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蒼銀の光  作者: 糸冬すいか
第二章
19/26

04:軋みはじめる

 そもそもアルゼンタムは、誕生日を祝うという習慣がなかった。

 正確には、誕生日を祝うのは一部の限られた貴族や王族などだけだと思っていた。ただ年を取る節目としか捉えておらず、個人の誕生日が記念日になりうるとは思っていなかったのだ。

「祝う、かぁ……」

 あの後、エルウとシグレに引かれたり同情されたりと、アルゼンタムは自分の異常性を思い知った。異世界の文化だから違いがあるのは当然だが、あんなに引かれるとは思っていなかったのだ。

「グローリーさんに、悪いことしちゃったかな」

 誕生日など春辺りだというくらいでしか覚えていなかった。グローリーは何も言わないが、祝って欲しかったのだろうか。だとしたら、今からでも何かするべきだろうか。

 生まれてきたことを祝う。

 親に、捨てられたのに。

「……えっと、ケーキ食べてプレゼントを渡すんだったか」

 シグレに教わった一般的な誕生日の過ごし方を思い出して、アルゼンタムは独りごちた。ケーキはともかく、何を贈ればよいのかよく分からない。だが、彼女が喜んでくれるのならばやってみたい。

 親に捨てられた生だからこそ、アルゼンタムはグローリーを愛しく思うことが出来る。優しく声をかけ、ただただ笑いかけることが出来る。

 それが同類相憐れむためだとしても。



   +++++



 屋敷に戻り、アルゼンタムは魔獣を抱きかかえてグローリーの部屋に向かった。この時間なら部屋で読書でもしているだろう。

 案の定、グローリーはベッドで寝転がりながら本のページをめくっていた。アルゼンタムの来訪にぱっと顔を輝かせたが、魔獣を見て目を丸くした。

「それ、何?」

「エルウさんが創った魔獣だそうです。通信機能がついているから会話できますよ」

「本当!?」

 グローリーは目を丸くして笑顔を浮かべた。アルゼンタムから彼女らの話をすることもあるが、やはり直接話せるのなら嬉しいだろう。ベッドを降りてそろそろと近づき、魔獣と目を合わせた。

 と、魔獣が挨拶するようにぎゃぴーと鳴いた。とたんにグローリーはびくりと肩を震わせて、おろおろと後ずさった。そのままベッドの上に戻って、身構えるように身体を丸く縮める。

 てっきり、可愛いと喜ぶと思ったのだが。想像したものとは異なるグローリーの様子に、アルゼンタムは訝しげに声をかけるた。

「えっと、グローリーさん?」

「鳴いた……!」

「ええ、まぁ、魔獣ですから。……っと」

 魔獣がぴょん、とアルゼンタムの腕を抜け出し、グローリーに近づく。ぎゃぴー? と首をかしげ、ベッドの上をのぞくように前足をかけた。グローリーは魔獣とアルゼンタムを交互に見て、恐る恐る訊ねた。

「……か、噛んだりしない?」

「しないと思いますよ。エルウさんの魔獣ですし」

 苦笑して歩み寄り、アルゼンタムは魔獣を抱き上げた。そのままベッドに腰掛けて、隣にうずくまるグローリーを見る。小さな魔獣に真剣に怯える様子は、少し可愛らしい。

 よく考えれば、グローリーは動物を見たことが無い。この屋敷には結界が張ってあるため、鳥など野生の動物は入ってこれない。アルゼンタムは動物を飼ったことなど無いので、持ち込むことも無かった。グローリーはずっとこの屋敷で育ってきたのだ。鳴いて動く生き物を見るのは、生まれて初めてなのかもしれない。知識では知っていても、警戒心がむき出しだ。

 ぎゃぴー、と魔獣が鳴き、グローリーは困ったように魔獣を見つめて首をかしげた。そのまま魔獣に話しかけるように言う。

「ぎゃぴー?」

 甘くとろけるような声で、声真似するように。幼子のような挙動だが、あまり成長を見せない外見もあってかよく似合っている。アルゼンタムは意識せず手を伸ばし頭を撫でていた。

「か……」

『……っか、可愛すぎますわー!』

 台詞取られた。

 目を丸くするグローリーの前で、魔獣から透き通った女性の声が響いた。確かめるまでも無い、魔獣の持ち主がさっそく通信機能とやらを使ったようだ。

「お姉さま!」

『お久しぶりですわ、グローリーちゃん。お元気そうね』

「お姉さまも、お元気そうで何よりです」

 エルウの声に気が抜けたのだろう、すっかり警戒を解いて魔獣と向き合っている。そっと指先で撫で、そのぬくもりに頬を緩めた。グローリーの様子にアルゼンタムは薄く笑みを浮かべて立ち上がった。

「……積もる話もあるでしょうし、俺は席を外しますね。夕飯のしたくしていますから、何かあったら言ってください」

「はーい」

『さ、グローリーちゃん、ワカメくんのいない間にいっぱいお喋りしましょう?』

「グローリーさんに変なこと吹き込まないで下さいよ」

 言い捨てて部屋を出、アルゼンタムは唇をかみ締めた。遠ざかる声から意識を逸らして、どうすればいいか、とため息をついた。

 グローリーが喜ぶので、魔獣で会話をするのは別に悪いことではない。だが、会話するうちにいずれ誕生日を祝うことも知るかもしれない。他にもあるだろう、今まで知らなかった常識を知ってしまう。

「変なこと吹き込まないで下さいよ、か……」

 この閉ざされた空間においては何の意味も無いことだからと、教えてこなかったことは多くある。アルゼンタムは異世界の人間だから、下手に教えない方が良いだろうと言い訳してきた。

 それらの知らなかったことを知る。何を悪いことがあるのだ。見聞が広がる、それは決して悪いことではないはずだ。

 なのにどうして。

「どうして、嫌なんだろう……?」

 グローリーに言葉が増え、笑顔を見せるようになって嬉しかった。彼女が幸せそうに笑うのを見て、幸せだった。

 なのに、彼女が変化していくことがたまらなく煩わしい。どうしてそのままでいてくれないのかと、腹立たしい。何が不満なのか、どうして変わろうとするのか。このままで十分だろう、それ以上の成長などいらないはずだ。

 ずき、と。頭の奥深くが痛み出す。自分の中にある矛盾、違和感に軋みを上げるように。

 痛みを訴える頭を振り、アルゼンタムは台所へと足を進めた。今は、誕生日祝いのことを考えよう。ケーキと、プレゼント。彼女に似合うアクセサリーなどだろうか。

 ただ彼女の笑顔を見ることだけを考えれいれば、痛みも忘れていられる。

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