14:選択肢に惑う
「それで、ここからが本題なんだけどね」
ぽむ、と手を叩いて『心眼』は笑みを浮かべた。本題なんてあったのか、とアルゼンタムは若干失礼なことを考えたが、すぐに伝わり数瞬の間。
「……一応、ボクは仕事とかしてて忙しいんだからね。アルゼンタムに確認したいことがあって待ってたんだよ」
もちろん、心配してたってのもあるけど、と不機嫌そうに付け足す。アルゼンタムからすれば疑わしい言葉だが、この際それはどうでも良いことだろう。『心眼』は言葉を選ぶように視線をさまよわせていたが、しばしして口を開いた。
「そもそもね、キミをここに置いたのは、その力を使わせないようにって考えからだったんだ」
「使わせないように、ですか?」
アルゼンタムがここに居る理由。大した力がないから、誰でも出来るような仕事を割り当てられたのだとずっと思っていた。が、強い力があるなら利用価値もあったはずだ。アルゼンタムの反応に『心眼』は頷いて言葉を続けた。
「キミの異能力について詳しくは分からないままだけど、当時からかなり強い力だってのはわかっていたからね。副作用も分からない以上、なるべくなら使わせない方が良い。で、使う必要がなさそうな場所を選んだんだ」
「まぁ、確かに。グローリーさんも命の保障はされている以上、守りも堅いですからね」
グローリーは堅くこの屋敷に閉じ込められている。逆に言えば、外からの敵意に対して鉄壁の守りも誇っているのだ。自然と、そこにいるアルゼンタムも守られる。
自発的に力を使えない以上、命の危険にさらされるような事態を避ければ、アルゼンタムの力は発動し得ないのだ。アルゼンタムを安全な場所に置くことで、危険性はかなり排除される。
『心眼』はアルゼンタムの様子を窺いながら、ゆっくりと口を開いた。
「うん、だからね、当初の予定では力を使った時点でここを離れてもらう予定だったんだ」
「……え」
「確実な安全性、というのがなくなった以上、価値はないはずだからね。『組織』の本部に居れば、まぁ少々騒がしいけれど安全だろう。他の異能力者と接触することで力についてもわかっていくかもしれないし」
確かに、この仕事がアルゼンタムの安全を第一に考えた選択であるのなら、絶対でないと分かった以上移動も当然だろう。『組織』本部にはアルゼンタムの想像もつかないような強い力の持ち主が数多く居るため、安全もある程度は保障される。
ここを、離れる。
「それで、どうしたい?」
「え?」
「だから、キミ自身はどうしたいんだい。あくまで大人の事情に振り回されるつもりかい?」
にや、とからかうような笑みを浮かべ、『心眼』は首をかしげた。子供の姿をした『心眼』がわざわざ大人の事情などと言ったのは、そこには大人の意図が絡んでいるからだ。
親は、おそらく、『組織』本部に居る。
「……会うなんて、ごめんですよ」
「おや、残念」
アルゼンタムの言葉に、『心眼』はそう思っていないと分かる口調で応えた。本当のところどんな意図があるのか、何も知らないアルゼンタムには分からない。だが両親に会わせようとするという面も少なからずあったのだろう。『心眼』は以前からそこにこだわっている。
捨てたくせに。今更、何のために会おうというのか。
「……それより、グローリーさんは大丈夫なんですか? スカイ家に連れ去られてはいないみたいですけど、いずれその未来が来るんでしょう」
少々強引に話題を変えると、『心眼』はため息をついて唇を尖らせた。不満というよりも、アルゼンタムの態度に呆れているようだ。それでも答えるつもりらしく、そうだね、と口を開いた。
「一応、エルウ・ダーク・スカイの方も探ってはいるんだけど、結界が張られていて接触できないんだよね。あ、だからアルゼンタムも様子を見に行こうなんて思っちゃダメだよ? 弾き飛ばされたらキミ、最悪命に関わるからね」
「……別に、心配なんてしてません」
アルゼンタムの言葉に『心眼』は目を丸くし、頬を緩ませた。手のかかる子供をほほえましく見守るような、生暖かい笑みだ。その居心地の悪さに、アルゼンタムは話の続きを催促した。
「んー、とりあえず向こうの意図にもよるけど……アルゼンタムの意識も戻ったし、少し顔見にいってくるよ。キミのためにも、なんとか回避して見せるさ」
「それじゃ、頼りにしていますよ」
「できれば表情だけでも取り繕ってほしかったな!」
淡々としたアルゼンタムの言葉に『心眼』はころころと表情を変え、ふと思い当たったように口を開いた。
「あぁ、そうだ。グローリーちゃんはキミの部屋で眠っているよ。ずいぶん心配していたから、顔を見せに行きなさい」
「……では、失礼します」
アルゼンタムを見送り、『心眼』はため息をついてひとりごちた。
「良くも悪くも、変化は訪れるということか……彼女の存在がキミにとって害とならなければ良いけど」
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体感的には余り時間が経っていないが、屋敷の中を歩くと嫌でも時間経過を感じた。後で掃除しないと、とチェックしながら歩き、間借りしている部屋に向かう。空き部屋のうちの一つを私室として使わせてもらっているのだ。『心眼』の言っていた「キミの部屋」とはそこのことだろう。
そっと音を立てないようにしてドアを開け、身体を滑り込ませる。と、ベッドに倒れこむようにしてグローリーは眠っていた。起こさないように注意して近寄り、椅子を引いて座る。グローリーへと手を伸ばしたが、頭ではなく頬に指が向かった。
「……なんで」
指先でなぞった頬には、乾いた涙の跡があった。安らかな寝顔とはいえない、切なげな表情を浮かべている。心配していた、と聞かされてもまるで信じていなかったことに、アルゼンタムは気付かされた。
「俺のこと、心配する理由なんて」
あるわけがない、とすぐに思う。ただの使用人、ただの世話係、スカイ家に雇われた他人に過ぎない。家族でもないのに、無償で自分を思いやるわけがない。
それでもグローリーの頬にはざらついた涙の跡があることに代わりはなく、アルゼンタムは唇を引き結んだ。泣かせてしまったことを悔やむ反面、むずむずとくすぐったい気持ちが湧き上がる。心配されたのかもしれない、と思うだけで、落ち着かない気持ちになる。
涙の跡を拭うように指先で軽く擦り、アルゼンタムは口の端をわずかに上げた。
「あなたを、泣かせてしまったのに。俺は……少し嬉しいのかもしれません」
どうすれば良いのか、分からない。異能力の事を知り、少なからず動揺しているからだろうか。両親との繋がりを感じて、何を思えばよいのだろう。嬉しいのか憎らしいのか、今更会って暮らせとでも言うのか。迷子のようにあてどもない感情が心を揺さぶり、思考がまとまらない。
「……どうすれば、正しいんだよ」
ぽつりと零した問いは泣きだしそうに惨めで、アルゼンタムはただ唇をかみ締めた。




