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蒼銀の光  作者: 糸冬すいか
第一章
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01:蒼薔薇の囚人

 空の蒼を映したかのような澄んだ色の薔薇が、その庭園には広がっていた。蒼薔薇は屋敷を取り囲み、庭園は一種迷路のように複雑な造りになっていた。剪定が間に合わず、伸びた薔薇によって道が塞がりかけている所もある。

 白い壁の屋敷はその中で静かに佇んでいた。屋敷の広さに反して家人の様子はなく、時が止まったようにしんとしている。最低限に手入れされている様子から廃屋ではないと分かるが、そうでなければ人が住んでいるとは思えない空気を漂わせていた。

 屋敷の一角には、ぽつりと孤立するように離れがあった。外壁に茨が絡みつき、青い薔薇が少ないながらも花びらを散らせていた。

 きぃ、と微かな音を立てて扉が開き、背の高い少年が離れの一室へと入った。ベッドの中で丸くなる少女を一瞥し、ふと表情を緩ませる。少年がカーテンを引いて光を入れると、小動物のような呻き声を発して少女はぱちりと目を開けた。

 少年の緩く癖の付いた髪に朝日がさして、黒が艶やかに煌めいた。端整な顔立ちは気品に溢れており、すらりと伸びた長身にも威圧感を感じない。銀色の瞳が優しく細められ、少女に微笑みかけた。

「おはようございます、グローリーさん」

 少年が軽く屈んで覗き込むと、少女――グローリーは困惑を表情に浮かべながら身を起こした。両手でナイトキャップを掴んでぎゅっと深く被り、おそるおそるといった様子で少年を見上げる。薄い青の目には感情を潜ませながらも、その整った顔は人形のように感情が希薄だった。

「……おはよう。あう、アル、ゼンタム」

 舌足らずな拙い声で、少年――アルゼンタムを窺うように首を傾げる。耳慣れない響きが発音しづらいのか、グローリーは口を押さえておろおろとアルゼンタムを見上げた。

「ごめん、なさい……」

「構いませんよ。名前、呼んでくれて嬉しいです」

 アルゼンタムはベッドの端に腰掛け、グローリーに手を伸ばした。びく、とグローリーは体を強張らせたが、ナイトキャップ越しにそっと撫でられて目を丸くした。アルゼンタムはその反応に一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに微笑を浮かべて優しく声をかける。

「言いづらいなら、アルでも良いですよ」

「アル……」

 アル、と何度か確かめるように繰り返し、グローリーは唇をむずがゆそうに押さえた。戸惑うような表情を浮かべているが、感情表現の拙い彼女の精一杯の喜びの表情だ。アルゼンタムも最初は機嫌を損ねるようなことをしたのかと戸惑ったが、最近ではグローリーが何を思っているのか分かるようになってきた。

 アルゼンタムは窓をちらりと見上げ、そこから見える青空に不安を顔に浮かべた。

「よく、晴れています。……大丈夫ですか?」

「だ、いじょぶ」

 グローリーのぎこちない返答に、アルゼンタムはやはり、と唇を噤んだ。グローリーは青空やそれを連想するものを酷く怖がるのだ。庭の蒼薔薇にさえ怯えており、その為離れの薔薇だけでも花を摘むことにしている。

 ”蒼”というそのものを、恐れているというべきか。

 否、恐らくは蒼はあるものを連想させるのだろう。空色の髪を、彼女は恐れている。

 空色の髪――スカイという魔術師の一族を、グローリーは恐れていた。秀麗な魔術の大家として名を馳せるスカイ家は、強い権力を持つ貴族だ。その一族の者は総じて、空のような蒼から白へのグラデーションの髪を持っている。

「……髪、結い上げましょうか。それに着替えないと」

「ん」

 短い肯定の返事に、アルゼンタムはグローリーの手を取って立ち上がった。そのまま鏡台までエスコートして座らせ、グローリーのナイトキャップを外す。滑り落ちた髪は癖もなく、床に届きそうなほどに長い。そのグラデーションの流れを手に取り、アルゼンタムは軽く櫛を通し始めた。

 毛先に行くにつれ濃さを増す、白から”紅”へのグラデーション。

 彼女がグローリー・タブー・スカイ(禁忌の空)の名を持つ理由がそこにはあった。


   +++++


 この世界では、魔術というものが栄えている。

 世界を巡る魔力を司る一族たちと、その恩恵にあずかり栄えた貴族たちの世界。スカイ家はその中でも有名な魔術師の名家だった。

 澄み切った青空のような、蒼から白へのグラデーションの髪。それがスカイ家の最大の特徴であり、最も秀麗な一族と呼ばれる由縁でもあった。直系の者ほど美しい空色をしており、現在当主であるレテウもまた濃い空色の髪を持っている。レテウはスカイの傍系から妻を向かえ、世継ぎはまだできていない――というのが表向きである。

「今日は出かけますから、いつもより丁寧に整えますね」

「ん……」

 アルゼンタムは鏡に映るグローリーの顔色を確かめながら、手早く髪を纏めた。鏡台に並べた髪飾りを見比べ、どれにしようかとひとしきり悩み、白と赤の花飾りを手に取る。団子にした髪にそれを飾ると、髪の赤が極力目立たなくなった。グローリー自身の希望でもあるし、それはスカイ本家からの通達にも含まれている。

 グローリーは、スカイ家当主レテウの娘なのである。本来ならば当主の娘として華やかな生活を送るであろう彼女は、その髪の色から本家を追放された。

 物心付く前に母親から引き離され、スカイ家の所有する別荘に監禁状態で生かされた。故に屋敷の外に出るときは、赤のグラデーションという珍しい髪色を隠し、目立たなくすることが義務付けられている。

 尤も、彼女がこの屋敷から出るのはこれが初めてのことだが。

 アルゼンタムが仕え始めてから、という訳ではなく、文字通り彼女はこの屋敷から出たことが無い。スカイ家の汚点として隠される彼女が外に出るなど、あり得てはいけないのだ。つまりこの外出は、今回限りの特例。

 というのも、スカイ家の者は全員出席と主催者側からのお達しがあったらしい。名指しにこそしなかったが、グローリーの存在を匂わせた上で、だ。当主もさぞ悩んだだろうが、結果としてかろうじての出席となった。

 アルゼンタムはこの世界の貴族事情について詳しい訳ではない。雇い主であるバムルウからの話によると、何やらスカイ家のお嬢様の成人を祝うパーティーらしい。スカイ家の裏事情であるグローリーを知っていたのもその為だろう。

 エルウ・ダーク・スカイ。

 『闇夜空』と呼ばれる彼女とアルゼンタムの最初の接点だった。

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