狂痕
この物語はフィクションです
真実は霧の中
『立ち入り禁止』と書かれた黄色いテープの向こう側
久遠由莉奈は10年経った今でもその爪痕を残す『久遠海浜公園』に来ていた
抉られた砂浜、薙ぎ払われた家
砕かれた道路、消えた住民
久遠市でも放置され、見放されたその区画は10年前に発生した『久遠市同時連続怪死事件』の最初の現場である
事件が起こる前は夏場には人で活気あふれる場所だったが、見る影も無い
久遠はその傷付いた砂を踏みしめながら、“爆心地”に立つ
被害状況、死亡者の配置から判明した現象の中心地
「...公暁くん...」
10年前のあの日
何かが起きて、何百人もの人が死んでしまった
彼はこの場に居たのだ、両親と共に
そして、現象で全てを失って奇跡的に生きている
この場で何があったのか
あの瞬間、公暁結生は何をしていたのか
「(きっとあの時...うなされてた時に見てた夢は)」
この時の記憶かもしれないのね
と、振り返って帰路につこうとするーー
ーーと、こちらを見る人がいる
人に言えたものではないが余裕で黄色いテープを越え、ひしゃげて手頃な腰掛けとなっているガードレールに座っている女性
胸元が大きく開いたその格好が周りとは馴染めていない
それこそーー
「(私に言えた事じゃないわね...)」
と、自身の白い髪をいじくってそう思う久遠
そう思ってるうちに女性は立ち上がってハイヒールのまま砂浜に入ってきた
「...あなたが久遠由莉奈ちゃん?」
年頃の女子に「ちゃん」付けで呼ぶのはある意味馴れ馴れしい気がする
「えぇ、そうですけど...?」
この女性が警察官なら不自然ではないだろう
むしろ不自然なのは悠々と黄色いテープを越えている久遠の方だ
職務質問、みたいなことをされても文句はない
だが、彼女は違う
胸元が開いて男性を誘惑させる目的のドレスとハイヒール
パーティーの帰りみたいな格好だ
「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど...」
女性はまるで道に迷ったように話しかけてきた
それでも不自然な事に変わりないが、道に迷ったのだろうと
久遠も軽い気持ちでいた
地面から這い出た触手を見るまでは
「...なっ!」
「人を探してるのよねー、教えてもらえる?」
砂浜から飛び出してきた4本の触手は久遠が反応するよりも早くその体に巻き付いた
「っ...!」
「公暁結生って人なのよー、うちのボスが探してる人〜知らない?」
触れている触手の感覚
間違いなく使役者だ
「貴方は...!」
「自己紹介〜?言ってしまえば岬佐紀っていうの〜、破綻者の一人ね」
「やっぱり...!」
公暁くんを探してるのかーーと
予想以上に硬く、自力では離せれない触手に苦戦しながら思考する
ならば、ここでこの女性を倒す
公暁くんの元へは行かせない、と
「...アージェント!」
久々の登場
銀色の機械人形の様な使役者
銃火器を利用した中遠距離戦が得意とする
そして最も使っている装備
手首からのガトリング砲を構える
先に岬を撃つ手もあるがまずは先に身の安全から
「...地中に向けて撃てば...!」
ガガガガガガッ!!と強烈な銃声が響く
空を裂き地面を貫いて地中の触手を貫いていく
触手が千切れ久遠を縛る力が緩む
「んっ...はぁ!」
詰まるような息が正常に循環する
【アージェント】が地面を蹴り、その衝撃と【アージェント】と共に軽く20メートルは距離を取る
「おうおう、凄いじゃないのその銃弾、ガトリング砲の破壊力じゃないわね」
「...お褒めの言葉と受け取ります」
荒かった息を整えつつ、無意味な気がするが平静を装う
「褒めてる褒めてるーっと、けどおかしいわねー?」
岬は首をかしげて腕を組む
頭上に?のオブジェクトがぴったりだ
「...何がですか」
「何でそのまま私を撃たないのよ、あのまま撃ち続けたら私は防御に回らざるおえないわ」
「......」
そうだ、彼女の言うとおり
このまま撃ち続けたらかなり有利だった
相手の使役者の防御力は不明だが、【アージェント】の攻撃をまともに受け止めれるモノを久遠は知らない
少なくとも、岬の使役者の武器であろう触手もいとも簡単に破れた
防御力も高が知れている
必然的に回避に回らざるおえない
だが、ここで彼女を撃つと
「人殺しー?やっぱりガキだね〜、こっちはガチで殺す気なのにそっちのテンション低かったらつまんないぞー」
「...っ!」
想像したらできない
自らの手で人の命を断つなど
「...そんなに殺すのが嫌なら」
岬が一歩踏み出す、と
「死ね」
ドンッ!と音と共に
その20メートルの距離を僅か3歩で1メートルに詰めてきた
「あー、午後ティー美味いわやっぱり、ミルクだねやっぱり」
公暁結生はやけにスッキリした顔で自販機から午後の紅茶を美味しそうに飲んでいた
少年漫画的な友情に満ちた一方的な殴り合いで親友、篁深夜を屈服させたところであり
少し休もうと外へ散歩に出てるところである
「そーいや、久遠さんはなにしてるんだろ...随分遅いけどな...」
まだ時刻は昼過ぎ、これが夜だと心配だがまだ大丈夫だと、少々どころでない楽観視をしていると
「あー、君。ちょっといいかな?」
「はい?」
ふと、声をかけられる
見ると一人の男性が立っていた
背は高く、見るからに大人っぽいが若さが抜け切ってない雰囲気
灰色のコートにボサボサ頭
「『久遠市海浜公園』っての探してるんだけど」
公暁にとって彼、縫家花伊敷がタダのサラリーマンに見えたのはこの時が最後である
踏みつけられていた
頭を
押し付けられていた
砂を
「...んあっ」
一瞬の出来事だった
異常なまでの脚力で地面を蹴り、一気に距離を詰めた後、その脚で脇腹を蹴られ3メートル程吹き飛ばされたところである
「くっ...!」
勿論、岬佐紀がこちらへ向かう途中で迎撃はした
無意識でそのガトリング砲を放ったのを覚えている
しかし、避けられた
銃弾の速度も威力も把握されていた
「やっぱり、生身の人間の攻撃は予想してなかったようね、ちゃんと身体鍛えてるのー?」
踏みつけた脚に力を込めた
骨が砕けるような痛みが走る
「んっ...あっ!」
【アージェント】も思い通りに動かない
視界の端に見えたが、どうやら岬佐紀の使役者が【アージェント】の両手足を縛り付けているようだ
必殺の威力があるガトリング砲も動きを封じられたら使えない
「そろそろ私の“狂痕”も危ないし浄化させたいのよね〜、貴方の命を使うわね」
“狂痕”
聞きなれない言葉だった
岬佐紀が自分の首や胸の辺りにある黒い刺青の様な物を指しながらそう言う
「何よ...それ」
「あら知らないのー?、まさかこの使役者の力が全くの犠牲もなく使えると?」
意外そうな顔をされた
確かに、この使役者を使い過ぎる事が何らかのデメリットがないのではないかと思っていた
「一体、何が起こる...の?」
「あれあれー?君はここで私の為に死ぬんだし、そんな情報いらないよねー、ていうかさっさと死ね」
「んんっ!...ああっ!」
脚の力が強くなる
上からかかる重圧と地面からかかる抗力で挟まれる
必死になって岬佐紀の足首を掴む
だが、今の体勢から力なんて入らず脚を一ミリも動かせない
「ど...け!」
【アージェント】が手首のガトリング砲が回転を始める
狙いなんて定まらない、これは無意識の抵抗の一種だ
無駄だと分かっていても、暴れ出す
ドガガガガガガガガガッ!!!と周りに必殺の銃弾を解き放つ
放たれた弾丸は触れた物質を悉く爆砕していった
「ちょっ..!危ないわね貴方!」
【アージェント】の両手足を厳重に縛っているので岬佐紀のいる方向に銃弾が飛んでくることはまずない
だが、危険に変わりはない
「やっぱり怖いわ、ちょっとだけ本気で締めるわよ」
指をパチンと鳴らす
すると、地面がそれと呼応するように動き出した
「4本じゃ足りないからねー、茎も使わせて貰うわ」
地面の砂が盛り上がり、岬佐紀の使役者がその正体を表す
「薔薇...!」
2メートルはあるだろう巨大な花と刺々しい茎がいくつも絡み合っている
「名前は眠り薔薇、と呼んでるけど...割と本気に締めるから覚悟してね?」
2本の茎が鞭の様にしなって【アージェント】の首と腹部に巻きつく
「んっ!...痛...!」
棘の生えた茎だ【アージェント】の身体を突き破ってくる
痛覚を共有しているため、久遠の身体にも同時に痛みが走っていた
岬佐紀の脚を掴んでいた手が緩む
痛みでは終わらない、次に首を締められる事による呼吸不全
「がっ...!?...はっ...!」
「このままじゃ死んじゃうよねー、私って軽くSだからこういうの見てると興奮しちゃうわっ」
苦しい、と意識が支配される
死にたくない、と感情が弾圧される
死んでしまうかも、と思想が圧政される
こんなところで
こんな場所で死にたくない
「それじゃ、さよーならっと。来世でまた会いましょ」
一瞬、久遠の脳裏に映った彼の姿は誰だっただろうか
バキッと【アージェント】の首にヒビが入る
「イヤアアアアァァァァァッッ!!!」
咆哮、少女を守る銀色の機械人形が白い光を放つ
最早久遠由莉奈の意思はない
彼女を守るため、自身を守るため行動する
暴走
バキン!と【アージェント】の背中のパーツが分離した
分離したパーツは均等な大きさにさらに12等分されていく
12の牙は【アージェント】の周りを自由自在に飛び回った
「これは...!」
岬佐紀の反応があと数秒早ければ、結果は変わっていたかもしれない
12の牙は不規則で直線的に飛び回る
自由自在、何物にもとらわれず
音の壁を越え、空を裂く
その全ての牙が【アージェント】を縛り付ける触手と茎を粉微塵に“貫通”した
「なっ...!」
もう少し早く気付ければよかった
岬佐紀が久遠由莉奈から離れ、防御しようとした時には
12の牙が岬佐紀と【眠り薔薇】を貫いていた
どのくらいの時間、気を失っていたのだろう
「ゲホッ!ゲホッ!畜生...ガキの癖に...!」
急所は外していた
というか、岬佐紀自身には掠った程度にしか当たっていなかった
だが、牙のその数と速度
腕や脚がくっついていたのは奇跡だろう
「はぁ...はぁ...!」
久遠由莉奈も今まで使った事もない大技に精神的疲労もきていた
今となってはガトリング砲を撃つのも難しい
一発二発ほどがむしゃらに殴るぐらいしかできない程疲労がきている
「...そっちは、終わりみたいね...」
立ち上がったのは岬佐紀だ
彼女の背後には12の牙でメチャクチャに穴が開けられ、使える触手が3本程しかない【眠り薔薇】がいる
いくらダメージがデカイとは言え、最終的に生き残っていれば勝ちだ
ただでさえ格闘戦が苦手な【アージェント】に勝ち目はない
触手が久遠に襲いかかる
「はァ!...んっ!」
【アージェント】の腕で触手を二回払う
が、そこで終わり
頼みの綱は霧のように海風で消えていく
これで勝利を確信したのだろう、岬佐紀の顔が笑い出す
「...これで、終わりよ!」
その触手が振り下ろされた
勝負が決した
...筈だった
横合いから2トントラックが突っ込んできたのだ
それが3台程、この辺りの瓦礫のものだ
そのトラックが【眠り薔薇】の触手3本を踏み潰した
「はい、しゅーりょー」
ぱん、ぱん、とヤル気の感じられない拍手と共に一人の男性が割り込んできた
灰色のコートにボサボサ頭
大人っぽいが若さが抜けきれてない雰囲気
「お二人さんよー、こんな不吉な場所で暴れなさんなよ、俺さんは花を手向けにきたのにさ」
そういうと手に持っていた花束を無造作に投げ捨てた
「...誰だ」
先に口を開いたのは岬佐紀だ
絶好のチャンスを見ず知らずの男に潰され見るからに怒りに満ちてる顔になっている
「『特者関』、人口使役者技術研究部、人口使役者研究成功体、被験者No.3、縫家花伊敷ですよ」
とにかく、噛まずに言えたのは凄いと思う
全く分からない単語を並べられて岬佐紀も怒りが収まらない様だ
「テメェ...!何の用だ!」
「君のボスとそこで倒れてるあの子のお友達に様があるんだ」
「雨宮さんと...公暁結生にか!」
「そ、二人とも正解〜」
飄々として掴み所がない男だ
その性格のお陰か、益々怒りを増す岬佐紀
【眠り薔薇】の触手を操った
「邪魔だから...寝てろ!」
縫家花の首へ2トントラックに下敷きにされていた触手を引き抜いて襲い掛からせる
不規則な攻撃、鞭打って目で追えない速度で首を狙った
「そんな酷いことしないでくれよ、僕だって人殺しはしたくない」
全く変わらない調子で答えている
ダメージがあるとは言え、岬佐紀の全力の攻撃を“避けた”
軽く二、三歩歩くだけで全て
「...なっ!」
「ごめんね、破綻者のメンバー岬佐紀。これ以上邪魔するなら君を殺さなきゃいけない」
一歩、また一歩と近づいてくる
先程から自分の全力をいとも簡単に避けている男から「殺す」と言われた時の感情は
一体何だろうか
「ごめんね、これが俺の義務なんだ」
すると、縫家花から使役者が出現する
まるで神話の絵に登場するような天使みたいな
背丈は縫家花の半分程の大きさの使役者だった
「無重力、頼んだよ」
【無重力】と呼ばれたその使役者は縫家花の身体をポンポン、と叩く
「何を...している!」
【眠り薔薇】の触手が地面ごと縫家花に襲いかかる
触手は上から貫くように縫家花の上に降ってきたが、縫家花の身体が触手に触れる瞬間に僅かに動く事で避けた
だが、地面に突き刺さる衝撃は砂ごと縫家花を空中に巻き上げた
「おっと、これは凄いな」
「空中なら...避けれねぇだろうが!」
触手は突き上げるように空中の縫家花へ飛んでいく
岬佐紀は方向転換もできない空中でなら神業の避けもできないと思っていた
「...残念、そうもいかないんだよなーっと」
またしても、空中で避けられる
何度攻撃をしても、当たらない
逃げられる、絶対に狙っている、ここまで異常な状況だと逆に冷静になる
しっかりと狙いを定めているのに
「じゃあ、そろそろ行くか...な!」
トン、と空中の縫家花は【眠り薔薇】の触手を蹴った
本来足場になんてとても難しい筈なのに
蹴った衝撃での回転蹴り、岬佐紀に叩き込んだ
「んぐっ...!」
「悪いけど、終わらないよ」
岬佐紀の顔面に3発、拳が打ち込まれ岬佐紀の顔が歪む
顔面に続いて腹部や頭部へ
普段ならどうにかなったかもしれないが、今はダメージが大きく攻撃を避ける事もままならない
直後の足払い
「な!?」
「これで最後だ」
バランスを崩し、視界が後ろへ倒れていく
岬佐紀の視界に縫家花の使役者が2トントラックを簡単に持ち上げてるのが見えた
この後、自分が如何なるのかを理解し
不幸にもそれが数秒後に実現してしまったのである
「君、大丈夫かい?アージェントの使い手久遠由莉奈くん」
「何で私の名前を...?」
傷のあるところに絆創膏を貼ってもらいながら久遠は首を傾げた
戦いも全て終わり、冷静になったところで気付いた
やけにいろいろ知ってそうな男
縫家花伊敷とは一体どんな男なのか
「必要以上の事は言えないよ、僕は君の友達の公暁結生と破綻者のボスに興味があるのさ」
「公暁くんに...?」
この一連の出来事に、所々公暁結生の名前が出ている
一体なんなのだろうか
「お、オイ!大丈夫か!?」
縫家花が現れた方向から再び声がしてきた
久遠と縫家花が振り返った
久遠にとっては聞き慣れた同居人の声
「久遠さん!大丈夫?」
「だ、大丈夫...ちょっと怪我しただけだから」
駆け寄ってきた公暁結生に少しだけ恥ずかしそうに顔を赤くしてる久遠
白い肌だから赤面してるのがよく分かる
「あれ、あんた...」
「...【原初】の片割れ...再生の因子存在を確認...」
縫家花は公暁の顔を見るとそう小声で呟いて立ち上がった
公暁に用があった筈なのに、何も話さず
「ヤレヤレ、気を付けてね久遠ちゃん。あんな大技使ってたら“狂痕”が現れちゃうよ、公暁くん彼女を頼んだよ」
「あ、あぁ...って何で俺の名前を...」
縫家花はそう言って、掴み所がない雰囲気のまま立ち去ろうとする
その一言で思い出した
“狂痕”
「その...“狂痕”って一体何ですか!」
久遠はその背中へ問いかけた
縫家花はその場で立ち止まり、振り返る
そして小さく呟いた
「君達...いや、僕達の限界を表す存在だ。多少の回復はできるがね」
そう言うと横転している2トントラックの所へ
先程まで戦っていた女性が眠っている場所でもある
そこで何かを拾ってポケットへ
「...今日のうちにでもシャワーを浴びる時に探してごらん、君の肌は綺麗だしすぐ見つかるかもしれないよ」
そう言って縫家花は自分の袖をめくって己の腕を久遠達に見せた
黒く染まった腕、皮膚の下から染められてる様な
「それは...」
「知りたかったら僕のところへおいで、どこでもいるよ」
そういうと縫家花伊敷は風景と溶け込むように何処かへと消えていった
二人はその背中を見つめることしかできなかった
第六話、完
皆様こんにちわこんばんは在処です
今回、何やら謎を残して終わっちゃいましたね
よく分からないキーワードが幾つも出てきて大変でしょうか?
私の方もできるだけ分かりやすく書くので、よろしくお願いします!
また別の作品もありますので、そちらもどうぞ読んでくださいね
次回「悩める少女」お楽しみに