ひよこちゃんふたたび。1
裁判の最中、弁護士さんは総一さんをトラウマを抱えた子どものようなものと言った。
「目の前で両親が死んだことにショックを受けた黒河さんは、母親を求めるあまり女性を食べるようになったのです」
なんて頓珍漢なことを言っている。
私は検察側の証人としてそれをぼんやりと聞いていた。
傍聴席にはたくさんの記者、私の家族、それから海外からやってきた総一さんのおじいさんとおばあさん。
被害者の生前の写真を見たときに、おじいさんのほうが「こりゃたしかに旨そうだ」と言い、おばあさんは「おじいさん、さすがに今は黙っておきましょう」と言いながらも微笑んでいた。
この人たちは多分、少し狂っている。総一さんが泣きそうになっていたもの。
総一さんはあの満漢全席のあと、自ら警察に連絡をした。
もう潮時だから、と微笑んで。
とめればよかった。にげればよかった。
その考えが頭を支配し、自分の無力さに腹が立った。
私は本当にむかむかしてそのまま俯く。
その瞬間、私の隣に座っていた検察の人が立ち上がった。
「そんな荒唐無稽の言い訳は通用しません!生き残った関口さんの気持ちにもなってください!」
嗚呼うざったい。
早く終わらないかな、と思ってその場に私は居続けた。
私はその後ほんの少し、事実確認をするだけで出番はおしまい。
事実とは反する中身。
「黒河に脅かされてあなたは彼の家に通うようになった」
はい。
「あなたは人肉を無理やり食べさせられ、その上警察に通報したらお前も食べるといわれた」
はい。
「肉体的関係を迫られたときにあなたは断ったが無理やりに関係を持たせられ、それも恐喝の道具にされてしまった」
はい、そうです。
私は機械の様に頷き続けた。
総一さんはそんな私を心配そうに見つめるばかりで、助けたいという目で見てくれるばかりで。
私は総一さんに助けられるお姫様になれなかったのがひどく、悔しかった。
裁判は今日以外にも何度か行われるらしい。
なんてめんどくさいんだろう、早く終わらせてよ、総一さんからいつ連絡があるか分からないのに。
…もう、総一さんの作ったご飯は食べられないんだと、分かっているのに忘れようとしてしまう。
「日和、疲れたでしょう?ごはん食べに行かない?」
お母さんが私の手を握ってそう言ってくれた。
私はひどくお腹がすいていたから、オムライスが良い、と言ってみた。
お父さんが頷いて、お母さんは笑ってくれたけど、すごく疲れているみたいだった。
裁判所から車までの短い距離は、移動がすごく面倒だった。
週刊誌の記者とかが私達にマイクを向けてわけの分からない質問をしてくるから。
お父さんと警備員の人と、あとなんか良く分からないけど、ともかく役所の人って感じの人が助けてくれて、何とか車に乗れた。
「全く、非常識にも程がある」
お父さんが何度かクラクションを鳴らして人を追い払い車を出す。
記者の人たちが私達を何度もカメラで撮っていてまぶしい。
みんなまずそう、と言うのが私の感想だ。
オムライスは、レンガ造りのレトロっぽいお店で食べた。
ぽいってだけでお店自体は新しいんだけど。
ふわふわの卵はスプーンを入れるととろりととろける半熟がこぼれ、中のごはんはケチャップではなくチーズで味付けをしていた。
淡い色合いが綺麗でおいしい。
ソースも白くチーズが入っていて濃厚。
私はそれをもりもりと食べ、更にはデザートまで注文した。
裁判って疲れるのね、分かりきったことを何度も聞くし、本当馬鹿みたい。
そう言いながらいちごパフェをばくばくと食べる。
「日和、あんまり無理しなくていいのよ」
とお母さんは言ってくれたけれどお父さんは首を振った。
「いいや、お父さんは日和の意見に賛成だ。あの内容は警察でも言ったし、検察側にも伝えたし、書面にもしているはずだろう。前回の裁判でも言ったぞ、なのに何故繰り返すんだ、あんなに何度も聞くなんて連中の頭は鶏ほどしかないとしか思えない」
お父さんはコーヒーを飲みながらぷんすかしていた。
どうやら何度も同じ事を聞くから馬鹿にされたと思っているみたい。たぶん。
そう言えば、私は最近太ってきている。
どうしてかといえば、まあ、お肉を食べていないからだと思う。
人肉を断って数ヶ月、高校三年生になってからは一度も食べていない。
そのせいか、お腹がすくのだ、ひどく。
食べたい衝動は抑えられず、ひたすら何かを食べている。
二時間目と三時間目の間に菓子パンとか、放課後お菓子を食べてから委員会とか。
受験勉強の合間にラーメンとか。
ともかくひどい。
みんなは被害者としてのストレスだとかそんなののせいにしてたけど違う。
とにかくお腹がすくのだ。
毎夜のように思い出すのは最後の晩餐。
ローストしたお肉、野菜の上に散った茹で肉、チャーシューやお饅頭や肉団子やステーキや、酢豚、チンジャオロース、ピロシキや臓物をつめたパイ、ともかくたくさんの肉料理が並んだ。
朝昼晩と趣向を変えて提供される料理を私達は食べつくした。
筆舌尽くしがたき絶品とはまさにこのこと。
「もっと食べたくないですか?」
と、総一さんは幾度も言った。
私が頷くと、総一さんは台所に消え、そして新しい料理を持ってくる。
一日中それを繰り返し、お腹がはちきれんばかりに食べ、最後のお茶を飲んだとき、私は恐ろしい飢餓感に襲われていた。
もう食べられないならもっと食べたい、と思った。
まだ食べられるわ、と言うと唇を奪われた。
「今日はもうおわりです」
悲しげにそう言う総一さんがとても色っぽくて、官能的で、愛おしくて。
それから何度も何度も身体を重ねて、ついには夜が明けてしまった。
無断外泊だどうしよう、と思っていたら、総一さんはどこかに電話していた。
「もうすぐ警察が来ますよ」
と、泣きそうな顔で笑っていた。
私は警察に『ホゴ』され、病院に行って軽い検査を受け、『ジジョウチョウシュ』を受けてから家に帰された。
私はだから、無断外泊ではなく、拉致監禁された娘として家族に迎えられた。
徹底的に被害者として扱われたのだ。
それからは本当にひどかった。
マスコミやら警察やら学校やら、いろんなところでいろんな質問責めにあったり冷たい目を向けられたり、共犯者って言われて石を投げられたり。
今はだいぶ落ち着いているけれど、本当にひどかった。
総一さんは大丈夫かしら、と、私は毎日思う。
私がこうしてオムライスやパフェを食べているとき、彼は何をしているんだろう。
少し痩せた様にも見えた。総一さんが作るよりはるかにおいしくない食事を食べているんだろう。
嗚呼、助けたい。
出来ないなら、せめて。
いっしょに死刑にしてほしい。
落ち着かない空腹をごまかすために、パフェを食べ続けた。




