1.二分咲きの薔薇Ⅲ
楽園の薔薇
1.二分咲きの薔薇
<3>
「で?フルネームでなんていうの?」
部屋につくと、イスフィールはレイアースを振り返り、そう聞く。
深い緑色の瞳。
紙はその瞳に似合わない黒だった。
そんな彼を見ていると、深い色に引き込まれるような錯覚を覚える。
レイアースは、少し驚いたような顔をした後、目を閉じて吐息のようにつぶやいた。
「メイデン・レイアース」
「地球での名前は?」
またイスフィールが問うと、レイアースは少し考えるような顔になった。
「…覚えていない。というより思い出せない。」
そして、ふとレイアースが床に目を向ける。
「?」
「お前…薔薇のペンダント、つけてないのか?」
「へ?…あっ!あの時セイレーンに投げつけた後、すっかり忘れてたっ!!」
しゃがんで探し始めたイスフィールを見て、レイアースは思わず笑ってしまった。
「お前さあ…。普通投げたりしねえだろ。そんな大切って言われてるものを。しかも、護衛に向かって。」
イスフィールは、しゃがんだままレイアースを見た。
そして、また下を見る。
「大切だなんて思ってないもの…」
イスフィールがつぶやいた言葉は、意外な言葉だった。
エプスタイン家の人々は、薔薇のペンダントは神聖な物だと教えられてきたはず。
もちろん、イスフィールもそう教えられてきた。
それなのに、イスフィールは大切だなんて思うことなど、あるわけがない。
「なぜ?」
レイアースが問う。
イスフィールはやっと見つけたペンダントを握りしめて語った。
「だって、私はこれのせいで、ここに閉じこめられた。」
その言葉を聞き、レイアースの目が驚きで薄い緑色に変わった。
「私は薔薇だったから。…さっき父様が言ったとおり、薔薇は命を狙われるの。闇の人の手によってね。そのせいで、何もない真っ暗な部屋で、私は過ごすことになった。」
「でも、それって薔薇のせいじゃないんじゃ…。」
「薔薇のせいよ!だって、闇の人がいたって、薔薇じゃなかったら、そんな風に過ごさなくてもよかったの!全部、薔薇のせいだもん…。」
子供のようにイスフィールは繰り返した。
するとレイアースが、しゃがみこんでくしゃくしゃとなでた。
さっきとは少し違うような感情がこもっている。
「お前、やっぱり薔薇にそっくりだ…。」
レイアースの目は少しうるんでいて、明るい緑色になっていた。