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蒼銀の光  作者: 糸冬すいか
第一章
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06:ここに居る意味

 ある朝、アルゼンタムがいつものように目を覚ますと、不審者が居た。

「あ、おはよーアルゼンタム。相変わらず無駄な美貌に磨きがかかってるね!」

「何しにきたんですかマジで」

 体を起こし不審者――黄緑に煌めく水色の長髪の少年に胡乱げな目を向ける。少年は同色の瞳をくるくると楽しそうに輝かせて首を傾げた。重苦しい黒いローブですっぽりと体を覆っている割に、その挙動はとても軽い。

「ホラ、定期的に様子を見に来るって言ったじゃない。あの子どう? えーっと、グロテスクちゃん?」

「グローリー! グロしかあってないじゃないですか!」

 あははそうだっけ、と快活にわざとらしく笑う少年から視線を逸らし、アルゼンタムは辺りを見回した。どうやら今回は彼一人のようだ。以前見に来たときはやたらと大人数で騒がしかった。

 何故仕事の様子を見に来るだけなのに、団体で観光に来たかのように一泊していくのか。

「そりゃ、アルゼンタムの料理美味しいし? なんだかんだ言って、もてなしてくれるし」

「……もはや目的そっちのけじゃないですか。良いんですか、『心眼』」

 アルゼンタムの思考を知っているかのように、『心眼』と呼ばれた少年は言葉を返した。浮かべる笑みを大人びたものへ変え、柔らかく目を細める。

「悪いことなんてあるかい? 『組織』に属する者たちが仲良くしてくれるんだもの、友達も増えるし良いじゃない」

「ここは集会場でも遊び場でもありません」

 アルゼンタムの冷たい言葉にも、『心眼』はにこにこと笑うだけだ。アルゼンタムは用意しておいた着替えに袖を通しながら、呆れたようにため息をついた。人前で着替えることに気恥ずかしさを覚えるような年齢ではないし、第一相手が『心眼』ならば恥ずかしがる意味もない。

 一番隠したいことでさえ、彼の前では丸裸も同然なのだから。

「まったく……定期的に様子見とか言っても、こんなところじゃ何も起こらないでしょう」

「いやいや、起こるかもしれないじゃない。ほら、スカイ家って何かときな臭いし」

 それに、と無邪気に『心眼』は言葉を続ける。

「異世界のことを見回らないと、『組織』の名が廃っちゃうしねぇ」


   +++++


 異世界――文字通り、異なる世界。

 国が、文化が、環境が異なるというだけではない。それは世界という言葉の通り、世界を構成する基盤が、次元そのものが異なる。この世界は魔力が巡り魔術が栄えているが、魔力など存在しない世界もある。魔術に近しいものはあっても、その理論が同じことなど世界の数が無限だろうとまずないだろう。

 その境目は時折触れあい、稀にその境を越えるモノもある。意思の有無など関与せずに、属する世界と違う世界へと渡るのだ。そういって渡ったモノを元の世界に帰したり、その世界の規律を乱すようであれば相応の処理をする。それがこの『組織』の主な仕事だ。

 さっさと部屋を出るアルゼンタムを追いかけ、『心眼』は早歩きの背中に声をかけた。外見は幼い少年そのものなので、後ろを付いて回る姿は愛らしくもある。が、その中見は酷くたちの悪い老獪な存在であるため可愛がろうという気はない。

「グローリーちゃんは、まだぐっすりお休みか」

「そりゃ、こんな早朝に来ればそうでしょう」

「好都合だもの。あの子に異世界の話を聞かせるわけにはいかないからねぇ」

 異世界の存在を、不用意に教えてはならない。

 この仕事に就く際に何度も注意されたことだ。数少なくはあるが異世界へ故意に渡る力を持つものも存在する。異世界を取り仕切る『組織』からすれば、異世界の存在を意識する者を不用意に増やすのは得策ではない。

 だから、アルゼンタムは自分の出自をおいそれと漏らす訳にはいかない。エルウに尋ねられた時はひやりとしたが。

「誤魔化すのも面倒なんですよ。グローリーさんは気にしませんけど、気にする人も居ますし」

「あはは、その辺はキミの口八丁に任せるよ」

「完全に丸投げじゃねーか」

 思わず敬語が抜けた。普段は敬語で話しているのが楽なので敬語で話しているが、気を抜いていると地の口調が出てしまう。『心眼』に対しては気を抜いているというよりも、敬意が今一ないからなのだが。育った環境が大きく変わった事がある所為か、どうにも口調に統一性がない。

 アルゼンタムもまた、異世界の出身なのである。それも、二度三度と住む世界と身分を変えている。

 ある世界では普通の子供であり、ある世界では貴族として。『組織』では珍 しくもない経歴だが、アルゼンタムはその経歴によりグローリーの世話係に命 じられた。

 アルゼンタムが貴族として過ごした世界とこの世界の貴族文化が近いものであったこと。アルゼンタムの容姿が然程目立たないこと。それらの理由により、アルゼンタムはグローリーの元へ派遣されたのだ。

 グローリーの世話係として、アルゼンタムの存在は適任だった。

 存在を隠さなければならないグローリーの存在を知る人間は、決してスカイ家を裏切ってはならない。もちろん、様々な方法で外へ情報が漏れることは防いでいるが、何より注意すべきなのはやはり世話係だ。

 だからこそ、どの貴族の陣営にも属さず、世界からも外れた異邦者――アルゼンタムを『組織』は売り込んだ。その際、異世界の人間であることを知らせずにどんな手練手管で丸め込んだのか思うと、『心眼』のことがそら恐ろしく もある。

「何失礼なこと考えてるのさ。ボクはただ仲介をしただけだよ?」

 『心眼』は唇をとがらせ、無言のアルゼンタムに言葉を返した。正しく、心の眼で読み取ったかのように。

 幼い外見に反して、『心眼』は他人の心を読み取る力を持つ『組織』の実質的リーダーだ。本人曰く、化身という生物ですらない永遠に近い存在。何百年も生きているとか、血の繋がらない子供が居るとか、恋人が居たとか。どこまで真実かは知らないが、噂には事欠かないきな臭い存在だ。

 沈黙を続けるアルゼンタムに『心眼』は唇を尖らせた。外見相応の子供っぽい仕草で不満を顕わにしてぶちぶちと呟いた。

「あーもう、また脳内で人のことをそんな不審者扱いするー。そんな酷い子に育てた覚えはないよ?」

「奇遇ですね、俺も育てられた覚えがありません。第一……」

 育ての親は、ただ一人だけだ。

 零れそうになった言葉を飲み込んでアルゼンタムは口を噤み、『心眼』から視線を逸らした。彼のことだから赤裸々に内心を読み取っているのだろう。どうせ知られると分かっていると、どうにも口が緩んでしまうようだ。

 そんなことより、とアルゼンタムは無理やり思考を切り替えた。朝食を作らなければならないし、そろそろ街に下りて買出しもしなければならない頃だ。必要なものを頭の中でリストアップし台所へ向かうと、『心眼』は飽きたのか付いてこなかった。飲食が出来ないとか前に零していたので、台所は縁遠いのだろう。

 磨き上げられたシンクを前にして、何にしようか、と考えを巡らせる。グローリーは最近ますます表情が増えてきており、笑顔を零すことも多くなってきた。アルゼンタムの料理を食べて、おいしい、と笑う。何を食べてもおいしいなので、少しつまらなくもあるが嬉しくもある。

 そんな顔をもっと見たいと思うから、この先の見えない日々も過ごしていける。

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