04:空色の少女
パーティーも終わりに差し掛かりエルウやシグレと分かれた頃合を見計らって、アルゼンタムはそっとグローリーに尋ねた。
「エルウさんと一緒に居ましたけど、大丈夫でしたか?」
「……?」
グローリーは無言のまま首を傾げ、アルゼンタムを見上げた。質問の意図が伝わらなかったらしい、と気付いて言い直す。
「えっと、エルウさんも空色の髪でしょう? ……大丈夫、だったんですか?」
グローリーの恐怖の対象である、空色の髪。だがアルゼンタムが気が付いたとき、グローリーはエルウに寄り添うようにして座っていた。あんなにも蒼を怖がっていたのに、だ。
グローリーは唇を引き結び、視線をさまよわせた。しばらく間を空け、ゆっくりと口を開く。
「最初は、怖かったけど……お姉さま、優しくしてくれたから」
「ちょっと待ってください」
思わずグローリーの言葉を遮ってしまった。不思議そうな顔で見上げるグローリーを見つめ返し、眉間によった皺を指でほぐす。今聞こえた言葉を脳内で反芻し、アルゼンタムは確かめるように言った。
「……おねえさま?」
「そう、呼んで良いって、言ってたから。だめ?」
不安そうな表情で小首を傾げて見上げられると、とても駄目だなんて言えない。何なのだろう、何故か脳内に百合の花が咲き乱れる。
「っていうか、血縁……いや、良いのか?」
そもそも従姉妹なのだから大きく間違っているわけではないし、他の人間に聞かれなければ良い話だ。聞かれたからといっても、ただ年齢的に姉のようだから慕っていると説明すれば言い訳は立つ。
だが、なんとなく納得がいかない。何故会って数時間でそこまで仲良くなっているのか。アルゼンタムがグローリーとまともに会話できるようになるまで、実に半年近くかかっていたのに。
アルゼンタムは迷いながら、グローリーに言い聞かせるように確かめた。
「駄目とかそういう問題ではなく……呼んで良いって言うのは呼ばなければならないって事じゃないんですよ?」
「うん、でも、なんだか家族みたいで、素敵だなって思ったから」
その言葉に、アルゼンタムは違和感を覚えながらも妙に納得もしていた。父母の顔すら知らない、血縁者を恐れるグローリーが、”家族”というものに羨望を抱く。親に存在を見離された子供だからこそ、家族というものに憧れた。
「お姉さま、良い人、だよ……?」
不安げに言うグローリーの頭を撫でて、アルゼンタムは苦笑した。アルゼンタムの沈黙を怒っていると思ったのだろう、袖をぎゅっと掴んで見上げる顔はどこか怯えも混じっている。
「分かってますよ。その、俺とは少し合わないってだけです」
「あわない……?」
「……苦手、なんですよ」
あれだけ酷い事を言ったアルゼンタムを慮り、気が付くまでグローリーを慰めていたのだ。その彼女を厭う理由はない。ただシンプルに苦手なのだ。
彼女自身が、ではなく、彼女の立っている場所が、だが。
それは容易に、アルゼンタムの思い出したくないことを思い出させる。
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「という訳で会いに来ました」
「何がという訳なんですの」
呆れた様子を隠そうともせず、エルウはアルゼンタムを部屋に上げた。来客といわれて部屋に招けば、先日毒舌を交わした相手だ、呆れもするだろう。
手に持った包みをテーブルに置きながら、アルゼンタムはため息をついて言った。
「グローリーさんが貴女のことを随分気に入ったらしくて。その、先日はこっちも失礼でしたからね。一応、謝罪の気持ちを表しに来ました。手土産も持ってきましたし」
「手土産?」
怪訝そうな顔をするエルウに、包みを開いて見せた。ふわり、と部屋の中に暖かな甘い香りが広がる。
「かぼちゃのスコーンです。試作は結構作ったので、味は保障しますよ」
薄くオレンジに色づいたスコーンには、かぼちゃの種が彩りを添えている。更に容器に入れたクロテッドクリームと林檎のジャムを取り出し、机の上に並べた。その様子に、エルウは絶句といった面持ちでぎこちなく言う。
「……アナタが作りましたの?」
「何です? 毒は入れてませんよ?」
首をかしげながら、アルゼンタムはスコーンにクリームとジャムを塗りつけた。焼き立てとまでは行かないが、まだ仄かに暖かさの残る作りたてのスコーン、かぼちゃと林檎は甘さの相性も良いはずだ。その手馴れた仕草に、エルウはため息をついた。
「本当に庶民なんですのね」
「育ちは良いですがね、今はグローリーさんに仕える身ですよ。……はい、どうぞ」
アルゼンタムが皿ごと差し出すと、エルウはしぶしぶといった表情でスコーンを手に取った。少し躊躇いながらも、スコーンを口に運ぶ。そのまま微妙な顔で咀嚼し沈黙を続けるエルウに、アルゼンタムは苦笑を浮かべて聞いた。
「どうです? グローリーさんは美味しいとしか言わないので、率直な意見が聞きたいんですが」
「……もっと甘い方が好みですわ」
「まずくはないんですね」
素直でない返事だったが、その食の進み具合からして上々の出来だ。アルゼンタムはちゃっかり自分の分も用意し、口に含んだ。口内に広がる甘味を確かめ、眉を寄せる。
「んー、俺はコレくらいが良いと思いますが……ムーンリットさんもしかめっ面してたしなぁ」
「何故そこでお父様の名前が出てきますの!?」
驚愕の事実が判明した。狼狽するエルウに、アルゼンタムは手に付いた粉を払いながら答えた。
「最初に屋敷に入ってお会いしたので、御両親用に持ってきていた分を渡したんですよ。あ、でも奥方の方はにこにこして食べてましたね。一応、毒見って言う意味合いもあったと思いますが、喜んでいただけたようで何よりです」
「本当に食べさせたんですのね……」
呆れたようにエルウが呟く。実際、アルゼンタムも驚いたのだが、自身で食べているところを見せれば警戒も解けるだろう、という理由によりティータイムとなった。
「っていうかなんで最初に父親が出てくるんですか。普通に使用人かと思ったら父親で凄い驚いたんですが」
「うちに使用人は居ませんわ。大抵のことは魔術で済ませますもの」
エルウは言葉と共に、テーブルの脇に置かれていたティーセットを指差した。途端にふわりとそれらが浮かび上がり、カップに紅茶を注ぐ。ソーサーとセットになって、エルウとアルゼンタムの前にゆっくりと舞い降りた。
「……なんて生活感溢れる魔術だよ……」
得意げなエルウに、アルゼンタムは絶句といった面持ちになり思わず呟く。驚きすぎて敬語が抜けていた。
「ワタクシほどの魔力があれば、これくらい造作もなくてよ。ま、アナタには縁のない話かしら?」
くすり、とエルウの唇に嘲笑が浮かんだ。アルゼンタムは紅茶に目を向けたまま、エルウに問いかける。
「どういう意味ですか」
「アナタ、魔力が全くありませんわね?」
ティーカップに伸ばされようとした手が止まり、アルゼンタムはようやくエルウに視線を向ける。エルウはくすくすと笑みを零し、その銀の視線を受け止めた。




