03:抉った言葉
ステップ、ターン、観客へ振りまく笑顔。
半ば無意識に次々と出てくるそれらに、アルゼンタムは内心で驚いていた。一度取った杵柄、覚えたことは早々忘れないようだ。多少文化が違うといっても基本は変わらず、周囲の見蕩れる視線に笑顔を振りまく余裕もあった。
そこまでの注目を受ける理由が、踊っている間に遅まきながらようやく気付いた。少女は空色の美しい髪を持っていた。この髪色を持つ少女など、一人しか居ない。このパーティーの主役、エルウ・ダーク・スカイその人だ。
目立つな、と言われていたがこの目立ちようはどうしようもないだろう。アルゼンタムの方から誘ったわけではなく、誘われたら断れないのは明白だ。何より目立ってはいけないのはグローリーの方であるのだから、自分が目立つくらい良いだろう、と内心で無理やり納得させた。
「……と、」
どのくらいの間だったろうか、曲が終わりゆっくりとステップを止める。エルウに向き合って礼をし、軽く周囲の観客にも会釈して彼女に背を向けた。グローリーを待たせてしまっている、早く戻らなければ。
と、凛とした声が背後からかけられた。
「アナタ、どこの家のお方? 名前くらいは覚えてさしあげますわ」
心の中で苦虫を噛み潰しながら振り返ると、エルウがまっすぐにアルゼンタムを見つめていた。人違いと思いたいがそうも行かないだろう。幸い、先ほどまでよりかは人目は離れている。
アルゼンタムはエルウへ目を向け、薄く笑みを浮かべて口を開いた。
「俺はアルゼンタム・シュバルツ・リード。貴族でもなんでもない、ただの一般庶民ですよ」
ただし、その言葉には思い切り侮蔑の感情を含めたが。
端的に言ってしまえば、光を浴びて輝く少女の立場に気分がささくれ立っただけだった。同じ一族の少女でありながら、隠匿されるグローリーとは対極の位置。周囲から守られ、誉れを受け、愛される立場。
その立場が、たまらなく憎らしく思えた。
エルウは一瞬驚きを浮かべたが、すぐに対抗するように毒舌を返した。
「庶民と踊っ……!? 貴族気取りも分を弁えなさい。なんですの、その頭。ワカメ?」
「髪癖が強いのは認めますが、ワカメってなんですかワカメって! それに気取っているわけではなく、育ちが現れていると言ってほしいですね」
「育ち? 貴族の――ワタクシの苦労も知らずに、よく言えたものですわ」
苦々しく歪められた表情に、どこか懐かしい気持ちを感じた。数年前までの自分を見るような、痛ましさと恥ずかしさが混同するような気持ち。どこか似ているからこそ、こんなにも憎く思えるのだと気付いた。
知っているよ。そんな言葉を飲み込んだ。アルゼンタムは貴族の生活を知っている、知っていてその上で言葉を返す。
「知らないですよ。貴女のことなんて興味も無い」
「……良いですわね、庶民はお気楽で」
不快感を表情にまで表し、彼女は毒を返してきた。が、その言葉は確実にアルゼンタムの心を刺した。不幸自慢までする気は無いが、気楽などと言われるような生き方はしていない。
「それはこちらの言葉です。随分と甘ったるくちやほやされて、羨ましい限りです。どうぞそのままお幸せに」
「アナタなんか、どうせ自由なんでしょう? 好きな道が選べて、好きなように進めて。せいぜい楽しんでなさいな」
かちかち、と。時計の針の音が耳障りだと不意に感じた。同時に、彼女の言葉に対する吐きそうなほどの不快感。どこにそんなにも過敏に反応したのか、自分でもよく分からない。
だが、その言葉は確実にアルゼンタムの心を深く抉った。
「……っ、決まった場所にいられるあんたが妬ましいよ! 家族にも愛されて羨ましいもんだなっ、どうせ皆に愛されてるんだろ!!」
「愛されてなんか――っ」
彼女が手を振り上げ、平手でアルゼンタムの頬を打とうとした――その時。
知らぬ影が割り込んで、エルウの代わりにアルゼンタムを殴った。
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夢の中で誰かの声が、枕元の柔らかな歌声が聞こえた気がした。 僅かに開いた目蓋の隙間から、銀色の光が見えた気がした。夢うつつの中でその誰かへと手を伸ばそうとし、
「……あ、れ?」
銀色の髪の少年と、顔を合わせた。
貴族にしては質素な身なりだが、透き通った銀色の髪が装飾の必要もなく煌めいていた。きらきらと光る金色の瞳は美しく、利発的な雰囲気と相まって整った相貌を作り出している。年はアルゼンタムよりも2、3ほど上に見えるが、そこまでを判断する間は無かった。なぜなら、
「……っ、ごめんなさい!!」
「え、ええ!?」
恐ろしい素早さで見事な土下座を決めたからだ。
流石に、アルゼンタムも動転して対処が出来ない。目が覚めていきなり土下座をされても反応に困る。視線をさまよわせて、そこが先ほどまでの会場ではなく小さな部屋であることにようやく気付いた。
「……気が付きましたのね」
気まずげなエルウの姿を見て、意識を失う直前に誰かに殴られたのを思い出した。察するに、この少年がその犯人なのだろう。原因であるエルウも共に、この部屋へと移動したのか。
「アル……!」
エルウの隣に座っていたグローリーが飛び起き、アルゼンタムへと駆け寄った。普段は人形のようなその顔を確かに悲哀に歪ませ、アルゼンタムの手を握り締める。声を震わせ、その目には涙を浮かべて。
「アル、大丈夫……っ? 痛くない? もう良いの?」
「……大丈夫、ですよ。痛みはありますけど、そこまでのものではないですから」
殴られた痛みよりも、グローリーが感情を露わにした事に言葉が詰まった。今までは微かな変化しかなく、感情を明確に浮かべることなどなかったのに。そんな彼女が泣くほど心配してくれた事が嬉しく、どうすればいいのか分からなかった。
そっと手を伸ばし頭を撫でると、グローリーはようやく表情を落ち着かせた。柔らかく、しかし確かに笑みを浮かべてアルゼンタムを見上げる。
「よかった……」
「問題ないようですわね。シグレ君、別に頭を下げる必要はなくってよ」
エルウの言葉に、少年が土下座したままだったことを思い出す。シグレと呼ばれた少年はおそるおそる顔を上げた。アルゼンタムを窺うように見上げ、ちらちらとエルウと見比べている。
その様子は加害者であるにもかかわらず、非常に心苦しく感じられた。貴族でもなんでもないのだろうその実直さが、むずがゆくなるような気持ちもある。
「で、でも……そんな」
「俺は気にしてないよ。その……理由もあったんだろうし」
そっと窺うと、シグレがエルウへ向ける視線にはどこか熱っぽいものがあった。エルウから返される視線も、他の人間に向けていたものとは違う柔らかな温かみを含んでいる。
聞かなくとも、特別な存在なのだろうとは慮れた。それならば、エルウを害そうとしたアルゼンタムを殴るのも頷ける話だ。
ほっと息をついて身を起こしたシグレに、アルゼンタムは爽やかな笑みを向けて言った。
「まあ、お返しに一発は殴らせてくれよ」
「そんな笑顔で!?」
「人殴ったことってあんまり無いから、ちょっと興味あるし」
「そんな興味で!?」
良いテンポで言葉が返ってきた。
不思議と会話をすることが楽しく感じられ、シグレに対して遠慮なく対応できていることに気付いた。最初の出会いからして遠慮がなかったからだろうか、気がねなく言葉が出てくる。年の近い同性など今まで身近にいなかった所為か、こういった会話が新鮮で自然と笑みを浮かべることが出来ていた。
この時が四人が出会い、交差する始まりだった。




