主任がゆく(千文字小説)PART3
すみません、お題は入っていません(玉汗)。
松子は三十路を目前にした唐揚げ専門店に勤務する女性である。
その腕を買われ、新たに店舗を展開する大阪へと長期出張を命じられた。
第一日目を終えた松子は、新規開拓部の住之江博己に誘われて、夜の大阪の街に行った。
一人で旅行に来たら、絶対にホテルから出ない松子であるが、イケメン効果なのか、心がウキウキしていた。
「いらっしゃい」
住之江が立ち寄ったのは鉄板焼きの店だった。威勢のいい声で松子と同年代のねじり鉢巻をした女性が言った。
「やあ、愛ちゃん。今日は僕の先生をお連れしたから、サービスしてな」
住之江はその女性とは顔馴染みらしい。それより、松子はハッとする事があった。
(愛ちゃん?)
聞き覚えのある名前だ。
「住之江さんの先生て、どういうご関係ですか?」
愛と呼ばれた女性はにこやかな顔で松子に尋ねた。
「新しくできる唐揚げ専門店で、唐揚げを揚げるだけのオバさんですよ」
松子は微笑んで自虐ギャグを言った。愛は目を見開いて、
「そうなんですか? それやったら、ウチとことライバルやないですか? 住之江さん、そらないわあ」
そんな事を言いながらもにこやかだ。本気でそう思っている訳ではないのは松子にもわかった。
「足立さんの揚げる唐揚げは絶品なんよ。愛ちゃんも開店したら贔屓にしてや」
住之江は仕事場では関西弁ではなかったので、松子は新鮮な驚きを感じている。
(いいなあ、関西弁男子って)
ますます東京に帰りたくなくなる松子である。
「それやったら、住之江さんと足立さんもウチとこを贔屓にしてほしいわ」
愛は二人におしぼりを出しながら愛想よく言った。
松子は鉄板焼きを堪能した。横に住之江がいるのも忘れてケモノのように食べてしまった程だ。
そして、人心地ついた頃、松子は気になっていた事を訊いてみた。
「愛さんて、東京に光子って言う飲み屋仲間がいませんか?」
すると愛はポンと手を叩いて、
「いてます、いてます! 足立さんてどこかで見た事あるて思うてましてん」
愛は写真を持ち出して来て見せた。それは光子と松子が一緒に写っている写真だ。
ロードバイクで隅田川まで行った時のものだった。
「光子とはもう何でも話す友達ですねん。光子、足立さんの事、名前でしか言ってくれへんから、似てる人がおるなあて思いましてん」
「奇遇やね、共通の友人がおるなんて」
住之江はビールが回って来たのか、陽気に笑って言った。
松子は久しぶりにいいお酒が飲めた気がした。
ということでした。