03:意識する節目
アルゼンタムは異世界をいくつか知っている。特殊な力を持った人にあったこともあるし、異形の生き物を見たこともある。だから年齢の割りに落ち着いており、どのような場面であっても対処できる自信があった。
しかし、彼は目の前のものに絶句した。真っ白になった思考をなんとか戻し、優雅に微笑むエルウにぎこちなく訊ねる。
「…………なんですか、これは」
「あら、見て分かりませんの? これだからワカメは」
「分かるか! っていうか俺を海草扱いするな!」
立ち上がって抗議するが、エルウはどこ吹く風、全く気にしていない。傍に立つシグレが苦笑し、紅茶を差し出す。
「まぁ、落ち着いて。確かに見慣れない形かもしれないけど、魔獣なんだ」
「魔獣……」
「あら、魔獣も知りませんの?」
「いや、知ってます。たぶん俺の想像しているもので間違ってはないと思うんですが……」
魔の力を持った獣。そういった類のものなら『組織』で見たことがある。大概は戦闘用であり、大きく強そうな外見だった。
そして目の前のそれは、
「……魔獣?」
木彫りの熊だった。どうみても。しかも七色に光っている。
子犬のようにきょろきょろと辺りを見回し、主であるエルウに向かって「ぎゃぴー」と鳴いた。どう考えても熊の鳴き声ではない。触ってみると固くごつごつとしているが、違和感なく滑らかに動いている。
感触からして、本当に木彫りなのだろう。生き物として動いている理由は分からないが、その辺りはエルウの魔術によるものか。
「……なんで木彫りの熊なんです?」
しかも七色に輝いている。木彫りの熊ならば渋い漆色なのだと思うが、パステルな色調のため現実感がない。エルウはもう一匹をひざに乗せて撫でながら、なんでもないことのように言った。
「あら、恰好良いじゃない」
アルゼンタムはエルウの言葉に笑みを浮かべたまま凍りつき、手元の熊を眺めた。きらきらと光る七色がやけに眩しい。無言でシグレを手招きし、小声で言う。
「……なぁ、クラウディ。あのお嬢様マジで言ってる? 本気?」
「エルウ様のセンスに文句をつけるな」
真顔だった。いつも柔らかな笑みを浮かべるシグレが無表情で言い放った。恋は盲目とはよく言ったものだが、ここまでくるといっそ恐ろしくすら感じる。
「何をこそこそ言ってますの」
「いや、なんでも。にしても、ここでも木彫りの熊なんて売ってるんですね。あまり見かけませんけど」
とある異世界では土産物として売られているらしいが、少なくともこの世界に来てから見たことがない。アルゼンタムはこの世界について詳しいわけではないので迂闊なことはいえないが、木彫りの熊は一般的なものでもないだろう。
アルゼンタムの言葉にエルウはにっこりと笑みを浮かべた。どことなくはしゃいでおり、嬉しそうだ。
「売り物じゃありませんわよ?」
「え?」
「シグレ君が作ってくれましたの」
「ええ!?」
意外すぎる入手経路だった。確かにうろつく数匹を良く見ると細部が違うので、手作りであろうとは思っていたが、まさかシグレのお手製だったとは。というか木彫りの熊は素人が彫れるものだったのだろうか。作ったのがシグレだというならお嬢様がはしゃぐのも頷けるが。
アルゼンタムはコメントに困り、ようやく傍らのシグレに言った。
「……クラウディ、器用なんだな」
「ん、まあね。作ってるうちに慣れたし」
足元をうろつく木彫りの熊たちをあしらいながら、シグレは苦笑した。製作者だからだろうか、主であるエルウだけでなく、シグレにも懐いているようだ。
シグレが作り、エルウが魔力を込めた魔獣。二人が協力し創りあげたもの。
「なるほど。つまり、お二人の愛の結晶というわけですね」
「え、ちょっ……!?」
「な、な……!?」
見る見るうちに二人の頬が赤く染まりあがる。毎度毎度のことなのでどんな言葉が飛んでくるかも予想が付くが、からかうのは止められない。
恋人など出来たことがない男の僻みである。
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「……しかし、どうして魔獣を?」
エルウとシグレが赤面し言い訳をつらねて十数分。ひとしきりエルウとシグレをからかい満足したので、アルゼンタムは気になっていたことを聞いた。
魔獣を創る目的は、いわば補助だ。探索や尾行、戦闘の補助などの役割を持たせて主人の助けにする。が、エルウはそもそも類稀なる力の持ち主であるし、貴族のお嬢様なのだから力を振るう場面などなかなかない。
エルウ赤みの引いてきた頬を押さえながら、アルゼンタムを睨みつけつつ答えた。
「まぁ、気が向いたというのもありますけれど……この魔獣には通信機能が付いてますの。これなら、グローリーちゃんとたっぷりお話できるでしょう?」
「……なるほど」
グローリーはあの屋敷から出ることが出来ない。そのため、エルウやシグレとはあのパーティーから会っていないのだ。公然の秘密である以上、エルウが訪ねに行くことも難しい。
アルゼンタムを通じて手紙をやり取りすることもあるが、それだけではやはり寂しいものがある。グローリーはエルウのことをずいぶんと気に入っているようだし、話だけでも出来れば日常が色づくだろう。
「ありがとうございます。きっと、グローリーさんも喜びますよ」
「グローリーちゃんに譲渡することは出来ませんけれど、しばらく貸し出しますわ。グローリーちゃんに成人のお祝いですわよ。たしか、先日15歳になったでしょう?」
「……え」
グローリーに仕え始めて4年、出会ったときに11歳と紹介されていたので確かに計算としては合う。この世界では15歳で成人とみなされることは、エルウと出会ったパーティーのときに知った。アルゼンタムはしばし記憶を探り、首をかしげた。
「というか、グローリーさんの誕生日っていつなんですか?」
「知りませんの!?」
「仕えてる人に興味ないの!?」
予想だにしなかった言葉に、二人のツッコミが入った。




