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蒼銀の光  作者: 糸冬すいか
第一章
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07:心のうち

 ホットサンドを片手にダイニングに戻ると、妙に緊迫した空気が漂っていた。楽しそうに笑う『心眼』の視線を追い、ため息をつく。

「……あ、あるっ」

 細く空いたドアの隙間から、グローリーが涙目で覗いていた。ドアを掴む小さな手が小刻みに震え、視線がアルゼンタムと『心眼』を右往左往する。

「その、あおいひと、だれ」

「グローリーちゃんおっはよー。ほらほら、まずは朝の元気な挨拶からといこうじゃない。挨拶は円滑なコミュニケーションの基本だよ?」

 にこにこと笑みを浮かべてまくし立てる『心眼』に、グローリーの涙が膨れ上がった。見知らぬ他人、蒼っぽい髪と瞳、会話が通じない、と恐怖心を煽る要素でいっぱいなのだから無理もない。アルゼンタムが戻ってくるまで、ずっとこうだったのだろうか。

 とりあえず手に持っていた皿をテーブルに置き、グローリーに近寄って膝をついて抱きしめた。身長差が激しい為、こうでもしないと抱きしめてやることすらできないのだ。肩を優しく叩き、ゆっくりと頭を撫でる。

「……怖かったですね。もう大丈夫ですよ」

「良いシーンっぽく言ってるけど、確実にボクが悪役じゃないか」

「何か間違いがあるとでも?」

「うっわ、良い笑顔ー」

 グローリーが”蒼”にトラウマがあることを承知で話しかけるのだから、悪意以外の何ものでもないだろう。『心眼』の髪と瞳は黄緑みがかっているものの、明るい水色。グローリーが恐れるには十分だ。

 震えるグローリーを宥めながら、アルゼンタムは『心眼』に責めるような視線を向けた。

「グローリーさんを虐めないでください」

「虐めるだなんて人聞きの悪い。ただ挨拶してただけじゃない」

「友好的に挨拶したいなら、まずはその髪をどうにかしてからにしてください」

 染めろ、むしろ禿げろ、と内心で思いきり悪意をこめて呟く。グローリーに聞かせられない言葉は内心で言ってしまえば、『心眼』にのみ伝わるのが便利だ。案の定、『心眼』は顔を引きつらせた。

「その爽やかな品のある笑顔で内心がチンピラとか……」

「そんな人聞きの悪い、ただ本音を零しただけですよ」

「より悪いよ」

 はあ、とため息をついて『心眼』は呆れたようにアルゼンタムを見た。上から下までグローリーとセットで眺め、感情を失った声で呟くように訊ねる。

「……ところでアルゼンタム、自分が今どんな風に見えているか、自覚ある?」

「はあ?」

 急に表情と声色を変えた『心眼』に胡乱な目を向ける。見たくないものを見たかのような、お腹いっぱいとでも言いたげな顔だ。

「どんなって、別にこれといった特徴もないでしょう。兄妹みたいに仲が良い、とでも言いたいんですか?」

 確かに仕えるべき主人であるグローリーと余りに親しいのは、貴族のお嬢様なのだし少々不躾かもしれない。が、ここに居るのはアルゼンタムとグローリーの二人だけなのだ。公の場に出ることもそうないのだし、目くじらを立てることでもないだろう。

 『心眼』はそうじゃなくて、と言葉を濁らせてため息をついた。その呆れを含ませた表情にアルゼンタムはグローリーを見下ろし首を傾げた。グローリーも真似するように、見詰め合ったままこてんと首を傾げる。再び、ため息。

「そんな事しといて自覚ないんだ……びっくりだよ、もう。つまりね、まるで恋人みたいだって言っているんだよ」

「…………は?」

「ああ、本気で思い至らなかったんだね。思考回路に一片たりともそういう方向がないのか。あのねぇ、キミ一応は年頃の男の子だろう?」

「いや、その、若干失礼なのは置いておいて……恋人って何ですか恋人って」

「そんな風に幸せそうな笑みを浮かべて抱きしめあってる姿を見せつけられたら、誰だってそう思うよ」

「……」

 改めて、自分の姿勢を見直す。

 身長の低いグローリーに合わせて膝を突き、怯えて擦り寄ってきたグローリーを慰める為に背に手を回している。グローリーは『心眼』の言葉の意味がよく分かっていないのか、アルゼンタムの胸元に顔を寄せて不安そうに困惑を浮かべている。

 確かに、恋人同士の愛の抱擁に見えなくもない。というかそうとしか見えなくなってきた。

「……14歳と12歳ですが」

「なんかこう、初々しいカップルみたいな。二人とも見た目は良いしねぇ」

 中見が残念だなぁ、という声を無視して、グローリーへと視線を移す。にっこりと笑みを向けると、強張っていた表情が少し和らいだ。

「あれはとりあえず無害だから安心してください。でも情操教育に悪いので部屋に戻りましょうね」

「当人を前にして思い切り失礼だね」

「さ、朝食は部屋で食べましょう」

「しかも無視かい」

 グローリーはアルゼンタムと『心眼』を何度か見比べ、こくりと頷いた。信頼度において、アルゼンタムの指示に従うことにしたようだ。ホットサンドの乗せられたトレーを受け取ると部屋を出て行った。

 足音が遠のいたのをしっかりと確認し、アルゼンタムは『心眼』に向き直った。先ほどまでグローリーに対して優しく笑いかけていたとは思えない冷めた視線で、酷く面倒くさそうに言う。

「全く、ふざけたこと言わないでください。グローリーさんが妙な勘違いでも起こしたらどうするんですか」

「そこまで否定するって、逆にキミの方があの子に失礼だろ……。少し天然っぽいけど可愛いし、キミを慕っているじゃないか」

「ありえませんよ。俺が、グローリーさんに恋愛感情を抱くなんて」

 ここに来てから一年が過ぎ、その間にグローリーは様々なことを吸収していった。赤子がすくすくと育つように、グローリーはアルゼンタムと出会い成長した。

 だからこそ愛しくはあるが、それは恋愛感情とは程遠いものだ。兄妹ですらなく、父娘のようにしか愛情を感じない。年齢は2歳しか離れていないが、親子同然の関係なのだ。恋心など抱けるわけもないし、グローリーもそうだろう。――と。

 『心眼』はそれら一連の思考をアルゼンタムの内心から読み取り、嘆息した。思考回路から恋愛がすっぽりと抜けているのはその所為なのだろう。思春期の少年とは思えない程に慈愛的で、恋慕の発想すらないようだ。

「……しかも自覚はない、ときたか。将来が不安だなぁ」

「何の話ですか。用が終わったらすぐ帰ってくださいよ?」

 アルゼンタムは眉をひそめて『心眼』に言い放った。自分自身の思考回路に疑いがない所為か、アルゼンタム自身は自分の感情をしごく真っ当なものだと思っているのだ。

「ああもう、分かったよ。とりあえずは大丈夫なようだし、他にやることもあるからね。そろそろお暇させてもらおう」

「是非そうしてください」

「……やっぱりキミ、ボクのこと嫌いだろう」

「そんな、本人に向かって言うなんて酷いことできませんよ」

「気遣うような笑顔でそれ言われると傷つくよ!」

 『心眼』とのやりとりもをしている間も、アルゼンタムの心はひどく凪いでいた。多くの人間の心を視てきた『心眼』からすると、とても不安定でどこか燻っているような感覚になる。何か根本的なところでずれている感覚。

 頻繁に様子を見に来るのはスカイ家の動向を探る目的もあるが、アルゼンタムの様子見でもあるのだ。生まれて間もなく『組織』が関わり、人生が大きく歪んでしまっている子。感情移入してしまうのは『心眼』の悪い癖だが、こればかりはどうにもならない。

「ねぇ、アルゼンタム」

 少し調子の落とされた声に、アルゼンタムの体が緊張し強張った。先ほどまでのどこかふざけた調子とは一線を画する声で、『心眼』は静かに問いかける。

「まだご両親に会う気にはならないのかい?」

「……会うつもりはありません、これからも」

 背を向けたアルゼンタムの心はざわざわと波立っていた。苛々する、煩わしい、消えてしまえ。憎悪の言葉と汚いスラングが脳内を埋め尽くす。

「そう……会いたくなったら、いつでも言ってね」

「そうですね、会いたくなったら、連絡させていただきます」

 そんなことはありえないけど、とアルゼンタムは内心で付け加えた。向こうだって、こっちに会うのは願い下げだろう。興味なんてないだろうし、会う理由だってない。

 何せ、物心付く前にアルゼンタムを捨て、以来直接会ったことはないのだから。

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