10.「…俺も人間です。」
「アラン!わたくしに会いに来てくれたのかしら?」
一歩前に居る者はそっちのけで、マリアンヌは自分の部屋への突然の訪問者に飛びついた。その部屋には強過ぎるほどの甘ったるい香りが立ち籠めており、二人は顔を歪める。その表情など見なかったことにした彼女は、アランに纏わり付いた。
これでは話にならないと、無視された方の未来の国王陛下は、彼女の腕を引く。そして、笑顔を張り付けたままの幼馴染みから引き離して、自分の目の前にその人を置いた。
「なによ。わたくしの邪魔をするというの?いくら愚弟でも、そんなこと許せないわ。」
どうやら自分の立場が分かっていないらしい。普段なら訪れないはずのその人たちが来た事に対しても、何ら疑問を持っていないようだ。その様に、本当に才女と呼ばれているのか些か疑問が浮かぶが、それはさて置いて、アルキナスは表情を固くしたまま本題に入った。
「先日の件で、伝える事が出来たために来た。」
どうやら長くなりそうな予感がしたマリアンヌは奥のソファへ座る事を勧める。だが、二人が応じる事はなかった。
そもそも伝えるべき事を伝えに来ただけだ。本来ならば、来る事も厭う場所のため、中に入る事さえ不快なのだが、罰則を与えるためには仕方がない。言うべき事を言って、早く立ち去る事がベストだ。
「先日の件とやらが何なのか、わたくしには分かりかねますけれど。どうぞ、聞くだけなら聞くわ。」
高飛車な態度に、ため息を吐きたくなる二人。しかし、まずは事の詳細を伝えなければ話が進まない。仕方なしにアルキナスは語り出した。
「先日のリリアナの一件の主犯格は貴女だ。それは、捕まった者が吐いた。証人は俺と、そして国王。」
「ちょっと待ちなさい!あれはあの男の戯言よ。そんなの、お父様が信じるはずないわ!」
―――本当に哀れだな。全て自分の思い通りになると信じて疑わないとは、お目出度い奴だ。
アルキナスは心の声を表に出すことなく、固い表情のまま続けた。
「リリーに対する今までの事、何も言われないから知られていないとでもお思いか。国王はあえて何も言っていなかったのだ。お前が改心する事を信じていたんだよ。」
「改心?可笑しなことを言うわねえ。わたくしがそんなことする必要があるはずないわ。」
嘲笑気味な笑みは、少々滑稽だった。それを本人は気付いていない。アルキナスはさらに追い打ちをかけるように、淡々と述べた。
「王は自首してくる事を望んでいた。だが、それは叶わなかったために、大変気落ちされていた。」
どう言うことか分かるか。そう問われ、マリアンヌは引き攣った笑みを浮かべた。もう余裕など微塵も感じられない。そこに在るのは強がりだけだ。
「俺は確かに忠告と猶予を与えたはずだ。それを無視した己を怨め。」
ついに、強がりの笑みもその顔から消えた。唇を噛み締め、目を右往左往させている。
「罰則を言い渡す。」
「待って!待ちなさい!!」
一番重要なところで遮られ、彼はいらついた。だが、不安と混乱が入り混じる彼女の表情を目にして、言い訳を少しなら聞いてやる気になった。
「あなたが何故それを言うの。権利が無いはずよ。」
「王より賜った。これが証明だ。」
差し出された紙に目を通すと、マリアンヌは顔色を一段暗くした。それは任命書。この一件を早々に片付けるように、アルキナスへとすべてを一任するという証明書だった。
そこに記されていたのはそれだけではない。罰則の決定権、そして、遂行に際する署名記入の義務付けも書かれていた。
「…というわけで、罰則を言い渡させてもらう。」
アルキナスがそう言った時、マリアンヌは憎悪の籠った瞳で彼を睨みつけていた。しかし、彼は引かない。真っ直ぐその瞳を見つめ返し、動揺することはなかった。
「ひとつ、貴女の周囲に居る男たちを追放し、今後一切貴女の周りに置くことを禁ずる。ひとつ、今後一切リリアナへの接触を禁ずる。ひとつ、これからは公務に励む。以上、三項目を義務付ける事が今回の罰則である。」
そんな、とマリアンヌはヒスを起こして言った。
彼女にとって必要な事は、嫉妬や憎悪を妹にぶつけ、自分のイライラを解決する事。金や時間を優雅に使い、男たちにちやほやされることである。
アルキナスはアランに教えられ、この罰則を施行することに決めた。これは公には気付かれないことであり、マリアンヌにとって罰になることである。さらに、リリアナにとって良いことであり、国にとっても利益となる事だ。
「理不尽よ!どうしてわたくしばかりが全てを取り上げられなくてはならないの?!」
―――そんなこと、考えなくても分かるだろう。
二人は呆れ、嘆息した。このオヒメサマは自分が全ての中心であり、それ以外は物語の脇役に過ぎないと思っている。そう実感したのだった。
「貴女は今までリリアナのものを沢山取り上げてきた。」
洋服、侍女、アクセサリー、ペット、数えればきりがないほど、沢山のものを奪ってきている。その事実は拭えないだろう。
「取り上げてなんていないわ。リリアナがくれると言ったのよ。」
それは有無を言わさなかっただけなのだが、分かっている二人は敢えて言及しなかった。
「それに、どうしてわたくしだけが公務をする必要があるのかしら。」
それが王族の成すべき事のはずだが、彼女にとってはとるに足らないことらしい。彼女は自分の好きな事だけをする傾向にあった。それは自分の欲求に従順と言うことであり、それ以外には必要性があるものでも見向きもしないと言うことである。
今まで注意や忠告をされてこなかったせいか、それが当たり前だと思っている節がある。だが、実際の国民たちの声は違う。確かに美しい姫君だが、何故公の場に姿を現さないのかと疑問が投げられていたのだ。
マリアンヌはパーティーには参加しても、公務は全うしていなかった。貴族たちはお目にかかる機会があったために何も言わなかったが、その他の国民たちは違う。公務が無ければ一瞬でも目に入れる時間はないのだ。
「貴女だけしていなかった、の間違いだろう。」
吐き捨てるように言われ、彼女は不思議がっている。全く理解できていないようだ。下の妹達が誰もしていないと言いだすと、アルキナスとアランはほとほと呆れて言葉を失ってしまった。
それでも何かを言わねばならないと思い直したアルキナスは、事の詳細を細かく伝える。
「下の妹達はまだ成人していない。リリアナは二日後より、病院、孤児院、学校などを視察し、行事などに参加することになっている。あいつが自身で予定を立てた時、あまりにもハードすぎる事から止めたが、それでも彼女は妥協しなかった。自分にできる唯一の事だから、そう言ったよ。」
マリアンヌは呆然とした。そんな事、聞いていない。そう呟き、膝を床に付けた。力無くそうした時、ふとアランが目につく。あの優しい微笑みを思い出し、藁にも縋るような思いで纏わりついた。
「ああ、アラン!何とか言ってやって頂戴。わたくしに非はないのだから、そうする必要はないとあの愚弟に言ってやって!」
この期に及んで、まだ逃げようとするとは。そして、人に縋りつくとは。だが、選ぶ相手を間違えた。アランはアルキナスよりもよほど残忍な考え方を有しているのだから。
「…アルキナスさま、発言を許可していただいても?」
勿論、好きに言えばいい。そう言われ、アランは忠誠のポーズをとり、先まで張り付けていた笑顔を消す。この時、アルキナスは小さくあーあ、と呟いた。
アランがこうなった以上、毒舌がマリアンヌに向かう事は予想できることだ。あとは彼の言葉で彼女の心が折れるのを待てばいい。
「貴女は今、自分には非が無いと仰いましたが、本気でそうお思いですか。それならば、貴女は余程の馬鹿ですね。同じ王族とは言え、この国にとって大切な力をお持ちになるあの方を、傷つけようとした。人によっては心に深く傷を負い、死にまで追いやるほどの痛みを与えようとしたのです。」
マリアンヌは呆然とした。なぜなら、頬笑みを浮かべているアランしか知らなかったからだ。張り付けていた笑顔から、本物の笑顔に変わっている。それは楽しい時に浮かべるものではなく、あざ笑うかのような冷たさがあった。
馬鹿と言われ、そして自分に非があると言われ、気の強いマリアンヌが黙っているはずがない。驚きをすぐに捨て去り、抗戦体制に入った。
「貴方はあの子に騙されているわ!あの子はあんな風でも男を誑かしたり、人を傷つけたりする事が出来る子よ。」
「申し訳ありませんが、我が主をそんな風に仰るのは止めて頂けますか。非常に不愉快です。」
アランの眼光はさらに強くなる。アルキナスはただ二人のやり取りを見守っていた。そして、あと少し。そう思った。
「貴女がどれほどあの方を御存じかは分かりかねますが、私は貴女よりも知っている自信があります。遅ればせながら申し上げさせていただきますと、貴女は早くお気づきになるべきかと思われます。先程おっしゃった言葉は、自身の事を謳っているという事に。貴女がリリアナさまに対して思われている事を、周りの人間は貴女に思っています。それに気づかないとは、本当にお気の毒ですね。」
ここで、マリアンヌの心は完全に折れたのだった。
アランの言葉は的を射ている。それも、かなり的確に。だが、それを真っ直ぐに伝え過ぎた。マリアンヌは屈辱の表情を浮かべ、瞳に涙を浮かべている。それでも、二人に動揺は見られなかった。
リリアナの方が、何倍もの涙を飲んできている。変に揶揄され吹聴され、自分の価値すら見失いかけている彼女には、国どころか他国からも注目が集まっている。第一王女と第二王女の価値は、家族以外にとってはランク付けがしやすかった。稀有な力を有するものと、単なる浪費家。どう考えても、前者を選ぶだろう。
それが分かっていたからこそ、マリアンヌはリリアナに辛く中っていたのだ。しかし、本心では分かっていても、それを認めたくはない。マリアンヌは壊れたように、自分は悪くないとひたすら呟いていた。
そして、急に思い立ったように立ち上がる。それから、アランに指をさして言うには。
「王家の王女に対する暴言の数々、許される事ではないわ!貴方は万死に値する。即刻拘束して、牢屋に入れるわ!!」
いきなりの復活にアルキナスは驚く。しかし、その横で幼馴染みが確かに、と納得する様子を見て、拍子抜けしてしまった。
「…アランには俺が発言を許可している。何でも好きな事を言うように勧めたのは俺だ。」
「あら、好きな事を何でも言っていいとは言わなかったじゃない。」
それに対しても確かに、とまた呟くアランに、アルキナスは緊張感の無さを感じた。
「確かに、その通りです。ならば、罰則でも何でも受けましょう。しかし、そうなるのであれば、思っている事をもっと正直に申し上げさせていただきます。」
開き直った。この態度にアルキナスは呆れ、マリアンヌは彼が浮かべる綺麗な笑顔に見惚れた。
「…俺も人間です。仕える主が王族と決まっていても、それは全ての人ではありません。」
一人称が私から俺に変わった。それは本当に素である証拠だった。敬語を忘れていないのは、少し残った理性の表れだ。敬意だけは忘れていない。その事にアルキナスは感心していた。
「その証拠に、貴女にだけは忠誠のポーズを取った事が無いのです。」
マリアンヌは考え込み、思考を巡らす中で確かに一度も傅かれた事が無いのを思い出した。そうなると急に悔しくなる。次の瞬間には高慢な態度でそれを強要していた。
「…申し訳ありませんが、出来兼ねます。貴女は自分の立場をお分かりになられていない。国王は貴女の父であり、国の頂点に立つ人物。そして、アルキナスさまはそれを継ぐ者です。そんなアルキナスさまに、貴女は敬意を向けた事が御座いますか?」
「あら、そんな人物でもわたくしの愚弟に過ぎないもの。」
鼻で笑い、あしらうように言った。その姿に、またもやアランが冷たい笑みを浮かべる。それを見たマリアンヌは、急に笑顔を表情から消した。
「貴女が愚弟と呼ばれるアルキナスさまは、一日に何時間も働いておられます。視察へ赴き、国会で話し合い、国を良くしようとお考えになられている。毎日男に囲まれ、リリアナさまを諌めて楽しんでいる貴女とは違うのです。」
マリアンヌは男たちと毎日を楽しみ、そしてリリアナの心を傷つけるのが日課だった。公務などした事が無く、折角才があると言うのに、それをまったく使おうともしない。ただ毎日を自分の思うように過ごしていたのだ。
「毎日を楽しく過ごそうとする事の、どこが悪いというの。それに、わたくしのおかげで、何人の芸術家たちが育ったか貴方は存じているのかしら。一応国のためになっていると思うわ。」
ああ言えば、こう言う。こうなった以上、アランは覚悟を決めていた。どこまでも自分の非を認めようとしない王女に、言いたい事の全てを言って理解させようと。
「その所為で、いくら国税を無駄遣いし、何人の民を苦しめているのか、貴女はご存知でしょうか。国民から集められている税金は、国を良くするために使用されるべきもので、貴女が好き勝手に使用して言いお金ではありません。豪遊する理由を肯定することなど、決してできないのです。」
マリアンヌは悔しそうに唇を噛み締めている。どうやら反論が出来ないらしい。それもそうだ。アランがいっているのは、正論なのだから。それでも何かしなければ気が済まなかったのか、大声で外に居る専属騎士に呼び掛ける。そして、アランを拘束させた。
「言っていた通り、貴方には罰則を与えるわ。それから、王族に忠誠を誓わないことから、リリアナの騎士を辞めさせる。そんな人物が護衛だなんて、リリアナが可哀相だもの。」
「…お前が言うな。あの方を苦しめている、お前が言っていい言葉じゃない!」
怒鳴り、怒りを顕わにするアランを、マリアンヌは軽蔑の眼差しで見つめた。暴れようとする彼を、騎士が二人がかりで押さえ込む。その姿に、赤い紅を引いた唇の両端を上げ、満足げに弧を描かせた。
「連れて行って。そして、いつもの罰則を。」
何が起きたか知らない騎士たちも、アランがマリアンヌの気分を害した事は察していた。だが、それ以上に主が彼女の妹の騎士を酷く怒らせた事も察していた。
理不尽に罰則を受けさせられるのであろうその人を哀れに思いつつ、言われた通りに地下に在る牢屋へと連れていく。そして、両腕を上から吊るされる手錠で拘束すると、振り返る事無く出て行った。




