させようとする。
警察官がひよこちゃんの肩を掴み退場させる。
その間、俺達は終始、笑顔だった。
嗚呼けれど、やっぱりひよこちゃんは無実であってほしいと、そう思ってしまうのだった。




