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02.「ええ、いいわ」


「またあなたは辛気臭い顔して!いい加減にその顔は見飽きたわ。」



 ―――なら、来なければいいじゃない。

 心の中で愚痴を溢し、実際の口からは謝罪の言葉を溢した。


 部屋に入って早々の第一声からきついことをおっしゃるこの方は、第一王女マリアンヌ・ロゼ・シュトラエネーゼ。御歳26になる王女は嫁き遅れと言われていた。だが、本人は全く気にしていない。その訳は、見目に由来する。


 燃えるような赤毛、瞳も同じ色ではあるが宝石のように大きくきらりと輝いている。スタイルは見事ボン、キュッ、ボンという効果音で例えられるほどのものだった。そしてなにより、治癒魔法を除き魔法がどれもこれも均等に使え、知識は幅広く、作法も完璧に身に着いている。それこそ、自信満々で自画自賛が出来る条件の揃った女性だった。


 この国では男児が王座に着くのが慣例だったが、この姫を玉座に据えるのも悪くないと囁かれていたほど、才ある女性だ。しかし、そうなることはまずない。それはその容姿がリリアナに全く似ていないことに関係している。


 リリアナは正妃の娘。そして、マリアンヌは側室の子だった。シュトラエネーゼの王族には男児が一人しか存在していない。それがリリアナの兄であるアルキナス・オルディ・シュトラエネーゼ。つまり、正妃の子の唯一男児であるアルキナスが王座に着く事は決定事項だ。


 側室と正妃の子は腹違いの兄弟にあたるが、それほど仲が悪いわけではない。でも、それはこの第一王女を除いた兄弟関係であった。第三、第四王女もそれぞれ側室の子だが、それほど仲が悪くない。と言うよりは、リリアナはその二人とは仲良しだった。つまり相容れないのはこの姉にあたるマリアンヌだけ。それについては、いつも上から諌められるせいだ。


「あら、この紅茶美味しいわ。」


 リリアナが淹れた、いや彼女に淹れさせた紅茶を一口飲むなり嬉々と言う。本来ならば、淹れさせたのであればホステスが席に着くのを待つはずだ。しかし、招かれざる客はもてなされたことを当たり前に思い、気ままにお茶を楽しんでいた。


「お褒めに預かり光栄ですわ。」


 自分の中の明るい部分を全てかき集め、笑顔を何とか浮かべる。それは、もう一度辛気臭いと言われないためだ。


「別に褒めてなどいないわ。だって、唯一あなたの才あることじゃないの。」


 伏し目がちに紅茶のカップを眺めている。その姿は確かに麗しかった。しかし、言葉には猛毒が含まれている。リリアナの心を蝕むのには十分過ぎるほど強力だ。


「まあ、気に入ったのだから、一応そのお茶の葉をいただいて帰ろうかしら。いいわよね?」

「ええ、いいわ。」


 もちろんそう答える。だって、それ以外の答えを受け付けてもらえた事はないから。リリアナにとっては肯定することだけがマリアンヌからの問いへの答えだった。


 ―――早く帰ってくれないかしら。

 祈るように時間が過ぎるのを待っている。それほどまでにリリアナは姉が苦手だ。


 自分の都合などお構いなしに、気が向いた時にやってくる。そして決まってリリアナの心を傷つけて帰っていくのだ。自分を否応なしに傷つけると分かっている人間の訪れを、よく思う人がいるだろうか。否。

 リリアナは苦手意識のあまり、その口から言葉を発していない。そして、それをまた姉に諌められるのだった。


「お茶会はホステス役が会話が途切れないように、話題を提供するものですわ。成人を迎えるというのに、そんな事も出来ないなんて。本当に勉強しているのかしら。」


 ―――嗚呼、また傷つけられる理由を作ってしまったわ。

 リリアナはまた自分の不出来を疎ましく思い、肩をすくめる。その姿をマリアンヌは楽しそうに見ていた。口元は扇で隠していたが、真っ赤な紅のつく唇が随分ときれいな弧を描いているのが丸分かりだ。しかし、リリアナは俯くばかりでそれには気付かなかった。


 二人の空気は嫌なものとなっている。一方的にマリアンヌが楽しんでいる感はあるが。そんな空気の中、部屋にノックが響く。入室を許すと、入ってきたのは何やら大きな箱を持ったアランだった。


「姫さま、ドレスが届きました。」

「そう、わかったわ。」


 例のドレスだ。結局アニーに押される形でピンクの豪奢な造りのドレスに決まってしまった。それのサイズ合わせが終わり、形が決まったドレスがやって来たのだ。この状況にプラスされ、気分が悪くなる。それが分かっていながら一向に帰らない姉に、リリアナは諦めの念を抱いていた。


「あら、あなた…」

「お初にお目にかかります。リリアナさまの騎士、アランでございます。」


 マリアンヌがほう、と感嘆のため息をついてアランを見ていた。その状況を窺うようにリリアナは見ている。


 姉がアランについてピンク色のため息を漏らしたことを、リリアナはよく分かっていた。アランは映えるような金髪に、琥珀の瞳、端正な顔つきだ。そして軍人と言う事もあり、体躯は引き締まっていて無駄がない。軍服である黒の衣装が似合っている。それはすべてが見事な造りだった。


 ―――お兄様と私はいつもアランと過ごしていたけど、姉さまは会ったことがなかったのね。

 冷めてしまった紅茶に口をつけながら、自分が姉の会話にならなくて済むなら、と笑顔を張り付けたアランと姉の会話を傍観することに決めていた。


「たしか、アルキナスと共に遊んでいた子かしら。」

「ええ、リリアナさまとも共に学ばせて頂きました。」


 それからしばらくマリアンヌは考え事をしているように黙り、部屋には沈黙が漂う。それはマリアンヌがドレスを見せるように言うまで続いた。


「あら、素晴らしいドレスね!地味だけどリリアナのセンスとしては悪くないわ。」


 目の前に広がるピンクのドレスは、リリアナにとっては大胆で派手な造り。しかし、自分に自信のある堂々とした姉の目には、それほど派手には映っていないようだ。


「…うん、気に入ったわ!これ、わたくしが頂戴しますわ。」


 そこにいた侍女までもが固まった。この方は何をおっしゃられているのだ、と。


 この部屋の主であるリリアナに届けられたドレスは、成人のお披露目の為に新調されたもの。普段はドレスよりも質素な造りのワンピースを好んできているリリアナにとって特別なものだと分からないはずがない。だのに、突拍子もないことを言って、周りを驚かせている。


 何とも自分の考えが中心に座っているお姫さまの考え方だ。私の言っていることが通用しないはずがない、という確固とした自信が、態度ににじみ出ていた。


「…それは出来かねます。」


 何も言わないリリアナの代わりに、長年彼女に仕えるアニーが意見した。もちろん、マリアンヌがそれを許すはずもない。表情は歪み、不機嫌さは隠されることなく表れている。


「わたくしの言うことが、聞けないというの?」

「それはリリアナさまのお披露目の際の衣装。一月前からデザインなどの打ち合わせを経て、ようやく完成したのです。それを簡単に譲る事は出来かねます。」


 アニーはどこまでも真っ直ぐだ。それはリリアナに対する忠誠心から来ている。


 昔からリリアナは姉にたくさんのことを吹き込まれてきた。それは、いかにマリアンヌが優れていて、いかにリリアナが劣っていてダメなのか。近くで聞いていたアニーはいつもそうではないと一生懸命に言い聞かせていたが、幼いころからの言葉がリリアナの心をコントロールしていることを知っていたのだ。

 つまり、この状況でリリアナがノーを言えないと分かっているからこそ、マリアンヌが機嫌を損ねるのを覚悟で意見したのだ。


「それがどうしたというの。わたくしが気に入ったと言っているのです。それに、そのドレスも思っている事でしょう。リリアナなんかに着られるよりも、わたくしが着た方が何百倍も美しく見られることを。」


 当たり前のようにこくな事を言うマリアンヌ。リリアナはますます俯いてしまった。

 その様子にアニーは怒りを表に出さないようにしている。だが、もう一度意見を言うことなど出来るはずもなかった。


 マリアンヌは気に入らない使用人を自分の気まぐれで牢に入れる。処刑はさすがに人目をはばかって出来ないが、酷使をすると有名だった。余りに意見しては自分もそうなってしまうと分かったアニーはどうしようもなく口を噤むしかなかった。


 姉にもう一度いいわね、と聞かれると、リリアナは諦めたように言った。


「ええ、いいわ。」


 もちろん、端からその答えしか言うことを許されていなかったのだ。


「それともう二つ欲しいものがあるの。一つはそのあなたが付けているネックレス。そして…」


 まずはリリアナの胸元に着いている小さなパールのネックレスを指差し、次に指したのは…



「その騎士を頂戴。」


 ―――アランだった。


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