08:包囲網の憂鬱
そろそろか、とアルゼンタムは時間を確認して仕度を始めた。以前から様子を見ていたが、そろそろ一度行っておくべきだろう。
この屋敷は元々スカイ家の別荘だった所為か、長期保存が出来る倉などはあるが菜園は存在しない。グローリーの存在を広めるわけにはいかないので、もちろん届けてもらうことも出来ない。なので日用品や食料などはアルゼンタムが定期的に買出しをしているのだ。
最初は戸惑ったが、今ではごく普通に行えている。身体を鍛えていないので大した量は運べず、それなりの頻度で街に向かうためだ。流石にグローリーの下着や生理用品などを買うときは困ったが。店員に気遣うような苦笑いをされた。今でも恥ずかしくはあるので悩みの種である。
買い物メモを確かめて、アルゼンタムは薔薇園の方へ歩を進める。と、くい、と服に引っかかりを感じた。
違和感を感じて足を止めると、グローリーが困ったように唇を引き結んでアルゼンタムの袖を掴んでいた。
「どうしたんですか、グローリーさん」
しゃがみこんで目線をあわせ、優しく問いかける。完全に子ども扱いだが、そうとしか思えないのだから仕方が無い。ぎゅっと掴んだ服を弄りながら、グローリーは潤んだ目でまっすぐにアルゼンタムを見つめた。
「も、戻ってくる?」
「当たり前ですよ。ちょっと買出しに行くだけですから」
大丈夫ですよ、と。赤の混じる白髪を撫でてやると、グローリーはくすぐったそうに笑みを零した。蒼髪であるエルウが平気になった所為か、あのパーティーから半年ほどでずいぶん表情が豊かになった。その点においては感謝しても良いかもしれない、とは思う。
エルウとはなんだかんだで、たまに遊びにいっては毒舌を交わす仲に落ち着いていた。毒舌を交わすといえども決して仲が悪いわけではなく、むしろ良いくらいだ。互いに気を許しているからこそ、正面きって悪口を言い合えるのである。
「悔しいなあ……」
だからこそ、彼女が妬ましくも思える。自分が一年かけても出来なかったことを、ただその色を持つというだけでやってのけてしまった。半年はあったといえど、グローリーはここから出られないのだからあれ以来直接は会っていないのに。
「ん、なあに?」
「なんでもありませんよ」
首を傾げたグローリーへくすぐるように頬を撫でると、きゃあ、と悲鳴と笑顔が溢れる。表情にあわせるように、感情もまたグローリーの中で分岐し複雑化している。出会った頃は不快感や恐怖といった感情しか持たなかったが、今はよく笑い言葉数も増えた。
だからこそ、戸惑う。人形のように無垢だった彼女は、いつしか人間のようになる。
それを望まないなんて、あるはずないのに。
「いってらっしゃい、アル」
向けられた透き通った無垢な笑顔に、アルゼンタムはかろうじて笑顔を返した。望まないはずなんてない、こうやって感情が増えていくのを見るのは喜ばしいことだと納得させる。優しく頭を撫でてやり、違和感のぬぐえない言葉を返した。
「いってきます」
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庭の片隅にある転送装置を使い、近場の街まで転移する。どういう理屈かは知らないが、魔力がないアルゼンタムでも扱える優れものだ。そういったことに詳しそうなシグレに聞けば分かる気もするが、あのパーティー以来会っていない。アルゼンタムはグローリーの世話があるため長く屋敷を開けることはできないし、シグレは学生だ。接点などあるわけが無い。
「せっかく仲良くなれたのに……せめてなんていう学校なのか聞いておけばよかったかな」
でもこっちの出身とかは明かせないしなぁ、なんて独りごちながら慣れた街を散策する。見目麗しい貴族のお嬢様とお近づきになれたことよりも、少し仲良くなった少年のことが気にかかる。今までの友人関係のわびしさの賜物だった。
ため息をつきつつ手元のメモを確認する。この世界の文字は読み書きできないので、書かれた文字は故郷のものだ。『組織』のおかげで言葉は通じるのだが、文字まではカバーできないらしい。
「えっと、今日は魚と肉と……調味料もいくつか買わなきゃな。うーん、分けて運ぶか?」
アルゼンタム一人で運ばなければならないので、金銭に余裕があっても大した量が買えないのだ。割と頻繁に訪れるので顔なじみの店も何軒かあるほどである。そして
「あ、アルゼンタムさん! 今日は何を?」
「そんなのよりっ、今日こそうちに寄っていってください! サービスします!」
「ちょっと、今日こそアタシのところで買うのよ! 順番は守りなさいよ!」
毎回といって良いほど、街に入ってすぐに少女たちに捕縛される。というか順番ってなんのことだろう。
場違いな雰囲気の少年がどこからか買い物に来る、ということで最初こそ街の人からも警戒されていた。が、可愛らしい子供であることを最大限に活用して、アルゼンタムは瞬く間に街に受け入れられた。
アルゼンタムの正体について言及する者は居ないが、どうやら「良家に仕えて身を立てている没落貴族の御曹司」というよく分からないキャラ付けで落ち着いたようだ。微妙に外していない辺りが侮れない。
アルゼンタムは周囲を囲む甲高い声に辟易しながらも、なんとか笑顔だけは保って声をかけた。
「えっと、今日は食材の買出しに……とりあえず魚屋に」
勝利の雄たけびと失意の悲鳴が上がった。アルゼンタムが歩けば、まるでどこぞの童話のようにぞろぞろと少女たちがついてくる。身なりの良いアルゼンタムはもちろんのこと、少女たちも素朴ながら懸命に着飾っているのでちょっとしたパレードのようだ。
「今日は他にどこに行くんですか?」
「あの、買い物の後、お時間あります? 良ければカフェにでも」
「抜け駆けじゃなしよ。ね、アルゼンタムさん、皆で行きません?」
周囲から質問の嵐が飛び、過剰だと思われるスキンシップに頬が引きつりそうになる。腕や身体に押し付けられる暖かで柔らかい感触も、アルゼンタムにとっては邪魔だとしか感じない。きゃあきゃあと甲高い声が耳障りで、互いに牽制をかける少女たちの攻防が煩わしい。
「も、もう少し、離れてくれ、ませんか」
アルゼンタムのはかない抵抗に、不満の声が上がる。照れてるんですかぁ、可愛いですね、私の方がグラマーですよ、とよく分からない主張まで始まる始末。好意を向けられているのだろうと予想はつくのに、全く思い通りに行かない。好意を抱けば、その人に尽くそうとは思うのではないのだろうか。
「…………はあ」
アルゼンタムも男なので女性に抱きつかれれば悪い気はしないし、可愛らしい少女なら尚更だ。しかしこうもあからさまに群がってくると気持ち悪く感じる。アルゼンタムについて何か知っているわけでもないのに、ただ見た目と態度に寄ってきた他人。
吐き気がする。表面ばかり取り繕った人間のおぞましさは、言葉にならない。街に来るたびにこうして気疲れするので、買い物はいつも最低限だ。
アルゼンタムは甲高い声を聞き流しながら、誰にも聞こえないような声で呟いた。
「憂鬱だ」
見上げた空は抜けるような快晴。何故だか無性に、エルウとグローリーに会いたくなった。




