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蒼銀の光  作者: 糸冬すいか
第一章
6/26

05:互いに

 エルウは自分のティーカップを手に取り、紅茶で唇を湿らせた。そうしてアルゼンタムに視線をやる。

「ワタクシからすれば、相手の魔力量を見破ることも容易いですわ。それにその反応、あまり魔術を見たことがないのかしら? 育ちが良いだなんて、よく言えましたわね」

 貴族であるということは、魔術師であるということとほぼ同義だ。少なくとも、その環境において魔術はとても当たり前のものだ。そして貴族の魔術師にとって、スカイ家にとって、強い魔力を持つかどうかが個人の判断の最大の観点となる。

 エルウはティーカップをソーサーに置き、アルゼンタムに視線を向けた。澄んだ翡翠色の中に、笑みが混じる。

「底辺の存在がよくもまあ、スカイ家に潜り込めたものですわね」

「……反論はしませんよ。俺には、魔力がない」

「あら、面白みのない反応ですわね」

 アルゼンタムは表情を変えることなくティーカップを傾けた。風味を味わうこともなく流し込み、不機嫌そうな顔を取り繕うことなく答える。

「少々、特殊なんですよ。魔術に親しみのない環境で育ったもので。魔術なんて、戦争くらいにしか使っているのを見たことないですし」

「戦争? アナタ一体どこの国の人ですの。そんな使い方はあまり聞きませんわよ?」

 エルウの言葉に、アルゼンタムはにっこりと爽やかな、かつ薄っぺらな笑みを浮かべた。そのまましばしの沈黙が流れる。

「……言う気は更々ありませんのね」

「こっちも諸事情がありますから」

 スコーンを口に放り込んで咀嚼し、アルゼンタムは目線を逸らした。アルゼンタムの諸事情は、言っただけで巻き込んでしまう代物だ。迂闊に口に出すことも出来ない。

 エルウはアルゼンタムの態度にしばらく顔をしかめていたが、諦めたのかため息をついて紅茶に口付けた。お互い言っていないことは山ほどあるが、詮索をしても時間の無駄だ。

「そういえば、手紙でも書いていたんですか?」

「え」

 目線を逸らした先――机の上に置かれた紙とペン、インク壷を示して言うと、エルウは表情を凍らせた。気にせず、なんの装飾もない紙を眺めて言葉を続ける。貴族相手に手紙を送るなら、金や銀で装飾されていてもおかしくないものだが。

「随分、質素な紙ですね……誰か、知り合いにでも?」

「え、ええ。まあ、その、そんなところですわ」

「なんだ、クラウディか」

「どうして分かりましたの!?」

 焦りながら頬を染めるなんていう乙女な行動を見せ付けられれば分かろうというものだった。相手がシグレ・クラウディならば、変に上質な紙を使うこともないだろう。

 が、その紙はインクの染み一つなくまっさらであり、一言も書かれていなかった。書かれていたところでアルゼンタムには読めないのだが。

「どうして何も書いてないんです? 話題に困るってこともないでしょう」

「だって、その……」

 口ごもりただの少女のように俯く様子に、アルゼンタムは苦笑をかみ殺した。近況を綴るだけでも彼は喜びそうなのだが、やはり彼女も恋文ともなれば緊張するのかもしれない。

「し、”親愛なるシグレ君へ”では馴れ馴れしすぎるかしら……でも”拝啓、シグレ様”は堅苦しく思われそうですわ……」

「そこから悩むのかよ……」

 話題以前の問題だった。アルゼンタムの呆れた声を気にせず――というより気付いていないのだろう、エルウは紙と向き合ってその整った顔を困惑に染めている。そうしていると、本当にただの少女のようだ。

 人形の様に整った相貌に朱が指し、翡翠の瞳は戸惑うように揺れている。ドレスに包まれた細い手足は妖精を思わせる造形、空色のグラデーションは緩やかにウェーブして背へと流れている。美しい、と表現するのが正しいのだろうが、その表情の所為かどうにも可愛らしいという印象が強い。

 その横顔を眺めて、アルゼンタムは無言のまま背後へと忍び寄った。


   +++++


 長い沈黙の後、ようやくペンを手に取ろうとしてエルウは違和感に気付いた。いつも視界の端に見える空色が少ない。そういえば、首筋に風が通っているような。

「……っな!?」

「あ、動かないで下さいよ。あと少しなんですから」

 アルゼンタムが背後に立ち、何故か髪を結い上げていた。振り返ろうとしたエルウの肩を掴んで止め、アルゼンタムは真剣な声で続ける。

「全く、なんで背に流すだけなんですか。グラデーションが映えますけど、かなり長いんですから少しは結い上げましょうよ」

「な、何を言ってますの!?」

 肩に置かれた手に、エルウの体が強張る。エルウは貴族のお嬢様なのだ、異性と触れ合うなど滅多にあることではない。踊ったときに触れ合っていると言えばそうなのだが、あれは形式美的なものだ。それ以外の触れ合いなど慣れておらず、心臓に悪い。

「っ、手をどけなさい!」

「じゃあ動かないで下さいよ?」

 アルゼンタムは一言言うと肩から手をどけ、また髪を結い上げる作業に戻った。が、それでも背後に立たれたままなので、妙な居心地の悪さがある。エルウは先ほどまでアルゼンタムの手が乗っていた肩に手をそっと触れ、顔に困惑を浮かべた。こんな風に親しげに肩を触る存在など、今まで居なかった。

 アルゼンタムは夢中になって髪を弄っていたが、しばらくして大きな息をつくと手を離した。

「髪飾りを使えなかったのが残念ではありますが、まあこのくらいにしておきましょう」

「一体何をやったんですの……?」

「自分で確かめてくださいよ。鏡、どっかその辺にあるでしょう」

 不機嫌そうな言葉とは裏腹に、アルゼンタムの顔には満足げな笑みが浮かんでいる。エルウは魔術で鏡を手元に寄せ、恐る恐る自分の姿を確かめた。

 左右へ細く編まれた三つ編みが後頭部へと回り、ふわりと流れるように纏められた残りの髪へと繋がっている。空色のグラデーションが上手く利用されて、上品に、しかし可愛らしく結い上げられていた。

「やっぱりグラデーションの色を生かすには編みこむのが一番ですね。毛質自体に緩やかなウェーブがかかってますから、全部纏めきらずに少し残して流したのも正解でした。飾りがないのが惜しいですが、及第点って出来ですね」

 ぶつぶつと自己評価を呟き、アルゼンタムはようやく髪から手を離した。エルウはほっと胸を撫でおろしたが、アルゼンタムは離れるどころか接近した。至近距離でエルウの顔を覗き込み、アルゼンタムはふわりと笑みを浮かべた。

「うん、可愛い」

「……ッ!!」

 見る見るうちにエルウの白い肌が薄紅に染まりあがった。美しい、綺麗と世辞を並べられることは今までもあったが、可愛いだなんて言われなれていない。

「っ、な、何を言っていますのこのワカメ!!」

「ワカメは止めてください! っていうかその綺麗な髪を放っておく貴女の神経が理解できませんね! 馬鹿じゃないですか!?」

「ば……っ、喧嘩を売ってますのっ?」

「はあ? 褒めてるに決まってるでしょう!」

「とても褒められてるとは思えなくてよ。というか、髪フェチですのね、この変態!」

「変態には異論がありますが、髪フェチはまぁ譲りましょう」

「否定しませんの!?」

 お互いに、知りたくもない一面が垣間見えた瞬間だった。


   +++++


 余談だが、エルウは手紙にアルゼンタムの気に喰わなかったところを列挙して送り、後日その手紙を読んだシグレが若干思い悩んだり嫉妬したりすることになる。

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