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2-1

 妹の悠妃(ゆうひ)が四年制の大学に進学してからも、わたしは毎日、勤務先と自宅との往復という代わり映えのない生活を送っていた。

 短大を卒業してすぐに就職してから早四年目。誕生日を迎えれば二十四歳になるわたしに、両親がとんでもない事を言い始めたのは最近の事。

「お母さんが麻妃(あさひ)の歳にはもう、お父さんと結婚していたのよ」

だの、

「今は結婚適齢期がないとは言うけどな。やはり親としては人並みに嫁に出してやりたいし、孫の顔も見たいんだ」

だの、まあ気持ちは分からなくもないけれど、はっきり言って余計なお世話だ。

「孫なら、もうすぐ兄さんのところに生まれるじゃない」

 結婚を機に家を出たとは言え、兄夫婦は徒歩でも十分で行ける程度の場所に住んでいる。わたしが家を出れば、同居も考えているらしい。それは結婚前から兄嫁も納得しているし、勤めを続けたい彼女にとっては、その方がありがたいくらいなのだそうだ。

「家から通う方が楽だけど、もう大学生なんだし、わたしが一人暮らしでもいいよ」

 という妹の意見は、末っ子可愛さに両親が反対している。社会人のわたしなら生活費くらい自分で賄えるがまだ学生の妹では親が負担しなければならないという経済的な理由もあるだろうが、兄もそれには同意見らしく、

「とりあえず麻妃が片付けば部屋が空くし、悠妃がいても同居できる」

なんて言い出す始末だ。結婚を口実に厄介者であるわたしを追い出そうとしているのが見え見えで、実の親兄弟でありながら辟易してくる。

 昔から我が家では、初めての子供で長男の兄は跡取りとして期待され、末っ子の悠妃は少し年が離れている事もあってとにかく甘やかされて育てられた。間に挟まれたわたしは、それでも初めての娘という事で可愛がられてはいたのだが、五歳の時に妹が生まれてからは格段に扱いが軽くなった。別に虐待を受けたとか虐げられていたわけではなく、上と下に比べ向けられる興味が極端に薄かったと言う程度なのだが、祖父母でさえも眉を顰めるくらいには差があった。しかし問題は、両親がそれを自覚していないという事にある。見かねた祖父母に諫められようとも、彼らにその意識がないのだから改めようがない。彼らはなぜか、わたしと妹には分け隔てなく接しているつもりでいるのだ。

 確かに妹は甘え上手で可愛げがあるし、しっかり者の兄はとても頼り甲斐があった。兄にとって妹は二人いて、歳が離れている分小さくて頼りない末妹を庇護していただけの事だ。とは言え、妹にとっては、兄と姉が一人ずつ。男である兄には相談できない事も、同じ女であるわたしには言えるらしい。だからわたしにも良く懐いて甘えてくれているのだけれど、どうやら兄にはそれが面白くないようだ。

 国立大学に現役合格してさらに国家公務員II種試験にも合格した兄は、見事に両親の期待に応えた。期待と言っても重圧になるほどのものではなく、できるだけいい大学に行って安定した職業に就いて欲しいといった程度のものだ。

 わたしと妹は女だからという理由で結構自由にさせて貰っていたけれど、家計の都合でできれば二人とも公立高校に進学して欲しいと言われ、その期待には応える事ができた。ただ、わたしはお世辞にも勉強が好きとは言えず、成績もそれなりだった。妹は飲み込みが良く、わたしと同じだけ勉強しても、わたしよりも上の成績を取る事ができた。そう言った意味では妹の方が、両親の期待に応えられているわけだ。

 それなりの成績でも入る事ができる短大に進学したわたしは、相応の中小企業に就職した。この不景気なご時世、就職口が見付かっただけでも十分だと言ってくれた両親だが、本当はもっと大きな企業か地方でもいいから公務員になって貰いたいと思っていた事を知っている。

 妹は、身内の贔屓目を差し引いても可愛い。外見が平凡なわたしと比べるまでもなく、さらに甘やかされて育ったため多少我が儘なところもあるが、思いやりがあるいい子だ。妬んでも僻んでも仕方のない事だと、この十八年間で嫌と言うほど思い知らされた。だからって、さっさと嫁に行けとでも言いたげな、いや実際言外にそう言っているのようなものなのだが、そんな両親と兄からの仕打ちを甘んじて受けなければならないわたしは一体何なのだろうか。そう思っても何も言い返せない自分が情けない。

「二十三でお嫁に行かなくちゃならないんだったら、わたしは大学を出てすぐに結婚相手を探さなくちゃならないわけ」

 ただ一人両親に反論したのは、他でもない妹だった。

「いや、悠妃はそんなに急がなくても、部屋は十分にあるんだから」

「せめて三年くらいは社会勉強してからじゃないと、ねえ」

 などと両親が宥めていたけれど、就職して三年経って既に二十三のわたしには早く出て行けと言うのかと、そこからまた汲み取ってしまう自分が嫌になる。

「お姉ちゃん。お父さんとお母さんの言う事なんか、気にしちゃだめだからね。兄貴なんて、義姉さんの事しか考えないで勝手な事ばっかり言っているんだし」

 などと、妹に慰められてしまうくらい情けない事もないだろう。

「もう、いいよ。とりあえず一人暮らしでも。わたしがここを出れば気が済むんだろうし」

 既に諦めの心境に至っているわたしは、さすがに結婚相手よりもまず当面の間の住居を探す事にした。幸い実家暮らしという事で、この三年間で多少の蓄えはできている。もちろん妹は反対しているけれど、これ以上ねちねちと言われ続けるのは苦痛以外の何ものでもないのだ。

 長い年月をかけて受け続けた扱いは、わたしの心に無数の傷を刻み込んでいる。だからと言ってこの家を出ようなんて、今まで不思議なくらいに考えもしなかったのだが。

 そんなやりとりがあった最初の週末、突然わたしの部屋に兄が訪ねて来た。お客らしい男性を一人伴って。

「何事なの」

 まさか勝手に結婚相手を探してきたと言い出すのではないかと身構えたが、さすがにそれは杞憂だった。ただ、別の意味で顔を顰めずにはいられなかったのだが。

 そのお客は、両親と兄が同居時の使い勝手が良いようにと部屋の改装を依頼した、工務店の人間だったのだ。

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