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05.「ずっと一緒にいてね」


「リリー!」

「アラン!今日も来てくれたのね!」



 二人の関係が変わり始めたのは、リリアナが8歳、アランが15歳の時だった。


 その時はまだアランはリリアナのことを愛称で呼び、二人が手を繋いだり共に笑い合えていた。アランがリリアナに対しての接し方が変わったのは、リリアナの才能が見つかった、その日だった―――



******



「しっ、静かに。」


 黙るようにポーズを取られ、リリアナは両手で口を押さえ、コクコクと頷いている。アランはその姿を微笑んで見ていた。


 今二人は城を抜け出そうとしている。それはリリアナが生まれてから一度も城から出たことがなかったからだ。


 二人は息を顰めて裏口の茂みに隠れている。人がいなくなった瞬間に荷運びの馬車に掛け込み、発車するまで息を顰める。

 それが城から遠のき城下に入った時、二人は馬車から飛び降りて石畳の上に着地した。


「すごーい!アラン、私今すごくドキドキしているわ!」


 頬をピンクに染め、高揚している気持ちを満面の笑みで伝える。それほどまでに貴重なできごとだった。


「リリー、1時間だけだからね。それと、俺の手を離してはいけないよ。」

「うん!」


 リリアナはアランを見上げ、繋いでいたその手をギュッと握り返した。

 見るものすべてが目新しい。彼女はあれこれアランに聞いて回った。そんなリリアナに、彼は一つ一つ丁寧に説明する。それをキラキラとした目でリリアナは聞いていた。


 ―――こんなに美味しい物があるなんて!


 彼女は串焼きを手にしていた。

 それが何かは分からないが、初めて立ったまま手に掴んで食べていること、温かいものを食べられることが嬉しい。温かいものを食べるのは、彼女にとって初めての経験だった。


 リリアナは正妃の娘。政治的に左右されやすい位置にいて、命を狙われてもしかたない立場だ。だから、常に誰かに守られ、食事にも毒味係がついている。

 まだ幼いリリアナには理解できないが、冷たい食事をとるのが普通ではないと知ったのはこの時。父が治める城下町で何も気にすることなく温かいものを口にした時だった。


「アランはよく街にくるの?」

「どうしてそう思うの?」


 質問に質問を返される。意図的にそうなったわけではないようだから、リリアナは当初の自分の質問を忘れて答えた。


「アランはここの空気に馴染んでる。」


 子供が言うことはたいてい当たっている。そんな経験は誰にでも当てはまるだろう。

 アランもまさにそれだった。リリアナは何気なく言ったが。


「うん、俺はよくこの辺りに来るよ。流石リリーだ。俺のことをよくわかっているね。」


 頭を撫でられたリリアナは嬉しくなってニッと笑う。その口の回りに串焼きのタレがついていて笑われているのには気づかず、肩を震わせているアランを不思議に思った。


 それから二人は見物しながら、仲良く手を繋いで街中を歩いていた。もちろん口の周りはきれいに拭いてある。アランに注意され、リリアナは顔を真っ赤にさせながら拭ったのだった。

 串焼きを食べる前のようにあれこれアランに聞いて、丸い目をさらに丸くさせ、笑顔を見せながら歩いている。そんな二人は見事なまでに町に馴染み、仲の良い兄妹に辺りには映っていた。



 そんな楽しい時間が過ぎるのはあっという間。すぐに約束の一時間がきてしまった。


 リリアナは帰る時間だと言われて、俯いてしまう。それほどまでに、はじめてきた町は印象的だった。そして、たった一時間だというのに、お気に入りの場所になってしまっていた。


 渋って項垂れるリリアナを、アランは優しい表情で見ている。彼女はそれに気づかない。

 しばらく黙って、考えていたことを口にした。


「アラン、私はダメな子?いらない子?」


 何を言うのかという彼に、リリアナは正直に言った。


「…ねえさまが。ねえさまがね、私は見た目も魔法も普通以下で、劣った子だから、オヒメサマには相応しくない、って言うの。ねえ、そうなの?」


 実は、マリアンヌのリリアナに対する暴言の数々は、この時から始まっていた。その事実が周囲に知れ渡るのは、もっと後になってからだ。それまでは、アルキナスでさえ知らない。


「リリー、お前はいい子だよ。お姉さまが何を仰っても、気にするな。リリーが良い子だという事は俺が知っている。彼女の言葉に惑わされそうになったら、俺がいつでも本当のことを言ってあげるから。」


 本当かどうかを何度確かめてくるリリアナに、アランは苦笑して本当だという言葉をかける。そして、こんな小さな子に何を言い聞かせているのか、と第一王女を不審に思っていた。


「いつでも言ってくれるのね!じゃあ、ずっと一緒にいてね。」

「ああ。さて、リリー。もう少しで王城だ。陛下が待っているから、帰ろう。」


 実は、お忍びと言う名の、許可を貰った外出だった。護衛の騎士が二、三人尾行しながら二人を見ている。それを知らないのはリリアナだけだった。

 と、いうのも、彼女が城から抜け出してみたい、と言ったからだ。それを聞いた陛下は、我が子の可愛さにデレデレしながら許可を出したのだった。


 そうとは知らないリリアナ。楽しめたのであればそれでもいいのだろう、とアランは思っていた。

 

 その時―――。


「賊だ――――っ!」


 叫び声と騒がしさが、街中を覆い尽くしていた。


 この国は平和が謳われている。それは、魔法があるからだ。しかし、国民が良くとも、周りが違うのであれば、そうもいかない。山々に囲まれているここには、賊が出る事がある。他国から流れてきた者たちで、この国の豊かさに目をつけた者たちだった。山々に囲まれているため、侵入がたやすいのだ。


 タイミングの悪さにアランは舌打ちし、リリアナの腕を勢いよく引っ張った。とにかく、リリアナだけは早く城に戻そうと考えたのだ。


 それは、護衛の騎士も同じだった。


「リリアナさまを早く城へっ!」

「ノーマにデレク。どーしてここにいるの?」


 おっとりした姫さまに騎士二人は少々力が抜けそうになるが、状況を把握しようと辺りを観察していた。その間にもアランはリリアナの腕を引き、城へと向かおうとしてる。


 二人の騎士は並走しながら辺りに気をめぐらせ、阿鼻叫喚となっている者と賊とを区別をしていた。


 だが、不運な事が起こってしまった。

 狭い路地から、賊が出てきた。騎士が連れ添うその人。それが分からないほどバカじゃない。守られているその女の子を、ただの一般人ではないと判断したようだ。


 薄汚れた衣服に身を包んだその男は、ニッと笑い、剣を引きあげる。それに気付いたアランは、リリアナを抱きしめた。


「…痛っ!」


 ザクッと、何かが切れる鈍い音。そして、アランのうめき声。


「アラン?!」


 次の瞬間には、騎士たちがその賊を切り倒す。しかし、遅かった。実際にけが人が出てしまったのだ。

 傷の状況は最悪。背中に深く大きな傷が一本でき、溢れんばかりの血が流れ出てリリアナの手を濡らしていた。


 何事かを理解できないリリアナは、抱きしめられたまま。しかし、アランの痛みに耐える声と、身体の震え。そして手に付く温かくぬるっとしたもので、混乱してしまった。


「アラン…アラン!」


 リリアナを抱きしめたまま、アランは地面に横たわった。それでもリリアナを離そうとしないのは、彼女を守ろうとする意志の強さ。しかし、倒れたことで下に血が広がり、リリアナはアランの状況が分かってしまった。


 彼が自分を庇って切られたのだと。そして、それがかなりの重症であるのだと。


 ―――どうしようっ!このままだと、アランが死んじゃう。


 泣きそうになるのを必死でこらえる。だけど、それもままならない。…自分を抱きしめるアランの腕の力が弱くなってきている。確実に生から遠のきつつある事実に、リリアナは頭がおかしくなりそうだった。


 ―――さっき、ずっと一緒に居るって約束したじゃない!


 堪えた涙は、言うことを聞かずに、彼女の頬を伝っていた。


「アラン…アラン…アラン―――ッ!」


 その時だった。リリアナの声に同調するように、光がカッと一瞬辺りに広がる。それに驚いた騎士たちは、自分の身体が温かいお湯に浸けられるかのような感覚に陥った。


 未だかつてない感覚に驚く。しかし、頭は上手く働いてくれない。

 その一方で、光の出どころであるリリアナは必死だった。アランが死ぬかもしれない、その恐怖で頭がおかしくなりそうだ。


 光がやみ、辺りが静まり返っている。その場に居た誰もが、動くことを忘れていた。

 騎士たちが正気に戻り、二人に駆け寄る。 驚いたことに、切られたはずのアランの背の傷からの出血はなくなって、大分血が流れたはずなのにその頬には赤みがさしていた。


 何が起きたのかはまだ分からない。が、取り急ぎ、二人を運ばなければ。


 こうして、二人は王城の救護室へと運ばれ、ベッドに寝かされたのだった。



******



 ―――何と言う事だ。リリーが出掛けた日に限って、街に賊が出るなんて。


 アルキナスは急ぎ足で救護室へ向かっていた。

 状況はわからない。しかし、幼馴染と妹が救護室に運ばれた。詳細はわからないがそれは事実なので、何か悪いことが起こったのだろうと心配している。その焦りようと言ったら、周りの人間を驚かせるほどだった。


「二人はどうしている!」

「ひっ!」


 扉を開けた途端の大声、形相。その場に居た医者は、顔の筋肉を引きつらせていた。まさに、鬼の形相だったのだ。怯えるのも無理はない。


「アラン殿は、背中に大きな傷を負っていますが、出血は無く状態は安定しています。リリアナさまは…分からないのです。」

「…わからない?」


 ―――お前、医者だろう。

 そう言う眼力を向けられた、禿げている御歳56になる医務室長は怯えていた。


「も、申し訳ありません!しかし、不自然なのです。外傷は見当たらなく、健康体そのものです。なので、術者を呼んでも治癒魔法が掛けられません。」


 ―――気を失っているだけ、か。

 そう分かった途端に、アルキナスの身体からは力が抜ける。彼は二人のベッドの間にある背もたれのない椅子に腰をかけた。


「リリアナさまはいつお目ざめになるか分かりませんが、アラン殿は傷の割には状態が良く、時期に目を覚まされるかと思います…」


 それを告げると、逃げるようにして部屋を出て行った。15才の男の子に対して怯えるとは、なんたること。しかし、それほどまでに次期国王と呼ばれるこの少年は恐れられていた。


「…ここは……」


 掠れた声。聞き覚えのあるその声に、アルキナスは近寄った。


「目が覚めたか?」

「アル…そうか、ここは王城なのだな。そうだ!リリーは…痛っ!」


 うつ伏せになっていたアランは、勢い良く起き上がろうとしてその痛みに悶えている。それほどまでに大きな傷だった。

 それなのに顔色はいい。どちらかといえば、リリアナの方が悪そうだ。


「大丈夫か?」

「…ああ。それより、リリーは?」


 自分のひどい傷をそれ呼ばわりし、リリアナを心配している。もう少し自分を労わって欲しいとは思ったが、何よりも大切な愛妹の心配は自分も同じこと。しかし、上手く答えられないことを、アルキナスは自分でも歯痒く思っていた。


「外傷はないが、目を覚まさない。それより、お前の傷は酷いのに、身体の状態はよさそうだ。それに、勢いよく起き上がったのに、傷も開いていなさそうだ。どう言うことか説明してくれ。」


 そして、また聞く、分からないという答えにアルキナスはうんざりした。

 誰もが分からないという。それでは、今回の事件に何も関わっていない彼は全く分からないだろう。そう言う意味も込めて半眼で睨みつけたのだろうが、アランも降参状態だった。


「覚えているのは、リリーを庇って切られた後、光が俺を包んだんだ。それは温かくて、優しくて…意識はそこで途切れたが、自分の身体から痛みが消えていく感覚に陥ったのは確かだ。」


 訳が分からないままだ。光が溢れて、痛みが消えた。そんなバカな。

 ―――いや、一つだけ可能性がある。


 思い当たる節にわずかな可能性が宿る。アルキナスは急いで父親である陛下に報告へ行った。







 この日、王城にはリリアナの治癒魔法覚醒が出回った。その力は大きく、その時怪我を負っていた者たちすべてを癒したのだという。


 新たなるこの力ある術者のおかげで、幸いなことに賊に襲われた街では死人が出なかった。


 そして、絶対的である治癒魔法の術者出現に国中が沸き立ち、各地で宴が盛大に行われた。



******



「…アル。俺、軍に入る。」


 翌日、見舞いに来た彼に、ベッドから身体を起こし、決意したように言った。


 何を言い出すのか、と一瞬うろたえたアルキナスだったが、親友の次なることばを待った。それが何らかの決意の言葉のように聞こえたからだ。


「俺は、リリーには相応しくない。それが良く分かったよ。」


 アルキナスには、わかっていた。アランが年の離れたまだ小さな子供であるリリアナに、妹と言う感情ではない愛情を抱いていることを。

 それは父国王も分かっており、アランの申し分のない家柄から嫁にやってもよいと考えていた。しかし、彼がそれを拒んだ。何か理由があるのだろう。


「リリーは、この国の象徴になる。俺なんかが隣に立っていられなくなるほど、心も見目も美しい女性に成長するだろう。」


 彼はそれを治癒魔法をかけられている時に思ったのだという。その力の大きさと温かい光は、リリアナの性格をよく表していて、心地よかったらしい。

 本来なら治癒魔法には痛みが伴うはずなのに、そうでないことがそれを物語っていた。


「俺、思い知ったんだ…俺がリリーを守れるほど、力なんて無いってことを。」


 アランは体を横たえ、腕を目元に当てている。…泣いているのだ。わざと辛そうに身体を横にしたのは、涙を隠す為だった。


 アランは二人と共に勉強をしており、それには魔法も含まれる。その魔法を、咄嗟に使うことが出来ず、体術など取得していなかったために自分の身を呈して守ることしかできなかった。


「…俺、リリーの騎士になる。相応しくはないけど、せめて傍で見守りたいんだ。」


 初めて見せた親友の涙と決意に、アルキナスは頑張れ、とだけ言った。

 それから、アランは城に来ることはなくなり、軍に入隊してトップの成績で新入生の中でも群を抜いた存在になった。そして集中訓練期間を終え、殿下と共に陛下に約束を取り付けて、リリアナの騎士となった。


 久しぶりに面会したリリアナは再会を喜んだが、アランは態度を崩すことはなく一線を引いたのは明らか。近くに居た兄は、泣きそうになる妹の背中に手を添えて慰めた。だがそれは、リリアナのためではなく親友の思いを分かっているからこその行動。


 ―――二人には、時間が必要だ。

 一線を引かれて悲しむリリアナの気持ちも、アランの頑なな気持ちも分かるため、アルキナスは二人を見守ることしかできない。


 その日から、アランはリリアナを愛称で呼ぶことはなくなり、敬称、そして敬語を使うようになった。さらに、本当の微笑みを浮かべる事はなく、偽りの笑顔と言う仮面でリリアナに接していることを、アルキナスは心配そうに見ていた。


 いつか二人の心が壊れてしまうのではないか、と言う、一抹の不安を抱いて―――



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