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03.「姉さまの言う事は絶対なのよ」


 アランがマリアンヌのお気に入り認定されてからと言うものの、リリアナの部屋はお茶会の会場となっていた。一見すれば優雅なそれも、よく見ればそうでないことが分かる。

 リリアナの笑顔は引きつり、無理矢理近くに寄せられていたアランは張り付けた笑顔。ホンモノはマリアンヌだけだ。


 彼の笑顔が本物でない事は、長く一緒にいたリリアナと兄アルキナスにしか分からない。だからこそマリアンヌには、アランが自分に魅了されている自信があった。



******



 ―――「申し訳ありませんが、出来かねます。」


 指差されたアランは完璧な所作で礼を取り言った。もちろんのこと自分の言葉に反対されたマリアンヌは不機嫌になり、アランと姉の顔をリリアナは不安げに交互に見ている。


 中でも一番不安そうなのはアニーだ。彼女は幼いころから二人を見てきた。仲良く手を繋いでいた時も、二人で城を抜け出した時も、二人の関係性が変わってしまった時も。

 それでも今となっては一端落ち着き始めていた二人の関係。それを崩そうとしているマリアンヌに、アニーは主である王族の一員とは言えども、リリアナに対する態度も含め、我慢ならないところまで来ていた。


「わたくしの言葉が聞けないと?」

「申し訳ございませんが、私は陛下の命によりリリアナさまの警護を任されております。」


 そう、と一度落胆したが、すぐに浮上する。明らかに目は輝いていて、何かを思いついたらしかった。


「お父様にお許しを貰えばいいのね!」


 そうと決まれば長居する必要はない、と言う態度の変化はすぐに分かる。マリアンヌは自分の侍女二人と騎士二人を引き連れて、さっさと出て行った。


 ―――…嵐のようだったわ。

 リリアナはソファの背もたれに体重を預け、眉間を押さえる。疲労が身体を襲い、少しだるかった。しかし、いつまでもそうしている訳にはいかない。


「リリア…「アニー、先生を呼んで頂戴。」

「畏まりました。」


 アランの呼びかけを遮るように出された指示に、アニーは気にすることなく行動に移る。周りの侍女たちもお茶の片づけをし、礼をしてそれぞれが部屋を後にした。残されたのはアランとリリアナだけ。 分かっていながらも、リリアナは一人でいるような感覚を保ちつつ、ソファに体重を預け続けていた。


「先生を自らお呼びになるとは、珍しい事もあるものですね。」


 からかいを含んだ言葉。主たる人間に対するにはかなり無礼だ。しかし、幼馴染みの二人だからこそそれが許されているのだ。だが、今日は違った。


「お披露目まで日がないのです。出来るだけ自分の能力を上げて民に不安を煽らないようにしなくてはいけません。」


 砕けた口調ではなく、王族の態度。…リリアナは自らアランに対して一線を引いたのだ。昔自らがされたように。

 その行動に一瞬笑顔を失くしたアランだったが、すぐに表情を元に戻す。もう何年来にも渡る完璧な笑顔は、そう簡単には崩れたりしなかった。


「では、私もご一緒しても構わないでしょうか。」


 昔から共に勉学に励んできた。だから、さも当たり前のような口で言ってのけたのだろう。しかし、リリアナは違った。


「いいえ、遠慮していただきたいわ。私は、これから先のために失敗するわけにはいかないのです。少しでもお兄様の役に立たなくてはいけないのですから。」


 この態度には、少しの恨みが籠っていた。


 ―――どうして、平然とした態度でいられるの。あの日から、貴方が私を避けるようになったんじゃない。


 騎士の契りを交わした日。その日からリリアナの杞憂は続いていた。それに加え、今回のこともある。姉に気に入られた時点でアランがマリアンヌの護衛に行くことは分かっていた。だからこそ、今さら自分に関わろうとしていることが解せないのだ。


「貴方はもう姉さまの元へ行くのでしょう。ですから、私のことなど気にしなくていいのです。」

「…私はそれを了承しておりません。」

「貴方が了承する、しない、ではないわ。姉さまの言う事は絶対なのよ。」


 目を伏せながら言うリリアナを、アランが辛そうな表情で見ていることなど彼女は知る由もなかった。


「…出て行って。」

「…リリー……」

「…っ、出て行ってと言ったのよ!」


 ヒスを起こしながら叫ぶ。立ちあがって部屋からアランを追い出し、ベッドに潜り込んだ。


 ―――今さら愛称で呼ぶなんて…!自分からそれはもうしないと言ったんじゃない。それを言われた時、私がどんなに辛かったか。貴方は知らないでしょう?!


 溢れる涙を堪える事もせず、リリアナは大声で泣いた。それを扉に寄りかかっていたアランが聞かないはずもなく、珍しく顔をゆがめ、それでもそこから離れようともしなかった―――



******



 あの時のことを思いだして、目の前で微笑んでいるアランを見つめてしまった。


 ―――きっと貴方はあの日のこともなんとも思っていないのでしょうね。


 歪んだ笑顔を隠すことが出来ない少女は、まだ成人を迎えていないはずだ。周りにいる使用人たちはみなそれを気に掛けていた。しかし、ここでも空気を読まないのがマリアンヌ。優雅にお茶の香りを楽しんでいる。


「このお茶、何と言うの?」

「カモミールです。」

「そう、気に入ったわ。」


 満面の笑みのマリアンヌ。辛そうなリリアナ。この二人はいつだって対照的だ。


「リリアナ、貴女の部屋はいつもこの香りで溢れているのね。」

「…ええ、心を落ち着かせてくれる香りですので。」


 笑顔が痛々しい。何に対して心を落ち着かせようとしているのかは、一目瞭然だ。最近はもっぱらこの香りが部屋に溢れていた。リンゴのような甘い香り。リリアナにはピッタリの香りだ。


「貴女の心がなぜ乱れるというの。これから社交界にも出られるし、何か不満でもあるのかしら。」


 ―――全て、だわ。


 不満と言う訳ではない。公に出る事は王族に生まれたリリアナにとっては、義務みたいなものだから。ただ、静けさを好む彼女にとっては社交界など出たくないものの象徴である。そして、今部屋にマリアンヌがやってきている事も苦痛でしかなかった。とにかく、静かで落ち着いたことも好み、自分の周りに多く人がいないことを好んでいる。


 ―――正直に言ったら帰ってくれるのかしら。いえ、無理ね。


 事の原因であるマリアンヌを一目してから、心を落ち着かせようと再びカモミールティーに口をつける。甘い香りにホッと息をもらし、導いてくれる心の安寧になるべく身を任せようとした。しかし、できるはずがない。


「この香り、気に入ったわ。わたくしに頂戴。ただし、貴女と香りが同じだなんて許せないもの、だから貴女は今後一切この香りをつけないで頂戴。」


 傲慢で、我が儘。しかし、これが許されなかったことはないのだ。だから、ええ、いいわ、その答えを言おうとした時。


「マリアンヌさまには、もっと華やかな香りが似合います。そうですね、確か庭園に大咲きのバラがございました。そちらなどいかがでしょう。」


 アランがマリアンヌにバラの香りを勧めていた。それが、どれだけリリアナを傷つけたことか。

 確かに、自分にはバラのような花ではなく、小ぶりな花が似合っているとリリアナは思った。そして、アランが早速姉に取り入っている。そう思えて仕方ないようだ。


 このような思考ばかり繰り返すようになった。自虐的で、いつも物事を肯定的には捉えられない。姉がアランを自分の騎士に指名するからこそ、それに備えて姉が喜ぶようなことを言っているのだと思ったのだ。そして遠回りに、リリアナには小ぶりの白い花が似合っていると言ったように思えたのだった。


 それが表情から分かったアニーは優しいまなざしをリリアナに向ける。この流れはもう日常だった。


「さて、もうお暇いたしますわ。」


 いつもよりも早い帰りに、不思議に思う。そして、安堵する。とにかくリリアナにとっての苦痛の時間がなくなればよい。そう思っている彼女を慕う使用人たちは、見事にテキパキと行動を移し、物の1、2分で帰り支度は完成した。


「ああ、この間もらいそびれたそのパールのネックレス、いただいて行くわね。」


 さっとリリアナの首元に付いていたそれを素早くかすめ取る。リリアナにしては珍しく反抗しようとしたのだけれど…

 姉の大きく情熱的な瞳に睨まれてしまえば、文句の一つも言えなくなってしまった。


「これからお父様に謁見に行くの。そうすればアラン、貴方はわたくしのものですわ。」


 待っていて、と言わんばかりの甘い視線をアランに向け、マリアンヌは出て行った。


 そこにいた誰もがリリアナに対する言葉を見つける事が出来ず、アランに至ってはその場にいる事さえ憚られたのか、外の扉の護衛と変わりに行ってしまう。その背を追うリリアナの瞳には悲しみが浮かんでおり、そこにいた誰もが彼女のこれからの幸せを祈った。



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