10:猶予の終わり
「ハッピバースデーイッ! アルゼンタム、17歳の誕生日おめでとう!」
「帰れ」
「酷い!!」
起き抜けに突然耳元でわめかれたら、誰だって不機嫌になるはずだ。アルゼンタムは深くため息をつき、ベッドで身を起こして珍客を見る。『心眼』は手に持ったボール紙製のパーティー帽をアルゼンタムに嬉々として差し出した。
「……グローリーさんに上げたら喜びますかねぇ」
「ちょっとちょっと、目の前でプレゼントの横流しを口に出さないでよ」
寝起きなので若干、発想がボケている。元々、あまり寝起きがいいわけではない。ただ単にきっちりと早寝早起きをしているため、グローリーが起きるころには目もさめているだけだ。
ふあ、とあくびをかみ殺し、アルゼンタムは無駄にキラキラしたパーティー帽を脇に避けた。
「で、なんですか」
「だから、おめでとう。忘れてるみたいだけど、今日だからね、誕生日」
「……あー、そうだったような」
そういえばそろそろだったか。暦の数え方も世界によって微妙に異なるため、よくよく忘れてしまう。去年も『心眼』に寝起きでクラッカーを鳴らされて気付いた。アルゼンタムとしてはおおよそ秋くらいという程度の認識だ。
元々、誕生日なんて祝うものでもないと思っていたため意識していない。去年は『心眼』のクラッカー攻撃にいらいらして罵倒しただけだった気がする。何の嫌がらせかと思った。
「はいはい、どうもありがとうございます。邪魔なんでさっさと帰ってくださいね」
「どうしてそんな爽やかに酷いこと言えるかな!」
『心眼』がぶつくさ言うのを背中で聞き流しながら、手早く着替えて今日の予定を組みなおす。いつも通りに過ごすつもりだったが、『心眼』が騒ぐ以上そうはいかない。
グローリーにも、今日がアルゼンタムの誕生日だと言うのは伝わってしまうだろう。どうせ口止めしたところで“うっかり”口を滑らせるだけだ。ならバレることを前提にしておいた方が無難だ。
「全く、よりによって今日……グローリーさんに変なこと吹き込まないで下さいよ」
「はいはい、大人しくしてるからそう睨まないでよ」
にっこりと笑みを浮かべるが、『心眼』の言う大人しくしているは当てにならない。いっそ物置にしまっておいたロープで縛り付けておくか、と発想が凶悪な方向に向かいそうになる。尤も、貧弱なアルゼンタムが追いかけたところで、心が読める『心眼』を捕まえることは出来ないだろうが。
「とにかく、大人しくしておいてくださいよ」
予定外の来訪に早く起きてしまったが、さっさと着替えてしまおう。今日は買い物に行こうかと思っていたが、『心眼』がいなくなるまでお預けだ。『心眼』とグローリーを二人きりにしたら、どんな妙な入れ知恵をされるかわかったものじゃない。
アルゼンタム17歳の誕生日は、こうして騒がしく朝を迎えた。
+++++
思いの他平和だった。いきなり現れた『心眼』にグローリーが驚いたくらいなもので、騒ぎも何も起こらない。『心眼』は本当に大人しくするつもりらしく、グローリーにも適度な距離を開ける配慮も見られた。
慣れてきたとはいえ、グローリーはいまだに『心眼』が苦手なようだ。青髪云々以前に、人格的な問題だと思うが。
「ふぅ……思ったより大人しいな」
ひとしきり庭のチェックをして、アルゼンタムは胸を撫で下ろした。誕生日だのと言い出すから、てっきり『心眼』が何か仕掛けてくるかと思っていたが、そうでもない。
と、くいと袖が引かれた。アルゼンタムは笑みを浮かべ、おずおずと袖を握り締めるグローリーの前に片膝をついて視線を合わせる。そっと髪に指を滑らせると、困ったようにグローリーは肩をこわばらせた。
「どうしました? 『心眼』に虐められましたか」
「あぅ、そうじゃなくて……お部屋、来てほしいの」
「部屋? 何か、読みたい本でもあるんですか?」
グローリーの読書量は凄まじいものがある。部屋の壁いっぱいが本棚で埋まっているが、しかし身長的に無理のある高さだ。その為、本をとるのにアルゼンタムをいちいち呼ばなければならない。
「う、むぅ……うー」
アルゼンタムの問いかけに、グローリーは何事か呻いていたが、結局ぐいぐいと袖を引っ張るだけだった。急ぎの仕事がある訳でもないので、アルゼンタムは大人しく着いていくことにした。何より、グローリーがこんなにも積極的に行動することは珍しい。好きなようにさせてあげよう、と優しく笑みを浮かべて、懸命に袖を掴む小さな手を繋ぐ。
「袖が伸びてしまいますよ。ほら、ゆっくり行きましょう?」
「う、ごめんなさい」
ぱっと袖から手を放し、グローリーはおそるおそるアルゼンタムの手を掴んだ。自分のものと比べると幾分暖かな手に、アルゼンタムは柔らかく微笑んで軽く力を込め握り返す。小さく幼い彼女が、アルゼンタムに笑顔を向ける彼女が、愛しい。
ゆっくりと歩いたはずなのに、部屋に到着するのは不思議と早かった。グローリーの手を放し、くるりと部屋を見渡す。すぅと手のひらを撫でた空気が、浮かれた気持ちも冷ましていく。
「読みたい本はどれです? 文字が余り読めないので、場所で指示を……」
「アル」
背後からかけられた声は、強張っていた。振り返ると、グローリーは、部屋に置いてあったのだろう小さな包みを差し出していた。頬を染め、緊張した顔で言葉を続ける。
「お、お誕生日、おめでとう、アル」
「……え?」
予想外のことに、アルゼンタムの頭が真っ白になる。ぽかんと口を開け、その包みを見て困惑を浮かべる。思わず頬をつねりたい気持ちに駆られるが、さすがに失礼だと思い直す。
「お、俺に? グローリーさんが?」
「ハンカチに、刺繍しただけだけど……」
「刺繍!? 大丈夫ですか、手に怪我しませんでした?」
慌てて膝をついて手をとり眺める。包みを取り上げて小さな両手を眺め、怪我の痕もないことを確かめてほっと息をついた。大げさかもしれないが、針仕事なんかしてこの手に痕でも残ったら。
「よかった……」
「アル、プレゼント……もっとちゃんと渡したかったのに」
「す、すみません」
片手に持った包みを抱えなおし、そっとリボンを解く。するりと中から現れた刺繍に、アルゼンタムは目を丸くした。鮮やかな青と純白。シルクのハンカチには青い薔薇が咲いていた。その中に一際白く、青薔薇の中に建つ館。
「これ……この、お屋敷ですか?」
「アルの好きな柄、分からなかったから。私の好きなものにしたの」
この館にはそぐわない言葉に、アルゼンタムは困惑を浮かべた。グローリーを捕らえ、閉じ込めるこの館を、柔らかく笑みを浮かべて好きだと。手を伸ばし、ハンカチの模様に指を這わせて、グローリーは微笑んだ。
「アルと会えたから。アルが一緒に居てくれるから。私はこの場所が好きになれた」
「グローリーさん……」
幼い顔つきに浮かべた大人びた笑みに、アルゼンタムは見惚れると同時に、ぞくりと寒気を感じた。嬉しいのに、幸せなのに、頬が熱く染まるのに。
「……アル、あのね」
グローリーがアルゼンタムを見上げる。愛しい存在に見つめられて、触れあった指先がかすかに震える。うるさいほど響く鼓動は緊張なのか、期待なのか。震えながら、唾を飲み込む。嫌な予感が、警鐘を鳴らす。
「わたし、ね……アルを」
この先の言葉を聞いてしまったら、全てが壊れてしまうような。
「アルを、愛してる」
壊して、しまうような。




