02:邂逅の幕開け
「ずいぶん、時間がかかったな」
魔方陣を使い会場となる屋敷に転移したアルゼンタムたちを出迎えたのは、疲れたような声色だった。その声にグローリーの体が強張り、アルゼンタムの袖を掴む手が小刻みに震えだす。その手に自分の手を重ね、アルゼンタムは出迎えた人物へ目をやった。
「……レディーの仕度には時間がかかるものですよ、バムルウさん」
「スカイ本家の人間にへりくだらないのは、君くらいなものだろうな」
人物――バムルウは責めるような言葉とは裏腹に苦笑を浮かべた。蒼薔薇をモチーフとしたタイピン、ウェーブのかかった短い空色の髪は、スカイ直系に近い血筋の者だと見て取れる格好をしていた。
「おれは責めることは無いが……会場では口を慎めよ」
「それくらい、貴方に言われなくとも分かっています」
そっけないアルゼンタムの態度に、バムルウの表情は苦笑から更に苦々しいものへ変わった。
「きみなぁ……おれへの対応が明らかに悪いだろう」
「当たり前でしょう。グローリーさんをあんな屋敷に閉じ込めて……それが姪にす」
不意に。アルゼンタムの言葉を遮るように、ぱちんと空気がはじけるような音が鳴った。音を遮断する魔術を使い、バムルウがアルゼンタムの声を消したのだ。バムルウは先ほどまでとは打って変わって、怒気を孕んだ声を響かせた。
「誰の耳があるかも分からない場所で、血縁を示唆する言葉を使うな」
「どうせ、口を封じる手を打ってあるんでしょう」
「それでも、だ。……その子はスカイ家とは縁もゆかりも無い、他人だ」
グローリーへと視線をやり、バムルウは忌々しいとでも言うかのように顔を歪めた。バムルウは現当主の弟、グローリーの叔父にあたる。当主に代わりグローリーの管理を任されており、アルゼンタムの雇い主もバムルウである。
だからこそ顔を合わせる機会も多いのだが、アルゼンタムは仲良くする気などさらさら無かった。雇い主が誰であれ、アルゼンタムが仕えるのはグローリーだ。そのグローリーを無碍に扱うスカイ家に対しては、悪印象しか抱けない。
「……くれぐれも、発言には気をつけろ」
バムルウはグローリーを一瞥し、ため息をついた。その音にびくり、とグローリーの肩が震える。バムルウはその反応に表情を少し曇らせ、アルゼンタムに向き直った。
「……この格好なら、問題ないだろう。後はせいぜい目立たないように気をつけていてくれ」
「分かりました」
淡々と、事務的なやり取り。グローリーの震える手を引いてエスコートし、アルゼンタムはバムルウに背を向けた。
礼儀云々を考えるならばきちんとした去り方もあるだろうが、これ以上の会話は危険だとお互いに通じたのだ。長く会話をしているところを見られるわけにも行かない。グローリーはあくまで、スカイ家とは他人なのだ。
それが、何よりの戒めだった。
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緩やかな旋律、煌びやかな装飾。広いホールに高名な貴族であろう紳士淑女たちが集まっていた。よくよく見回せば空色の髪がちらほらと見受けられ、スカイ家の者だと分かる。
と、グローリの足が止まり上体がふらついた。慌ててその体を支えるが、顔色が見るからに悪くなっていた。入り口でいきなり立ち止まった二人組に周囲の眼が集まる。
アルゼンタムは無言で少年らしい笑みをにっこりと浮かべ、何でもない、と示して見せた。幸い、グローリーの他にも立ち止まる者はいたので、すぐに注目は解けた。尤も大半の者は豪華な装飾とそこに集まった顔ぶれに驚いて、なのだが。
「……大丈夫ですか? グローリーさん」
アルゼンタムの言葉にグローリーは頷きを返したが、とても大丈夫そうには見えない。端々にある空色や多くの人間に驚いてしまったのだろう。あの屋敷から出たことの無いグローリーは、人が複数居るという状況すらストレスになる。
弱弱しくアルゼンタムの袖を掴む手を取り、壁際まですばやくエスコートした。壁の花となっている者たちからも無遠慮な視線が向かうが、アルゼンタムが笑顔で牽制を返すと視線も離れた。
何度か頭を撫でてやると、ようやくグローリーも落ち着いたようだった。おずおずとアルゼンタムを不安げに見上げ、唇が震える。
「そうだ、何か飲み物を貰ってきます。緊張して喉、渇いているでしょう?」
アルゼンタムの提案に、グローリーは目を見開いて縋るように袖を掴む力を強くした。ひと時でも離れることが恐ろしいのだろうが、喉の渇きは事実らしく、掻き消えそうな声で答えた。
「ん……くだもの、の」
「果汁のジュースですね、わかりました。ここに居て下さい」
アルコールを飲むことは出来ないので、ボーイか何かにソフトドリンクを取ってきてもらうように伝えたほうが良いだろう。基本的にこういったパーティーでは、シャンパンなどの酒類がメインとして並んでいる。手近なところに居るボーイに目処をつけ、グローリーの頭を軽く撫でて優しく声をかける。
「すぐに戻りますから」
「……」
少し戸惑いながらだったが、グローリーは袖から手を離して頷いた。幼い精神年齢に似合わず、恐怖に立ち向かうところなど逞しさもある。
適当なボーイに声をかけ、ジュースのグラスが置いてある場所まで向かった。アルゼンタムは道すがら向けられる視線に爽やかな笑みを返し、困惑していた。どう考えても、飾りで付いてきた従者に向けられる視線ではない。
大方、どこかの貴族の子息だと勘違いされているのだろう。アルゼンタムの格好はパーティーに即した身なりの良い格好であり、アルゼンタム自身の挙動にも気品がある。元々の育ちの所為か、仕草に品があるのだ。
否定をすればいいのだろうが、否定するにしても出自を明確に明かすことが出来ない身の上だ。このまま勘違いさせておけば良いだろう、とアルゼンタムは結論付けた。
ジュースのグラスを前にして足を止め、何にしようか、と視線を走らせた。グローリーは好き嫌いがなく、だからこそ満足させるのは一苦労するのだ。どうせなら喜ばせたい、と甘酸っぱい果物のジュースに手を伸ばし、
「そこのアナタ、ワタクシの手を取ってもよろしくてよ」
澄き通った声に、それを止めた。
装飾も少ないシンプルなドレスを身に纏っていたが、それが逆に身に着ける少女の美しさをより強調していた。緩くウェーブのかかった空色の髪は結い上げられ、ほっそりとしたうなじを覗かせている。 翡翠色に煌めく双眸は退屈に染まってはいたものの、危うげな魅力をもって視線が惹きつけられる。
美しい少女だった。無垢な子供らしさと上品な大人っぽさが交わって、万人が見惚れるような美しさを孕んでいた。
そこまでを判断して、アルゼンタムは内心でため息をついた。貴族だと勘違いされているだろうとは思っていたが、まさか手を取れと――ダンスに誘われるとまでは思っていなかった。嗜みとして覚えてはいるがそれも昔のことだ、完璧に踊れるとは言いがたい。
かと言って、ここで断ってしまうのはまずいだろう。何せアルゼンタムは一般庶民だ、貴族の言葉に逆らえばどんな罰が下るかも分からない。
面倒だな、と内心で呟きながら、アルゼンタムはゆっくりと傅いて手を取った。口元に笑みを浮かべ、聴衆に対してパフォーマンスのように台詞を口にする。
「それでは、一曲だけ。美しい貴女を独り占めしては、嫉妬に焼かれてしまいそうですので」
「……お上手な口ですこと」
少女の人形のような整った顔に、一瞬侮蔑の感情が混じった。すぐに消えうせたものの、アルゼンタムはそれに内心で眉をひそめた。安穏と生きてきたであろうお嬢様には、浮かべられないような複雑な感情の見え隠れ。
どういうことか、と逸れそうになる意識を、流れ始めた曲に集中させる。曲調、立ち位置を判断して、ゆっくりと少女の背に腕を回した。少女の手が肩に当てられたのを確認して、一歩目を踏み出す。
久しぶりだろうと、貴族の余興だろうと、手を抜くつもりはさらさら無かった。




