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01.「私は絶対反対よ」


 シュトラエネーゼ王国王城のある階にある広めな部屋。そこにいる少女は渋っていた。



 その名をリリアナ・ノア・シュトラエネーゼと言い、この王国の第二王女である。

 彼女は魔法が反映しているこの国において、極めてまれな力を有していた。それは国民どころか他国にも知れ渡るほど。そして、年の離れた妹を兄は蝶や花の如くに可愛がり、父母は甘やかして育てた。 もちろん、王族としての矜持を持たせるための教育に余念はなかったが。


 そんな由緒正しきお姫様が何を渋っているのかと言うと。


「やはり、これくらい色味の強いものであっても構わないと思いますわ。」

「嫌よ。」


 この侍女とリリアナの押し問答は早一時間を迎えている。双方意志が強く折れないのだ。


 リリアナはあと一月で16歳となり、成人を迎える。その際には国民にお披露目がなされるのであり、盛大な式典が催されるのだ。つまりは、その衣装決めである。


「嫌なものは嫌よ。もう少し落ち着いたデザインにして。派手なものは嫌いよ。」


 ―――どうしてこう、派手なものばかり選ぶのかしら。私には到底似合いはしないのに。


 何度もそう言う意味を込めて反対しているのに、長年仕えてくれているアニーと言う侍女はそれを許してくれないのだ。


「いいえ、なりません!国民の前に出られるのですよ。皆遠くから姫さまを見ようと押し寄せるのです。それを、色味の無いドレスで出席するなど、国民はどれが姫様か分からなくて困ってしまいますわ。」


 いつの間にやら白いハンカチを取り出して、涙を拭うふりをしている。やれ昔はどうだの、どんなに聞きわけがよかっただの、と涙ながらに訴えてくる。

 口では勝てないため、この状況は自分に分が悪い。リリアナはそう思いながら、不貞腐れたように唇を尖らせた。


 もう16になるというのに、幼い行動が抜けない。スタイルや顔立ちは大人っぽさが出てきたというのに、行動はそうはいかないようだ。色素の薄い茶色の髪をひと房摘み上げ、緑の瞳の形の綺麗な二重を細めて、リリアナは不満そうだ。


「見てくれがこんなのだもの。派手なものを身に付けても、ドレスに着られたように見られて余計無様なだけだわ。」


 第二王女の容姿は中の上。美しく柔らかい顔つきではあるものの、人々がすれ違った時に思わず振り向いてしまうほどの美女ではない。それを自負していた。


「いつも言っているでしょう。姫さまは愛嬌も魅力もおありで、何よりもお美しいではありませんか!」


 酷い演劇の一幕を見せられているようだった。それほどまでに大げさな物言い。

 リリアナは呆れたように嘆息し、鏡の中を覗き込んだ。そこに映っている少女は酷く疲れた顔をしている。


「お世辞は聞き飽きたの。だから、衣装に関して譲歩はなしよ。そのドレス、私は絶対反対よ!」


 正直、自分には慣れないことをしようとしていることがリリアナは分かっている。

 普段からあまり目立つ事は好まず、なるべく人目を避けて生活してきた。陰ながらに白の姫と呼ばれているのも知っているのだ。


 リリアナはその存在感の無さから、幽霊のようだと言われ、いつも白い服を身にに付けていることも相まって「白の姫君」と称されている。実際の性格はおとなしいとは言えないのだが、兄弟が皆派手であることからそう呼ばれているのだった。



 何とかお願いして昔から仕えてくれているアニーを下がらせ、ソファに深く体重を預ける。そしてため息を深くしてしまうのは、これからの自分の運命を嘆いているからだろう。



「姫さま。」

「アラン。お願いだから、今は一人にして頂戴。」


 声を掛けられて早々に、ピシャリと言い放つ。それほどまでにイライラが募っていた。そして、嘆きも。


 自分は表に出るべき人間じゃない。そう思っているのに、成人のお披露目を大々的に設けられてしまった。いつもならわがままを聞いてくれる父陛下も兄殿下もそうではなかったのだ。それに、母は微笑むだけだ。


「そうは言われましても、当日の警備についてのお話がございます。」


 押し切られ、分かったと言い、重たい腰を上げる。目の前にいる人物の笑顔には、どうも気が抜けてしまった。


 その人物とは、幼いころからの兄殿下とリリアナの遊び相手であり、今となっては軍人となってリリアナの警護にあたっているアラン・クロードだ。彼は公爵家の三男坊であり、爵位を継ぐことはないため軍人となったと言われている。しかし、本人は危険極まりないその仕事を自ら進んでしており、貴族らしい高慢な態度もない。だから、周りの者にはとても評判が良かった。


 でも、リリアナはそうではない。昔を知っているためにどうしてもその笑顔が胡散臭いと思ってしまうのだ。


「どうして、みんな…」

「何か仰いましたか?」


「どうしてみんなそんなに私を表の世界に出そうとするの?!私は白の姫君と言われるまでに存在感が薄いのよ。それに、この国にとって大切な魔法だって、この年になって上手くコントロールしきれていない!これじゃあ、恥をかくだけだわ!」


 ヒステリック気味に声を荒げる。他のものならば驚く光景だろう。いつも微笑みを浮かべ、物静かな姫君が大声を出すなど。未だかつてないことで、ご乱心とも噂されるであろうことだ。しかし、昔馴染みのリリアナ専属の騎士は全く動じていない。それは出会ったころから今までずっとリリアナの傍にいるせいだ。彼女が四つの頃からの顔馴染。そうそう驚きはしない。


「それは姫さまがこの国にも珍しい治癒魔法が使えるからです。」


 この国にとって、治癒の魔法の力は絶対だ。他国にもこの力は重要視されている。だからこそ、これからのこの国の象徴的人物になるであろうリリアナが、いつまでも白の姫君でいられる筈がなかった。


 だけど。

 ―――私が欲しい答えはそんなものじゃないわ。


「…恭しく姫さまなんて呼ばないで。」


 悲しくなった。それは、リリアナのお披露目が決まった日から、募っている感情。周りの人間が、自分に対して一線を引くようになった。

 今まで全く政治などに無関係で、勉学や作法に励むだけの日常では、皆気安く話しかけてくれていた。にも拘らず、その日を境に皆が目を合わせる事すらしなくなり、リリアナは自分が一人ぼっちになってしまったと感じていた。


「姫さま、貴女は公の人となるのです。今までと同じようにはいきません。」

「分かっているわ…」


 本当に泣きたくなって、ソファにもう一度全体重を預ける。目に入ったアランの張り付けたような笑顔が、そうさせるのだ。


 ―――もう、幼馴染みではいられない。

 決定的な事実を憂い、体調が悪いと言って、リリアナはアランを部屋から追い出す。ベッドに潜り込むと、枕に顔を埋めて声を漏らすことなく涙でそれを濡らした。



 一番悲しいのは、アランの態度が変わった事だった。もういつからになるだろう。張り付けた笑顔が常になったのは。何年来にも渡るその態度は、リリアナの心をひどく傷つけ続けていた。それに加えて今回のこと。アニーの態度は変わらないが、仲が良かった庭師、執事、そして同い年の侍女ビビアン。それぞれがリリアナを避けていることなど、もう分かり切っていることだった。


 ―――それは私が公人となるからね。


 そう思うと涙がもっとあふれ、嗚咽が漏れ始める。扉の前に立っているアランに聞こえないように我慢するのが、リリアナにとっての一つの矜持だった。


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