02:すれ違う認知
泡だったスポンジをソーサーにあて、くるくると回して洗う。冷水で泡と赤紫のソースが洗い流され、それを隣に立つシグレに渡す。お茶会の後片付けを二人で行っているのだ。
久しぶりのお茶会は、アルゼンタムがひたすらにエルウとシグレをからかう結果に終わった。最終的にはエルウが真っ赤になって黙り込み、部屋に篭ってしまった。照れただけなので、アルゼンタムが帰った後にシグレがフォローするだろう。それで仲が進めば万々歳だ。
「全く……アルゼンタム、ない事でからかわないでよ」
「むしろ在れよ。二人きりで同棲状態で何もないとか……お前、本当に男なのか」
「い、いや、だって……そ、そんなの無理だよ。エルウ様はお嬢様だし」
僕は平民だし、大体エルウ様の気持ちも、とぶつぶつと言い訳が続く。が、それだけ言い訳が出てくるということは、どうやら男らしいコトも考えたことはあるようだ。それが行動に移れないのは性格によるものか立場によるものかは分からないが、お互いが想いあっているのだからそう遠くはないだろう。
アルゼンタムから受け取ったソーサーを水で流しながら、シグレはアルゼンタムに言葉を向けた。
「でも、本当にグローリー嬢とは何もないの? 仲良さそうだったけど」
「ないない。大体、グローリーさんは子供じゃないか」
「……いや、君もだいぶ子供でしょ」
アルゼンタムは15歳、グローリーは13歳。二つしか違わないので、シグレの言うことももっともだ。しかしたかが二年、されど二年。グローリーが少々幼げなこともあってか、全くそういった対象にはならない。『心眼』からも何度も言われたが、アルゼンタムは断じて幼女趣味などではない。
「そもそも、女性の好みっていうなら俺は年上の方が好きだし」
「そうなの? なんか意外かも」
グローリーをかいがいしくエスコートする姿の印象が強い所為だろう。シグレとはあのパーティー以来なので、当たり前か。アルゼンタムはあわてて付け足した。
「あ、でもエルウさんを好きになったりはしないから、大丈夫だぞ」
「いや、別に……うん、ありがと」
シグレは何か言いよどんだが、苦笑して言葉を切った。何か押し殺すような、ぎこちない笑み。アルゼンタムは一瞬だけ手を止め、無言でスポンジを泡立てた。シグレは笑顔のまま、アルゼンタムに返すように言葉を連ねる。
「それで、アルゼンタムの好みってどんな人なの?」
「俺の好み?」
好み、というのを明確に考えたことはないが、やはり脳裏には『彼女』の姿が思い浮かぶ。茶色の長い髪、強さと優しさを秘めた笑顔。したたかで、でもどこか抜けている、可愛らしい『彼女』。思いつくままに、口が動く。
「年上で、髪が綺麗で長くて、凛として強気な人が良いな。でもたまに、可愛らしい面とか見せてくれるとなお良い」
「……余計に不安なんだけど」
「え?」
アルゼンタムは首をかしげ、その様子にシグレはため息をついた。アルゼンタムにとってエルウが恋愛の対象にならないのが、逆に不思議とでも言わんばかりである。確かに好みに近いといえるかもしれないが、出会いが最悪だったのだからそういう仲に発展することはないだろう。
シグレとの出会いもまた、殴り殴られの最悪の出会い方だったことを、アルゼンタムは思考から外している。
「とにかく、俺は二人のこと応援するよ。グローリーさんも喜ぶだろうし」
「人事だと思って……」
アルゼンタムの言葉に、シグレはため息をついて唇を引き結んだ。眼差しが揺れて、口角が引き上げられる。何かに耐えるように、シグレは笑って言った。
「でも、やっぱりエルウ様にはアルゼンタムみたいに高貴な身分の人がふさわしいよ。僕なんかじゃとても無理だ」
「ん?」
シグレの言葉に、アルゼンタムは手を止めた。流れる水を止めて手を拭き、向き直って言う。
「……クラウディ、エルウさんから聞いてないのか? 俺は別に貴族じゃないぞ」
「え、……ぇえええっ!?」
本気で驚いていた。
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またからかいに来る、と二人に告げて、アルゼンタムは屋敷を後にした。その際、エルウからは「もう二度と来ないで下さる?」と、シグレからは「からかいに来るの!? 遊びにとかではなく!?」と見送りの言葉をもらった。あくまで見送りの言葉として受け取っている。
「そりゃ、二人っきりで過ごしたいだろうけどさー……」
アルゼンタムも二人の時間を邪魔したいわけではないが、なんとなくのけ者にされたような寂しさもある。それにグローリーと屋敷に引きこもっているのは退屈なのだ。何も変わらないルーチンの繰り返しに安堵する反面、人とのふれあいに飢える感覚もある。せいぜい、いい暇つぶしになってもらおう。
「……あ、アルおかえり!」
「ただいま戻りました。そんな走らなくても俺は逃げませんよ」
駆け寄ってきたグローリーを受けとめ、アルゼンタムは苦笑する。グローリーの乱れた髪を手櫛で直し、ぽんと軽く頭を叩く。
「グローリーさんは女の子なんですから、もう少しお淑やかにならないと」
「女の子は、走っちゃダメ?」
色素の薄い水色の目をまん丸に見開いて、グローリーは首をかしげた。根拠の薄いジェンダーが不思議で仕方がないのだろう、納得が出来ないようで眉をひそめている。アルゼンタムは腰に回された腕を解き、片手を繋いでまっすぐに立たせた。
「一応はお嬢様ですしね。ほら、ゆっくり歩いて」
「はあい」
アルゼンタムの言葉に返事を返し、グローリーはゆっくりと歩いた。納得がいかないのか、まだ浮かない表情をしている。その歩調にあわせ、アルゼンタムも足を動かした。置いていかれないように、何も考えずに。




