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06.「…お守りです。」


「姫さま、もう少しの辛抱ですから、動くのは我慢して下さいませ。」


 今日は朝から、城に居る誰もが大忙しだった。仕える者たちは会場の準備に追われ、騎士は警護に余念がなく、王家の人々は式典に備えている。


 かく言う今日の主役もそうだった。が、いつにも増して機嫌が悪い。それも慣れたようにアニーはスルーしていた。


 今はコルセットをきつく絞められ、いつも細いその腰がさらに細くなり、胸が強調されている。マリアンヌにドレスを奪われてしまったために第二候補の白いドレスに身を包んでいるが、それがあまりに似合っているため侍女たちは始終ご機嫌だ。


 しかし、さっきから誉めたたえられているその美貌の持ち主は、鏡に映る不機嫌な自分と対面していた。

 髪を複雑に編み込まれ、見事な見栄え。いつもなら幼さが残っているのだが、濃く化粧を施され、その面影は全くなくなっていた。これならば、誰もが振り返ってしまうほどの美女だ。


 ―――世の中って、ハッタリが通用するのね。姉さまも大概化粧が濃いけど、今の私もいい勝負だわ。


 こう思っているにも拘らず、彼女は完全には気付いていない。マリアンヌの化粧がどれほど洗練され、すっぴんの顔が想像できないほど造顔されているのか、を。


 本来の顔つきこそ美しいのだが、マリアンヌはそれが気に食わず試行錯誤して今の化粧の方法を身につけていた。最近まで化粧など一切していなかったリリアナに比べ、マリアンヌは常に努力してきたのだ。だからこそ、女性として誇りを持っている。その努力は称賛に値するだろう。


 それに比べて、女性として身の回りを美しく整えようとする努力をリリアナは怠っている。それは昔から姉にいろいろと吹き込まれた所為でもあるのだが、元来自分の興味があること以外には億劫な性質なのだ。


 コルセットなど着けずに白い簡素なワンピースに身を包み、踵の無い靴を履いている彼女にとって、今の格好は面倒以外の何物でもない。しかし、今日だけはそれを拒否することが出来ずに、着せ替え人形のようになっていた。


「本当にお綺麗ですわ!」


 もう何度目になるだろうかと言うアニーの感嘆を漏らす言葉に、もっと顔をゆがめる。それは、鏡に映る自分が大人びて見えるのではなく、意図的に大人に手を伸ばして上手くいかなかったように見えて滑稽だからだ。

 付けられた赤い紅が姉を彷彿とさせる。自分もああなるのだろうか。リリアナにとっての不安はそこだった。


 姉は社交的で、常に笑みを絶やさない。嫌な事も顔には出さず、見事な技で遠ざける事が出来ていた。一方のリリアナは、深く人には関わらない。嫌な事はすぐに顔に出すし、人にそれらしく明るく振る舞い続けるのは苦手だ。


 ―――今日の夜、格好がいくら変わっても、中身が伴っていないことを沢山の人に曝すんだわ。

 おそらくなれそうもない、社交的な自分を想像し、嘆息した。


 その時、ノック音。それから、急ぎ足でアランが入室してきた。彼は騎士としての正装をしている。黒の衣装に身を包み、見事なほど立派だ。そこにいた誰もがため息を溢したほど。

 リリアナもため息をつきかけ、はっと意識した。自分がアランに見惚れるなど、本人に気付かれたくない。鏡に映ったアランから目を逸らし、リリアナは別の方向へと目を逸らした。


「姫さま、時間でございます。」


 丁寧に礼を取ってみる様は、本当に逞しく、そこにいた侍女たちはまた嘆息を溢した。

 わかりました、と告げて立ち上がる。慣れない靴のために足元がふらついたが、差し伸べられたその手を取ることはなかった。

 侍女たちをそこに残し、アランを引き連れて歩く。歩を進めているその先は、王の間だった。


 扉の前に付き、深呼吸をする。いつもなら父と会うのは別の部屋だ。しかし、今日はそうはいかない。

 王の間に人を招待し、リリアナの披露と共に成人の儀を行う。その後でバルコニーへと姿を現し、国民への披露目となるのだ。今日のスケジュールは目まぐるしい。分単位で刻まれていた。


 目の前の扉を開くことは、すなわちその始まりを意味する。それより一日中、気を抜くことが出来ないのだ。


 ―――気が重い、と言う言葉が、見事に当てはまるわ。出来る事なら開けたくはないわね。

 扉と睨めっこする。開けようとしないリリアナにアランから声が掛かった。


「分かっているわ、開けるわよ。」

「いえ、そうではありません。…これを。」


 後ろから手が伸びてきて、抱きしめられると思うほど近くに体温を感じる。リリアナは一瞬固まって、何が起こっているのか分からなかった。


「…お守りです。」


 離れて行った。ようやくほっとすることが出来たリリアナは、自分の鎖骨辺りにある冷たい感覚に手を触れた。

 そこにあったのは、ピンクの石がついた小ぶりのネックレス。


「貰えないわ。」


 ―――だって、あなたと兄様から頂いたネックレスを、私は守れなかったのだから。

 咄嗟に拒否する。思わず顔をしかめてしまったのは、姉にネックレスをかすめ取られた時のことを思い出したからだ。抵抗すら出来なかったことを悔やんでいる。


「アルキナスさまから聞きました。マリアンヌ様に盗られたネックレスのことをまだ想っていると。」


 その通りなのだが、こうも容易く言い当てられてはバツが悪い。リリアナはそっぽを向いて、ええそうね、とだけ言った。


「ピンクオパール、と言う宝石だそうです。アルキナスさまの命により、恐れながら私が選ばせて頂きました。気に入っていただけると何よりです。」


 小ぶりのネックレスは洗練されていてとても美しい。くすんだ金のアンティーク調でありながら、細く小さいチェーンは今のリリアナにとても似合っていた。


「わかったわ。お守りとして、付けておく。」


 ありがとう、と言う言葉は飲み込んだ。嬉しくて、浮足立ってしまいそうな自分を押さえるのに、リリアナは苦労した。だからか、返事の声が嫌に低い。それを聞いた彼の、張り付けた笑顔が少し歪んだ。そんな彼に視線を向けないリリアナは、それを知る由もなかった。


 一度深呼吸してから扉に手をかける。その小さく白い手は震えていて、緊張の度合いを示していた。

 ノブを捻ろうとした瞬間、扉付近にいる人の小さな話し声が聞こえてくる。


「マリアンヌ様は、今日もお美しい。あのドレスを着こなすとは、流石の美貌と言ったところか。」

「ああ、それにくらべて、今日の主役の白の姫君はどうなのだろうな。一度だけ遠目に見たことがあるが、簡素でパッとしない町娘のようだった。」

「しっ、口を慎め。誰が聞いてるか分からないぞ!」

「ああ、わかってるよ。だけど、お前もそう思うだろう。」

「…ああ。」


 ―――これが私の正当な評価なのね。

 嘲笑気味に、思考を巡らせている。言葉が突き刺さった半面、事実ゆえに否めないのが肩を落としている原因だ。


 最初から予想していた通り。自分には表舞台など似合わないのだ。


「あのような言葉、お気になさらず。」


 アランの言葉に、苦笑いしか零れない。

 ―――あれこそが正当な評価だもの。それに、姉さまが言っていた言葉も当たっていたわ。


 マリアンヌの言葉とは、リリアナのドレスを奪った時の言葉。

“―――リリアナなんかに着られるよりも、わたくしが着た方が何百倍も美しく見られる”


 今日の朝、あれに身を包んでいる姉を見た時、リリアナは確かに美しいと思ったのだ。そして、自分なんかよりも数段似合っていると、落胆した。


 リリアナは曖昧な笑顔を残して、王の間に入る。その時の愁いを帯びた笑顔は、皆の目を一際引いた。

 彼女の目に姉が映る。本当に麗しかった。

 しかし、彼女は気付いていない。皆が姉を捉えていた目の全てが、自分を捉えていることなど。


 リリアナは普段着飾っていなかった分だけ、その変わりぶりにみんな呆然としている。そして、元々素材が良かったことに気付いたのだ。そうすれば、魅了されないはずがない。男性陣も女性陣も一向にリリアナから目が離せなかった。

 そして彼女に付き従う麗しい騎士。絵画にしたらどれほど素晴らしい絵になるか。そこに居た誰もが眼福を味わっていた。


 その一方で、マリアンヌは美しく引かれた紅を気にすることも出来ず、唇を噛み締めていた。

 その苦痛に満ちた表情はそのうち憎悪に埋め尽くされ、人知れずマリアンヌの心はひとつのことを決心する。今までが甘っちょろかったのだ、と、心は業火で燃え盛っていた。


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