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最速の遥か  作者: 椎名理央人
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最速の十七歳

 

 ガタンガタンと列車に揺られる。チラリと左手首に巻かれている時計を見る。長針は十二、短針は一を指し示していた。つまり丁度一時。予定よりはずいぶんと早く来てしまったようだが、まあ遅刻するよりは全然ましと言うものだろう。それよりも。

 「ねえ淡雪。今日は、その。体調のほうはどう?」

 隣に座る妹、的波(まとなみ)淡雪(あわゆき)に声をかける。六月の梅雨時期にも関わらず、さんさんと窓から入ってくる日差しにうつらうつらと船を漕いでいた。まだ十五歳だと言うのにすっかり闘病の過程で色の落ちた髪。か細い腕。サイズを合わせて買ったはずの服も、痩せ衰えた彼女には幾分大きめに見えてしまうのがかえって痛々しい。

 しかし、そんな淡雪は気にすることもなく。

 「うーん? そうだね、普段よりは全然いいよ」

 あっけらかんと答える淡雪。だが、その笑顔も最近じゃ一層弱弱しくなってきたように感じる。

 いや、そんなことばかり考えてはいけない。なにせ、今日私たちがこの街に。医療開発の盛んな移牒(いちょう)市にやってきたのは――そのためなのだから。

 「ねえ、お姉ちゃん」

 と、物思いにふけっていると。おもむろに淡雪が話しかけてきた。

 ぼんやりしていた思考を断ち、妹に顔を合わせる。

 「な、なに?」

 「本当にここにくれば、私の体は昔みたいに元気になれるのかな?」

 その問いは、昨日の夜も聞いた質問だ。いや、もしかしたらずっと前から妹は気にしていたのかもしれないが。

 確証がないわけではない。ただ、今まで数多くの治療や手術。薬品の投与。この世にあるだけの、及ぶ限りの処置を施したにも関わらず彼女の病状は現状維持が関の山だった。

 だが、

 「ええ、大丈夫。この前手紙を送った人は、大丈夫だって言ってくれたわ、信じましょう。きっと、三年前みたいに――」

 そこまで言いかけた時、電車内のアナウンスが響く。

 『次は移牒駅、移牒駅。お降りのお客様はお荷物のお忘れがないようご注意ください』

 電車は少しずつスピードを落とし、駅のホームが近づいてくる。

 「ねえ、最後なんて言おうとしたの?」

 と、淡雪に言われ我に返る。

 だが、今さら我返ろうとなんだろうと、あえて言うほどのことでもないだろう。首を振り、言い訳みたいに淡雪に返事を返す。

 「ううん、なんでもない。それより早く降りよ。忘れ物しないでね」

 はーいと、素直に返事をする淡雪。

 電車を降り、ホームに降り立つ。移牒駅は市内有数の大きな駅で、平日の昼間にも関わらず多くの人が行きかっていた。妹は体の自由が限られているので、杖を突いている。人混みに流されないように、気を配らなくては。

 「大丈夫、淡雪?」

 「うん、大丈夫。そんな心配しなくても私は平気だよ」

 「そう……」

 過保護かもしれないが、彼女は思っている以上にか弱く、もろい。気を付け過ぎても越したことはない。

 気を付けつつ、人混みの脇を抜けて駅の外に出る。

 外に出ると、六月だと言うのに連日の日照りで暑さが厳しい。影に入るように、街路樹の並木を歩く。

 医療開発先行都市、移牒。そんな触れ込みをサイトで見たのは先月のこと。今までは国外の医療機関のことばかり気にしていたので、日本にそんな街があるのを知ったときは青天の霹靂とは言わずにはいられなかった。だが、幸運は続かなかった。

 単純明快に言えば資金不足。

 今までの度重なる治療により、我が家の家計は火の車だった。私もまだ高校三年になったばかりで、両親も完全に匙を投げている状態。

 これでは動こうにも無理があった。そんな時、彼女は現れた。

 移牒市について調べていた時のこと。なんとはなしに色んなサイトをとんでいると、その名前はあった。

 『骨董 春宮』

 最初は胡散臭いと思っていたが、そこの店主の人がとてもいい人だった。今まで危うく騙されかけたこともあり、他人の信用には最新の注意を払っているが、彼女は信頼に値する人物だと言うことが分かった。

 事情を相談すると、彼女の知り合いが研究の過程でサンプルを必要としているそうで、被験者と言う名目で治療を施してもらえるよう配慮してもらった。

 それで用意が整い、こうして今日はこうして九州まで足を運んだわけだが……。

 「この地図、どうなってるの?」

 妹に気を配りながら歩いているから、なかなか進まないとはいえ。あまりにも進みが悪い。

 地図を見ながら、周囲の景色と見比べる。商店街が近くにある東口から出たのだが、商店街なんて一向に見えない。ちなみにこの私が今手にしている地図はかの骨董屋のオーナーから送られてきた地図だ。フリーハンドで描かれているからか、その内容を読み解くのはなかなか骨が折れる。

 しかし、ふと地図を見ながら周りを見ると、あるお店が目につく。

 「もしかして、これ逆になってるのかな?」

 と、私が気づくよりも早く。淡雪は地図に描かれているのは逆だと指摘した。さすがにかつては才児と呼ばれただけのことはある。今だ健在な才覚のようだ。

 ……まあ単純に私が愚鈍なだけかもしれないけど。

 しかし、地図が反対になっているのはその通りのようで、私が気づいたのは本来東口方面にはない店があることに気づいたからだ。

 「和菓子処……展開堂(てんかいどう)

 そう名を打たれた看板を見上げ、ここが指示していた方向とは完全に逆方向だと言うことを確信する。

 これは……早くきたことは僥倖だったと言えるなあ。まさか向こうの手違いで遅刻なんて気まずいなんてものじゃないだろう。さすがにここが初めてくる街だと言うことを差し引いても、向こうのせいにするのも気が引ける。

 ここは一旦向こう、移牒駅に戻ってもう一回ルートを探索することにしよう。

 「仕方ないわ。ごめんね、淡雪。もう一度駅の方に戻るけど――大丈夫?」

 恐る恐る、淡雪に聞いてみる。まだ時間はそんなに経過していないとはいえ、淡雪は病人なのであまり振り回すことはできない。

 が、そんな私の心配に構うことなく。

 「だいじょうV!」

 と、冗談交じりに淡雪は答えた。

 いささか気が引けたが、このまま白昼に晒し続けるほうが淡雪には悪いと思い、結局駅に戻ることにしたのだった。


 それから元来た道を引き返したのだが、いかんせん初めてくる街なので軽く迷ってしまった。案外人間の地理感覚なんて思っている以上にあてにならないものだねと、淡雪は言うので、それもそうだと返しておいた。

 病弱虚弱とはいえ、うちの妹は饒舌(じょうぜつ)なのだ、うん。

 しかしを連れて歩きまわると言うのは想像以上に堪えるものがあるなあ……。

 どうやらさっきは地図が西と東が間違っていたようで、別の方向に出てしまったらしい。二人そろって再び、今度こそ東口に出る。

 だが。

 「ねえ、お姉ちゃん」

 「なあに? 淡雪」

 「こっちで本当にあってるのかな」

 「まさか。今度はあってるわよ」

 と、言いつつも。実はあの骨董屋のオーナーに騙されたんじゃないだろうかとか、実は間違って駅を降りたんじゃないだろうかとか。嫌な予感が頭の中で渦巻いていたのは事実だった。妹の不安そうな顔がなお一層私の不安を喚起する。

 それもそのはず。なぜなら西口から出てきた時と違い、本当の東口は恐ろしいくらいに人通りが少なかった。そして影が多い。

 不安だ……。

 前途多難だとしか言いようがない。しかも今度はこのフリーハンドで描かれた謎の地図を解読しながら目的地まで向かわなくてはならない。ケータイの地図機能を使おうとも考えたが、残念なことにバッテリー切れ。

 幸運は続かなくとも、不運は続く。

 淡雪も大丈夫だとは続けているが、さっきよりはあまり顔色が悪くなってきている。これは少し急いだ方がいいかもしれない。

 「しょうがないわ。行きましょう淡雪」

 淡雪の手を取り、とにかく今度は東口を行くしかなかった。幸いに、今度は例の商店街はばっちり見えている。なんだったら商店街の人達にでも、その場所を聞けばいいだけの話しだ。

 勢い勇んでとまではいかなくとも、気持ちを入れて私たちは目的地に足を向けた。

 

 はずだったのだが……。

 一応言っておくと商店街には入ることはできた。だが、その商店街は私の予想の遥かに斜め上をいっていた。

 まさかあんな人通りの少ない駅出入り口に面しているはずの商店街が、あんなに繁盛しているなんてだれが思うものか……。

 商店街の上を覆うクリアガラス。相当丁寧な手入れがしてあるのか、キラキラとした日差しが差し込み、商店街通りを明るく照らしている。それだけでなく、てっきり閑古鳥が鳴い、戻ってきたはいいものの。見知らぬ土地で、しかもあまり身動きのできない人間ているようなシャッター通りだろうと踏んでいたここ《(にじ)(がね)商店街》だが、さっきの東口の近くにある商店街とは思えないほど客でにぎわっていたのだ。色んな店ののぼりが通りを埋め尽くしている。そして、

 「あ、あのさ、お姉ちゃん……」

 くいくいと、服の裾を淡雪が引っ張ってくる。

 「どうしたの淡雪?」

 「そ、その」

 キュ――と、ささやかな空腹の主張があった。

 顔を赤くして「はわわ! こ、これはね、違うんだよ!」と、なぜか必死に今の腹の虫を誤魔化そうとしている淡雪。結構かわいい光景だが、それは私も同感だったりもする。

 「ふふ、しょうがないわね。お昼、食べてないもんね。どこかで食べてこっか」

 パア――っと聞こえてきそうなほどのいい笑顔を見せてくれた淡雪の気持ちはよく分かる。普段治療で病院にいる間はもちろん病院食ばかりなのだ。こういった外食っぽいことをするのは存外珍しいことなので、淡雪も嬉しいのだろう。

 と、その時だった。

 ドンと、なにかにぶつかった感覚。これだけ人通りも多いのだから、ぶつかることがあってもおかしくはないが。前を見るとどう考えても手で持って歩くには不適なサイズの本を持った女の子がいた。制服を着ており、『習』と言う字が刺繍が施されたセーラー服。胸元のワインレッドのスカーフがアクセントになっているのか、シンプルなデザインながらなかなかいいセンスの制服だ。だが、ツインテールのヘアスタイルがマッチしすぎていて、中学生なのか高校生なのか判断しかねるルックスだ。

 「……………………いて」

 と、ずいぶんな間を開けてからそう言った。

 いやいや、その長すぎる間はなんなのかな……。ていうか本を読みながら歩くって今の世の中じゃ珍しい光景なんじゃないかな。

 時代はながらスマホになったと聞いている。

 「じゃなくて」

 彼女を見ると、いつの間にかトコトコと隣を抜けて歩いて行こうとしていた。ぶつかっておいて謝らないのかと思ったが、なにせ自分も不注意があったのだ。自分から謝っておくのも致し方ない。

 「あの、ごめんね。ぶつかっちゃって」

 そう謝ると彼女は本を閉じ、こっちに向き直る。

 「いえ、気にしないで」

 そう簡素に言うと、踵を返してアーケードを抜けていった。まるで最初から私が悪かったと言わんばかりの態度に、さすがに少しはムッとしたが、空腹がわがままを言うのでこれ以上は気にしないでおくことにした。

 

 「なんなの! あの女の子!」

 開口一番に、ブスリとフォークをサーモンのソテーに突き刺しながら淡雪は吠えた。どうどうとたしなめつつ、私もボンゴレパスタを口に運ぶ。

 結局私たちはあの女の子との後味の悪い接触の後、商店街の中にあるレストラン、と言うか喫茶店にて遅めの昼食としゃれ込むことになった。ちなみにこれは商店街で色々と聞いて回っていたところに、誰かがこの店をおすすめしてくれたからだった。店名はなんだかよく読めない言語で書かれていた。

 どういう店なんだろう……。

 モグモグとパスタを租借しつつ、考える。物思いにふけるのは、もう癖みたいなものだ。しかもこれはどこかしこと場所を選ばない癖なので、そのせいで色々と面倒事を引き起こしてしまったこともある。そう考えるとなんだかパスタにも悪い気がしてきた。

 「まあ冗談だけどね」

 「ねえ、聞いてる?」

 と、一人ぼんやりとクルクルとパスタを巻いていると、いつの間にか淡雪は私の隣に座っていた。

 この子は病人のくせに……。

 そこまで考えて首を振る。それは考えてはいけないことだ。彼女に対してそれを言うのは――いけない。

 わざとおどけた風を演じ、淡雪の言葉に反応してみせる。

 「ああ、ごめんごめん。聞いてなかった。ここのパスタおいしいねー」

 「……嘘ばっか」

 むすっと、明らかに淡雪は機嫌を損ねたような顔をしていた。所詮私の嘘はこの程度のものだ。それに。

 淡雪が私の嘘を嫌っていることも。

 「お姉ちゃんはあの子のことどう思ったの?」

 「そりゃまあ……」

 あまりいい気がしたとは言えない。まさか自分より年上なんてこともないだろうから、あの不遜すぎる態度に目くじらが立たないとは言えない。

 が、それも過ぎたことだ。わざわざ蒸し返すこともない。しかし、私の考えに納得できないのか、淡雪は相変わらず不服そうな顔をしていた。

 はは、気難しいな、私の妹は。

 それから二人で食事を済ませ、喫茶店を出る。時計を見ると、時間はそろそろ三時を指そういう頃だった。まさかのおやつタイム。

 「じゃ、行こっか」

 とは言ったものの。

 あれから商店街の人達に色々と聞いたには聞いたのだが……。残念なことに例の骨董屋を知っている人がいなかったのだ。さすがに最初は、ネットにも載ってるような店が地元の人間に認知されていないということには面食らった。

 マジかよ、みたいな。

 なんだか今日はイタチごっこみたいな日だなあ。

 と、うなだれていると。

 ねえと、声が聞こえた。

 まさか、この街に初めてきた私たちのことを知っている人がいるわけもない。だから顔を上げた時、その人の顔を一瞬誰なのか認識することができなかった。

 それでも判別がついたのは、言わずもがな妹の。的波淡雪の記憶力のたまものと言えるだろう。

 「ちょっとあなた、一体なんのつもりできたの?」

 と、半ば喧嘩腰で淡雪は彼女に問う。

 しかし、その淡雪の態度にもどこ吹く風と言わんばかりに、彼女は肩を竦め、その問いに彼女は答えた。

 持っていた大きな本から顔を上げて。

 「なんのつもりもなにも。私はあなたたちを案内しに来たのですが。お探しの骨董屋の女将から頼まれてね」

 そう彼女は、(こい)舞戦(まいいくさ)と名乗った女の子は言ったのだった。


 「ど、どうして私たちが骨董屋に用事があると思ったの?」

 まず私が最初に彼女に放った言葉は――質問だった。理由と言えば単純に疑問に思っただけだ。

 なぜ、と。

 その問いかけに、戦ちゃんはあっさり答える。

 「いや、これ。あなたが落としたものですよね?」

 そう言いながら、本の間に挟まっていた紙を私に差し出す。恐る恐るそれを手に取ると。

 「あ、これ……」

 その瞬間、なぜ彼女が自分たちの目的地に察しがついたのか得心がいく。なぜならば。

 「お姉ちゃん、これって」

 「うん。……これはあの地図だね」

 そう、戦ちゃんが差し出した紙切れは私たちが頼りにしていたアナログナビゲーション、つまり例の拙い筆致で描かれた地図だった。

 そりゃ分かるよ……。

 ていうかこれ、どっちにしても喫茶店を出てからも路頭に迷ってたね。

 見ればとうの戦ちゃんも呆れ顔だった。想像するに、さっきぶつかった時にでも落としたのだろう。これでは彼女に対して怒るのもお門違いな話しだ。

 しかし案内とは――こはいかに?

 相変わらず疑問符のついた顔をしていたからだろうか、ご丁寧にも戦ちゃんはことのいきさつを説明してくれた。

 時系列的に説明すると、

 私と戦ちゃんがぶつかる→あの後、戦ちゃんは私が地図を落としたことに気づく→私たちに地図を返しにきた。

 ……まあ、こんなところだろうなあ。

 素直にお礼を言っておくことにしよう。

 「あの、ありがとうね」

 「じゃあ行くぞ」

 え? 行くってどこに……?

 「だから案内すると言っています。《骨董 春宮》に」

 ずんずんと、私たちに構うことなく戦ちゃんは歩いていった。私も続くが、その前に。

 「ね、ちょっと待って! 妹が、体が弱いから。もっとペースを落としてくれたらなって……」

 すると、一瞬思案気な表情をする戦ちゃん。それから。

 「まあ、きっとアイツもそう言われたら配慮をするのでしょうね……。分かりました、ペースを落とします」

 「あ、ありがとう」

 そう言うと、戦ちゃんは見るからにペースを落として歩いてくれた。小柄な身長なのに案外小回りが利いて歩くのは速いのかも。と、そこで私は一つ彼女の言葉に食いついてみることにした。沈黙は気まずいからね。

 「ねえ、今言った中に出てきたアイツって誰のこと?」

 実に高校生チックな会話だなあと、自分で聞いておいて照れくさくなったのは内緒の方向でお願いします。

 まあ大体高校生の会話ときたら恋人とかなーと、そんな風に考えていたのだけど……。

 返答には正直度肝を抜かれたと言うか、なんと言うか。あれは、うん。度肝をくりぬかれた感じ。

 「ふむ……アイツのことですか。アイツは」

 しがない私の旦那になる予定の男だよ、そうつぶやくのだった。


 その時からして二時間ほど前。同じく移牒(いちょう)市内の私立習(なら)(くも)第一高校にて、放課後の二年三組の教室で急激な悪寒にぼくは襲われた。身震いする。

 う……なんだ、この嫌な寒気は。もう六月だと言うのに、ぼくの体は未だに春先仕様からシフトチェンジしていないと言うのか。

 「おい、常盤(ときわ)。筆が進んでいないようだが、ちゃんとやっているのか⁉」

 バシッと、竹刀を床に叩きつけ喝を入れる軒式(のきしき)教諭。この軒式教諭、話しに聞くあたりまだ二十四歳だと言うのだが、嫌なくらいに古風な教師だと言う触れ込みだ。女性ながら有に百八十はあろうかと言う身長、ボーイッシュなショートカット。まさに男勝りが服を着て歩いていると言った感じだ。ちなみに竹刀がやたら似合うのは小・中・高・大と剣道部に所属していたせいらしい。剣呑な話しだよなあ。

 「……今なにを考えていた?」

 「へ? いや、筆じゃなくてシャーペンですよってことなんですけど……」

 「ふん」

 叩かれた。面。

 「いてええええええ――――‼」

 額を押さえながら悶絶するぼく。これはことがことなら体罰じゃないのか……。

 いや、体罰だろ。

 「文句を言うひまがあったら手を動かすんだな。これじゃあ年が明けてしまうぞ」

 「ぼくはこの教室で年越しするんですね……」

 受験生でもないのに学校で年を越すって嫌すぎる。

 ひゅんひゅんと、竹刀を軽く振り回す軒式教諭。六月とは思えない穏やかな教室の昼下がりとは思えない光景だ、これ。

 ちなみに教室にいるのはぼくと軒式教諭のみ。こんな嫌なワンオンワンもない。ぼくはつい最近まで忙しくしていたこともあり、課題、レポート、宿題関係が未納だったのだ。

 故に放課後補習。

 担当の先生が女性だと聞いて、一瞬テンションが舞い上がったのだが、相手が軒式教諭では色気もあったものじゃなかった。テンションは下降の一途を辿ってくれました。ショボーン。

 仕方なく、カリカリとペンを走らせる。……まったく、ネイピア数は微分しても変わらないだろ。バカにするんじゃありませんよ。

 渋々ペンを動かしつつ、そう言えば今日は女将さんに呼ばれていたことを思い出す。この街で女将と言えば展開堂のおかみさんと、《骨董 春宮》の女将さんの二人だが、今回はもちろん後者の女将だ。

 春宮(はるみや)朽葉(くちは)。移牒市東区に、《骨董 春宮》を経営する人だ。まあ、表向きがそうであるだけで本職と言えばそれに名前を付けることは難しいだろう。

 あまり日の下を歩けるような仕事ではないから。

 この街には、日本――どころか、世界的規模で影響力のあるグループ。誰がそう名付けたのかは知らないが、『()(りゅう)連盟』の一角の中心がある。

 『人』の力、春宮(はるみや)相談所。

 『武器』の力、(なつ)(さめ)工房。

 『金』の力、千秋寺(せんしゅうじ)財団。

 『知識』の力、(ふゆ)(さき)研究室。

 これらを総称して、『四流連盟』と呼ばれている。当の本人たちがどう思っているかは知らないが、その力は絶対的とまで揶揄されるあたり、この四つの名が、いかほどのものか知れると言えよう。

 と、言ってもこれは百パーセント女将からの受け売りだが。

 幸か不幸か、ぼくはこの世界に関わってしまうことになり、今日も確かその関係で女将に呼ばれていたはずだ。確か――冬咲研究室が関わっているとかなんとか。

 まあ、それもこれもあの二重人格もどきのせいなのだが。

 「因果応報ってやつですかねえ……」

 「なにか言ったか常盤」

 「いえ、なんにも言ってません」

 そろそろ疑いの目でぼくを見るのはやめてほしい。これ以上そんな目で見られると人格が崩壊してしまいそうだ。

 良くも悪くも。

 人格崩壊に良いも悪いもあったもんじゃないだろうけど。常盤節だ。

 しかし、我ながらよくもこんなに補習課題を出されたものだと思う。一体ぼくのなにが悪いんだ……(ここらへんはほぼ八つ当たり)。五月はアイツの竹刀とじゃれてただけだし、原因が分からない。

 ガジガジとシャーペンの頭を噛んでいたら今度は小手に決められてしまった。もうこの先生はいっそ生活指導の先生とジョブチェンジでもしたらどうだろうか。聞くところによると生活指導の先生も、軒式教諭にはほとほと困っているらしい。

 キャラが薄くなるって。

 いやいや、メタメタしいな生活指導の先生。それともなんだろう、キャラクターが大事なポジションなのだろうか。昨今の教師業界に一石を投じるような、センセーショナルな話題だな。

 そんなの知ったことじゃないけど。


 「ぶはああ――――。お、終わった……」

 用意された課題の全てを消化し終える頃には四時を回っていた。もうこれを機会に不真面目な態度を改めるべきかと思ったが、決心と実行は似て非なるものだと諦めた。常盤嵐は諦めがいいことで有名だ。

 「まったく、普段からそうやって真面目に努めていればこんな目に遭わずに済むんだ。今後、注意するように」

 「了解です……」

 ブスリと最後に釘を刺され、ぼくの放課後補習はお開きとなった。ちなみに今日は学校側の事情で午前授業だったので、放課後も早かったからぼくはあんな目に遭った。まあ普段ならもっと遅くまで残されるし、これは結果オーライだと言えるかな。

 凝り固まった首筋をコキコキならし、うーんと思いっきり体の筋肉を解放する。やはり達成感って言うのは違うよなーと、柄にもなく思う。本当、柄にもなく。

 ペンケースを鞄に入れ、教室を出る。

 習雲第一高校は文武両道と言うよりは、どちらかと言え文。つまり勉強に力を入れている学校なので、部活動系の音は廊下に出たところであまり聞こえてはこない。

 まあ勉強に力を入れている高校だからと言って、ぼくは別に進学を希望しているわけじゃない。現状維持と言えば聞こえはいいが、つまるところの先延ばしだ。そんなぼくが教師陣に良い顔をされているとは到底思えない。

 ま、それはともかく。

 ケータイを見ると、メールの通知が一件きていた。メールの送り主は、あの骨董屋の女将からだった。

 おかしい……。ぼくはあの人にアドレスを教えた覚えはない。

 つまり。

 「アイツか……」

 はあと、今日何度目になるか分からないため息をつく。まあ、どの道行くつもりだったし、別段なにも問題はないのだけど。いや、さすがに自分とは無関係なところで話しが進んでいくって言うのはなんとも言えない気分だ。

 またかよ、的な。

 そんな鬱屈した気分で廊下を歩いていると、さっき教室を出て行ったはずの軒式教諭がいた。どうやら掲示板に張り出された張り紙を見ているらしい。

 夢中になって読んでいるようで、なんとなく興味が湧いたのでぼくも背の高い彼女の後ろから覗き見る。

 と、その瞬間。

 「誰だ!」

 「え⁉」

 軒式教諭は、そう言い放つと同時に、ぼくに裏拳を叩きこんできた。左足を軸に、流れるような対裁き。左手の拳の裏が、もろにぼくの右のこめかみを容赦なく削る。

 「ぐはっ――――!」

 「何者! ん? なんだ、常盤か」

 こ、この教師は……。「どこのスナイパーだよ!」みたいなツッコミをしたいのは山々だったが、痛すぎて口からなにも出てこなかった。

 「あのな常盤。音もなく人の背後に立つもんじゃないぞ。戦場じゃ一瞬の油断が命取りだと、アメリカの友人が言っていた」

 「だからと言って日本でその常識が通じるとは言えませんけど……」

 教師としては不要な技術だ。間違いない。

 こめかみを撫でながら、ぼくは軒式教諭がなにを見ていたのか尋ねる。まあ、この先生が見ているようなものなんてしょうもないもんだろう。

 「お前、もっと敬意とか礼儀とか学んだほうがいいんじゃないか……」

 呆れ顔で言われた。ほっといてください。

 「で、なんなんですか」

 「ん。ああ、これはな」

 まあ内容自体は実にシンプルなもので、いわゆる交通事故注意の張り出しだったらしい。最近交通事故が多いらしく、習雲第一高校界隈でも被害が出ているらしい。

 まあぼくには関係ない話だ。たかがトラックごとき、轢かれる寸前で避けてもおつりがくる。例外的にだけど。

 あんまり興味がなさそうに見えたのか、軒式教諭は付け加えて、

 「いや、それだけじゃなくてな。私の高校時代の友人に運送会社で働いているヤツがいてな。そいつが、自分の会社で事故を起こす連中が増えていると言っていたのを思い出したんだ。もしかしたら事故の原因はそいつらなのかもな」

 「はあ。でもどうしてその人たち事故なんか起こしてるんですかね。まさか運転が下手な人たちが運転してるわけでもないでしょうに」

 すると「チッチッ」と指を振る軒式教諭。

 なんだその古いリアクション。なにかにつけて古風と言う評判だったのかな。

 「簡単だよ。そいつはこうも言っていた。『ウチの会社は間違いなくブラックだって』な」

 「百パーそれが原因だ!」

 理屈もへったくれもあったもんじゃない。恐らく、ブラック故の勤務時間で、睡眠不足とかそう言った原因で事故が起きているんだ。

 居眠り運転じゃないか……。

 「ちなみにそいつの運送会社の名前は《焼栗(やきぐり)運送》ってとこだ」

 「あの火の中で燃えてる栗がトレードマークの運送会社ですね」

 少し早めの進路相談だ。あの会社だけには将来は就職するまい。偶然にもいい話しを聞くことができた。

 「ま、そう言うことだ。常盤も登下校には気をつけろよ。私の大事な生徒が死んだらその会社を潰さなくちゃいけなくなるからな」

 「一気に殺伐としちゃいましたね」

 まあそれは杞憂と言うものだ、軒式教諭。

 えらくぼくが自身ありげに大丈夫だと言うものだから、軒式教諭も訝しげな表情をしていた。ま、ぼくが車よりも新幹線より速く走れるなんて言っても信用してはくれまい。大体、これを知っている人間の方が少ないわけだし。

 

 

 「で、アイツは本当に展開堂のしょうもない菓子ばかりが好きなのだ」

 「へ、へえ」

 かれこれ一時間弱、私は戦ちゃんのノロケ話しを聞かされていた。正直最初は興味本位で聞いただけだったはずなのに、なぜだかノリノリで話し始めた。

 こんなはずでは……。

 みんな、誰しも一回くらいは経験があるかもしれない。私みたいに興味本位とか、なんとなく聞いたつもりでも一気に自分の世界に入っちゃう人。戦ちゃんはまんまそのタイプだった。

 しかし……。

 「ねえ、その」

 「む、どうしました。いいところなのですが……」

 会話の流れを中断してしまったことに、戦ちゃんは露骨に嫌そうな顔をしていた。そこはもうちょっと隠してもいいんじゃないのかな。まあ、それはともかく。

 「なんでアイツ、アイツって言うの? その、名前で呼んであげてもいいんじゃない」

 まあ、余計な老婆心だけど。ここまえノロケておいて、名前を呼ばないと言うのも変な話しだと――そう思っただけの話しだ。

 「むう、そうなのですが……。私にもよく分からないのです」

 「え?」

 そ、それは一体? なんだかよく分からない話しだなあ。

 「まあ、それもそんなに気にする話しです。アイツとて、それを嫌とは言わないでしょう」

 「そんなものなのかな……」

 経験がないだけに、その手の話しにはとてつもなく疎いのが私だった。「色恋沙汰とはこうあるべき!」みたいな基準が分からない。そもそも恋愛に基準なんてないかもしれないけど。

 テクテクと、私たち姉妹を先立って先導する戦ちゃん。背丈に対して、彼女は以外にも高校二年生だとのこと。さっき色々と聞いてみたところ、彼女はこの街の習雲第一高校の生徒らしい(制服の刺繍もそのためか)。

 ペースこそ落としてくれたものの、色々と商店街近辺の道のりは入り組んでいるようで、土地勘がなければ到底目的地まではたどり着けそうもない。

 まあそれは全部、戦ちゃんが裏道ばかり歩いているのが原因とは言えないよね……。

 そう、戦ちゃんは案内と言ったはいいものの、いきなり狭い道に入って行った。正直二人して面食らってしまった。淡雪に至っては、泣きそうな顔をしていたほどだ。ていうか普通に考えて、杖が必要な人間がいるのに裏道って。非常識と言うか、配慮がないうと言うか。

 頼ってしまった手前、彼女にいちいち注文をつけるのもはばかられた。そして現在に至るわけだ。

 さっきに比べて広いところに出たから、多分本通りに出てきたと言うことでいいのだろう。さっきの汚い(もう気にしない)地図の読み取れる部分と比較しても、どうやら表通りに出たと言うことでいいだろう。

 淡雪もこれで歩きやすくなる。彼女の方を見てみると、額は汗でびっしょりだった。息遣いも荒く、相当疲弊している。

 ハンカチで淡雪の額を拭う。

 「大丈夫、淡雪?」

 「う、うん、なんとかね……」

 傍から見れば、もう相当疲労している。にも関わらず、そう言えるあたりさすがだ。どこに出しても恥ずかしくない妹である。

 表通りは車通りが以外にも多かった。駅から離れて行けば車通りは少なくなると思っていたけど、どうやら移牒市は交通量自体が多いみたいだ。

 もう少し下調べをしていてばよかったかな……。

 三車線道路を走る車が排気をまき散らしている。こういう光景を見ると、不思議と環境問題とか考えてしまう。にべもない話しだ。

 「まだ話し足りないところだが、もう少ししたら着くな。裏道を通ったからすぐ着くと思う。ほら、そこの横断歩道を渡ればすぐだぞ」

 「裏道を使ったって言うのは確信犯だったんだね……」

 表通りを歩けばこの交通量だ、もしかしたら淡雪が事故に巻き込まれるかもしれない。きっと彼女はそう思って裏道を通ったのだろう。こう言い方は無粋化もしれないが。

 「不器用な優しさってやつかな。ふふ」

 「ん? なんです、私の顔になにかついてます?」

 「ううん。それより、ありがとうね戦ちゃん」

 「礼なんてされる覚えは……。これは女将から頼まれたからで、別にあなたに礼を言われるつもりでやったわけじゃ……」

 ぶつくさ言ってるが、どうやらまんざらでもないらしい。

 か、かわいいなあ。表情は一向に硬いままだけど……。

 戦ちゃんはもう横断歩道の前でスタンバイしていた。まだ赤信号だが、ここを渡ればすぐだし、そんな焦らなくてもいいのに。予定の時間は五時。まだ三十分以上もある。淡雪のスピードを考えても、余裕はあるはずなんだけど……。

 横断歩道は三車線道路なせいか、少し長いものだ。淡雪も疲れているし、気を付けて渡らなくてはいけない。

 戦ちゃんは本を読んだままで、大丈夫なのかな? 正直前見えてないと思うんだけど見えてるのかな……。私にぶつかったし、見えているとは思えない。でも、さっきから一緒に歩いているけどぶつかったことはなかったし……。

 よく分からないなあ。

 「あ、お姉ちゃん。変わったよ」

 と、ぼんやりしているたら淡雪に現実に引き戻された。

 ちなみに戦ちゃんはとは言うと、信号が変わった瞬間にはもう歩き始めていた。やっぱり見えてる?

 さておき、私も横断歩道を渡る。歩きながら気づいたけど、白のラインがかなり剥げていた。しかもそれだけじゃなく、細かいガラス片が光を受けてキラキラと輝いていた。まだ真新しいようで、最近ここで事故があったらしい。こんな幅のある横断歩道で車が突っ込んできたら、普通の歩行者は一発でアウトだ。

 「まあ、さすがにそんなことはないよね」

 と、そう思った時だった。よくある物語では、こういうタイミングでなにかしらのイベントが起きるものだ。しかし、大抵の人が自分の身にそんなことが起きるとは夢にも思っていない。

 だから、淡雪が転んだ時もそうは思っていなかった。まして。

 信号無視で、トラックが走ってくるなんてことも。それが自分たちをドラマに巻き込むような――イベントだとも。


 その瞬間は本当に刹那の瞬間だった。先に向こう側に渡っていた私と戦ちゃんは、すぐに気づいてもそれに対応することはできなかった。

 そもそも、今日の淡雪は普段よりも歩いていた。だから彼女の体に負担がかかっていると言うことは明らかだった。それに――私は気づいていたはずだったのに。

 「お――姉ちゃん」

 「あわっ……!」

 だが、そう叫んだ時にはもう遅かった。明らかに赤信号だったはずなのに。

 トラックが近づく。淡雪は杖を支えに、上体をぎりぎり起こしているだけだった。その目は、私を見ていた。必死に助けを求めて。

 その時、私の脳裏をよぎったものは。

 

 誰か――淡雪を助けて!


 グオオオオオオ――――と、トラックは法定速度を明らかに無視したスピードで道路を切り裂いていった。きっと他のドライバーたちも唖然としていたことだろう。まさか自分が事故現場に居合わせるなんて――それこそ夢にも思わないはずだ。

 排気ガスが晴れ、横断歩道が見える。

 嫌だ、見てはいけない。それは現実じゃない。否定しなくては――いけない。隣を見ると、相変わらず戦ちゃん本から顔を上げていた。しかし、さすがに事故現場を直視できるなんて大したメンタルだ……。こんな時にも関わらず驚いてしまう。

 すると、おもむろに戦ちゃんは口を開く。

 「そう言えば言い忘れていましたけど、この街には最速の男がいるんです。車や新幹線、戦闘機にも負けないスピードを持つ男が」

 「な、なにを言って……」

 改めて道路を見る。すると、そこにはなにもなかったかのように車が行きかっていた。

 あれ、どうして……?

 確かに今、目の前で事故があって、それで淡雪が――轢かれたはずじゃ。

 「いや、なんとか間に合ったな。それでもギリギリって感じだったけど。お、恋舞じゃないか。偶然だな、もう春宮さんのところに行ったのかと思ってたよ」

 そう彼は言った。三白眼で無気力、ぼさっとした髪。にも関わらず、明らかな意思を持った表情で。

 「そちらさんは? ああ、ぼくは常盤嵐って言うんだ、よろしく」


 

 「いやー、まさか本当に居眠り運転してるやつなんかいるんだな」

 わざわざ学校の前から追いかけてきたかいがあった。本当にトラックがスピードオーバーで走っていくトラックがあるのだから、冷や汗だった。

 ぼくの腕の中には一人の女の子。

 彼女の姉、的波(まとなみ)試験(しけん)が言うには彼女に妹らしい。ほっそりした体躯は病弱と言うよりは、むしろ儚げに見える。下手に力を加えたらポキリと折れてしまいそうだ。

 片や試験の方は、きっちりとした感じで、白のブラウスにプリーツスカート、肩でそろえられた髪。性格が見事に恰好に出ていると言った感じか。

 「あ、あの……」

 「ん? ああ、ごめん。はい、淡雪って言ったっけ。ちょっと気を失ってるみたいだけど、しばらくしたら目を覚ますと思うから」

 と、試験と二人やり取りをしていると。

 「……私にはなにもないのかな」

 恋舞からは恨めしそうな目をされた。なんで……?

 「お前は私の旦那になるのだから、私にも気をつかうものじゃないんですか?」

 「いや、お前はなにもなかっただろ」

 なぜ無傷のお前に気をつかう必要がある。そもそもお前はトラックごときに轢かれるような人間じゃないだろ。むしろトラックが可愛そうになる。

 「まあいいや。この二人が女将さんから案内しろって言われていた人たちでいいんだな、恋舞」

 「ええ、そうです。私がサボタージュにふけっていたお前に代り、案内していたんです。感謝しひれ伏せください」

 「そこまで言われなきゃいけないのか、ぼくは……」

 相も変らぬ暴君野郎だな、こいつは。

 ちなみに、ことのあらましを説明すると。ぼくは丁度学校を出たあたりに、学校の前を猛スピードで走り去って行ったトラックを見つけた。そのトラックが噂の焼栗運送だったわけで、もしやと思って追いかけた。すると、なんとそのトラックのドライバーが船を漕いでいた。ちなみに、この時点で今いる横断歩道まで三キロほど。並走しながらドライバーに呼びかけたが、目覚める気配はなし。そうこうしているうちにここまで来てしまい、轢かれそうになっていた淡雪を助けた、そんな感じ。

 まあ、最後はぎりぎりだったんだけど。正直肝を冷やした……。

 「え、え、え? ど、どういうことなんですか、それって?」

 「あーっと、その」

 口先だけの説明じゃぼくも表現しきれない。まあ、どんなスピードだよって話しだ。そりゃ返事にも困る。

 とりあえず笑ってごまかしておくことにしよう。

 「あははは」

 「なにを笑ってごまかしているんですか、あなたは」

 「………」

 仕方ない、今のこいつに説明しろと言ってもできないだろう。ここはやはり。

 「とりあえず女将のところに行こうか。きっと試験の知りたがってることも説明してくれると思うからさ」

 と言うことにしておこう。


 

 

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